とある魔法使いとの再会

 水源洞窟から街に戻ると、日がもう沈みかけていた。空が薄っすらと橙色に染まり、白い壁を淡く染めている。荷物の重みを忘れそうになるほどに、クレイは歩きながらも景色に見とれていた。水路の水がキラキラと光を反射するのも、昼間よりも人々の動きが緩やかに見えるのも、彼の疲労を癒やしていく。


「あ! とうとう見つけたわ!」


 幻想的なロタンの風景を切り裂くようにして、大きく甲高い声が目の前から聞こえてきた。クレイは目を凝らして前方を見る。金髪を短く切りそろえ、黒色のローブと白い薄着のシャツの中に巨大な二つの山を隠した女性が仁王立ちしていた。下半身はホットパンツで、太い太ももが斜陽に照らされて強く自己主張している。


「四本の槍!」


 目の前の女性が、クレイたちを呼んだ。その姿と声には、覚えがあった。そして何より、彼女の胸に覚えがあった。


「あ、銀狼の魔法使いだ」

「あー! 誰かと思ったよー」


 ルネがてへへと笑っている。


 銀狼の魔法使いが四人に駆け寄ってきた。


「あーしらになんか用?」

「用よ! 用に決まってるわ!」

「何の用だ……? 心当たりがないんだけど」


 クレイが顎に人差し指の第二関節を当て、首を捻る。ルネが彼の隣で、それを真似していた。フリントとマイカも真似しはじめ、途端に銀狼の魔法使いの顔が真っ赤に染まる。夕方だからかなと、クレイは思った。


「バカにしてんのか! あんたら!」

「バカにしてないよ、バカなのは俺等だし」

「クレくんもバカの自覚あったんだ……」

「こいつらよりはマシなバカだ」

「なんなのよこいつら……」


 銀狼の魔法使いが、頭をかき乱して肩を落とす。それからクレイをビシッと指して、口を大きく開いた。


「私を仲間に入れなさい!」


 (……ダメだ、話が読めない)


 彼女は、自分を四本の槍に入れろと言った。


 しかし、クレイにはなぜそう言ってくるのか、とんと見当がつかない。クレイをはじめとする四本の槍は、決闘という公衆の面前で彼女を裸にし、辱めた。普通なら、そのような相手の仲間になろうとは思わないだろう。


 この女はおかしい――クレイは、自分を棚に上げた。


「私みたいな炎使い、欲しくない?」

「どうするよクレイ」

「スキルは潜伏レベル三! 便利よ! あと金勘定もできる!」


 彼女が身振り手振りを交えて、自分自身を売り込んでいく。その目はまっすぐにクレイを見据えており、真剣なように思えた。


 そして困ったことに、ちょうどクレイが欲していた人材でもあった。金勘定ができるのは、現状クレイのみ。潜伏スキルレベル三は、指定した対象を周囲から見えなくし、気配まで消してしまうというスキルだ。クレイたちの戦い方との相性も、よい。


 (欲しい……けどこれを敢えて断ればリーダー不適格になれるかも)


「どう? 仲間に入れてくれない!?」

「……断る!」


 クレイは敢えて大声で、右掌を彼女に向け、キッパリと言い放った。


「そうそう断る……なんでよ!」

「おいクレイ、なんで断るんだ? いい人材じゃねえか」

「そうそう、クレっちの負担、軽くなるじゃんね?」


 はじめて、二人から反対意見が出た。クレイは顔がにやけそうになるのを必死でこらえ、人差し指を立てる。


 (よしよし、ここで適当な理由を付けてごねて、喧嘩に持ち込めば……)


「まずひとつ、理由がわからん! 怪しい!」


 これは、本心でもあった。


「考えてもみろ? 潜伏持ちなんて引っ張りだこなはずだろ? しかも魔法属性は炎! 使いやすすぎる」

「ぐっ……痛いところをつくわね」

「俺等なんかの仲間になりたいわけがない!」


 言っていて少し胸が痛んだが、これもまた本心だった。クレイにとって、目の前の巨乳の女性はあまりにも胡散臭く感じられる。確かに欲しい人材ではあるものの、あまりにも都合が良すぎた。もっとも、仲間と口論をするための言でもあったが。


「パーティを追放されたの! どこも拾ってくれないのよ!」


 彼女の口から飛び出した言葉に、クレイは眉間にシワを寄せる。


「え、羨ま……じゃなくて、なんで追放されたんだよ」

「パーティに泥を塗ったとかなんとか!」

「あー……裸で十回回ってニャワンだもんねー」


 ルネがくすくすと笑っている。同情しているかのような言葉を投げておいて笑うとはいい性格をしているな、とクレイは自分のこれまでの教育を恥じたくなった。


「裸のイメージが付きすぎちゃって! ミナスじゃ誰も拾ってくれないのよ!」

「じゃあ地上のパーティはどうなんだよ? 知らん奴らばっかじゃねえの?」


 フリントが腕組みをして問うと、彼女は胸を抑えた。


「もう噂が広がってて……」

「ああ、観客に地上人がいたか」


 ふと、通りすがりの冒険者らしき集団が目に入る。そのパーティの男連中が、ニヤニヤとした顔で彼女を見ていた。よそ見して歩くもんだから、民家の壁にぶつかっているのが見える。


「なるほどな」

「納得してくれた!?」

「いいやまだある」

「な、なによ……?」


 クレイは深く息を吸って、吐いて、また吸った。


「五人って! なんか! バランス悪くない!?」


 その口から飛び出た言葉に、ルネが声をあげて笑う。ほかの二人は顔を見合わせてから、また静かにクレイを見つめた。銀狼の魔法使いは腕を振って「滅茶苦茶じゃない!」と喚く。クレイも負けじと、腕を大げさに振ってみせた。


「いいや! 滅茶苦茶じゃないね!」

「なんでよ!」

「道を歩いてるとき、食事をしてるとき、一人余る!」

「……は?」

「二人と二人で会話をして、一人余る! 奇数グループはアンバランスなんだ!」


 クレイの子供の頃のことだ。


 子供の頃、彼が属していたグループは男女混合の三人グループだった。アカネという同い年の女の子と、ツヨシという同い年の男の子。クレイは密かにアカネに思いを寄せていたが、いつの間にか三人で集まると、クレイだけあぶれるようになってしまった。二人で会話が弾み、クレイはそこに入り込めず、そのまま気まずくなり疎遠になった。


 一年後、二人がクレイの夢をバカにしてきて、クレイは学校に行かなくなったのだ。


 アンバランスだと語る彼の顔は、悲壮感に満ちている。


「絶対ダメ! 嫌だ! 仲間にしない!」

「クレイ……」

「クレっち……」


 二人の湿っぽい息が聞こえてくる。ついに来たか――クレイは、拳を握った。


「わあったよ。お前が言うなら正しいんだろうぜ」

「……へ?」

「なんかワケアリっぽいしね」

「まじか」


 握られた拳が、再び開かれる。二人はクレイたちを置いて、先に歩き始めた。


「つうわけだからよ、ほかを当たってくれや」

「待って!」

「そもそもあーしらを鬼畜のくせにってバカにしてたしね、出直してきなよ」

「ちょっと!」


 クレイはルネを見た。ルネは彼の肩に手を置き、先を歩いていく。それにつられるようにして、彼もまたギルド方面へと歩き始める。その瞬間に見えた銀狼の魔法使いの目には、涙が浮かんでいるように見えた。

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