中央街ダラウの闇商人

「ほら、起きなさい二人とも!」


 セレンの声に目が覚めると、馬車が止まっていた。クレイは慌ててあたりを見渡す。何者かの攻撃を受けたわけではないことは、窓の外の景色から見て取れた。窓の外に見えるのは、街だ。


「……着いたのか」

「ええ、中央街ダラウよ」

「おはよークレくんー」


 ルネがあくびをしながら、伸びをする。クレイは微笑みながら彼女の頭を撫でた。すると彼女は、目を細めて「えっへへー」と口角を緩める。


「ルネ、街だ、降りるぞ」


 クレイが立ち上がると、ルネも一緒に立ち上がる。そうして三人は馬車から降りて、中央街ダラウの地に足を降ろした。既に日は落ちているが、街は明るい。道の両脇にはマナ灯が吊り下げられたポールがあり、街中を照らしていた。


「確か、ダラウは交易街だったか」

「ええ、そうです」


 イリスが後方馬車から降りて言った。


「ナーランプの東西南北の街道のちょうど中心にありますからね」

「どこに行くにも通る街ということだな」

「すげえな、マナ灯の数がミナスの比じゃねえぞ」

「マジヤバイ、テンション上がってきた!」


 マイカが、道の脇にあるマナ灯に駆け寄る。そうして、じっくりと観察している。


「さて、今日はここで一泊です。宿は私達が手配しますので、皆さんはじっくりと街を回られてみては?」

「いいんですか?」

「ええ、二時間後にギルドで待ち合わせしましょう」

「まじか! やったぜ!」


 フリントが駆け出し、夜の街に吸い込まれていった。イリスは「あはは」と笑ってから、一礼した。クレイは「さてと」とルネに向き直る。


「俺等も行くか。セレンも来るよな?」

「一緒でいいの?」

「もちろーん! マイカちゃんは……あれ、もういない」


 ルネの言葉にあたりを見渡すと、マイカは既にどこかに行ったのか、近くにいなかった。


 (まったく、慌ただしい奴らだな)


「お言葉に甘えさせてもらうわ」

「おう、ただし! あまり俺の行動に茶々を入れるなよ?」

「入れないわよ! 何する気なのよ!」

「おっけ、じゃあ行くぞ」


 クレイが先陣を切って歩き始める。馬車が停まっていたのは東門の近く。道を歩いていると、すぐに街の様子が見えはじめた。交易街とはよく言ったもので、夜になっても大勢の露天商が店を構えている。アクセサリーを売る者、古今東西の土産物を売る者、武器を売る者などさまざまだ。


 ふと、ルネが土産物屋の前で足を止めた。


「ん、気になるのか?」

「ダラウのお土産屋さんだってー!」

「へえ、この街のことがよくわかりそうね」

「ほう……」


 地元の土産物屋と言っても、置かれているのは龍を象ったシルバーマスコットやルビーの指輪、ドレインフラワーの花弁の押し花などだった。統一感がまるでない。


「あまりこの土地の名物ってなさそうだな」

「兄ちゃんわかるかい? ラダウはなまじ交易で発展しすぎたからな、産業を興すような気概がないのさ」

「なるほどなあ」


 店主は饒舌に語る。ダラウは、各街道の交差点に街があれば便利だろうという発想でつくられた街だ。土壌の調査などをあまり行わず見切り発車で街を作ったが、結果として作物を育てるのにもあまり向かず、周囲に洞窟の類いもなく鉱石も採れず産業を興すのには不向きな土地だった。


 しかし、実際便利だったため交易で利用されるようになり、人々が潤い、行政も街を豊かにした。その結果、困難なことに挑戦してまで産業を興そうという人はなかなか現れず、各地からの物資が集まる交易街となった。


 この土地特有のものなど、ナーランプ随一の歓楽街がある程度だと店主は笑う。


「カミさんに怒られても行っちまうんだよな、がっはっは!」

「奥さんいるなら行っちゃダメだよー」

「こら手厳しいことで……で、どうです? 何か買っていかれませんか? 講釈代程度でいいですよ」

「商売上手め」


 クレイは適当に、テーブルの隅に置かれていた小さな像を手に取る。金色で高そうなのに、銀貨二枚と安く売られているのが彼は気にかかった。そのうえ、何か仮面のようなものを象っているのが彼には面白く感じられた。


 (まあ不気味ではあるが小さいし邪魔にならんだろう)


「これください」

「毎度あり!」

「あ、そうだ。歓楽街……風俗のあるあたりってどこらへんですか?」

「ん? ああ、通りをまっすぐ行って冒険者ギルドが見えたら左に曲がって、あとは十分くらい歩けばつくよ」

「ありがとうございます」


 銀貨二枚分の紙幣を手渡し、像をカバンに入れる。道案内に対して一礼して、三人は店から離れて、また通りを歩き始めた。


「こりゃフリントは風俗に行ったな」

「マイちゃんもかもねー」

「え、あのマイカって子、そうなの!?」


 セレンが大きな声を挙げる。


「あいつは両方イケちゃう口だ」

「え、ええ……」


 今度は小さな声で、顔を引きつらせながら笑っていた。


 ま、俺も気持ちはわかるけどな――クレイはうんうんと頷く。彼もマイカの性格と性癖をはじめて知ったときには、同じようなリアクションをした。


「で、クレイはなんで風俗の場所を聞いたのよ」

「まだ秘密」

「金策ってやつだよー」


 話しながら、通りを歩く。もう夜だというのに、大勢の人とすれ違う。先程の店のあるあたりはナイトマーケットとして有名だ。ダラウのナイトマーケットと言えば、古今東西の美食と良品が集まる大陸最大級の露店街として知られている。実際、歩きながら見るだけでも随分と盛況だった。


