青天の霹靂

 クレイが冒険者ギルドに入るや否や、イリスが血相を変えて駆け寄ってきた。マイカも珍しく難しそうな顔をして、イリスの隣に立っている。


「た、たたた大変です!」

「……どうしたんです?」


 クレイが首を傾げると、イリスは二度、深呼吸をした。


「ロタンが……攻め込まれました!」

「は!?」

「えー!?」


 クレイとルネが、同時に声を挙げた。マイカがため息をついて、クレイに紙を差し出す。今しがた届いた手紙らしかった。そこには、ロタンがプイヤーレの兵士たちによる襲撃を受けたと記載されている。


「プイヤーレ……」

「今届いたということは、私達が出発してすぐに襲撃を受けた可能性があります」

「ねー、ちょっとタイミングどー思う?」


 ルネがクレイに問う。クレイは顎に人差し指の第二関節を当てて、しばらく唸った後、口を開いた。


「なあ、今あの街の冒険者たちどうしてんだ?」

「……主だった冒険者は水源洞窟の再調査に向かわせました」

「なるほど」


 主だった冒険者が水源洞窟の再調査に向かった。洞窟にいれば、街の騒ぎは聞こえてこない。加えて、ルビードラを倒した冒険者たちである四本の槍改め五本の槍は、マナの痕跡を追って首都へ向けて出発した。その直後、プイヤーレからの襲撃。


「ルビードラは陽動か」

「おい、どういうこったよクレイ」

「恐らくこういうことだ」


 クレイは、仲間たちに自分の考えを説明していく。


 敵は、ルビードラを陽動にしようとしていた。ところが、誰もルビードラに手を出そうとしない。肥えすぎたルビードラを脅威に思いながらも、倒そうとする気概のある冒険者があの街におらず、調査も遅れた。そこに四本の槍が来て、ルビードラを沈静化。


 ギルドが学者たちを雇う前に水源洞窟に陰魔法のマナの痕跡を残しておき、それをこれみよがしに首都方面に向けて伸ばしていった。四本の槍はまんまとそれに引っかかりおびき出され、残った冒険者たちも水源洞窟の再調査に向かわされる。


 結果、ルビードラを倒した冒険者が街を去り、残ったのは脅威を積極的に排除しようとする気概のないにわか冒険者たちだけ。


「恐らく、敵は近くに駐在してずっと様子を見ていたんだ」

「ですが、どうしてロタンを……あそこは観光街です。軍事拠点でもないのに」

「それがわからんところだなあ」


 イリスがため息をついて、語っていく。


 ナーランプはプイヤーレと敵対関係にあったが、長年膠着状態が続いていた。魔王が代替わりして各国に対し穏健でないことがわかると、両国は今は小競り合いをしている場合ではないと協議したうえで一時休戦。


 それを破ってまで攻めてくるにしても、普通は物資の流通拠点であるこのラダウか各地にある軍事拠点を攻めるはずだと。何より、ロタンは国境から遠いところにある。敵国の兵士が怪しまれずに関所を通過し、ロタン近辺に駐在できたのかもわからないと。


「だー! もうわけわかんねえぞ!」


 クレイも、フリントに同意だった。


 (本当にわけわからん……頭がどうにかなりそうだ)


「とりあえずよ、わからんけど! んな話をここでうだうだやってる場合じゃねえんじゃねえの?」

「……ですね」


 全員が頭を抱えて、ため息をつく。


 (待てよ……いい機会かもしれない)


 クレイは一度頭をかき乱してから、イリスに詰め寄る。


「俺達、今からロタンまで戻ります」

「え!?」


 イリスが目を丸くした。冒険者は地元でもない限り、各国のいざこざにあまり首を突っ込もうとはしない。冒険者は冒険者であって、兵士ではないからだ。どの国にも属しないミナス出身の彼らにとっては、対岸の火事でしかない。


 しかし、クレイは拳を握り、大げさに振り上げる。


「この一件と絡んでいるなら、悪魔や魔人もいるかもしれない」

「魔人……そうね」

「それに、ミナスも近いからな。決して人ごとじゃない」

「た、たしかにー!」

「ミナスはああ見えてマナが豊富で鉱石も――」


 言いながら、クレイはハッとした。適当な理屈をつけて独断専行をし、あわよくば追放を狙うといういつもの癖だったが、本当に他人事ではない可能性が彼の中に浮上した。


 ミナスは、特別な土地だ。


 通常、大陸中の迷宮は一年に一度、更新が行われる。地形が変わり、鉱石や宝の類いが新たに設置される。女神の恵みと呼ばれている現象だ。取り尽くされることはないが、その年の恵みが取り尽くされれば一年間は何も旨味のない迷宮になる。


