護衛任務開始

 イリスに案内されるがままに、街の西門へと向かった先には、二台の客馬車があった。荷物を運ぶものではなく、人を運ぶために快適性を重視して作られた馬車。その客室から、二名の白衣の男たちが出てくる。


「彼らが今回の調査を請け負う学者さんです」


 学者らはクレイに気がつくと、被っている帽子を取り、一礼する。


「そして、彼らが今回護衛として同行する冒険者パーティ、四本の槍……改め、五本の槍です」


 クレイもまた、姿勢を正して一礼する。


 挨拶が済むやいなや、イリスは今回の旅の工程の説明をはじめた。先頭の馬車に乗った学者がマナ感知を行いながら、首都を目指して街道をひたすら西に走る。順当に行けば、夜になる頃にはナーランプ中央街道との分岐点の街・ダラウに到着する。


 そこで一泊して、ダラウの北から中央街道に入り、ひたすら北上。何もトラブルが無ければ、夜にはランプ山に差し掛かる。山の麓にあるキャンプ地で野営を行い、翌日山を登りナーランプ北街道へ。


「後は何も無ければ夜には首都に到着する予定です」

「2泊3日か」

「意外とそんなもんなんだな」

「だねー、もっとかかるのかと思ってたよー」


 説明が終わり、全員が荷物を馬車の客室に詰め込んでいく。クレイとルネ、セレンはマナ探知を行うサンギリという学者と共に先頭馬車へ、残りは後方の馬車に乗ることになった。後方馬車のトンガリという学者は、調査のために体力を温存して何かがあったときの調査に備える。


「でさ、イリスさん」


 クレイが、大きな荷物を馬車に積み込むイリスの肩を叩く。すると彼女は荷物を馬車にどっかりと降ろして、笑顔で振り返った。


「なんでしょう?」

「イリスさんも行くんですか?」

「はい! なんか上に行って来いって言われちゃいまして」

「それはまたどうして……」


 ――向こうでルビーを売りたかったのに、とクレイは眉をひそめた。


「ギルド職員がいたほうが、街に着いたときに話が早いですから」

「あー、なるほどそういう」

「はい! ですから、交渉事は大船に乗ったつもりで任せてくださいね!」


 イリスが、胸を力強く叩いて鼻を鳴らす。クレイは「わかりました」と短く答え、先頭馬車に乗り込んだ。釘バットを背中から抜いて脇に置き、先に乗り込んでいたルネの隣に座ると、目の前でセレンが杖を磨いているのが見える。サンギリは馬をマナで操るため、馬上に乗った。


「立派な杖だな」


 決闘のときにはじっくりと見る余裕が無かったが、彼女の杖は大きく立派だった。柄が長く、先端が円を描いている。円の中心には紅い魔石である龍の瞳があしらわれていた。龍の瞳を中心として、円を形成している木に細い金属が通っている。


 セレンは杖を磨きながら、「そうね」と独り言のように呟いた。


「この杖、ママが使ってたものなのよ」

「ああ……魔人にやられたという」

「そう、ママも炎魔法だったから」


 クレイにはセレンの顔色がよくわからなかったが、声はどこか消え入りそうに思えた。


「きっと、立派な魔法使いだったんだろうな」


 クレイが言うと、彼女はピタリと手を止める。


 だが、少しして、また杖磨きを再会した。


「ええ、とびきり立派だったわ」

「そっか」

「もー、クレくんノンデリだよー」

「そ、そうか? すまんな」


 そうして、ほんの少しの気まずさを抱えながら、馬車は街道を西へ走りはじめた。


 景色がみるみるうちに変わっていく。何も無い平原かと思ったら森が見えて、かと思ったらその反対方向には村が見える。新鮮な光景にクレイは見とれて、先ほど少し感じていた気まずさなど忘れていた。


 ルネにあれはなんだろう、あそこはどういう村なんだろうと興奮した様子で何度も問いかけ、どれだけの時間が経っただろうか。ルネがこてん、とクレイの肩に頭を預けて眠り始めた。


 すると、対面に座っているセレンが二人をじっと見て、口を開く。


「あんた達、付き合い長いの?」

「ん? ああ、長いな」

「どういう関係?」


 自分の左肩でスゥスゥと寝息を立てるルネを見てから、セレンの方をじっと見据える。


「俺にとっちゃ、唯一の家族だ」

「そう……悪かったわ」


 セレンが目を閉じて頭を下げる。それを見てクレイは、ただ首を傾げるだけだった。


「あたしの元仲間が決闘前に……」

「ああ、あれか」


 クレイの脳裏に、フリントがスイダウンをかけて剣を叩き折った剣士の憎らしい顔が浮かぶ。彼の名はドライト。クレイの子供の頃の友人だった。アカネたちとはまた違う三人グループだ。クレイだけが孤立し、クレイの好きだった女の子と恋仲になったクレイにとってはある意味での因縁の相手。