「本当にすごいわね、噂には聞いてたけど」

「露店の数や種類もそうだが、装飾とかが華やかだよな」


 露店のテントには多種多様な色のマナ灯の装飾があり、夜だというのに昼間のような明るさと華やかさだ。空気が震えているようにクレイは感じた。人々の賑やかな声、往来する人々の足音、露店街の中心で踊る踊り子の靴の音。はじめて地上に降りたときと同等かそれ以上の高揚感に、クレイは思わずスキップしたい気持ちになった。


「クレくんご機嫌だねー」

「今更テンション上がってきた!」

「ほんと今更だわ!」

「ま、明日の朝にはすぐ出発なのがもったいないけどな」


 ロタンが包み込むような安心感を与える街だとしたら、ここは鼓舞するような興奮と快楽を与える街だ、とクレイは思った。


 ふと、冒険者ギルドの看板が見える。露天商から言われた通りに左に曲がった。冒険者ギルドのあるあたりは、ナイトマーケットとはまた違う盛り上がりを見せている。冒険者ギルドの前には広場があり、その広場で楽器を演奏する人たちがいるのがチラリと見えた。


 耳に溶けるようにして、彼らの音楽が入ってくる。背中で太鼓の振動や弦から出る綺羅びやかな高音を感じながら、クレイたちは風俗街を目指した。


 しばらく歩くと、明らかに治安が変化しているようにクレイは感じた。ナイトマーケットと違い、冒険者然とした武装した男たちが顔を赤らめて歩いている。華美なマナ灯装飾に屋根を彩られた建物が林立し、眩いばかりのピンク色の光が路面に影を落としていた。よく見ると、赤いマナ灯と白いマナ灯が隣接して配置されている。


 クレイは路地裏という路地裏に片っ端から入っていき、何者かを探す。


「ねえ、今何してるとこなのよ」


 セレンがクレイの脇腹を突き、ため息をつく。


「ん? あ、それっぽいのがいるな」

「あ、ちょっと、待ちなさい!」


 クレイが路地裏に入り、人影に歩み寄る。体格からして男らしかったが、黒いコートのフードで顔をすっぽりと覆っており、顔は見えない。クレイは男に自身が四等級だと判断したルビーの塊を二つ見せた。


「一見の割に妙に話が早いな」

「ミナスにも似たようなのがいたからな」

「ふむ、なるほどあいつか」


 渋い声でクレイは彼を男だと確信した。低く腹の底に響くような声からは、プレッシャーが感じられる。


「知り合いか」

「俺等闇商人は全員同じ一族だからな……まあ、詳しい話は我ら一族の馴染みになってからしてやろう」


 男はそう言うと、黒いカードをクレイに差し出した。それを受け取り、暗い路地裏で注視する。ぼんやりと光が浮かび、暗闇でも文字が見えるようになっていた。会員カードと書かれている。


「俺等と取引するときはそいつを見せろ。取引履歴を刻んでやる」

「……なんかイメージと違う闇商人ね」

「よく言われる」


 クレイは「これが証か」と言って、カードをポケットに仕舞った。


「さて、ブツはそいつだな。貸してもらおう」

「ああ、よろしく頼む」


 闇商人にルビーを渡すと、彼は手をかざしながらじっくりと観察しはじめた。あらゆる方面から見ながら、手をかざしていく。


 鑑定スキルか――クレイは納得した。ミナスで会ったことのある闇商人も、鑑定スキルを使っている。鑑定スキルというのは結構貴重で、どこの冒険者パーティからも重宝されるが、この一族の闇商人たちは全員鑑定持ちだがパーティには所属していないということらしいと、彼は推察する。


「五等級が一つ、三等級が一つだな」

「クレくんさー、四等級一つもないんだけど?」

「なんだ? 四等級だと勘違いしてたのか。両方合わせて四等級二つ分より少し高く買い取れるぞ」


 闇商人が買取額を指で提示する。


「金貨十枚と銀貨五十枚ってとこだ」

「よし、乗った」

「商談成立だな。ほら、金だ」


 クレイが金貨と銀貨の入った麻袋を受け取ると、闇商人はルビーを足元に置いてあるバッグに仕舞う。硬貨の数を数えてみたが、寸分の狂いもなく金貨十枚と銀貨五十枚が入っていた。


「さ、カードも出せ。履歴を刻む」

「おう」


 カードを差し出すと、闇商人は何かの機械と思しき物体を取り出した。淡くマナの光を放つその機械は、クレイがミナスで見た掃除機という漂流物と少し似ているように彼には見える。


 しかし、掃除機よりは小ぶりで、タンクのような部分もなかった。掃除機の先端部分にだけ似ているその小さな機械がカードにかざされると、ピッという小さく高い音が鳴る。カードの券面に、光を放つ文字が現れた。数字の二だ。


「ミナスにいるのは一族の末弟だ。あいつが入れ忘れた分を一つ入れてある」

「この履歴、溜まるとどうなるんだ?」

「買取金額の増額、販売金額の割引など特典がつく。あと、多少は私的な話もしてやれるぞ」

「なるほど、最後のはともかく、重宝しそうだ」


 クレイは麻袋とカードを仕舞うと、闇商人に一礼して路地裏を出た。路地裏に入ってからあまり口を挟まなかったルネが、クレイの肩を小突く。


「なんかちょっとさー、カッコつけてたよね?」

「男は、ああいう場面だと格好つけたくなるのさ」

「あ、まだカッコつけてるわ」


 こうして臨時収入を得た三人は、再び夜の街に向けて歩を進める。まだ、約束の時間までかなりの時間があった。

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