ランプ山の怪鳥(前編)
冒険者ギルド前の広場にまで戻り、フリントたちを待つ。食料の買い出しは時間がかかるだろうということで、三人はベンチに座りぼうっとしていた。鳥のさえずりが耳に心地よく響き、静かな通りを眺めているとこれから悪魔と戦うことになるかもしれないということなど、頭からすっぽ抜けてしまいそうだった。
「なあ、例の悪魔の子を見つけたらどうするんだ? 説得するのか?」
クレイが前を向きながら独り言のように問うと、カーネリアンが吐息を漏らした。
「無論、説得を試みたいところだが、うまくはいかんだろうな」
「だよなあ」
「他人に説得されただけで納得するようなタマではあるまい」
「難しい話だねー」
クレイはベンチに背中を預け、空を仰ぐ。青空が遠く、白い雲がゆったりと流れていた。時折鳥が往来し、マナ灯に止まって休む。鳥がこちらを見下ろして笑っているようにも見えた。
「儂がまだ普通の魔族だった幼子の頃、迫害を受けておってな」
「それは人間から?」
「同胞からだ」
「同じ魔族なのに?」
ルネが問うと、カーネリアンは腕を組んでクレイと同じように天を仰ぎ見る。
「人間同士も迫害し合うではないか。それと同じことだ」
「まあ、確かにな。俺も散々馬鹿にされたもんだ」
「お主もか」
「ああ、壁の向こうに行くんだって昔から吹いて回ってたからな」
クレイが鼻で笑うと、カーネリアンは豪快に笑った。
「夢がわからぬ愚か者共よな」
「だな」
「して、お主、壁の向こうには何があると思うておる?」
カーネリアンが横目でクレイを見る。彼もまた横目でカーネリアンを見て、拳を握った。
「死後の魂が悪魔に生まれ変わって暮らしてる、と聞いたな」
「死後の世界というわけか。誰ぞ待ってる者でもおるのか」
カーネリアンの言葉に、クレイは目を伏せる。肩を震わせ、右隣にいるルネに優しく肩を叩かれた。
「誰も待ってなんかいないよ。ただ、そこにいるんだ」
クレイの声音は、いつもの軽薄な感じではなく、重く響くようだった。目の前のマナ灯に止まっていた鳥が、一斉に羽ばたく。
「そうであるな……儂もいつか行ってみたいものよ」
「あ、話の腰を折ってしまったな。続けてくれ」
クレイが手のひらを上に向けて促すと、カーネリアンはまた口を開いた。
「……儂が迫害されていた頃、齢の離れた昔馴染みがおってな。儂は姉と慕っておった」
「姉、か」
「彼女が毎度毎度庇ってくれてな。まあもう死んでしもうたわけだが」
彼の口調は、まるで歌うようだった。クレイは黙って次の言葉を待つ。
「似ておるのだ。ザクロは儂の姉に」
「なるほどなあ……」
カーネリアンは再び大空を見上げ、手を伸ばし、拳を握る。しばらくそうしてから、拳を解いて腕を降ろした。
「それもあるのだろうな。儂は彼女のことを放ってはおけぬのだ。惚れておるのもあるがな」
最後にガッハッハと笑い、ため息をつく。クレイはどう反応していいか迷って、口をパクパクとさせてしまった。
「壁の向こうにお主の言うような世界があるのなら、やはり儂の姉も待ってはおらぬのだろう。詮無きことだがな」
(自覚はないみたいだけど、昔のお姉さんが初恋だったんじゃ……?)
言うか迷って、クレイは口に蓋をした。これは言うべきではないと、判断した。幼い頃の恋心は、自覚しないまま綺麗な想い出として心に残しておくのが一番いい。クレイはただ頷いて、吹き付ける涼風に目を閉じることしかできなかった。
それから鳥が何度か頭上を飛んだ後、フリントたちの姿が目に映る。重そうな荷物を抱えて、三人が一緒にベンチに寄ってきた。
「お、おまたせ……」
「お疲れさん」
息を切らすセレンにクレイが水を渡す。すると彼女は鬼のような形相で一心不乱に水を飲み干した。
「さ、荷物を積み込みに行くか。俺が持つよ」
「儂も持とう」
セレンとマイカの荷物をクレイたちが代わりに背負い、六人は馬車を待機させている街の北側へと向かった。ラダウの街の北門付近には、兵士が三人駐在している。その付近に、イリスが馬車を待機させていた。兵士たちが五本の槍とカーネリアンを見て、固まってしまっている。
「皆さん! 準備は大丈夫ですか?」
「ああ、もう大丈夫だよ」
「いつでも行けるぜ!」
「準備おーけーだよー」
他の面々も、力強く頷いている。
イリスの手伝いを得て馬車に荷物を積み込み、乗り込んだ。カーネリアンが先頭馬車を操縦し、後続の馬車はフリントが操縦する。クレイとセレンとルネの三人は先頭馬車に、ほかは後続の馬車という偏った比率になった。後続馬車に人が少ないのは、荷物を全て積み込むためである。
「皆さん、お気をつけて!」
「イリスさんも!」
「では、皆の者、参るぞ!」
カーネリアンの掛け声で、馬車が前へと歩を進める。手を振るイリスが徐々に遠くなり、眼前の少し遠くに見えるランプ山がゆっくりと近くなっていった。
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