第20話 恐怖の大王

 当日の夜。私は一人で山の駐車場にいた。

 寒いのでエンジンを掛けっぱなしにして車の中、ライトは消している。

 エンジン音はうるさいけど、これを止めれば辺りは無音になるだろう。暗闇で無音にいると寂しくなる。いや、エンジン音がしてる状態でも寂しい。

 でも心地の良い寂しさだ。

 座席を倒し、正面に星空がくるように調整する。今日が晴れの日で良かった。

 いつもよりくっきりと星が見える。あの中の一つがこれから落ちてくるんだろうか。

 落ちて来たなら、世界は滅んじゃう。落ちなければまた明日、日が昇る。

 どっちがいいんだろうか。

 働いてた頃なら滅んでしまえと思ってただろうな。でも今は違うような気がする。どっちでもいいという感じだ。

 名取も似たようなことを言っていたけど、皆が皆死ぬなら正直な所落ちてもいい。

 楽しみと苦しみは別々に蓄積されるもの。その考えは昔からあって今も変わらない。苦しみがこの先ずっと蓄積していくくらいなら今、滅んでしまっていいし、楽しみが増えていくとするなら滅ばないで欲しい。その天秤の傾きで良い悪いが変わる。

 まあでも、今は楽しみの方に傾いてるかな。

 出会いがあって、再会があって、自分という本来の姿を取り戻したいと願った。

 社会に適応しようとして、自分の悪い所を良い所ごと消そうとした。無事消せたけど、つまらない人間が出来上がっただけだった。

 つまらないのはもうごめんだ。配信者になって夢の力を手に入れて、友人ができた。この事実があれば未来に待つ苦しみにも立ち向かって行ける。それも自分のままで。

 だったら隕石なんて落ちない方がいい。

 空を見据える。そこには相変わらず星が広がっている。それを素直に綺麗だと思えた。

 焦りもなく恐怖もなく緊張もない。穏やかな気分だ。

 降るとしたら、きっとこんな時に隕石は降ってくるんだろう。

 あまり想像はできないけど。


 眠くなって来た。時刻は二十四時十分。年は越していた。

 残り半分。いや、もしかしたらもう防いだ後かもしれないのか。

 どっちかわからない状態で眠ってしまおうか。滅びが待つとはいえ、今の気分に勝るものはない。

 目を閉じる。手探りでエンジンキーを回し止めた。

 そして眠りについた。




 目を覚ますと、景色は広がっていなかった。

 エンジンを掛けてワイパーレバーを倒す。

 窓の雪が押し除けられると、今度は景色が広がった。

 いつか見た景色、その表面が雪でコーティングされている。

 ふっ、と自然に笑いが漏れた。


「何も変わってないな」


 言葉に出してそれを認識する。

 何も起こらなかった。

 何でも起こるこの世界で、私の前じゃ世界は滅びないらしい。

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