ランプ山へ

 冒険者ギルドに入ると、イリスが引きつった笑みを浮かべながら固まっていた。というより、カーネリアンを見て固まっているように見える。当の大男自身は口角を大胆に上げた豪胆な笑みを浮かべ、イリスに手を差し出している。


「悪魔人のカーネリアンと申す。よろしく頼む」

「悪魔人って言うのか……」

「悪魔で魔人だからねー」

「あ……はい、よろしくお願いします」


 抑揚の感じられない声で、イリスが彼の手を取った。全員がテーブルにつき、顔を突き合わせる。「さて」とカーネリアンが低い声音で言うと、空気が張り詰めたようだった。


「儂はルビードラを差し向けた悪魔、彼女の行く先に心当たりがある」

「どこなんだ? それは」

「首都ランプのすぐ西、精霊迷宮である」

「精霊迷宮……」


 クレイはダリアという少女から受け取った金色の鍵を取り出し、目の前に陣取っている大男に見せた。彼は目を丸くして、「なるほどな」と呟く。


「主はあの魔女が認めた男ということか」

「魔女?」

「応とも。ダリアという女は数千年の時を生きる魔女である」

「あのちっこいのが?」

「こらー、ちっこいとか言わないのー」


 カーネリアンが空中に影の渦を出し、そこに手を突っ込み、何かを取り出した。小さな本のようだった。


「これは、女神ノエルの冒険譚から削除された部分を儂が製本したものだ」

「え、そんなのあるのか」

「ダリアは女神の友でな、女神の結婚式では仲人を務めたと記されておるのだ」

「女神も結婚とかするのね」


 クレイが読んだことのある冒険譚にも、確かにノエルの結婚話が出てきた。三人の神々を無力化した後、ノエルは婚約していたルミという女と結婚式を挙げたという。それから二人が主導となってこの世界を生み出し、そこに仲間たちが面白半分で色々な要素を付け足していったと。


 ただ、結婚式の描写については確かになかった。それどころか、ダリアという少女の名前自体が出て来ない。


「まあ、その話は今はいいじゃねえか。大事なのは精霊迷宮に、リアンが惚れた女が居るってことだろ」


 フリントが大げさに手を振って言った。クレイはこくりと頷き、カーネリアンを見据える。彼は本をまた影の渦の中に仕舞い、こほんと咳払いをした。


「奴ら邪教の真の狙いは精霊にある」

「精霊に?」

「応とも。精霊を殺すなり何なりすれば世界のバランスが崩れ、女神の力も弱くなるのでな」

「そっか、精霊は女神の魂から生まれたのよね」


 精霊は、女神ノエルが自らの魂を分割して生み出した存在だと言われている。女神の力は自身の魂に大いに依存しており、魂の一部である精霊が死に絶え、何らかの要因が加わり魂が戻らなかった場合、女神は魂の一部を失うことになる。


 しかし、クレイにはどうでもいいことだった。


「世界の危機は各国の王やそれこそ女神がなんとかするだろ」

「邪教が精霊を狙ってるから、愛しの人も精霊を狙って迷宮にいるってことが大事なんじゃん?」

「その通り、マイカは賢いな」


 笑いながら、クレイがマイカの頭を撫でた。


「であるからには、儂らもそこへ向かうが道理。異存はないな?」

「あるわきゃねえよ」

「ああ、どのみちこの鍵使いに行きたいしな」

「そうね、元々首都方面に行くって話だったわけだし」


 全員が力強く頷く。イリスは「そういうことでしたら」と、立ち上がった。


「私達が使ってた馬車を使ってください。私は学者さんたちと一緒に、もう少しこの近辺を調べます」

「そうだな、皆で向かうとなれば扉は使えん。よろしく頼む」


 カーネリアンが頭を下げると、イリスは「はい」と短く応えてギルドを飛び出した。クレイ達はひとまず準備を整えることになり、それぞれ散る。マイカとセレンは食料を、フリントは飲水を、クレイたちは生活用品や戦いに役立つものを買い揃える段取りになった。


「儂もお主らについていって構わんか?」

「もちろんだ」

「いいよー!」


 ギルドを出て、カーネリアンに案内されるがまま商店が多く並ぶ地区に向かう。まだ露店は出ていないが、この街に根を張る大商会の商店街があるそうだった。商会の名はラウダ商会。今朝方食べたサンドイッチと同じ名前がついており、クレイは「なるほどな」と頷く。


 商店街は、他の地域と比べて日中でも賑わっていた。人の往来がどの地区よりも多く激しく、皆一様に買い物袋を抱えて笑顔で歩いている。慌ただしく駆け回る人も何人かおり、忙しい場所に見えた。


「山越えか、何が必要なんだろうなあ」

「山越えと言ってもランプ山は街道が整備されておる。特別な備えは必要あるまい」

「じゃあ普通に日用品と、あと魔道具でも買うか」


 タオルなどの日用品を必要な数だけ買い、クレイたちは魔道具屋に立ち寄る。


 魔道具とは、マナを使う道具のことだ。スーパーバット君も、魔道具にあたる。旅にはマナランタンなどの光源となる魔道具や、使い捨てレプリカ魔石と呼ばれる魔法晶なんかがよく用いられる。魔法晶は、あらかじめ込められたマナを魔法として放つものだ。再充填ができない使い捨てであり、本体は各魔道具屋や冒険者ギルドが回収し、再利用されるため格安で手に入る。


 この世界では魔法は一人ひとつの属性しか扱えないという都合上、相性の悪い相手と戦うときなどに魔法晶が使われることが多かった。


 三人の入った魔道具屋は魔法晶の品揃えが豊富で、なんと魔法晶の掴み取りまでやっているようだ。


「掴み取り……心踊る響きだな」

「銀貨一枚だってー!」

「己が手で掴み取った分が銀貨一枚で購入できるのか……どれ」


 クレイはカーネリアンに任せようとしていたが、彼はクレイが頼む前に銀貨一枚を店主に払っていた。そうして腕まくりをして、大きな手のひらを何度も開いては閉じてを繰り返す。


「むんっ!」


 思い切り突き立てられた手のひらが、数え切れないほどの魔法晶を掴んだ。握り込む際にいくつか溢れたが、相当な数に見える。そのまま腕を引き上げると、店主が笑顔で袋を持ってきた。その袋の中に、カーネリアンが掴み取った魔法晶が入れられていく。


 そうして店主が集計した結果、炎が三つ、水が四つ、土が五つ、草が一つ、風が六つの合計二十もの魔法晶が銀貨一枚で手に入った。


 これだけの魔法晶の相場は、銀貨四枚分だ。クレイは思わずガッツポーズをしていた。


「よくやった!」

「うむ。バランスも良いな」

「草だけ少ないけどねー」

「草は俺が使えるから少なくていいんだよ」


 カーネリアン以外の五人が扱える魔法は、炎と水と草の三種類だけだ。ルネはただ自身の蔓を伸ばすことにマナを使うのみで、草魔法とはまた違う種族固有の能力だと言える。カーネリアンは悪魔だから、全属性の魔法が使えるが、それでも誰でも扱えるという意味では魔法晶があるに越したことはなかった。


「あとは何を買うのだ?」

「んんー……ひとまずこれくらいでいいかなあ」

「だねー、あまり買いすぎても馬車が重くなるしねー」

「じゃ、ギルドに戻るか」

「応! いよいよであるな」


 カーネリアンが顔を強張らせている。クレイは肘で彼の横腹をつついた。すると恋する魔人は静かに笑い、前を向く。そうして三人は店を出て、冒険者ギルドに戻っていった。

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