小人のレストラン
鈴音
森の小さなお店
ひゅるりとちょっぴり冷たい風の吹く森の中、一人の少女が道に迷って泣いていました。
「ここはどこ、どこに行けば、私は帰れるの?」
少女は座り込み、目元を押さえてわんわん泣きましたが、帰ってくるのはざわざわと木々の揺れる音だけです。
それに、遠くの方ではなんだか不気味な音が聴こえてきます。さっきまで優しく差していた木漏れ日も、いつしか隠れてしまいました。
少女は一人、泣き続けました。誰も助けに来ず、ただ時間は過ぎ、いつまでもひとりぼっち。
でも、そのときです。少女が隠れるように座った木のそばの、背の高い草むらから、小さく声が聞こえます。
「どうしたの、おじょうさん。おけがをしたの? お腹がすいたの?」
「それとも、こわいおばけにおっかけられた? お母さんに、すてられちゃった?」
どうしたどうしたと、声は集まってきます。姿の見えないその声に、少女は怯え続けていました。
「そうだ、きっとひとりぼっちなんだ。こんなところに、おんなの子が一人でくるはずがない」
誰かが言うと、そうだそうだ。きっとそうだと、見えない声たちは合唱します。
「それじゃあこの子をお店につれていこう」
「僕たちといっしょに、歌ってごはんを食べて、おうちに連れて帰ろう」
そうだそうだ。それがいい。声の主たちは、草むらから飛び出して、少女にその姿を見せました。
「こんにちは、すてきなおじょうさん」
「僕たちのお店に、遊びにおいでよ」
「ポケットの中のどんぐりを、ちょこっとわけてくれたら、美味しいスープをごちそうするよ」
ぞろぞろ、ぞろぞろとやってきたのはたくさんの小人たち。少女の膝までくらいの背の彼らを見て、女の子はすっかり泣きやみました。
「ついておいで、森の中はくらくて危ないからね」
「大丈夫。すぐにたどりつくからね」
小人たちは、まだ少し怯える少女に声をかけて、おてだまや玉乗りをしながら、少女をお店に連れていきました。
「ほらついた。もうついた」
「さ、お店に入って。大丈夫、お店に入る時に、体が小さくなるんだ」
「怖がらないで。お腹いっぱいになったら、すぐに帰れるよ」
少女は、さっき言われたことを思い出して、ポケットのどんぐりを小人たちに渡してから、お店のドアに手を触れました。
すると、みるみるうちにその体は小さくなって、小人たちといっしょに、お店の中に入ることが出来ました。
「少し待っててね、いまスープをあっためるから」
「パンはいっつもできたて。スープといっしょに食べると美味しいよ」
「デザートにケーキと紅茶はいかが? 食べてるあいだに、準備をするね」
小人たちは歌いながら、広いキッチンを駆け回り、大きなお鍋をかき混ぜてスープを温めて、バスケットのパンを火にかけて、まっしろふわふわのクリームを作り始めました。
「たくさんのキノコとお野菜のスープだよ。あつあつだから、気をつけて食べてね」
「大丈夫。苦くないよ。ほら、パンをスープにひたして、おっきくあーんして食べてごらん」
少女は、苦手なキノコと人参、それから玉ねぎの入ったスープを、最初は嫌がりました。
でも、小人たちが、いっしょに美味しそうに食べているのを見て、勇気を出して一口食べてみると、その甘さと優しい美味しさに驚いて、次から次へとスプーンが止まらなくなりました。
「ほらね、大丈夫。おかわりもあるからね」
「食べすぎたらダメだよ。ばんごはんが食べられなくなっちゃうよ」
「ケーキもすぐ、出来上がるからね」
ちぎったパンを浸したスープはどんどん減って、気づいたら無くなっていました。でも、少女のお腹はぐぅとなったので、小人たちは新しくついであげました。
「ほら、ケーキができた。焼きたてふんわりいい香り」
「紅茶もできたよ。ミルクとお砂糖たっぷりで、ケーキととってもなかよしさ」
二杯目のスープも食べ終えると、大きないちごの乗ったショートケーキがやってきました。それといっしょに運ばれてきた紅茶も、飲みやすいように少し冷ましてから、持ってきてくれました。
「さぁ、これを食べたらおかえりだ」
「もうここに、一人来たらだめだからね」
「でも、お母さんといっしょなら、だいかんげい!」
甘くて美味しいクリームたっぷりのケーキと、酸っぱいけど優しい味のいちご。それを、甘くていい香りの紅茶といっしょに食べて、幸せそうな顔になった少女は、ひとりぼっちで泣いていたこともすっかり忘れて、小人たちと歌いました。
みんなと仲良くなって、楽しい時間を過ごした少女は、お別れとありがとうを伝えたあと、小人の一人といっしょにお店を出ました。
すると、体はすっかり元の大きさに戻り、小人の案内で歩き続けると、おうちの近くに出ることができました。
案内してくれた小人に、道すがら拾ったたくさんのどんぐりを渡して、手を振って走り出した少女が、後ろを振り返ると、もう小人はいません。
それどころか、そこにあったのはただの緑道で、森なんかじゃありません。
あの森は、少女が見た夢か、幻でしょうか?
いいえ、それは違います。だって、彼女は小人の歌を覚えていたのです。
それに、無事に帰った日の晩御飯。苦手だった人参も、玉ねぎも、キノコだって食べることが出来たのです。
少女はいつかまた、小人に会いに行くために、絵日記にその日の出来事を描きました。
そして、次の日、その絵日記に小さく、地図と共にこう書かれていたのです。
「またのごらいてん、おまちしております」
と。
小人のレストラン 鈴音 @mesolem
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