水源洞窟のルビードラ
宿から出て街を西に歩き、西門を出る。日はまだまだ高い位置にあった。地図を見るに、目標の水源洞窟までは徒歩で三十分というところだ。クレイたちは十分な時間の余裕を持ち、そして必要最低限の装備だけで街道を歩き始める。
「街道ってえのも新鮮だぜ」
「そうだなあ、ミナスにはミナスしかないしな」
「この道が色々な街や国に繋がってるんだねー」
「そう考えるとまじヤバイよね」
見渡すばかりの草原に人々がスムーズに歩けるように石畳で舗装した道が、続いている。街が一個浮いているだけのミナス出身のクレイからすれば、それだけで胸の奥が熱くざわめく思いだった。
「うん、まじヤバイな」
吹き抜ける爽やかな風に心を撫でられながら、街道をひたすら西に歩いていく。時折見かける看板に書かれてある標識を見ながら、地図と照らし合わせ、残りの距離を見積もる。そうこうしているうちに、右手の山に穴が開いているのが見えた。穴の周囲には人間が手を加えたことを示すようにして、石門が設置されている。
石門には、注連縄があった。
「あれが水源洞窟だ」
「よっぽど大事なものなんだねー」
「これないと街の水止まるんじゃん?」
枝分かれしている石畳の道を洞窟のほうに向けて歩くと、すぐに入口の前に到達した。四人が横並びで入れるほどの幅の入口に、五メートルはあろうかというほどの高さのその穴は、石門の注連縄のせいもあるのか、妙な威圧感を放っている。
「よし、入るぞ」
「っしゃ! 初仕事だ! 気合い入れっぞ」
クレイはベルトの杖を引き抜いて、水源洞窟に入っていった。
マナを利用した灯りであるマナ灯が壁にかけられており、洞窟内は明るい。入り口付近にはルビードラはおらず、かと言って気を抜くことも許されず、前方に警戒しながら黙って進んでいく。洞窟内はひんやりとした空気に満ちており、湿り気を帯びた地面が靴を汚していく。ここが水源洞窟であることを洞窟全体が主張しているようだった。
一本道の洞窟をしばらく進むと、壁に巨大な影が見える。
(この影の形、間違いない)
クレイは立ち止まり、仲間たちの前に右腕を水平に出し、合図を送る。
「どうしたよ?」
「あの影、ルビードラだ」
「この先にいるってこと?」
「ちょうど曲がり角じゃん」
左に曲がる角。その右手の壁に影が見えるということは、この先にルビードラがいるということだ。影はゆらゆらと静かに動いており、その存在を確かに主張している。
(奴がいるとなると、この先は開けた場所なのか)
聞いていたルビードラの体躯を考えると、この通路よりは広い場所がある可能性が高かった。現在クレイたちがいる通路はルビードラが歩けるだけの幅はあるものの、高さは少し足りていない。進むには這うようにするしかないが、壁に映る影は這っているようには見えなかった。
少なくとも、十分な高さのある場所ということになる。
「戦いやすくていいじゃねえか」
「まあな。よし、全員準備はいいな? 作戦は覚えてるな?」
「俺は状況を見て奴を柔らかくすりゃいいんだろ? バッチリだぜ」
「あーしもパーペキ」
「私も拘束の手伝いはするよ」
仲間たちの顔を見て、ゆっくりと頷く。
左手の壁にドレインフラワーの蔓を仕込み、這わせる。ドレインフラワーを通じて、先の様子が少しだけ見えてきた。
(壁に囲まれた広い空間……正方形に近いのか。奥には扉がある。ドレインフラワーが問題なく通過したということは、木製か)
洞窟内の壁は、土だ。所々に柱を打ち込んで強度を高めてはいるものの、柱も木製。草魔法で生み出したドレインフラワーは、土と木には問題なく這わせられる。
少しして、ドレインフラワーがクレイのすぐ右手の壁に到達した。クレイたちから見て手前側には扉がなく、奥側にだけ扉がある構造。奇襲を仕掛けるのには不向きだが、真正面から戦うのには向いている。
「よし、作戦開始だ」
地面を強く蹴り、曲がり角を跳躍しながら曲がる。着地し、まっすぐに駆ける。
(よし、見えた!)
左手を挙げ、後方にいるルネたちに合図を送った。ルネの太い蔓がクレイの頬をかすめながら、背後からルビードラに向かって伸びる。巨大な図体に鱗状の表皮をまとった爬虫類顔が横顔から見てとれる。二足歩行のそのドラゴンの表皮を突き破るように埋め込まれているルビーが、マナ灯の光を反射している。
蔓が彼を捕らえる寸前、ルビードラがこちらを向いた。
咆哮。耳をつんざくような彼の声に、一瞬だけ怯む。蔓がルビードラの体に絡んだ瞬間、彼のルビーからエネルギー弾が次々と放たれた。
「マイカ!」
「おっけー! やっちゃるよ!」
水流がクレイの周辺を蠢き始めた。同時に、ルビードラの体が薄青色に光る。フリントのスキルが発動した合図だ。もう一度、地面を強く蹴る。頬を掠めそうになる炎弾が水流にかき消され、頭上をルビードラの放つ水流が通過する。
クレイはただ、まっすぐに突っ込む。ルネの蔓は完全に払われてしまったが、クレイにとっては予想通りの展開だった。
ルビードラが一歩、後ずさる。
その瞬間、一瞬、マイカの水流に穴が空いた。
(右か!)
