陰マナ捜索会議と名物朝食
喫茶店と思しき店に入ると、人の良さそうな老齢の主人が微笑みながら一礼してきた。クレイは小さく礼を返し、扉から一番遠いテーブル席に腰掛ける。両隣にルネとセレン、対面にはいつもどおりフリントとマイカが座った。木造のいかにも落ち着いた喫茶店というような内装で、ところどころに小さな絵画が飾ってある。
メニューに目を通すと、古今東西のあらゆる食材が集まる街だけあって、種類が豊富なのがすぐにわかった。
「ん? なんだこのラウダサンドって」
フリントが指したのは、メニューの一番はじめのページに大きく書かれている文字だった。隣には、料理の絵が描かれている。サンドイッチのようだが、一風変わっている。中にあるのは揚げ物のようにも見えるが、厚焼き玉子のようでもあった。
「すみません! なんすかこのラウダサンドって」
フリントが大声で店主を呼ぶと、彼はにこやかな笑みを浮かべ、曲がった腰を手で支えながらテーブル席まで歩いてきた。
「ああこれね、厚焼き玉子に衣をつけて揚げたものをサンドイッチにしたものだよ」
「めっちゃうまそっすね! じゃあ俺それで!」
「俺もそれもらおうかな」
「私もー!」
「ええと……ラウダサンドが三つですね。他のお二人は?」
マイカがメニューをパラパラと開き、「あーしはこれ!」とおにぎりとオニオンスープのセットを指さした。セレンは少し迷った挙げ句、せっかくだからとクレイ達と同じものを注文する。
「お飲み物はいかがしましょうか?」
「ブレンドコーヒーの人ー」
ルネが言うと、クレイとフリントが手を挙げる。
「緑茶の人ー」
今度は手を挙げたのはマイカだけだった。マイカはいつも、朝はおにぎりにスープ、そしてお茶と決めている。以前クレイが理由を聞いたが、特に理由はないらしかった。
「ミルクティーの人ー」
ルネとセレンが手を挙げる。主人は「かしこまりました」とゆっくり言って、カウンターの奥へと引っ込んでいく。厨房から「注文聞こえてましたよ」と、元気良さそうな声が聞こえてきた。
「さて、料理が来るまでちょっと話そう」
「おう、だな!」
「俺は一度、風俗街でバット君を飛ばしたいと思う」
「スーパーバット君、ね」
左隣で、セレンがクレイを睨んでいるのが横目で見えた。
「あ、はい」
「なして風俗街なん?」
「昨日かなり怪しい奴がいたんだよ」
「ああ……いたわね」
「すごく怪しくて、すごく強そうな人だったねー」
昨晩、クレイたちが闇商人との商談を終えて路地裏を出て歩き始めたとき、突然現れたように見えた大男。闇夜に紛れるようにして黒いパーカーのフードを深く被り、静かに、しかし確かな威圧感を放ちながら歩いてきた男だ。
「あいつが悪魔かその契約者なら、突然現れたように見えたのも納得できる」
「悪魔が使う扉ってやつだねー」
「そう、あれは悪魔にしか開けず、悪魔と魔人と魔族そして悪魔と契約した人間しか通れない」
「結構通れるじゃん」
確かに、クレイのこの言葉だけを聞けば人類種のほとんどが扉を通れるように感じられるだろう。
しかし、大陸にいる人類種のうち八割は「人間」と呼ばれる人族だ。残り一割強が魔族、残りが魔人と悪魔ということになる。悪魔の契約者である魔女や魔男がどれだけいるかは定かではないが、扉を通れない人類種の方が圧倒的に多いことには変わりはない。
「今は別に割合の話はどうでもいいんだって」
「要は扉を使えるいいずれかの人類種、もしくは魔男の可能性が高いってことよ」
「ありがとうセレン」
「で、この事件に関係がありそうなのは魔人か悪魔かという話だったよな」
「なるほどわかったぜ! つまりその怪しい奴がバット君を破壊したと思ってるわけだな!」
手を打つフリントをセレンが睨みながら、「スーパーバット君」と訂正した。フリントは「あ、はい」と肩を縮める。
そうこうしているうちに、料理と飲み物が運ばれてきた。ラウダ焼きは絵で見るよりも、実際にはもっと揚げ物のサクサクとした感じが見て取れる。中の厚焼き玉子はトロリとした柔らかいタイプのようで、クレイは食欲を抑えられそうになかった。
「とりあえず、食べるか」
「だな! いただきます!」
全員で手を合わせて「いただきます」と言い、目の前の料理にかぶりつく。はじめにパンのふわっとした柔らかい感触が舌と歯を優しく包み込み、続いて衣のサクッとした小気味いい音と歯ざわりと共にトロリとした甘い厚焼き玉子が飛び出してきた。衣の周りに塗られているソースは酸味があるが、ほんのりと鼻に来る辛さもある。
全てのバランスがよく、クレイは夢中で食べ終えた。
「うますぎて口を挟む余裕なかったな」
見渡すと、全員無我夢中に料理を平らげていた。マイカだけはゆっくりと、噛みしめるようにしておにぎりとスープを楽しんでいるようだ。ふと主人のほうを見ると、目の奥に鋭い輝きをたたえながらこちらをにこやかな表情で見ていた。
「サクサクふわふわだったー!」
「もうこれ立派なラダウ名物でいいんじゃね? 名前似てるし」
「名物はないとか言ってた露天商、これ教えてくれればよかったのに」
「あたしこれ大好物になりそうだわ……」
クレイがうんうんと頷く。まったくもって同感だった。
「さて、店を出たら一度風俗街ってことでいいか?」
「異議なしだぜ」
「あーしも」
「私もー」
「あたしも、気になるしね」
よし、と短く言ってからブレンドコーヒーに口をつける。まったりとした苦みが、揚げ衣の油を優しく洗い流してくれるようで心地がよかった。目の前には角砂糖を五つも入れ、コーヒーをぐるぐるとかき混ぜるフリントの姿がある。セレンがそれを見てか、クレイの左腕の袖を引っ張った。
「ねえ、フリントっていつもああなの?」
「あいつ、意外と甘党なんだよ」
「え、ギャップね……」
そうしてゆっくりと食後を楽しんでから、五人は店を出た。
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