フリントという男
風俗街を出て飲み屋がありそうなところを探していると、クレイの目の前に突然大男が現れた。
(あいつ、どっから現れた?)
夜だとはいっても、マナ灯に照らされた道は見通しが悪いわけではない。むしろ、夜の街としては見通しが良い部類だ。少なくとも、彼の知るミナスとロタンより視認性は高い。それなのに、目の前の大男は前を見て歩いていたクレイが気がつくことなく、突然目の前に現れたのだ。路地から飛び出したような様子もなく、突然。
大男が自分たちに迫る。一歩一歩と迫る度、クレイの心臓がドクドクと慌ただしく脈動した。彼から目を離すことができず、立ち止まることもできない。
すれ違いざま、クレイは心臓が止まるような心地がした。チラリと見えた大男の目と、クレイの目が合う。クレイの視線に気づいたからなのか、それとも大男がクレイを見ていたからなのかはこの自称鬼畜冒険者にはわからなかった。
「ぷはぁ……」
「ねークレくん、さっきの人」
「ああ、凄まじいプレッシャーだった」
「そうよね、私の気の所為じゃなかったのよね」
クレイを含む全員、彼の異常なまでの威圧感に気づいていたようだった。
クレイは胸に手を当てて、息を整える。
(息を止めてしまっていたのか……)
「只者ではないことは確かだな」
「だねー、死ぬかと思ったよー」
「そして今目の前で繰り広げられてる光景も、見たら死ぬかと思うわよ」
「ん?」
セレンが指した方を見ると、フリントがいた。フリントが風俗や飲み屋のある歓楽街にいるのはいつものことだが、様子がおかしい。誰かと揉めているらしく、見知らぬ男と女に物凄い剣幕でまくしたてられているのが見える。
近寄ると、段々と会話が聞こえてきた。
「お前もっぺん言ってみろや」
「なんべんでも言ってやるよ! あんなのと一緒にパーティ組んだなんざ、お笑いだぜフリント!」
「ん、あいつ……」
フリントと口論している相手に、クレイは覚えがあった。男の方は長髪を遊ばせている茶髪で、首元が大きく開いた赤いシャツを着ている。女の方は黒髪を綺麗に編み込んでおり、全身もこもことしたあたたかそうな服で固めていた。
「ツヨシとアカネじゃねえか」
「嘘、ツヨシ……」
「あー、あいつらかー」
セレンがクレイの背中に隠れる。近寄った三人に気がついたのか、フリントたち三人がクレイを見た。次の瞬間、ツヨシの口角が吊り上がる。
嫌な笑顔だ――クレイは、ため息をついた。
「おー、性癖異常者のクレイくんじゃねえか」
「魔物娘も一緒じゃーん」
「フリント、こんなのと揉めてたのか?」
「ああ。こいつらがお前らのこと悪く言うからよ」
なるほど、とクレイが頷く。
フリントは彼と、旧知の仲だった。クレイが学校に行かなくなってから出会ったらしく、クレイは決闘前まで二人が知り合いだとは知らなかったが、何か因縁があるらしい。あまりいい仲ではないということは、クレイにも察しがついた。
「自分が生み出した都合のいい女と毎晩ヤッてんだろ? いい趣味してんじゃねえか」
「こんな奴らと揉めても時間の無駄だぞ」
「そうなんだけどよ、ムカつくし」
「無視してんじゃねーよ! おいこらクレイ!」
アカネがクレイの胸ぐらを掴んだ。
「随分口が悪くなったなあ、バカ女」
「お互い様じゃないの? 泣き虫クレイ」
クレイがアカネの手を振り払い、突き飛ばす。彼女の足が地面から離れ、吸い込まれるようにしてツヨシにぶつかった。
「てめえ何しやがる!」
「行くぞフリント、まだ時間あるし軽く飲もう」
「はあ……クレイがいいなら俺はいいけどよ」
彼らを無視して歩き出すクレイの肩をツヨシが掴む。歩き始めて急に止まったためか、クレイの背中にセレンの顔がぶつかってしまった。小さく「痛っ」と声を挙げ、鼻をおさえている。
「おや? おやおやおや? 裸踊りのセレンじゃねえか! 俺等のパーティを追放になって、このクソ野郎の仲間になったのかよ!」
ツヨシが腹を抱えて笑う。セレンはやはりクレイの背中に隠れ、口をつぐんだ。
「みんな行くぞー」
「セレちゃんも行こー」
「おい無視すん――」
もう一度肩を掴まれそうになった瞬間、クレイはドレインフラワーの蔓をアカネに伸ばした。小さく声を挙げて捕まったアカネのもとに、ツヨシが駆け寄る。
「これ以上突っかかるなら、そいつのマナを全部吸ってやる」
「チッ……うぜえんだよ、クズ野郎が!」
クレイは彼に見向きもせず、歩き始める。
「気持ち悪いんだよ! そんな魔物娘なんか連れやがってよ!」
ビクッと震えるルネの肩をクレイが抱いて、歩く。ふと、フリントがいないことに気がついた。クレイの背後で人が殴られたような鈍い音が鳴り響く。振り返ると、フリントがツヨシを殴っていた。腹を殴られた彼の口から、血が漏れている。
「お前らに何があったかは知らん。だがな、大事な仲間たちを傷つける奴を許せるほど、俺はバカじゃねえんだよ」
吐き捨てるように言って、フリントが駆け寄ってくる。「悪い悪い」と、笑っている。その声が、ちょっとした野暮用でも片付けてきたかのような軽い口調であるかのようにクレイは感じた。
(これがフリントという男だ……情に厚く、仲間想い。俺は、本当はどうしたいんだろう)
クレイは胸中にモヤモヤとした想いを抱えながら、仲間たちと笑い合いながら夜の街に消えていった。
そのまま適当な飲み屋に入り、一時間ほど酒と料理を楽しんだ後、店を後にする。フリントは完全に出来上がっているのか、おぼつかない足取りだった。セレンは酒に強いらしく、短時間でかなりの量を飲んだにも関わらずケロッとしている。
「さ、ギルドに行って合流するか」
「だねー! 私もう眠いよー」
クレイたちは歓楽街を離れ、冒険者ギルドへと向かった。
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