魔王様ちゃんねる、はじめました
チョイス
第1話 魔王の復活
千年ぶりか。
いや、正しくは千と二百二十四年。
そんな端数はどうでもよい。我々魔族には百年など刹那。
ベルバは石段を上りながらぶつぶつと独りごちた。
息を切らしてようやく上りきると、漆黒の雲とえんじ色の空が見える広い空間に祭壇がひとつ。若い神官2人が悶え苦しみながら呪文を唱え続けている。
「もう間もなくです」
若い神官の見張り役である屈強な男がベルバに声をかける。ベルバはうなずく。
「1億年前はつい昨日の事のように思い出せるのに、この千年は実に長かった……」
すっかり緩くなった涙腺をぬぐって、ベルバは祭壇を見据えた。
2人の神官の呪文がどんどんと加速していく。あたりの空気が渦を巻き風となって男達の肌をなでたかと思ったのも束の間、大気はいななき、地面は唸り声を上げ始めた。空は真紅と漆黒に明滅し稲光が連続で炸裂した。雨が怒涛のごとく降り始めると、ベルバは強風にやっとの思いで立ち続け、雨水に視界を奪われながら空を見上げた。
「おお……、おお!!」
雲の中からゆっくりと一筋の光が現れ、祭壇を照らした。その光の中は聖域と呼ぶべきなのか、雨も風も闇すらも入り込めず、まるでそこだけ切り取られたように上空からまっすぐに祭壇へと光が伸びている。
「我々には希望の、そして人類には絶望の光だ……」
いつの雨風が止んだのか、誰も気づかなかった。そのあまりの神々しさにすべての時が止まり見る者の視覚以外を奪ってしまっていた。
光の中をゆっくりと落ちる真の闇。あたりの光を吸い込んでゆく黒。
魔王、再臨。
魔王はマントをたなびかせ、ゆったりと祭壇の上に立つとかしずく神官2人を見た。次に両腕を少し前に伸ばし手のひらを上に向けると神官達は軽々と宙に浮いた。
「あ……がっ……」
神官は首を絞められたように苦しみだし、空中でもがいた。魔王が拳を握ると2人は爆散し、彼らの魂とおぼしき光の玉が魔王の体内に吸い込まれていった。
ベルバと屈強な男は蛇に睨まれた蛙のようにその場で固まり、ゆっくりと歩み寄る魔王の姿に腰を抜かした。
屈強な男は恐怖のあまり持っていた斧で斬りかかったが、刃は魔王が纏っている玉虫色に輝く鎧には傷ひとつつけることができなかった。男は武器を放り投げ、
魔王は彼の頭をなでた。男は安堵して顔をあげた瞬間、魔王の豪大な手に頭を握りつぶされた。彼の魂も魔王の中に堕ちていった。
魔王はベルバを視認した。ベルバの魂も喰らわんとまた歩みを始める。
「ま、魔王様、千年の時を経てのご再誕誠におめでとうございますッ!!」
ベルバは必死に叫んだが、魔王は聞こえていないのか歩みを止めない。
「不肖ベルバ、魔王様の復活を心よりお待ち申し上げておりましたッ!!」
魔王は止まらない。
「ベルバです! あなたのお
魔王はベルバの眼前に仁王立ちした。
魔王はゆっくりとしゃがみこみ、2頭身ほどの小さなベルバの顎を掴んでまじまじと眺めた。復活には成功したが我を失った王を止めることはできなかった、魔族も人類もすべて破滅する。すべての魔族、そして魔神としてあがめられる先代の王達に謝罪しながらベルバはその生涯を終えることを覚悟した。
「ベルバ」
「は?」
「ベルバではないか」
「は、はい!!」
魔王の野太くもあたたかい声にベルバの緩くなった涙腺から涙が溢れ出した。
「魔王様が勇者に討たれてからおよそ千年、私めは必ず魔王様を蘇らせると胸に誓い、今日を迎えました」
「千年……そうであったか、千年の間、留守をご苦労であった」
「ありがたきお言葉……魔力がすっかり衰えてしまいましたが、今にも冥界へ飛んでいきそうでございます」
「世辞はよい、それよりも千年前の傷というものはなかなか癒えぬものだな、3人ほど喰らったがまだ傷が痛むぞ」
魔王は腹部に大きく刻まれた切り傷を鎧の上からさすった。魔王が狂気にかられていたのではなく、正気のまま神官達を食していたことにベルバは震え上がった。これは怯えではない。武者震いだとベルバは思った。この王こそ、我々が信じ求め続けた邪智暴虐の支配者なのだ。魔王様がいらっしゃれば必ずや我々の悲願であった人類との戦争の勝利を達成できると彼は確信した。
「魔王様、お身体の具合が思わしくない誠に恐れ入りますが、魔王軍そして
ベルバはその小さな身体をさらに小さくかしこまりながら魔王を先導し祭壇を後にした。
血の広場に集まった魔物達は魔界のほぼ全国民であった。当然広場から溢れ押し潰される者、宙に浮いて難を逃れる者、魔法で喧嘩を始める者、まさに魑魅魍魎、阿鼻叫喚であった。
ステージの上では魔王軍楽器隊がラッパのようなものやドラムのようなものを用いてファンファーレを演奏している。サキュバスの踊り子達は妖艶に舞い、喜びのあまり狂った若者が壇上に上がり、観客を煽っている。
突如ステージの明かりが消え、観客のボルテージは最高潮になった。皆暗闇を恐れずむしろエネルギーに変換して地鳴りのような叫び声が上がった。
会場の魔導スクリーンに文字が映し出される。
「千年の時を経て」
「我らの王が」
「ご再誕あそばされた」
ステージ上の魔物はどこかに消え、スモークがたかれた。観客は静まりかえり、息をのんでその光景を見守っている。
ステージの下からせりあがってくる巨大な黒い影。その姿に涙する者、隣の見知らぬ者と抱き合う者、恐れ多さにひれ伏す者。皆思い思いの姿でその影に感情をぶつけていた。
