ランプ山の怪鳥(後編)

 食事と片付けを終え、クレイたちはカーネリアンを取り囲んで座っていた。女性陣が全員、口角を緩めて彼を見据えている。クレイはやれやれといった調子ではあるが、しかし興味はあると言わんばかりに身を乗り出していた。


「リアンのお姉さんって、どんな人だったんだ? ザクロと似ているという話だったけど」


 クレイが問うと、彼は腕を組んで天井を見上げる。外から湿った風が洞窟内に入り込んできた。


「昔、儂が大事にしていた万年筆をイジメっ子共に隠されてしまってな」

「万年筆……」

「儂は昔は物語を書くのが趣味であった」

「えー、意外だー」


 言ってから、ルネが口を開けっ放しにしている。カーネリアンは静かに笑い、目を細めながら言葉を続けた。


「探しても見つからず諦めて帰ろうとしたところ、姉さんが必死の形相で草根を掻き分けておったのだ」

「へえ、探してくれてたんじゃん?」

「うむ。何をしているのかと問うと、大事なものだったら諦めてはダメだと言うのだ。儂は泣いてしもうてな。彼女はそんな儂の頭を優しく撫ぜ、一緒に探そうと言うてくれたのだ」


 クレイは泣いているカーネリアンを想像しようとしたが、うまくできなかった。どうしても目の前にいる大男の姿で想像してしまう。


「見つかった頃にはもう夜中でな。怒る親を宥めてくれたのだ。彼女は、そういう人であった」

「優しい姉だったんだな」

「すげえいい姉貴じゃねえか」

「応とも。しかしそんな彼女の死の原因は儂にあるのだ。儂を庇って死んだのだから」


 クレイの口から、湿った息が漏れる。祭壇のマナ灯の光が大きく揺れた。


「まあ、儂の話はこれくらいで良いだろう。そろそろ参ろう」

「……ああ、そうだな」


 立ち上がるクレイの腕をルネが引っ張った。クレイが見た彼女の顔には、どこか懐かしさを感じる。彼女は唇を一瞬震わせて、クレイの耳に自身の顔を近づける。


「クレくんが悪いんじゃないからね」

「ありがとう」


 クレイがルネの頭をいつものように撫でようと手を伸ばした瞬間、けたたましい声が聞こえた。それが声なのか大きな地響きなのかクレイには、いまいち区別がつかない。それほどまでに、心の奥底を震え上がらせるような声だった。


 釘バットを抜いて、外に出る。仲間たちも続くようにして武器を手に取り、外に出た。


 影。大きな大きな影が舗装された山道や山の岩肌に落ちている。その影の主を探ろうと、クレイは見上げた。そこにいたのは、巨大な翼を広げた黒い鳥。目は赤く光り、腹にはマグマを思わせるような真紅の羽毛が生えている。あまりにも巨大で、神聖な雰囲気を漂わせる鳥だった。


「む。あれは……八咫烏!」


 カーネリアンが声をあげると、それに呼応するかのようにまた鳥が哭く。八咫烏と呼ばれたそれは、彼が山道で言って聞かせていたランプ山の怪鳥……神鳥八咫烏だ。火口を通過する際に供物を捧げなければ、災いを呼ぶと呼ばれているその神なる鳥が、山の中腹で今にも襲いかからんと言わんばかりにクレイたちを見下ろしている。


「どうなってるんだよ……」

「見たところ、魂が分裂しておるな」

「魂が分裂?」

「うむ。誰かが魔族因子をたらふく飲ませたらしい。しかし八咫烏は神なる者。荒々しい魔と反発し合い、耐えきれずに魂が分裂したと見える。今目にしておるのは、その荒々しい方の魂であるな」


 言い終えるや否や、八咫烏は力強く羽ばたいた。その瞬間、突風がクレイたちに襲いかかる。咄嗟に武器を壁に突き立てたが、少しでも気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだった。皆一様に声をあげながら、耐えている。次第に、風がおさまってきた。


