才能と技能

 再び目が覚めると、元の場所にいた。立ったまま気を失っていたらしく、目の前には空中で身を翻しながら手を叩くフロウの姿があった。


「素晴らしい! 全員成し遂げたようだな」

「ん、俺が最後か?」


 見渡すと、全員が頷いた。クレイはため息をついて胸に手を当てる。先ほどの戦いが嘘のように、心臓は落ち着き払っていた。


「異なる魂と同調したか」

「まあそんな感じかな」

「へー同調……同調!?」

「戦って勝って無理やり従わせた。暴走しないようにな」


 クレイが説明すると、ルネが「あー」と息を漏らした。フリントも「なるほどな」と腕を組んで頷いている。


 フロウは再びクッションの上に座り、こほんと咳払いをした。


「さて、我からはもう一つ、其処許に知識を与えよう」

「そこもと……?」

「親しみを込めた呼び名であるな」


 カーネリアンが付け足すと、フロウは豪快に笑った。試練を乗り越えたことを彼なりに称えているのか何なのか、笑いながら口から火を吹いている。クレイはなんだかむず痒さを覚えながら、首を傾げた。


「それで、知識って?」


 クレイの疑問の声に、フロウがまた咳払いをする。


「スキルレベルの話だ」


 ごくり、と喉が鳴る。


「お主らはスキルレベルは何と考えておる」

「わかんねえけど、才能じゃねえの?」

「才能、と教わったわね」

「あーね」


 クレイは心臓の高鳴りを感じていた。スキルレベルは生まれ持った才能だというのは、この世界の常識である。無論、クレイも幼少の頃からそう教わってきた。


 しかし、フロウのこの口ぶりからは実はそうではないのだという何かが隠されているように思えて、期待してしまう。


 フロウは「なるほど」と言ってから、また口を開いた。


「才とは生まれ持ったもの。磨かれることはあれど、変わることはない。だが、才とはスキルのことだ」

「スキルが才……」

「たしかにー、言われてみたら生まれ持って変わらないってのがそうだよねー」

「だけどよ、スキルレベルも変わらねえもんだぜ?」


 フリントが言うと、クレイはゆっくりと頷いてフロウを凝視した。フロウは爪で顎髭を撫でながら、静かに目を閉じる。時間がゆっくりと間延びしていくように、クレイは感じた。時計などこの部屋にはないのに、時計の音が聞こえた気がして頭を振る。


「否。スキルレベルは技能だ。技とは磨けば成長し、怠れば落ちるもの」

「技、か」


 クレイは一つ咳をした。思ったように声が出なかった。


「レベルが固定だというのは思い込みによる枷なのだ」

「カセ? クレっち、カセってなに?」

「行動とか意志とかそういうのを制限するみたいなことだよ」


 説明すると、マイカは「あーね」と笑った。


「この思い込みによる枷というのは、女神と各国の王との契約によるものだ。本来はスキルレベルは一切成長しないようにと元々三神と呼ばれた三王たちは言ったのだが、ノエルが渋った結果、枷をかけることにしたのだ」


 フロウが目を細めて語った。その口調は、クレイにはなんだか楽しそうに思えた。まるで歌うように、おもちゃを転がすかのように。


「その枷を外せば、其処許はより強くなれる」

「より強く……」

「クレくん! 強くなれるって!」


 ルネがクレイの肩を揺さぶる。クレイは呆けた顔で、無邪気な笑顔を向けるルネを見た。


 (まさか、本当に強くなれる方法があるなんて……)


 クレイが、ずっと追い求めていたものだった。異世界から流れ着いた書物が、全てのきっかけだった。適当なパーティに入り追放されようとしてきたが、この騒動を通じてクレイは追放されようとはあまりしなくなっていた。それでも、強くなることを諦めたのでは決してない。


 (みんなと一緒だから俺は弱くなかった。今度は、強くなれるのか。みんなと一緒に……?)


「本当に、本当に強くなれるのか?」

「ああ、本当だ。其処許は真実を知った。本気で願い精進すれば、いずれ強くなれる」

「本当に……本当に強くなれるのか!」


 肩を揺さぶり続けていたルネの手を取って、クレイは飛び跳ねる。


「おいルネ! やったぞ! こんな……こんな簡単なことだったなんて!」


 人目をはばからず、飛び跳ねて回った。子供のようにはしゃぎ、ルネも「すごいよ! もっと頑張らなきゃ!」とはしゃいでいる。回りながら見える仲間たちの顔は、皆一様に笑顔だった。


 ひとしきりはしゃぎ、目を回して倒れ込む。ルネに肩を貸してもらいながら立ち上がり、仲間たちに振り返った。


「ごめん! 俺、パーティから追放されようとしてたんだ」


 頭を下げて、大きな声で謝罪した。彼にとって、これはケジメだった。これまで、彼の態度は良かったとは言い難い。それを自覚して、自分自身何がしたいのだと問いかけながらも、彼は強くなれる可能性があるのならと愛読書に付き従った。嫌われようと無茶をして、仲間たちのノリの良さや優しさに失敗する度に、心にチクリと針を刺されたかのような感覚になった。


 突然の告白にしばらく、シンと静まり返る。


 しかし、静寂はすぐに破られた。


「知ってたぜ」

「あーね、知ってた」

「お主に感じた奇妙な感覚はそれであったか!」


 頭を上げて見えた仲間たちの顔は、変わらない笑顔だった。セレンだけ腰に手をついて息を漏らしている。


「ほらね、どうせバレてると思ってたわ」

「なんで……」

「だってよ、突拍子もなくキャラに合わんことしてるしな」

「クレっち、あーしらにはもったいないほど優男じゃんね」

「ええ……なんだよ知ってたのかよ」


 肩から、ストン、と力が抜けていった。全身から力が抜けていき、腕がだらんと垂れ、頭も垂れる。クレイはため息を吐いて、力なく笑った。


「俺道化すぎるなあ」

「其処許よ。今後は仲間と共に精進すると良い。ノエルもかつて、そうして強くなり強大な敵に立ち向かったのだ」


 フロウが飛び上がり、空中で一回転して言った。クレイはその姿を見てまた笑いながら、「そうだな」と小さく零す。


「さあ行け。一皮剥けし冒険者たちよ」

「ありがとうございます」


 フロウに頭を下げ、次に顔を上げたときには、その姿は既に無かった。仲間たちと顔を合わせ、精霊洞窟を出る。クレイの手を握ってきたルネの手を、強く握り返した。

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