ステージ上にスポットライトがあたり、2本の禍々しい灰色の角と腹部に大きな傷を持つ魔王が姿を現した。皆一瞬の静寂の後、地割れが起きるほどの歓声をあげ、はるか遠くのゴトス山が千二百年ぶりに噴火した。魔王は全員が静まるのを待ってからゆっくりと口を開いた。
「千年前、朕は人類軍の勇者、五代
「だが形勢を立て直し、自らの命と引き換えに人類軍に勝利した副将ゴディノブスと今日まで魔界を在りし日の姿で保ち続けた軍師ベルバに
ゴディノブスの遺影を抱えながら現在大将を務める若き猛勇ゾリドスは目にうっすらと涙を浮かべた。ベルバはその言葉は重すぎて受け取れないとばかりにその場にひれ伏した。
「そして、朕のいない千年間、戦火を逃げ延びこうして静かなる繁栄を続けてきた
「今この時をもって大将ゾリドスの任を解き、この魔界の王が再び元帥、そして先陣をきる大将となる!!」
「これより人類との最終決戦に向かう!! 明日、我々の人類支配記念日を祝おうではないか!!」
魔物達は喜びと興奮のあまり我を忘れ叫び踊り狂った。魔王はスポットライトの中で「魔王様コール」に両手をあげて応えた。
千年間止まっていた魔界の時が動き出し、新魔王世紀が始まろうとしていた。
「して、ベルバよ、その作戦とはなんなのだ?」
魔王再爆誕晩餐会と名付けられたこの会食は、魔界の東西南北の貴族の中でも選りすぐりの人材ならぬ魔材が集まり、皆魔王のあまりの神々しい姿に、目の前に出された最高級の魔蟲食材にも食欲がわかなかった。というのは建前で、少しでもマナー違反をすると即刻首をはねてしまう魔王の恐ろしさに怯え、笑顔を取り繕いながらちびちびと生き血ワインを飲むほかないのである。
「はい、恐れ多くも卑しきベルバ、魔王様に申し上げます、この千年という短い間に人間どもは急速に文明を発達させ、武力を蓄え、二度の大戦を行いました」
「なに? 二度も魔界は朕のおらぬ窮地を免れたのか?」
「いえ、恐れ多くも卑しきベルバ、魔王様に申し上げます、人間どもは人間同士で殺しあったのでございます」
「? 話が見えぬ、なぜ同胞が殺しあうのだ?」
お前も処刑しまくっているではないか、と男爵の一人は思った。
「人間は愚かなのでございます、力を持つとすぐに誇示したがる生き物なのでございます」
「ふむ、続けよ」
「はい、恐れ多くも卑しきベルバ、魔王様に申し上げます、その後、人間はようやく自らの愚かさに少し気づき、手を取り合って生きていこうなどと歯ざわりのよい御託を噛みしめながらゆっくりと衰退しております」
「衰退? それでは何もせずとも人類は滅びゆくのか?」
「そうではございません、人類の数は日に日に増加していっております」
「話が見えん、何が衰退しておるのだ」
「知能でございます」
「知能? 武力を蓄えたと言っておったではないか、文明は進んでいるのであろう?」
「武器を捨て力比べをしなくなった結果、平和に甘んじて何もしなくても生きていられるようになり、毎日よだれを垂らしながら他人の不幸をあざ笑い、食事をしております」
「生ける屍になってしまった、と」
「はい、その通りでございます、すなわちこれは人間どもを支配するまたとない機会かと存じます」
「戦意のない人類を片端から踏みつぶしてすりつぶしてひねりつぶしていけばよいのだな?」
いえ、とベルバは制した。そしてニヤリと笑った。
「それでは人類が家畜にならず、滅亡してしまいます、魔界の恒久の繁栄には人類が食糧や奴隷として恒久に支配されなくてはならないのです」
魔王はまた話が見えぬ、とかぶりを振った。これ以上機嫌が悪くなると命が危うくなると貴族達はハラハラと話の着地を見守った。
「つまり、頭の弱った人間どもに魔王様はやんごとなき尊いプレジデントなお方であると知らしめ、教育し、洗脳し、人類を取り込んで未来永劫飼い殺すのでございます」
魔王は相変わらずかぶりを振り続けている。そして、体が震えだした。ガタガタと揺れだした魔王の
「名案だ!! ベルバ!! 褒めてつかわすぞ!!」
もったいなきお言葉、とかしずくベルバ。理解できない状況に顔を見合わせる貴族達。
「我々の威光をあの愚かで卑しい民族に知らしめ支配してやるぞ、待っていろ、人類ども」
「その意気でございます、魔王様、ではさっそく明日より作戦を実行に移してまいります」
「……進軍か?」
「はい、日本の東京へ参りましょう」
貴族達は魔王様、魔王様と口々に喝采を叫び、興奮のあまり晩餐会を中途で後にする魔王を見送った。皆ようやくゆっくり食事がとれるとほっとしていた。
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文末 作者より
ご一読いただきありがとうございます。漫画原作の賞にこの小説の原案を送ったところ、けんもほろろに落選してしまったのが悔しく、ならば書き上げてみようと思い立って勢いで書いております。文法、言葉遣いなど荒い部分があるかと思いますのでご指摘いただけましたら幸いです。また、少しでも評価をいただけましたら続きを書く励みになります。よろしくお願いします。
魔王様ちゃんねる、はじめました チョイス @choice0316
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