 その後、彼はアカネを好きになり、また自分だけが孤立してしまった。


 ドライトは通りすがりで四本の槍に喧嘩を売り、決闘の直前にはクレイとルネのことを気色が悪いと言い放った。


 クレイはふう、と息を吐いてセレンに笑顔を向ける。


「お前に謝られてもなあ」

「それはそうだけど、一応元仲間だし。それに、家族をあんな風に言われたら嫌よね」

「ま、ありがとな」


 そんな話をしていると、馬車が急に止まった。クレイは釘バットを持って、慌てて馬車を降りる。


「どうした!?」


 馬上のサンギリに問いかけると同時に、馬車の前方に武装した男たちの姿が見えた。男たちは武器をサンギリに向けて構えている。クレイは間に割って入り、男たちを睨んだ。ルネとセレンもクレイの隣に立っている。


「なんだお前ら!」


 クレイが問うと、五人いる男たちの中心で大槌を構えている大男がニヤリと笑った。


「命が惜しくば荷物を置いてくんだな!」

「なんだチンピラか」


 クレイはため息をついて、釘バットを構える。何かトラブルがあった際、最初はクレイたち先頭馬車メンバーが対処をする。三人だけでは対処しきれないと判断した場合は、後方の馬車に合図を送りフリント達の手を借りるという手筈だった。


 だが、クレイは合図を送らない。


「返事は聞くまでも無えようだな」

「うっせ! 置いてくわけねえだろバーカ!」


 地面を蹴り、大男を避けるようにして左前方に跳躍。同時にルネの蔦が向かって左側にいた二人の男に向かって伸びる。男たちはそれを跳躍して回避。すかさず、クレイの釘バットが捉えた。


「どっせい!」


 男たちは悲鳴を挙げる暇もなく、臓物をあたりに撒き散らす。向かって右側にいた男たちが大男の背後から跳躍し、クレイの頭上から剣で襲いかかった。釘バットを水平に構え防御姿勢を取った瞬間、男たちの身を炎が焦がす。


「ナイスだセレン!」


 残るは、大男だけ。彼は顔を真っ赤にして、クレイに飛びかかる。跳躍して回避。地面に大槌が叩きつけられ、土の地面が大槌の形に凹んだ。


「よくも! よくもよくも!」

「自分たちから襲っておいてそりゃねえだろ」


 何度もクレイに向かって、大槌が振り下ろされる。クレイは回避しながら、地面に触れて回った。彼が回避した軌道がちょうど円を描く。


「ぜぇ、ぜぇ……これで終えだ!」


 クレイは振り下ろされる大槌を円の中心に向けて跳ぶようにして、回避する。すると無警戒に跳躍して大槌を振り下ろした彼の体に向かって、四方八方からドレインフラワーの蔦が伸びた。


「な……!」


 大男は一瞬のうちに蔦に捕まる。クレイはマナを吸うのを一旦待って、身を捩る大男の前に歩み寄って釘バットを突きつけた。そうして小声で彼に耳打ちする。


「お前らいつもこうやって馬車襲ってんのか?」

「ああそうだ。それが俺達の生き方よ」

「盗んだ物はどこに溜め込んでる? 言わないと今すぐお前を養分にしてやる」


 大男は自らに絡まる蔓を見やり、顔を引きつらせ、体を強張らせていた。


 しかし、すぐに彼の体が弛緩していく。


「すぐそこの森の中だ。そこの洞窟に隠してある」

「へえ……ありがとな」


 大男がほっと息を漏らした瞬間、クレイはマナの吸収をはじめた。蔓が怪しく脈打ち、彼のマナを吸収して成長し、茨になっていく。成長する茨とは対照的に、彼の体はみるみるうちに萎んでいき、彼は息を引き取った。


 (この仕事が終わったら取りに来るのもありか)


「ようし! 問題は排除した!」


 クレイは踵を返し、馬車に戻っていく。元々座っていたところに座り直すと、ルネが体をくっつけるようにして隣に座って来た。


「ねえ、さっきさー……あ、いやなんでもなーい」

「なんだよ」

「いやー……なんとなくわかったから」

「流石ルネだなあ」

「まー相手から仕掛けてきたからねー、今回は私もいいと思うよー」


 クレイは笑いながらルネの頭を撫で、「だよな」とこぼした。セレンのため息を聞きながら、二人は寄り添うようにして目を閉じる。動きはじめた馬車の心地よい揺れを感じながら、彼は眠りについた。

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