 だが、ミナスだけは違った。毎日、迷宮が形を変え、新たな恵みが与えられる。言わば、無限の資源があの浮遊都市にはあった。そのうえ、ミナスには全てのマナがバランスよく集中している。エネルギーの宝庫でもあった。


 その代わり、迷宮に強い魔物が湧く。


「連中の狙い、もしかしてミナスか?」

「あ……!」

「ミナスは狭い土地で大陸にも面してない。だから女神ノエルは、あそこのマナを特別潤沢にして恵みも特別にしたと言われてる」

「ミナスを手中におさめるにしても、拠点は欲しいですね」

「そう、ミナスは簡単には落とせないだろうからな」


 ミナスはその特別さ故に、手練れの冒険者たちが集まる。彼らはミナスの無限の恵みが狙いで各国から集まり、その実入りの良さから定住する者も多くいる。そのうえ、ミナスには攻め込まれたときに天から女神の使いが現れるという言い伝えもあった。攻め落とすには、近くに拠点が必要だ。


 クレイは胸に沸き起こるざわめきを必死でおさえながら、努めて冷静を装い、再度口を開く。


「俺等にも決して他人事じゃないってことだ」

「だな! 何かできることはあるはずだぜ!」

「あーしも、ロタンもミナスも好きだし!」

「あたしも、魔人がいるかもしれないなら行かない理由がないわ」


 クレイに続き、仲間たちが声を挙げる。不思議と、クレイには残念だという気持ちはなかった。


「私は、反対かな」


 ルネが小さく手を挙げて言った。キュッと目を閉じ、祈るように息を吐く。


「魔人が出るかもしれないんでしょ? 私達にはまだ無理だよー……」


 ルネの言うことはもっともだ――クレイは頷いた。


「確かに、俺らは言うほど弱くはないが、言うほど強くもない」

「だったら――」

「だが、弱いから、未熟だから、危険を避けて進むのか?」


 クレイは震えるルネの手を取り、ふうと息を吐いて彼女の顔をじっと見つめる。


「俺達は壁の向こうに行くんだ。誰よりも冒険者らしくあるとそう誓ったじゃないか」

「そうだけど」

「弱いからと危険を避けるのは、冒険とは言えないんじゃないか?」


 クレイの脳裏に浮かぶのは、ミナスで見てきた冒険者たちの顔だ。ミナスの無限の資源に溺れ、徐々に目に霞がかかっていくように見えた彼ら強者の顔。


「ミナスにいた奴らは強かった。強かったのに、誰よりも冒険者じゃなかった」


 クレイの言葉に、ルネが目を開く。その目には、霞はかかっていないようだった。


「俺らは正直弱い。作戦もお前の祝福頼りの脳筋戦法ばかりで、頭もよくない。だけど、誰よりも冒険者でありたいんだよ」

「だから行くの?」

「ああ、だから行くんだ」


 それは、紛れもない彼の本音だった。故郷が狙われているかもしれないことや、綺麗なロタンの街が汚されることよりも、彼にとってはずっと大事な本音。


 ルネはため息をついて、小さく頷く。


「わかった。もう止めないよ」

「おう、ありがとうな」


 ルネの頭を撫でて、仲間たちに向き直る。彼らは皆、笑顔で親指を立てていた。魔人という一般人では歯が立たない種族が出てくるかもしれないというのに、誰も臆しているようには見えない。クレイもまた笑って、親指を立てる。


「よし、じゃあ引き返すか!」

「はーはっはっは! その必要はないぞ諸君!」


 突然、高笑いが響いた。透き通った鈴の音のようにも、濁ったノイズのようにも聞こえる不思議な声。声がした方を振り返る。クレイたちが入ってきた扉だった。その先にいたのは、灰色のローブに赤いシャツを身にまとい、ホットパンツを履いた小柄な人間。少年のようにも少女のようにも見える誰かだった。


 ただ、その顔は恐ろしいほどに美しく、透き通った肌には自分自身が反射して見えるような錯覚に陥る。


「王様……!?」


 イリスが口元を覆って上ずった声を挙げた。


「は!? 王って……プラン王!?」

「がっはっはー! 話は聞かせてもらったぞ冒険者たちよ!」

「声でっけえ」

「でかいわね」


 プラン王はズカズカとクレイたちに歩み寄り、口角を吊り上げている。ギザギザとした歯がキラリと光った。


「なぜここに王様が!?」

「うむ、こいつじゃ」


 彼はローブのポケットから、鉄の翼の付いたガラス玉を取り出す。ガラス玉に見える内部機構に、クレイは見覚えがあった。


「これ、マナ灯ですか?」

「光を発しながらマナの痕跡を追う我が発明じゃ!」

「なるほどさっぱりわからんぜ!」

「つまり、マナを溜めてそのマナで空を飛び、また別のマナの痕跡を追うと?」

「そこの釘バットは賢いようじゃな。じゃが違うぞ」


 プラン王は、クレイたちに説明した。


 これはある種のマナを蓄積することで、同種のマナの痕跡を追うものだという。プラン王は自国できな臭い動きがあることを察知し、件の水源洞窟からこれを飛ばし、陰魔法のマナの痕跡を追った。


「こいつは発生源まで特定できるんじゃが、足取りがこのラダウで途絶えてしもうてな」


 彼がガラス玉を撫でる。我が子を慈しむような優しい手つきに思えた。


「我が思うに、このラダウに件のマナの発信源がおる。其奴がこいつを破壊したのじゃろう」


 プラン王がガラス玉の内部をクレイに見せた。たしかに、内部のマナ回路に小さなヒビが入っているのが見える。クレイは人差し指の第二関節を顎に当てて、「なるほど」と呟いた。


「というわけじゃ。襲撃犯たちは我が対処するから、お主らはラダウを調べてくれ」

「王が自ら行かれるのですか……!?」

「面白そうじゃからな! 我が出張らずしてどうするか!」


 プラン王がまた大きな声を出し、クレイにガラス玉を握らせる。


「こいつはバット君という。修繕すれば役に立つじゃろう。お主らにくれてやる」

「そういうことなら……」


 クレイがバット君をカバンに仕舞い、仲間たちに向き直る。全員、眉を潜めていた。フリントは禿げてしまうのではないかという勢いで、髪を掻きむしっている。


「話に付いていけねえ!」

「つまりロタンは王様が対処するから、俺達はラダウで水源洞窟から続く陰魔法の痕跡を追えということだよ」

「つまり魔人と戦うのはお預けか?」

「お預けだ」

「そう、そうよね……」


 セレンが肩を落とし、目を伏せる。クレイは彼女の肩を叩いて、「また機会はある」と耳打ちした。


「わかってるわ。今は目の前のやるべきことよね」

「話がまとまったようじゃな! では我はすぐさま向かうとしよう! さらばじゃ!」


 プラン王は高笑いしながら、何か渦のようなものを手のひらから出した。影が渦巻いているようなそれは、クレイが女神ノエルの冒険譚で読んだ扉のように見える。悪魔にしか使えないという、一瞬で思い描いた場所に行けるという扉だ。


 彼が扉に入ると、彼と一緒に扉が消えた。


 イリスが床にへたり込み、長い息を吐く。


「ドッと疲れました……」

「嵐みたいな人だったねー」

「ま、まずはこいつを修理しないとな」


 クレイがカバンからバット君を取り出すと、セレンがそれをかっさらった。


「私がやるわ。こう見えてマナ技士でもあるのよ私」

「え、まじか。すげえなお前」

「ふっふっふ……父から受け継いだ技術を使う時が来たわ。明日までには仕上げるから」


 セレンが怪しげな顔で笑みを浮かべる。クレイは「ま、任せた」と言いながら、一歩下がった。


「さ! 今日は寝て明日から調査開始だ!」

「おー!」

「お、おう!」

「あーし全然話ついてけなかった……!」


 マイカが両手をわきわきと動かしながら、嘆いた。


 イリスが取ったギルド直営の格安宿に宿泊し、全員が自分の部屋に入っていく。ここでもクレイとルネは相部屋だった。女性が増えたことでマイカとセレンが相部屋になり、フリントは一人部屋を手にしてガッツポーズを決め、意気揚々と部屋のドアを開ける。


 クレイたちも部屋に入り、眠りについた。

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