回り道は近道
目が覚めると、いつものようにルネがクレイの隣で目を開けてじっとクレイの顔を見つめていた。いつものことだが、なぜだか居心地が悪く感じて目を逸らす。するとクレイの頬に、ルネの両手が添えられた。そのまま、顔をルネのほうに向けられてしまう。
「なんで目逸らしたのー」
「おはよう」
「おはよーじゃなくて!」
「自分でもわからん」
ふと、天井を見ると、見慣れない華美な装飾が目に飛び込んできた。普段泊まっているような安宿よりも、天井が高い。まるでどこかの宮殿か城のようだった。
「そんでここどこ?」
「お城だよー。首都ランプの」
「首都ランプね、はいはい首都ランプ……え?」
「リアンと私でみんなを運んでたら、王様が来てねー」
ルネが、人差し指を立てて語った。
クレイたちが倒れた後、カーネリアンとルネが二人で手分けして五本の槍の面々を首都方面に向けて運んでいたところ、プラン王が突然現れたのだそうだ。プラン王は二人から事情を聞き取り、近くで待機させていたイリスたちを呼びつけ、馬車でここまで運んできたのだという。
「それでなんで城に?」
「功績を考えたら当然のことなんだってさー」
「功績ねえ……」
(イマイチ、ピンとこないな)
「ま、なんでもいいか」
「わからないことが多いよねー」
「まあな。でも師匠はあんなもんだ」
「昔っからよくわかんない人だったんだっけねー」
クレイは起き上がり、ベッドから降りて大きく伸びをする。ルネに手を差し出すと、彼女はその手を取って起き上がり、クレイの隣で同じように伸びをした。
突然、コン、コン、と扉を叩く音がする。
「はーい!」
ルネが返事をすると、部屋の重厚そうな扉が音を立てて開いた。そこから出てきたのは、プラン王だった。王は伸びをする二人を見て笑いながら、近づいてくる。
「目が覚めたか! 冒険者クレイよ!」
「おかげさまで」
クレイは姿勢を正し、プラン王に向き直る。目の前の尊大な態度の美少年は、右手をピシッと出した。
「畏まらずとも良い。我は気楽なほうが好きじゃからな!」
「ではお言葉に甘えて」
「さて、お主らに褒美を取らせたい……と、その前に説明が必要じゃな」
プラン王がニシシと笑い、扉に向かって歩き出す。
「何をしておる? お主らも来るのじゃ」
「わかりました」
部屋を出るプラン王に続いて、クレイたちも部屋を後にした。
城内の廊下は、部屋と違って地味だった。無論、街の宿屋やギルドとは一線を画しているものの、謎めいた派手な彫刻や金ピカに光る調度品などは特にない。上品な地味さを感じるような内観で、クレイにとっては妙な居心地の良さがあった。
「しかし、お主……ああと」
「クレイです」
「ルネです」
「クレイ。お主は少し見ない内に面白うなったようじゃな」
クレイの前を歩いたまま、プランが振り返らずに語りかける。
「アレは神と言ったか。全く我を差し置いて神とは腹立たしいことじゃな」
「え?」
「異形を取り込み我がモノとしたようじゃが、ちと我直々にお主の行く末を占ってやろう」
「なんだ急に」
王に対する態度としては無礼なクレイの物言いに、プラン王はガッハッハッハーと豪快に笑った。それから大きな扉の前で立ち止まり、クレイに向き直る。
「異形の力というモノは得てして、数奇な運命に巻き込まれるものよ。此度の功績を鑑みて、その行く末を我が占い、お主に道を示してくれよう」
そう言って、プラン王はクレイの額に手をかざす。すると、彼の手が一瞬だけ青紫に光り、彼がニタニタとした笑みを顔に貼り付けながら頷いた。
「うむ。これも運命というものじゃな」
何度も頷く彼に、ルネが首を傾げる。クレイも一緒に首を四十五度ほど傾けていた。
「おい、一体なんなんだ? 何が見えたんだ?」
クレイの問いかけに、プラン王はガッハッハーという笑いで返した。
「お主の望みは壁を超えることであったな」
「まあ、はい」
「じゃったら次はイーランコパに向かうがいい」
イーランコパ。水の都ロタンから東に進み、関所を越えた先にある国だ。商業国家として知られている。異世界からの流通を牛耳る大商会であるラウダ商会のこの世界での本拠地があり、クレイたちがいるこの水晶世界での漂流物の流通を全て取り仕切っている。兵器を無闇に流通させすぎないよう、一国だけに力が偏らないように調整をしている。水晶世界における調整役の国家である。
(イーランコパか。少し回り道だな)
ここからなら、北の大国プイヤーレのほうが近い。ナーランプとイーランコパを繋ぐ関所は、ロタン東にしかないため、ここからイーランコパに向かうには、一度ロタンに戻る必要があった。
「遠回りじゃと思うとるようじゃな」
「そりゃまあ」
「だよねー」
「じゃが、急ぐ道でもないじゃろう。急ぐとて、回り道が近道ということもある。急いては損というものじゃぞ」
プラン王はそれだけ言って、目の前の重厚そうな巨大な扉に手をかけた。
「我も絶賛回り道中なのじゃ。互いの道をゆるりと歩もうではないか」
彼が、ゆっくりと扉を開けた。
その先に広がっていたのは、広大な空間。奥には玉座があるが、その空間は謁見の間というにはあまりにも世俗的だった。空間に広がる床の中央には、白線で円が描かれている。道場か何かのように、クレイの目には見えた。その円を取り囲むようにして、壁際にはレンズを装着した漂流物であるカメラが向けられている。
「急で悪いが、お主には我と
「……は!?」
「我が国では功績を成した者と我との親善試合を執り行う決まりとなっておる。それが国民の何よりの娯楽なのじゃ」
クレイを招き入れたプラン王は、玉座の前に立つ。気の抜けた立ち姿のように見えるが、クレイは胸を押しつぶされそうな力を感じた。プラン王は対面に立つクレイを見て、ニィッと口角を吊り上げる。ワンキャットの牙のようなギザギザとした前歯が、キラリと光った。
「して、返事はいかがかな? 冒険者クレイよ!」
「選択肢ないくせによく言うよ」
「クレくん……」
心配そうに見つめるルネの頭を撫で、肩を掴んで下がらせると、クレイは釘バットを抜いて一歩前に躍り出た。
「それが褒美というのなら、快く受け取るまでだ!」
「ガッハッハー! 安心せい、命は取らぬ。じゃが、お主は我を殺す気で来い」
「どうしてだ?」
「試合にすらならぬからな!」
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