愛する者と(カーネリアン視点)

 黒兵とクレイたちとの戦いが始まると同時に、カーネリアンは地面を思い切り踏みしめる。ここまで共に来た仲間たちを見て、口角を吊り上げた。


「何を笑っているのですか」

「儂は笑うておったか」

「ええ、ニヤニヤと」


 カーネリアンはプッと吹き出し、拳を構える。ザクロは顔をしかめて、彼を見ていた。


「ザクロよ、お主は何を恐れておるのだ」

「恐れ? この私がですか? 有りえませんね」

「ではなぜ、黒兵をクレイらに向かわせたのだ? あやつらはただ黙って見るだけであったのに」


 カーネリアンが言うと、ザクロは目を吊り上げ、影の剣を構えた。


「あまり私に知った風な口を聞かないでもらいたいものです。私のことなど、何も知らないでしょうに!」


 ザクロが地面を蹴った。同時に、カーネリアンが地面を踏みしめる力を強める。拳を構え、防御姿勢。影の剣を拳で受け止め、振り払う。体勢を崩したザクロのみぞおちに、彼の拳がめり込んだ。


「くっ……やりますね」

「お主は儂には勝てん。刃を研ぎ澄ませ続けた儂にはな」


 なおも剣を構えるザクロに、カーネリアンの拳による追撃。右から左から、上段中段とあらゆる方向から拳を打ち込む。剣で受け流されながらも、一発、また一発と拳が命中していく。その度に、彼女は血を流した。口の端から血を流し、腕からも血を流しながら、彼女は剣を構えた。


「なぜ、そうまで世界を憎むのだ」

「あなたにはわかると思ってましたよ」

「儂が憎いのは姉さんを殺した奴と、守れなかった儂自身のみである。この世界には何の罪もあるまい」


 彼が言うと、ザクロは頭を振った。


「あなたの……君のそういうところが!」


 構えた剣を乱暴に打ち付ける。カーネリアンは拳で剣戟をひとつひとつ丁寧に受け流しながら、ザクロの顔を一心に見つめた。彼女は、今にも泣き出しそうなほどに顔を歪めている。


「昔から! 好きになれなかったの!」

「……やはりであったか」

「ええそうよ! 全部全部察してたんでしょ、最初から!」

「当然である」


 カーネリアンが真顔で答えると、彼女は目に涙を浮かべて目を瞑りながら、剣を思い切り振り下ろした。剣はカーネリアンの腕を切り裂く。彼は痛みに顔を歪ませることもなく、ただ変わらず彼女の姿を見つめていた。


 悪魔となり、変わり果てた、しかし昔と変わらない姉の姿を。


「儂の初恋であるからな。悪魔になったからと言うて、大事な人を見間違えあるわけもあるまい」


 カーネリアンが影の腕を二本同時に伸ばし、ザクロの体を縛り上げる。ザクロはうめき声を挙げながら、自身も影の腕を出し、腕から炎弾を放って拘束から逃れた。着地と同時に地面を蹴り、二本の腕からカーネリアンに水流を放つ。彼は跳躍し、身を翻す。彼女から雷が放たれた。水気を避けるように影の腕で壁を蹴り、反対側の壁へと移動する。


「お主も儂に気づいていたであろう。最後に会うたのは随分と前というに」

「外見に変化が無さすぎるのよ、君は!」

「然り!」


 再び壁を腕で蹴り上げ、一直線にザクロへと突進。剣を構え迎え撃つザクロの影の腕を自身の影の腕から出した風魔法の真空で切り裂き、暗黒物質を生成。無数の銃弾のように放射し、ザクロの体を胸と首を除いて蜂の巣にした。そのまま彼女の頬を殴り抜ける。


 地面に倒れ込んだ彼女の胸ぐらを掴んだ。


「もう、降参してはもらえぬか」


 静かな声で言うカーネリアンに、彼女はふっと笑う。


「どうしてよ」

「儂は……僕は二度も、姉さんを死なせたくないんだ」


 その声は、穏やかで優しく、しかし悲しい声だった。彼の瞳に映る彼女の姿が、在りし日の姉とダブって見える。彼女の笑顔を彼は網膜に焼き付けんと、じっと見つめ続ける。


「バカね、君は」


 突如、カーネリアンの体が宙に浮く。ザクロが自身の右腕を掲げていた。


「くっ、神通力……」

「私も君と同じ魔族なんだから」


 彼女が呼び出した影の腕に、体が縛り上げられる。見ると、四本の腕がカーネリアンに絡みついていた。もがれようとするも、ガッチリと掴まれており、逃れられそうにない。


 彼女はぬらりと立ち上がり、目から滝のような涙を溢れさせながら、影の剣を自身の胸に突き立てた。


「お、おい! やめろ! やめるんだ!」

「私はね、昔から全てが嫌いだった。魔族として生まれた自分自身も、魔族を迫害する一部の人間たちも、それでも君を助けようとする自分も!」

「何を言って――」

「三神教の計画が破綻していることは、私も気がついてた。当然だよね、結局何をしても、最後には女神が持っていくんだもん」


 彼女が深呼吸をして、自身の胸に剣を突き刺した。パリン、と核が割れる音がする。体中から血を流しながら、ゆっくりとした動きで今度は自身の首に剣を水平に突き立てる。両手で剣を支えながら。


「やめてくれ……」

「一足先に生まれ変わって、別の世界で待ってる。そうね、今度は女神の世界がいいかな……」

「やめるのだ!」


 カーネリアンがもがきながら、叫ぶ。もがく度に、影の腕が強く彼の体に食い込んでいった。対する彼女の顔は、とても穏やかに見える。まるで、長い旅路の果てに家に帰り着く間際のような顔に、彼には思えた。


「ふっ……矛盾してるなあ、私」

「死ぬな、死ぬな姉さん!」

「……好きだよ、リアン。今はね」

「やめろおおおおおおお!!!」


 カーネリアンの叫びが木霊する。ただの広場と扉しかない洞窟内に、彼の雄々しく悲しい叫びが鳴り響き、何度も何度も自身の耳に返ってきた。


 叫びの中、彼女は自身の首を跳ねた。


 剣が彼女の首に食い込み、力強く切り裂いていく。彼女の首から上が胴体から離れ、地面へと吸い込まれていく。手を伸ばしたくても、カーネリアンの腕はがんじがらめになって動かない。ゴロン、と地面に落ちる音が鳴った。ゆっくりと、彼女の頭が彼の足元に転がる。


 あれだけ動かなかった体が拘束から解き放たれ、自由になった。地面に崩れ落ち膝を折る彼の手に、最愛の人の頭が触れる。ピクリ、と彼の手が動き、おもむろに頭を持ち上げ、抱きかかえた。彼女が死んだ。そんな残酷な実感だけが、そこにはあった。彼は自身も気づかぬままに大粒の涙をとめどなく流し、大声を挙げて泣き叫ぶ。


 どれだけ長い間、泣いていたのだろうか。


 気がつくと、彼を仲間たちが取り囲んでいた。彼はクレイたちに気がつくと、目を腕で拭い、立ち上がる。彼女の亡骸を扉の横に置き、心配そうに見ている仲間たちに振り返った。


「行こう。精霊はすぐそこにおる」

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