龍精霊フロウの試練
扉の前に立ち、クレイは金色の鍵を取り出す。硬い冷たさが手を伝う。クラクラとする頭を振り払いながら、鍵を扉の鍵穴に差し込んだ。回そうとした矢先、扉が光に包まれ、消えていく。
「こういう仕組みなのか」
「ただ穴に差せば良いだけであれば偽造されてしまう故な」
「へえ、考えられてんだな」
「さ、行くか」
「あーし緊張してきたわ」
マイカの言葉に、クレイは頷く。クレイの心臓は、確かな高鳴りを主張していた。それは先ほどの戦闘の余韻か、はたまた自分の内に沸き立つ奇妙な感覚のせいか。ともあれ、クレイは扉の先へと歩を進める。コツン、コツン、と乾いた靴の音が響く。全員分のその音が不思議な音響となって耳に跳ね返る。
「ねー、クレくん、大丈夫なの?」
隣で、ルネが視線を落としていた。クレイは自身の胸に手を添える。意識を失いながらも、何が起きたのかをクレイはハッキリと自覚していた。奇妙なことだが、記憶はないのに何が起きたかを知っていたのだ。
「ま、大丈夫だろ」
「もー、適当なんだから」
「何にしてもだ、俺達にはやらないといけないことがあるだろ」
「ん、そーだね」
ルネのその声が、暗く簡素な通路に消えていった。
扉の先の通路は狭く、装飾も何もない。ただ壁と天井が近くにあり、薄暗い道が続いているだけだった。異世界の建材で出来ているように思える四方を囲むそれらが、ひんやりとした冷気を放っているように感じる。
しばらく進むと、大きな円形の広場があった。そこにはマナ灯以外の何もなく、ただ中心にクッションが置かれている。
「クレイよ、鍵を翳すのだ」
「わかった」
クレイが金色の鍵を天にかざすと、クッションの上に突如として、龍が現れた。緑色の鱗が美しいその龍は、ちょこんとクッションの上に座り、口角を吊り上げてクレイたちを見ている。その龍は、小さかった。クレイの膝の高さよりも背が低い。クレイは思わず目をしぱしぱと開閉させた。
「よう来たな冒険者らよ」
しかし、声は渋かった。歴戦の戦士のように渋く、威圧感を放つ声にクレイはまた目をパチクリとさせる。
「我は精霊フロウと申す。其方ら、名は何と申す?」
(フロウ……この小さいのが?)
「ふむ、驚いておるようだな」
「無理も無い。我のこの姿は仮初のもの。本体は核世界にある」
「あ、なるほど」
「して、其方らの名は?」
クレイたちは、口々に自分の名前を言っていった。するとフロウは豪快に笑い、クレイを指差す。
「其方がここへ来た目的はズバリ、強さか」
「はい、そうです」
「難儀なことよ……しかし其方の内には強き魂が見える。別の魂ではあるが」
フロウが爪で自身の顎を撫でる。クレイは拳を強く握りながらも、何も言えなかった。目の前の小さい龍から放たれる独特な威圧感に、逆らえず圧倒されてしまう。ひんやりとした空気がより冷たさを増したように感じた。
「其方らの求める答えを我は持っている」
「え、じゃあ……!」
「しかし、タダでそれを教えても身につかない。そこで我は其方らに試練を与えることにした!」
フロウがクッションから飛び上がり、クレイたちの中心あたりを指した。
「其方らには今から己の内にある魔と戦ってもらおう」
「魔?」
「クレイとか言ったな。其方の場合は内に封印されし別の魂の影響を受け変質しておるが、戦うのは自分自身の負の側面。闇や魔とも言うべきもの」
「つまり、自分自身と戦えと?」
「その通りである。戦う方法は何でも良い。準備がよければすぐ始めよう」
ごくり、と喉が鳴る。クレイは握った拳を解き、また握った。今度はより強く、能動的に。そうして仲間たちの顔を見る。全員、不敵な笑みを浮かべて拳を握っていた。クレイはふっと笑い、フロウに向き直る。
「準備なら、もう既にできている」
「よかろう! いざ……存分に仕合え!」
フロウが叫ぶと、クレイの意識は唐突に落ちた。
――――――。
目が覚めると、真っ白な空間にいた。何も無い、上も下もわからなくなりそうなその空間に釘バットを携えて立っている。目の前には、赤い瞳の自分自身が同じように釘バットを携えて立っていた。赤目のクレイが釘バットを肩に担ぎ、笑っている。
「よう、俺」
「お前が俺の魔ということか。なんて呼べばいい?」
「ヤタガラスと呼べばいい」
「なるほど、そう言えばそうだったな」