「……やばかったな。どうすればいいんだ、通れないぞ」

「儂がヤツの魔の魂を封印する。儂のスキルは魂の封印。出来ぬことはない」


 魂の封印。クレイには聞き覚えのないスキルだった。


「儂は女神の友人から特別にスキルを賜った者。世界に仇なす者の魂を封印するためにな」

「よくわからんが、封印には何が必要なんだ?」

「人類種、もしくは人形を器とする。今は……前者しか――」


 言い終える前に、目の前に巨大な炎の玉が生成されるのが見えた。八咫烏の腹の羽毛あたりで生成されているそれは、今にもこちらへと放たれようとしているようだ。クレイはカーネリアンに詰め寄る。


「よしわかった。俺を器にしろ。時間がかかるんなら時間稼ぎくらいはしてやる」

「クレくん!?」

「無茶だぜクレイ! 他人の魂を入れるなんざ……俺でもやべえってわかる!」

「うるせえ! 相手は神だ。やらなきゃ全滅だぞ」


 クレイが叫び、八咫烏へと向かっていく。


「あいわかった! 合図をしたらこちらへ下がって来るのだ!」

「了解! マイカ! 水!」

「おっけー! ようやくあーしの活躍する番が来た!」


 マイカが炎の玉に向けて放水する。クレイは釘バットを引きずりながら、駆ける。炎の玉が小さくなっていく。懐に入り、一閃。硬い表皮には傷一つもつかなかった。八咫烏の翼が動いたのを見て、飛び退き、壁に手をつく。釘バットを突き立て、風に備えるも、飛んできたのは風ではなかった。


「なんだそれ!」


 光の矢が頭上を飛ぶ。釘バットを引き抜き避けようとしたが、腕をかすめてしまった。腕から血が流れる。


「フリント! スキルは使ったよな?」

「使ったぜ! ヤツが硬すぎるだけだ!」

「セレン! 羽毛を焼いてやれ!」

「言われ……なくても!」


 痛みに顔を歪めながら、再度地面を蹴る。頭上をセレンの炎弾が飛び、八咫烏に命中。煙が立ち込める。低空飛行を続ける敵の股ぐらに潜り込み、細い脚めがけて釘バットを思い切り振り抜いた。


 しかし、やはり傷の一つもつかない。飛び退いて八咫烏の姿を確認。羽毛は焼けるどころか、艷やかな毛並みを保ったままだった。


「こりゃ……勝てるわきゃないな」

「頭の上ー! 来るよ!」


 ルネの声に頭上を見上げる。光の矢が無数に降り注ごうとしていた。クレイは体を庇うように釘バットを構える。仲間たちも全員、武器を盾にしていた。光の矢が武器に弾かれる音と、肉を切り裂く音が幾度となく鳴り響く。苦悶の叫びがやまびこのように木霊して、基が遠くなりそうだった。


「まだか……!」

「もうじき……今!」


 光の矢を弾きながら、クレイはカーネリアンの元へと後ずさりする。後ろで踏ん張っていた仲間たちは皆、腕や脚から血を流しながらも、まだ踏ん張ってくれていた。ルネはカーネリアンに守られるように、彼の後ろに立っている。彼のそばに立ち、クレイは痛む腕を伸ばし、拳を握った。


 瞬間、茨が八咫烏の真下と付近の山肌から伸びる。太く太く成長した数十本の茨が、八咫烏の体を捉えた。


「よし!」

「魂……出るぞ!」


 暴れる八咫烏から、何か光る玉のようなものが浮き出る。


「どうすればいい?」

「儂があの玉までお主を投げ飛ばす。お主はただ拳を突き立てておればいい」

「わかった!」


 クレイがカーネリアンの前に立つと、体がふわりと浮いた。かと思えば目の前に地面が突然現れ、風を切る感覚が前身を包み込む。拳を前方に突き立てると、彼の拳が光の玉を貫いた。その瞬間、自身の中に火傷しそうなほどに熱い何かが流れ込んでくるのを感じ、胸を掻きむしる。歯を食いしばり、唇から血を流しながら、彼の体が地面へと吸い込まれていった。


「ル……ルネ!」

「任せてー!」


 地面に激突する寸前、柔らかい感触に包まれる。ルネのツルにより、地面との激突を免れたが、彼は熱と痛みで気が狂いそうだった。


 地面を転げ回り、暴れまわり、下唇を噛み切った後、彼の意識はプツリと途切れた。

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