ランプ山の怪鳥(中編)

 ランプ山には、怪鳥あるいは神鳥と呼ばれる巨大な鳥型の魔物がいる。彼は突然この世界に現れ、ランプ山を縄張りとした。その巨大な空を舞う魔物はランプ山の火口に巣食い、死んでもまた蘇る。女神ノエルは昔、この異常事態に対して調査隊を派遣したという。その結果、彼は魔物ではあるがまた異なる存在でもあり、この世界に宿った新たなる神だとされた。


 今クレイたちが向かっているのは、そのような、ある種神聖な場所である。


 山の麓にたどり着き、見上げると遠くからは見えていた火口付近が見えない。当たり前のことだが、クレイはため息をついた。


「クレイよ、お主はここを通るときの掟を知っておるか?」

「なんだよ唐突に」

「ランプ山を通り抜ける際、必ず火口の付近を通るのだ。そこで食料をほんの少し、火口に投げ入れなければならぬ」

「お供え物ってことか」

「その通りである。食料を少し寄越してはもらえぬか?」


 クレイは「わかった」と短く答えて、停止した馬車を降りる。それから後続馬車に乗るマイカに事情を伝え、火口に投げ入れても問題がない程度の食料を受け取った。それをカーネリアンに渡すと、馬車は再び動き出す。ランプ山の街道、ランプ山道を登り始めた。


 山道は驚くほどに快適で、魔物の一体もいない。安穏とした空気が馬車を包み込む。


「クレくんクレくん!」


 ルネが鼻息を荒くしている。


「なんだ?」

「山ってすごいんだねー! なんか荘厳って言うんだっけ」

「お、ルネは賢いな」

「……親ばかね」


 大きな声でわざとらしいため息をつくセレンの足を、クレイが足で小突く。


「誰が親だ」

「そこなの? だってあんたが生み出したんでしょう?」

「んー……親子は嫌だなー」


 ルネが頬に手を当てながら言った。セレンは腕を組んでクレイを睨んでいる。


「俺も親というつもりは特にないなあ」

「だよねー、どっちかというと姉弟みたいな」

「たしかに」


 セレンが「ふうん」と言いながら、腕組みを解く。それでも彼女はクレイを睨み続けていた。窓から差し込む風が湿り気を帯びてきたように感じる。肺に滑らかに入り込んでくるようでいて、胸を鷲掴みにする不快なもののようでもあった。クレイは窓の外を見ながら、口を開く。


「まあでも、俺達の関係はもっと複雑なんだよ」

「……そうだねー」

「ちょっと! 匂わせだけして話さないのやめない!?」


 セレンが窓を見ているクレイの肩を揺さぶる。クレイは笑いながらも、セレンの方を振り向かなかった。セレンはなおも「ねえ!」と問いかけているが、彼は乾いた笑い声をあげるだけで何も答えない。ルネも別に答えたりフォローをしたりするつもりがないのか、目を閉じて静かに笑っている。


「なんなのよもう……」

「ごめんごめん。いつか話すよ」

「本当ね!? 言質取ったわよ!」

「はいはい」


 騒がしくしながらも、馬車は粛々と進んでいく。新たなる神の御わす神聖な山をやいのやいのと言い合いながら。


 山の中腹。山の岩肌を削り取ったかのように存在する小さな洞窟に、馬車を停める。ここはランプ山を超える者にとっての休息地。馬や足を休ませ、食事を摂るための場所として使われている。洞窟には祭壇があり、そこにはろうそくをかたどったマナ灯が二本置かれていた。祭壇の中心にあるのは、鳥型魔物の彫像だ。クレイはルネが料理を作る音を聞きながら、その彫像を見る。


 二つの巨大な翼を畳んで精悍な顔つきをしている木製の神が、赤色の光に照らされていた。見ていると、心中に暗雲が立ち込めるようだった。


「クレっち何見てんの?」

「ん? ああ、この山にいる神の像」

「へー、これが神様なん? かっちょいいじゃん」


 マイカが笑顔で像を眺めている。確かに、この像はクレイの目にもかっこよく思えた。理知的なように見えるし、荒々しいようにも見える不思議な魅力がある。とはいえ、やはり暗雲は拭い去れない。クレイは祭壇から離れ、ルネの手伝いをしようとした。


 その瞬間、地面が力強く揺れる。


「な、なんだ!?」

「地震!?」

「火がー! 危ないよー!」

「ルネちゃんは火から離れてて」


 焚き火台が倒れ、炎が地面に落ちる。セレンがかばうようにルネを遠ざけ、事なきを得たが、焚き火台の上に置いていたフライパンが地面に落ちてしまった。中身がぶちまけられ、ルネが目に涙を浮かべている。


 (ルネの料理を……許せん、地震め)


 そう思ったと同時に、揺れが収まる。マイカが地面の炎を魔法で消し、ルネがフライパンに駆け寄る。


「台無しだー……地面のバカー!」

「まあまあ、まだ食える」


 ちょうどできつつあった落ちた料理を一口分拾い上げ、クレイが口に入れた。洞窟の床は舗装されているからか、砂利などがついている様子もない。口中に広がるのは、いつも食べていた彼好みの味付けの肉野菜炒めだった。


「うん、うまい」

「もー、落ちたの食べちゃダメだよー」

「ははは、ごめんごめん。さ、今のうちに飯を食おう」

「だな! 俺はもう腹ペコだぜ」

「であるな。にしてもお主、やりおるな」


 全員ですでに皿に入れられた料理を囲み、他愛のない話をしながら食事を楽しんだ。ルネは涙を引っ込め、笑顔だった。

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