クレイの顔が引き締まる。目の前のヤタガラスは、ニタニタとした笑みを貼り付けながらクレイを見下すかのように顎を上に向けていた。自分自身の体で、自分がしないポーズを取られ、まるで心臓を筆で撫でられたかのようなざわつきを覚える。
「お前、さっき俺の代わりに戦ってただろ」
「ああ、そうだ」
「なんでそんなことをしたんだ?」
「お前が死ぬと俺が困るからなァ……それによォ、負けるのは気に食わねェ」
八咫烏が肩から釘バットを振り下ろす。空を裂く音がした。
「ヤタガラス、俺に力を貸す気はないか?」
「貸したじゃねェか」
「意識まで奪わずにということだ。混ざり合ってしまえばいい」
「気持ち悪ィこと言うんじゃねェよ……なァもういいだろ? いい加減殺り合おうぜ」
ヤタガラスが釘バットを構えた。その顔は相変わらず、笑っている。戦うのが楽しくて楽しくて仕方がないという風だった。クレイはため息をつき、だがハッキリとした笑みを浮かべながら、釘バットを構える。クレイの胸中に、熱く煮えたぎる何かがあった。
「わかったよ。力付くで従えてやる」
「神鳥の力を得た俺に、テメェ一人で敵うならなァ!」
ヤタガラスが釘バットをクレイに向けてきた。瞬間、光の矢が彼の背後から放たれる。クレイは目の前から迫る矢を撃ち落とし、地面を蹴った。なおも迫る光の矢を撃ち落としながら、彼の懐に入るも、すぐに逃げられてしまう。いつもより、体が鈍く感じた。
(ルネがいないとこんなもんか)
唇を噛み締めながら、駆ける。逃げながら光の矢を何度も放つヤタガラスを追いかけ、ドレインフラワーを放った。不規則な挙動でヤタガラスに迫っていく蔓と共に、彼を追う。笑顔で逃げ回る自分自身と同じ顔をした男が光の矢を放とうとした一瞬、彼の足を蔓が引っ掛けた。体勢を崩した一瞬、懐に入り、一閃。
しかし、釘バットで防がれた。
釘バットが何度も交差する。クレイの足が少しずつ地面を擦り、下がっていく。何も無い空間に、高い金属音だけが響いた。火花を散らしながらの真っ向からの打ち合いに、クレイは押され気味になりながらも口角を吊り上げる。
「まだまだァ!」
「俺……だって!」
右上から迫るヤタガラスの釘バットに思い切り、釘バットを叩きつける。すぐさま切り返し、釘バットを斜めから振り下ろした。ヤタガラスが半歩下がり、それを避ける。次の瞬間、クレイは釘バットで彼の腹を突いた。
「くっ……!」
すんでのところで防がれたが、クレイは弾かれた反動を利用。ヤタガラスの頭上から思い切り振り下ろす。水平に構えられた釘バットに受け止められる。それでも、打ち付ける。何度も、何度も、思い切り振り下ろし打ち付ける。地面を踏みしめ、腕に血管を浮き上がらせながら。徐々に体勢を落とすヤタガラスに向けて、飛び上がり釘バットを振り下ろした。
とうとう、ヤタガラスの手から釘バットが叩き落される。光の矢が発現した瞬間、ヤタガラスをドレインフラワーが捕らえた。あっという間に絡み、茨に成長する。
「く、くそ! 離せッ!」
藻掻けば藻掻くほどに、茨が彼に食い込んでいった。クレイは身を翻し、跳躍。回転をつけて思い切り釘バットを振り抜く。
「や、やめ――」
ヤタガラスの首を跳ねる直前、クレイの釘バットが止まった。クレイは構えを解き、息を吐く。
「お前、手加減しただろ」
クレイが言うと、ヤタガラスは赤い目を見開いた。
「接近戦ではバットだけ、遠距離では矢だけ。戦い方が単調過ぎる」
「お前に言われたかねェよ、何度も打ち付けて来やがって」
「お前の足を引っ掛けたドレインフラワーを忍ばせてたろ」
「チッ……まだ馴染んでねェんだよ」
なるほどな、とクレイは釘バットを背中におさめた。そうして、自分を睨みつけるヤタガラスを見て、笑みをこぼす。
「何にしても俺の勝ちだ。力を貸せ」
「……わァったよ、しゃァなしだぜ」
彼がふっと笑った瞬間、彼の体が光となり、クレイの中に吸い込まれていった。胸が焦げてしまうのではないかと思うほどの灼熱感を覚えた瞬間、それは一瞬にして冷気に変わる。激しくも冷めているような気持ちがクレイの内側に浸透していくようだった。
(よろしく頼むぜ、ヤタガラス)
ドレインフラワーを消した瞬間、また意識が閉ざされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます