第二章:放蕩国家ナーランプ
大いなる誤算
エル歴千年五月十五日、銀狼との決闘から四時間後。
祝勝会を終え、クレイとルネはひとまず自宅に戻った。愛読書である異世界の自叙伝をそばに置き、机の前に座り、筆を執る。その日あったことを物語形式で綴る。それが、あの日からのクレイの日課だった。
決闘を行うことになった経緯を書き出していくうちに、クレイの口から大きく長い溜息が漏れる。
道を歩いていただけで唐突に決闘を申し込まれ、いい機会だからと追放されるために鬼畜らしく振る舞ってみたものの、目論見が外れてしまった。
ペン先で紙をトントンと叩きながら、クレイは天を仰ぐ。
「何がダメだったんだろうねー」
傍らで自分の花を手で弄って遊んでいるルネが、「うーん」と唸りながら呟いた。クレイは振り向いて、もう一度ため息をつく。
「この一ヶ月で、わかったことがある」
「お、なになにー?」
「誤算が三つあったんだ」
「誤算?」
そもそも四本の槍に入るようになったのは、愛読書を拾ってすぐにフリントに声をかけられたのがきっかけだった。彼もまたあの日に技能判定を受けた冒険者を志す同い年の男で、友達がいないからと声をかけてきたのが全ての始まりだ。
それから教会付近で適当に声をかけた二年先輩のマイカが仲間に加わり、四人で話し合って付けたパーティ名が四本の槍。
「一つ目の誤算は、俺がリーダーになったことだ」
「なんでリーダーなんだっけー?」
「……いないから」
「んー?」
「バカしか! いないから!」
フリントは、三十秒以上物事を考えられない。
マイカは、欲望に忠実過ぎる。
ルネはルネで、それほど頭が良いわけではなく、常識に欠けるところがある。もっとも、ルネに関しては生みの親であり育ての親とも言えるクレイに責任があるのだが、そもそもアルラウネという種族はあまり知的な部類ではない。
「リーダーだとなんでダメなの?」
「リーダーは! 追放されない! だってリーダーだから!」
クレイが頭を振りながら叫んだ。
「あー……二つ目は?」
「あいつら、身内には優しい!」
「確かに、みんないい人だよね」
「いい人では! ない! 俺も含めて!」
嫌われようと鬼畜な振る舞いをしても、同調されてしまう。意地悪をしても笑って許されてしまう。一ヶ月間、そんなことが何度もあった。クレイはルネの方を向いたまま、ここまで語った内容を全てノートに記していく。
「で、三つ目はー?」
「俺、普通に強い!」
「自分の強さにキレてる人はじめて見たなー」
「ルネのスキルとの相性が良すぎる!」
クレイのスキル能力倍加レベル一は、自身のあらゆる能力を一倍と半倍にする。ルネのスキル祝福レベル三は、自身を含めた仲間のあらゆる能力を三倍にする。一倍と半倍の三倍、つまり四倍と半倍だ。
「それに長年の努力が仇になった!」
「筋トレねー」
幼い頃から冒険を夢見ていたクレイは、子供の頃から鍛錬を欠かしてこなかった。クレイはおもむろに服を脱ぎ捨て、筋肉を強調するかのようなポーズを次々に取っていく。見ろよこの筋肉、と言わんばかりだ。
「カッチカチやぞ!」
「ゾクゾクしちゃうねー」
「こんなん! 杖で殴るだけで! 人は死ぬ!」
「しかも、生み出したドレインフラワーの強度もトゲの威力も上がるんだよねー」
「拘束から逃げられたことが、一度もないッ!」
最初は、敢えて無能を演じていた。実際、クレイは自分自身のことを無能だと思っていたし、魔物との戦いや決闘では本気で戦わなかった。それでも許されてしまい、罪悪感が募り、本気で戦ったところ普通に強かった。ミナスに生息する魔物では上位に食い込む強さのはずのゴーレラットを、杖の一振りで倒してしまうほどには。
「まさかゴーレラットまで倒せるなんてな」
「鎧が粉々だったよねー」
ゴーレラットは、表皮を金属のような硬質の鎧で覆う四足歩行の魔物だ。ラットチュウという飲食店などにたまに出没する魔物の上位種で、戦闘能力がほとんどないラットチュウとは異なり、多種多様な戦闘能力を持つ。
クレイは目に涙を浮かべながら、机のすぐ右手側に置いてある本棚に手を伸ばし、インク瓶を手に取った。蓋を取り、ペン先をインクに浸す。ペン先を引き上げ、塵紙で拭い、インク瓶を片付ける。
「毒の牙とかトゲの鎧とか、あいつの能力を見る前にやっちまった」
もっとも、あのときはフリントのスキルのおかげというのもある。彼のスキルは、彼が狙った対象の耐久力を下げるスイダウンだ。鎧の強度が下がっていたところに、四倍と半倍のマッチョマンの打撃があったから、一発で倒せた。
「偶然出会ったはずなのにスキル同士の相性が良すぎる!」
「じゃあ追放されなくてもいいんじゃ?」
「いいやダメだね! こんな強さじゃ世界の果ては超えられない!」
「夢がでっかいもんねー」
「中途半端なんだよ……ちくしょう」
世界の果てにある世界の大壁の近くには、魔王が治める魔人種の領土がある。この世界に突如として現れる魔王は、ただの役割でしかない。とはいえ、魔王は類稀なる魔法の力と剛腕を得るという。そのうえ、現魔王はあまり穏健とは言えなかった。
(こんな力だけじゃ、全然足りないんだよ)
もっと愚痴りたい気持ちを脳内だけで完結させ、全てを書き終える。乱暴にノートを閉じて、クレイは立ち上がった。脱ぎ捨てた服を拾い、もう一度着てベッドに身を投げだし、枕に顔を埋め、深く息を吸い、「ちくしょおおお!」と叫ぶ。
「こらー、近所迷惑でしょ」
「今更!」
「もー、日課が終わったならさっさと寝なさーい」
「もうちょっとお喋りに付き合ってくれてもよくない?」
クレイが起き上がって言うと、ルネは花弁を閉じた。大きな花弁がルネの体を頭まですっぽりと覆い、大きな蕾のようになる。
「やだ、眠い」
「ちくしょうエネルギー切れだ!」
やがてスゥスゥと寝息を立て始めたルネを見届けて、クレイはまた枕に頭を預けた。
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