第五話 表裏

第一章 - 弔いびと -

 数日前から、村にはふたりの旅人が滞在していた。


 珍しいことである。たまに訪れる商人以外は来訪者などいない。

 それでも宿があるのは、周辺の村々から砦に向かう守り人が休憩場として使用するからだ。

 そのふたりは、砦が襲われたことを教えてくれ、守り人たちを埋葬もしてくれたらしい。

 祖先の霊へと送り出すこの村のしきたりとは違う埋葬とはいえ、その辺りも詫びを入れてくれた為、葬祭を司どる村の長老も責めることなくふたりを受け入れたらしい。

 今は宿の食堂で、宿の主人と食事しながら話している。時折、主人の笑い声が聞こえる。顔が少し赤い。酒を飲んでいるらしい。他に客がいないとはいえ、いい気なものだと、ツイキは思った。


 変わったふたりだった。


 十前後の少女と二十代半ばの青年という組み合わせもだが、珍しい髪と瞳の色だった。

 少女の方は髪も瞳も赤い。明るいせいか、血よりも火を連想させるような色だった。青年の方は黒と黄色の斑模様の髪色に、片方は黒、もう片方が黄色と左右で瞳の色が異なっていた。

 ふたりとも顔立ちは整っている方だと思うが、似ていない。親子や兄妹ではなく、師弟といった風に見えた。


「おい、ツイキ。そんなところにいないで、お前も一緒に飲まないか」


 宿の主人が、ふたりを観察していたツイキに声をかけてきた。


「わかったよ」と言い、ツイキは席を移動する。

「こいつは、俺の甥でね。ツイキという。村の自警団の副長もしている」


 自慢気にいう主人に、ツイキは手を振った。


「よしてくれ。五人もいないのに、副長とか言われても」

「でも剣を持たせてもらっているのは、お前だけじゃないか」


 ツイキの佩剣へ伸びてきた主人の手を、ツイキがはたく。


「そちらの御仁なんて、二振りも持ってるじゃないか」


 男の腰を見る。ツイキのそれより短いが、二本の剣を履いている。


「タイカと言います。この子はシュト」


 自らを《物語り》と紹介した。

《物語り》は、村々を巡って農法などの知識や知恵の交換を生業としている。商人と異なり、物品の販売などはしていないが、作物の種子は所持している。その場合も売買ではなく村の地産の種や知識と交換するそうだ。


「色々な村の話が聞ける。祖先の霊だけでなく、土地や火に宿る精霊様を祀っている村もあるらしいな」

「じゃあ、あんたたちもその精霊様とやらを信じているのか」


 タイカやシュトの髪や瞳の色は、火や土を連想させる。


「いえ、そういう訳ではないのですがね。ああ、でもこの子は火に好かれているかな」


 曖昧に、タイカが笑った。シュトは鉄製の油燈ランタンを大事そうに抱え込んでいる。


「でも別に火をつけて回ったりしないから安心してください」


 タイカの冗談に、主人が笑う。異物感。旅人ふたりから感じる印象もあり、主人の笑い声が癇にさわった。


「おい、どうした。腹でも痛めたか」


 主人が声をかけてくるが、あまり心配そうな風でもない。すぐにタイカの方を振り向き、すみませんね、などと言って笑っている。


「いや、タイカさんの話は興味深い。ここに泊まっていく連中は近くの村の奴ばかりでね。もっと聞かせてくださいよ」


 食事も終わったし帰ると言い、席を立ったツイキの背に、主人の声が響く。

 不快だったが、それ以上に背後から視線を感じたことが気になった。

 タイカか、シュトか。だが、目が合ってしまった時どう反応すればいいか分からず、振り返る気にはならなかった。

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