左に跳躍。一瞬反応が遅れ、右腕の袖が少し破れてしまった。
しかし、止まることなく正面から突っ込む。ルビードラは後ずさりながら、次々とエネルギー弾を放つ。その全てをマイカの魔法とルネの蔓がかき消し、防いでくれている。
ゼロ距離。クレイは杖を強く握り、地面を踏みしめ、両手で杖を振り抜いた。
耳を塞ぎたくなるほどの高い声を出しながら、ルビードラが壁めがけて飛んでいく。すかさず、クレイによる追撃。
しかし、身を翻したルビードラに避けられる。
(よし、これでいい)
彼がクレイの杖の一閃から逃れるために翔んだのは、 右手側。壁のある方向だ。彼の背中が壁に接地する直前、クレイは右手を強く握る。
瞬間、壁からドレインフラワーの茨がルビードラの体を拘束した。藻掻き暴れるが、返しのある太い棘が突き刺さり、逃れられない。エネルギー弾を放とうとしているのか、ルビーに光が纏う。
しかし、光はすぐに消えてしまった。
「よっしゃ、成功!」
叫びながら、クレイがルビードラの背中に飛び乗る。
ドレインフラワーの蔓は、マナを吸収することで返しのついた棘を纏う茨になる。地中のマナを吸い、ルビードラが壁に近づく頃には茨に成長していた。茨の棘が刺さった対象物からマナを奪い取りながら、自身の強度を高めていく。対象が人間の女性または魔物のメスだった場合、ある程度成長してから自身の苗をその体内に植え込んで苗床にしていく恐ろしい魔植物だ。
つまり、ドレインフラワーの拘束からすぐに逃げられなかった時点で、クレイたちの勝利は決定的だということだった。
「戦利品剥ぎ取りタイムだあああ!」
「よっしゃあああ! 俺もやるぜ!」
「あーしもあーしも!」
「私は念の為見張ってるねー」
クレイたちは、スイダウンによって強度が下がったルビードラの表皮を薄く削るようにして、ルビーを採掘していく。その度にルビードラが叫びをあげるが、宝の山を前にしてそのようなことは気にしていられなかった。
「これギルドでいくら!? ねえクレっち!?」
「ばっかお前、こういうのはな……その……どうすんのがいいんだ?」
「バカかお前ら! こういうのはな、ギルドに渡すより高くなる使い方ってのがあるんだよ!」
そうこうしているうちに、あっという間にルビードラの表皮のルビーが掘り尽くされた。ただひとつだけを残して。彼はすっかり元気を失っているように見えるが、息はある。表皮も少しずつだが、回復し始めていた。叫び疲れたのと、マナを大量に失ったために元気がないのだろうとクレイは思った。
「さて、と……」
クレイは積み上がったルビーの山から、一際大きなものを二つほど手に取り、ルネが持ってきた大きなカバンに入れていく。
「どうすんだ? それ」
「これか? 少し遠くの街で闇に流すんだよ」
「またやってるよー」
近づいてきたルネが、クレイの背中を叩く。
「そう言いながら用意がいいんだよなあ」
ルビードラから剥ぎ取った宝石は、冒険者ギルドが買い取る決まりになっている。ギルドが冒険者から買い取り、決まったルートで市場に流す。市場に流す量や値段は、冒険者ギルドと商人ギルドによる協議で決められる。
室の高い宝石は決まって上流階級のみに高値で売りつけられ、一般市場に流れるのは等級が一定以下のものになる。ルビーの等級は五段階あり、数字が大きくなればなるほど高い。四等級と五等級は上流階級のみに売られ、三等級以下が市場に流れる。
しかし、四等級と五等級をみだりに売りつけすぎると価格崩壊を招きかねない。そのため、本来抱えている量よりも流通量を大きく減らし、価値の高さを演出している。
「こいつとこいつは、多分四等級だ。五等級と三等級以下は、全てギルドに買い取ってもらう」
「なんで四等級を二つだけ持ってくんだ?」
「怪しまれないようにだな。これだけ立派なルビードラから四等級と五等級がほとんど採れない、なんてことはないだろうから」
見たところ、四等級らしきルビーはまだ三つほどある。これだけの量なら、怪しまれないだろう。これを遠くの街で闇ルートに流せば、流通量に不満を抱いている宝石愛好者に高く売れるという寸法だった。
もっとも、クレイには正確な鑑禎はできない。四等級ではない可能性もあるが、それはそれで冒険者ギルドより高く買い取って貰う方法はいくらでもある。そもそも、冒険者ギルドの買い取り提示額が低すぎるためだ。
「お前まじかよ……最高じゃねえか」
「きゃー! お金持ちになれるじゃん!」
(やっぱり感心されるんだな。今回は別に意図してやったことじゃないけど)
「とっとと詰めて退散しよう。今夜はちょっとはハメを外していいよ」
クレイのその言葉で、マイカとフリントが即座に動いた。いつも以上に、戦利品をカバンに詰め込んでいく手際がいい。大量にあったルビーの山が、あっという間にカバンへと消えていった。
「さ、ギルドに報告して今夜はパーティだ!」
行きよりも膨れ上がった荷物を抱え、洞窟の入口へと引き返していく。
入り口付近に戻ってきたとき、ルネがちょいちょいとクレイの左手を引っ張った。
「クレくんってさー、演技しなくても悪どいよねー」
「そうか?」
「まー、嫌いじゃないけどねー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます