第二章 - 砦に来たふたり -

 男は商人ではなかった。


 名をタイカ、自らを《物語り》であると紹介した。

 赤髪の少女の名はシュト。無骨な鉄製の油燈ランタンを大事そうに抱えている。昼なのに火を灯しているようだ。遊びにしては危ないし、油も勿体ないだろうに。

《物語り》という生業は知らなかった。何でも村々を巡って農法などの知識や知恵を交換しているのだそうだ。


 持っているのはこれくらいで、と見せてくれたのは幾つかの種だった。


 砦の陰で、守り人の中でも気性の荒い何人かが、ふたりだけなら身包みを剝いでしまおうかと相談し、それを中年男が止めていた。

 どうなることかと見ていたが、そこにタイカとシュトがやって来た。


 ふらりと現れた感じだった。


 守り人のひとりが、タイカの外套の裾から見えた二振りの剣を見て、挑発した。

 旅人というのなら、自衛の為に剣も使えるのだろう。腕試しがしたいと。

 タイカは驚いた様子もなく、了承した。横のシュトの方が驚いたようにタイカを見ていた。


 勝負はあっさりと着いた。


 挑んだ守り人が槍を構え、タイカは二振りの剣を抜いた。抜刀して分かったが、左右の剣とも長剣というほど長くなく、左手に構えた剣は、剣というより短刀といった方が良い短さだった。

 守り人の槍はタイカの身長よりも長い。攻撃できる範囲の差が段違いだ。これはタイカが大分不利なのでは、と思った。

 守り人が槍と突き出す。マシノの目にはかなり鋭い突きに見えたが、タイカは左手の短剣を添える様にうごかし、槍の起動を逸らす。剣が槍の柄を滑る。剣の腹ではなく刃の方で受けていたら、槍が綺麗に削れてしまうのではないかというような、なめらかな滑り方だった。

 タイカがそのまま近づき、守り人の首に右手の剣を振るう。速い。そして正確に首を狙っていた。

 一瞬、そのまま首を落としてしまうように見えたが、寸前で止まった。

 タイカが剣を引いた後も、挑んだ守り人の顔は蒼白になっていた。

 その後は、タイカが捕って来たという数羽の兎と、これもタイカからの申し出で砦にあった食材を合わせて料理を作ってもらった。

 旨かった。何か知らない香辛料を使っているのだろうか。


 そして今は、小さな宴を開いている。


 タイカは何人かに囲まれ、他の村の話などをせがまれていた。タイカも機嫌の良い風で応じていた。

 タイカを囲む守り人の中には、身包みを剝いでしまおうと相談していた連中もいた。

 調子のいいものだなあ、とながめていると、少し離れた場所で小さく座り、盃に口をつけているシュトが目に入った。

 何となく気になり、席を移動してシュトの横に座った。

 何だろう、とシュトが上目遣いでマシノを見た。


「あんた。さっき、連れのあの人が腕試しを挑まれた時、驚いていただろ。何でだ」

「こういうこと、あんまりないから、です。村だと歓迎されるか、全く相手にされないかのどっちかしかなかったし」

「連れの強さを知らなかったってことか」

「違う。違い、ます。タイカは強い。熊には勝てないかもしれないけど、狼くらいなら負けない。群れで来きたら難しいけど」


 熊と戦ったことがあるのか。いや狼に負けないと言えるだけ十分強いか。群れでは難しいか。

 もしかして、自分たちのことを狼に例えているのかな、とマシノは考えた。

 身包み剥ごうなんて相談をしていたら、確かにそう思うだろう。


「あんたの連れは世慣れているのだろうさ。現にこうして俺たちは、あんたたちを歓迎している」

「タイカは話が上手、です」

「ええと、無理して丁寧な言葉使いしなくてもいいのだけど」


 シュトが眉間に皺を寄せた。


「でもタイカが、年上の人には丁寧な言葉で話しなさいって」

「何だ。まるで村の長老みたいなこと言うな。若いのに」


 いや。外見は自分と同じ二十代の前半か半ばに見えるけど、実際はどうなのだろう。

 そんな風に考えてると、首を掴まれた。臭い息が鼻孔を刺激する。

 中年が男が首に手をまわして絡んできたのだ。


「おい、俺もまぜてくれよ。寂しいじゃないか」


 顔が少し赤い。タイカが分けてくれた酒を飲んだらしい。そんなに量はなく、ひとりひとりは口を湿らす程度にしか吞めなかったはずだ。この男、こんなに酒に弱かったのか。


「やめろ、恥ずかしい。この子が、ええと」

「シュト」

「そう、シュトも見てるじゃないか」

「おう、嬢ちゃん。すげえ赤毛だな。俺には娘はいねえが、兄貴に娘がいてな。姪ってやつだ。これが懐いてくれて可愛くて」


 これは話が長くなりそうだ。マシノは溜息をついた。

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