対ルビードラ作戦会議

 クレイは踵を返し、手近なテーブルに荷物を下ろし、椅子に座る。他の三人も続くようにして、椅子に座り、クレイを見ていた。


「というわけで、ロタンでの初仕事はルビードラのルビーの採掘だ」


 (勝手なことをするなと怒ってくれ)


 フリントとマイカは顔を見合わせ、またクレイを見据える。ルネの湿った息が聞こえてくるが、クレイにとって大事なのは二人の反応だ。二人をまじまじと見つめながら、言葉を待つ。


「そうこなくっちゃな!」

「あーしの魔法が火を吹くよ!」

「お前の魔法は水だろうが」


 しかし、期待した反応とは違っていた。二人とも、笑顔だ。怒られるどころか、しかめっ面すらされることなく、火が吹くという言葉の是非について言い争いを始めている。言葉の綾だと言うマイカに、水が火を吹くってなんだよと何度も言っているフリント。クレイはルネを見た。彼女は黙って首を横に振っている。


 まあ、こうなる気はしていたけどさ――クレイは地図を取り出した。


「お前ら、くだらん争いをするな」

「作戦会議だよー!」

「お、すまんすまん」


 地図を広げ、中心地点を指し示す。


「ここがロタンだ」

「それくらいはわかる」


 中心地点から西に指を動かし、洞窟のマークが記載されたあたりを示す。ロタン西街道をまっすぐ進み、右手に見えてくる位置にあった。


「ここが水源洞窟だな」

「詳しいねー」

「冒険書を何冊読んだと思ってんだ」


 水源洞窟は、ミナスの水路の源になっている水源のある洞窟だ。この水源から地下を通り、水がミナスへと流れる。ミナス東部にも似たような水源があり、それと水源洞窟の水が交差する地点にミナスの中心になっている噴水が建てられた。そこから街の至る所に水路を繋げ、生活用水を流している。


「水源洞窟は結構単純な作りになっているはずだ」

「迷宮じゃないってことね」

「そうそう」


 入口からは一本道で、水源まで繋がっている。


「だから、ルビードラに出会うのは難しくない」

「まっすぐ歩くだけで、いつかは出会えるねー」

「じゃあ問題は戦い方ってこと?」

「その通り」


 クレイは、カバンから一冊の本を取り出す。重厚な革でできた表紙のとても分厚い本。彼が子供の頃に師匠から受け取った図鑑だ。この世界の魔物と魔植物の生態が絵と文章で記されている。彼に壁の外の世界について話したのも、その師匠だった。


 クレイはルビードラが掲載されたページを開き、フリントとマイカから見えやすいように反対向きにしてテーブルに置く。


「奴は本来温厚なはずだけど、戦うときには厄介なんだ」

「ん? どういうこった?」

「ここを見てくれ」


 クレイが指で示したのは、ルビードラの戦闘能力が記載されている項目。


 ルビードラゴンは普段は温厚で、自ら人を襲うことはない。一度眠ると何があっても三日は起きないため、人々は寝ている間にルビードラからルビーを奪う。


 しかし、起きているときにルビーを奪われそうになったときには、怒り、ルビーを奪いに来た人を襲う。


 その際、彼らはルビーが蓄えているマナをエネルギー弾として放出し、あたりに撒き散らす。その性質は、蓄えられたマナにより異なり、事前に対策を立てることは難しい。彼らはエル大陸中を旅してルビーを蓄えていくため、出現地域の原産のマナであるとは限らない。


 それどころか、多種多様なマナを放出してくる。


「水のマナによるエネルギー弾は、ただの水の塊だ」

「じゃあ警戒しなくてもよさそうだねー」

「炎は炎魔法のファイアーボールとほとんど同じだな」

「そっちはあーしの水でかき消せるよ」


 土のマナによるエネルギー弾は、土や金属を腐食させる。風のマナによるエネルギー弾は強烈な真空で、当たれば切り裂かれる。そのうえ、エネルギー弾と言いつつ目には見えず、知らない間に食らってしまいかねない。


「何が一番厄介なんだ?」

「やっぱり土と風だね。特に風」

「目に見えないんだったよな」


 フリントが腕を組んで「うーん」と唸っている。きっかり三十秒後、彼は髪の毛をかき乱しはじめた。


「うん、わからん!」

「だろうな」


 クレイは図鑑を閉じ、カバンに仕舞う。それから両肘をテーブルについて、手を組んだ。


「さて問題だ。この中で一番頑丈なのは誰だ?」

「クレっち」

「正解、マイカはフリントより賢いな」

「ニシシー、でしょ?」


 マイカが笑顔でクレイの頭に手を伸ばす。クレイはその手を弱々しく跳ね返し、また手を組んだ。


「まず、俺がルビードラに突っ込みながらドレインフラワーを伸ばす」

「んー?」

「マイカは常に水魔法を打ってくれ。ウォーターロールがいい」

「おけ!」


 ルネがちょいちょい、とクレイの肩を指先で突いているが、クレイは気にせずに言葉を続ける。


「水を当たり構わず撒き散らすんだ。操っているはずの水流が動きを歪めたら、そこに風のエネルギー弾がある可能性が高い」

「……なるほど、わからん!」

「強風に煽られて水が動きを変えたってことだからだよ」


 ウォーターロールは、術者の思い通りに水流を操ることができる魔法だ。これは、強力な外的要因が加わらない限り、術者の思惑から外れた動きをすることはない。つまり、何も無いのにマイカの想定した動きと異なる動きをすれば、それは風のマナによる真空が発生したという証になるということだ。


 フリントが「なるほどそうか!」と、手を打っている。


「俺はそれを見て判断して避けながら、奴の懐に入り込む」

「それでそれで?」

「あとはまあ、フリントにスイダウンをかけてもらって、拘束してマナを奪いながらルビーを掘る!」

「……やっぱりー!」


 ここまで黙っていたルネが、大きな声を上げた。ルネの拳がクレイの肩を叩く。クレイは微動だにせず、ルネを見た。怒りにも呆れのようにも見えるその顔を見て、クレイは彼女の頭を撫でる。


「これが一番効率がいいんだよ」

「この脳筋おばかー! 筋トレしすぎて脳が筋肉になったんじゃないのー!?」

「何言ってんだよ、脳はもともと筋肉だろ」

「そういうことじゃなーい!」


 大きく膨らむルネの頬を摘んで引っ張る。


「奴が暴れるより先に拘束できたらそれでいいんだ。突っ込んでタコ殴りにするのは、あくまでプランBだよ」

「ひょへへほはー! はふはいひょ!」


 引っ張った頬を離すと、ルネは頬を擦りながらまた口を開いた。


「それでもさー! 危ないよ!」

「冒険なんてそんなもんだろ」

「そうだけどさー」

「まあまあ、あーしらがサポートするし」

「そうだぜ、こいつは俺等を信頼しての作戦だ。な、だろ!?」


 フリントの言葉に、クレイはチクリと胸が痛む思いがした。


 (信頼、か……)


 追放されようと独断専行をしたクレイにとって、その言葉は耳が痛かった。この作戦もまた、本来は独断専行を咎められるためのものだった。それでもクレイにとって、これが最適解であることには変わりはない。


 ルネはようやく納得したのか、頬をふくらませるのをやめた。


「とりあえず、宿を取って不要な荷物を置いて、食事を取ってから出かけよう」

「おけ! 成功したら打ち上げヨロ!」

「はいはい、ほどほどにな」

「俄然やる気が出てきたぜ!」

「もー、単純な人たちなんだからー」


 各々席を立ち、またカバンを背負いギルドを後にした。


 観光案内を読みながら、冒険者ギルドが運営している冒険者向けの格安宿に向かい、宿泊手続きを済ませる。料金は、一泊あたり銀貨二枚。銅貨六枚で市場直売の安い野菜が買える程度で、銀貨一枚は銅貨百枚に相当する。ギルド直営の格安宿が一泊銀貨五枚という物価の高いミナス出身の四人からしたら、破格中の破格だった。


 宿の部屋は最低限の設備だけだったが、通っていた喫茶店と同じような庶民的な内装で必要十分。クレイとルネが同部屋、フリントとマイカは一人一部屋取ることになった。


「一泊で銀貨六枚か」

「お金、どれくらいあるのー?」


 出発前に金勘定をするために帳簿と財布を交互に睨むクレイの隣で、ルネが荷物を整理しながら問う。


「金貨十五枚と銀貨五十二枚、銅貨は二十枚だな」


 もっとも、紙幣に変えたため正確には金貨十五枚分と銀貨五十二枚分というような言い方になるのだが、クレイはそのようなことは大して気にしなかった。


「え……多くない!?」


 ルネが大声をあげた。クレイは慌ててルネの口を塞ぐ。


「家じゃないんだから、大声はダメだ」


 ルネがぶんぶんと首を縦に振っているのを見て、口から手を離す。


「なんでそんなにあるのー?」

「冒険者になる前から働いてたろ?」

「まあ二人きりだからねー、生活費稼いでたのは知ってるよ? 私も一緒にやってたし」

「その頃から貯金してたんだ」


 金貨一枚というのは、新人ギルド職員の月給に相当する。ギルドにも冒険者ギルド、商人ギルド、商工ギルドなど種類があるが、どれも国営がほとんどだ。民間でも開業できるが、実際には民間のギルドは少ない。


 そんな国営ギルドの新人職員が、月給金貨一枚。商工ギルドに所属する会社という商業組織の新人職員の初任給は、平均にして銀貨九十枚程度だ。


「あとは盗賊たちの金品をこっそり拝借したのもあるしな」

「にしても貯めたねー」

「何言ってんだ。世界中旅しようっていうには足りなすぎるくらいだよ」


 クレイは帳簿を閉じて、財布に必要な金額だけ入れ、残りを持ってきた金庫に入れた。ルネを見やると、既に二人分の荷物の整理ができているようだった。


「よし、荷物の整理もできたみたいだし、行くか」

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