3. 浮気な人形


 えー、怖い話って言われてもなぁ。


 あたし霊感とか全然ないし……うーん……。


 あ、じゃあ、この話をしようかな……言っとくけど、期待外れでもシラけないでよ。「全然怖くないじゃん」なんてクレームは、お断りだかんね。



『捨てても捨てても帰ってくる人形』の話ってよくあるでしょ。

 呪われてんだか憑りつかれてんだか知らないけどさ、どこかで貰った人形が夜中に動いたりして、持ち主が気味悪がって捨てても次の日には机の上に元通り置いてあって……みたいなやつ。


 あれ、あたしも持ってんだよね。


 ちょっと、嘘じゃないって。ホントホント。


 でもさ、あたしのは、何て言うか……ちょっと、変わってるんだ。



 半年前ぐらいかなぁ。

 サークルの飲み会があってさ、まぁそれはよくあるんだけど、その日のやつは結構大規模っていうか、大人数っていうか、とにかくわりと盛り上がったワケ。

 OBOGの先輩も何人か来て、ほぼほぼ奢ってくれて。


 そんで案の定飲みすぎちゃって。

 あたし、気が付いたら公園にいたんだ。独りで。


 もう辺りは真っ暗でさ、そこって飲み屋街からそんなに遠くない場所にあるちっちゃい公園なんだけど、人の声とか気配とかもう全然しなくて。


 うわーやっちゃった、今何時だろ、ってスマホ出そうとしたんだけど、カバンの中漁っても見つからないの。

 そそそ、前にスマホ失くした話したでしょ?

 そん時に失くしたのよ。もう最悪。はぁーあ。


 何の話だっけ。

 あぁ、そう、そんで「うわ、もう最悪」って思ったワケ。そん時のあたしも。

 で、頭痛いし、ふらつくし、とにかくコンビニかどっかで水買わなきゃってなって。財布はあったからね。不幸中の幸い。


 それでさ、座ってたベンチから立ち上がって、何とか歩き出そうとした時に。

「助けてください」って聞こえたの。すぐ横から。


 え何、って声のした方向いたら、あたしよりちょっと年上ぐらいの女の人がね。すっごい泣きそうな顔して立ってんの。すぐ横に。

 灰色のスウェット着て、髪ぼさぼさで、頬も大分こけちゃってて。

 元々美人さんなんだろうけど、見る影もないっていう感じで。


 正直あたしの方が助けてほしいんですけど、って思いもしたけどさ。

 あんまりかわいそーな雰囲気出してるから、あたしもつい「どうしたんですか?」って聞いちゃったの。


 そしたらその人すっごい早口で前のめりに喋り出して。

 頭痛かったしあんまり細かくは覚えてないんだけど、要約するとね。


「二週間前にフリーマーケットで、目を奪われるほど綺麗な西洋人形が出ているのを見つけた。値段が付いていなかったので店主に聞いたら、『この人形は持ち主を自分で選ぶ。一目見て気に入られれば、人形の方からあなたの所に行きますよ』と言われた。その時はそういう体にしてるだけで非売品なんだな、と思い引き上げたが、家に帰ると机の上にその人形が置いてあった」


「それからというもの、気持ちの悪いことばかりが起きる。絶対に人形のせいだ。そう思って人形をゴミに出しても、いつの間にか机の上に戻ってくる。何度やっても、どんな場所に捨てても駄目だった。一度など、思い余って金槌で人形を粉々に砕いてゴミに出したが、帰ってくると傷一つ無い姿で机の上に居た。もう耐えられない」


 ね。よくある怪談そのまんまみたいな話でしょ。

 でも、本題はそこからだったんだよね。


「人形から解放される方法はもう一つしかない。人形が自分以外の誰かを気に入ればいい。そうすればきっと人形はその人の所へ行く。だから、一目だけでいいから、人形に見られてほしい」


 何じゃそりゃ、とは思ったよ。

 でもその人、あんまり気の毒な顔してるし、悲痛な声で喋るもんだから。


 まだ酔ってたのと、元々あたしがそういうの信じてなかったのもあって。

「いいですよ」って言っちゃったんだ。


 そしたらその人、大慌てで抱えてた黒いカバンから人形を取り出したんだけど。

 確かに綺麗な人形だったよ。赤ちゃんぐらいの大きさで、金色の髪で、青いガラスの瞳でさ。

 でもその時は、それ以外特に何も感じなかったかな。「見ましたよ」って言ったらその人、ぺこっ、て大袈裟にお辞儀して、カバンに人形しまってどっかに走って行っちゃったんだ。

 多分、他の人にまた人形見せに行くんだろうなぁって思って。


 それで、あたしの方は結局もう終電なかったから、ヒトカラで始発まで時間潰してさ。

 それでやっと家に帰ったんだけど、そしたら……そう。机の上にあの人形がいたの。


 うわぁ、ホンモノじゃんって。

 驚きはしたけど、でも、まぁ、人形自体は綺麗だし。


 それに、あの人が言ってた「気持ちの悪いこと」っていうのも、そんなに大したことなかったから。今のところ。


 だから、今でもあたし、その人形と暮らしてるんだよね。


 え?

 具体的には何が起きるのかって?


 うーんとね、お風呂入ってたら誰も居ないのにリビングの方で足音が聞こえたりとか。一人分じゃなくて、何十人分ぐらいのやつね。


 それから、お味噌汁の器の底から金色の髪……人形の髪じゃなくて、もっと長い、多分人間の、本物の髪……が出てきたりとか。


 あと、起きたら口の中に血だらけの……落ち葉?

 とか、何か変な臭いのゴミみたいなのがいっぱい入ってたりとか。


 ぼそぼそ喋る人の声がしょっちゅう聞こえてきたりもするかな。日本語じゃないから何言ってんのかは全然分かんないけどさ。



 「よく平気だね」?

 まぁ、ほら、あたしそういうの割と鈍感っていうか。知ってるでしょ。気にしないたちなのよ。


 あぁ、そうそう、今も連れてきてるよ。その人形。見る?


 ……そんな必死に拒否しなくてもいいじゃない。

 まぁ、嫌か。万が一気に入られちゃったら、この子、ついてっちゃうもんね。

 でも、案外悪くないんだよ? こういう人形が部屋に置いてあると、お金持ちの家みたいでさ。

 そういう問題じゃない? そっかぁ……。



 ……あ、ごめん。

 チャック開いてた。人形入れてるカバンの。

 見せちゃったかも。みんなのこと。人形に。


 ごめんごめん。そんな怒らなくてもいいじゃん。


 大丈夫だよ。


 多分。

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