第41話 街の清掃依頼、それは旅立ちの前の一仕事

“ガラガラガラガラ”


荷車に樽を載せ街の通りを進む泥だらけの男。街の人々はその男から漂う臭いに顔を背け、足早に離れて行く。


「次、身分と目的を告げよってシャベルじゃないか。お前どうしたんだよ、そんな泥だらけな格好をして」


門兵はその泥だらけの男、シャベルの姿に思わず声を上げる。


「これは門兵様、お勤めご苦労様です。

いや~、何か街の“溝浚い”の依頼が滞ってましてね?依頼を受注しようって冒険者が一人も現れなくって困っていたらしいんですよ。

で、俺に依頼を受けて欲しいって話があったんですけど、‟銀級冒険者でテイマーのシャベルに対する指名依頼だと大銀貨六枚になります”って冒険者ギルドから提示された依頼者がギルドの受付で揉めてまして。

通常の依頼料しか払えないって言うんで、だったら通常の冒険者の仕事しか出来ませんよ?それでもいいですか?って言ってその場を収めたんですよ。

そうしたら後日通常の依頼として“溝浚い”の依頼が掲示されてたんで、受けてみたって訳です。

なんやかんやでこの“溝浚い”の依頼が今の俺を作った切っ掛けみたいなものですから、なんか感慨深くって。

それにそろそろ冬もやって来る。魔物の活動も少なくなるし、街を離れるにはいいのかなって思いまして。

“溝浚いシャベル”の最後のご奉仕って奴ですかね」


そう言いニッコリ笑うシャベルは、首から下げた冒険者ギルドのギルドカードを門兵に提示する。


「そうか、シャベルもとうとう決意したか。まぁそう言う事なら何も言う事はない。立つ鳥跡を濁さず、シャベルらしい旅立ちじゃないか。

一介の冒険者としての“溝浚い”、頑張って勤め上げて来い」


「はい、ありがとうございます。

でもこれってコツがあるんですよ。清掃範囲の排水路を木板で区切ってそこの水を生活魔法のウォーターで区切りの先に移しちゃうんです。排水路の泥が乾燥するまで生活魔法を使えば掘り出しは簡単ですからね。

あとはこれの繰り返し、四~五日で結構綺麗になりますよ?

これでも俺、“溝浚い”の専門家ですから」

“ブフォ”

誇らしげに胸を張るシャベルに思わず吹き出す門兵。


「アハハハ、そうか、シャベルならそう言う発想になるんだな。どんな状況やどんな仕事であってもそれに腐る事なく真剣に取り組む、いや、勉強になったよ。

シャベル、お前ならどんな街に行こうとも大丈夫だ、頑張れよ」


「はい、ありがとうございますってこれから向かうのは樽の泥を捨てに行くだけなんですけどね。

旅立つときはまた御挨拶に伺わせて頂きます。では失礼します」


“ガラガラガラガラ”

そう言うや荷車を引き街門を過ぎて行くシャベル。その後ろ姿に、“俺も頑張らないとな”と気を引き締める門兵なのであった。


季節は過ぎる。森の木々はその葉を赤く染め、動物たちは冬の訪れを前に森の恵みを蓄える。それは魔物たちも同様で、冬の眠りを前に活発に餌となる獲物を求め彷徨い歩く。


“ドカッ”


「冬、土、お疲れ。これって何頭目だっけ?以前は俺に気付かせないように処分してくれていたんだね、ありがとうね。

ゴブリンは討伐部位の左耳を切り取ったら残りは皆で食べていいからね。グラスウルフは冒険者ギルドに納品かな?

“溝浚い”の仕事で荷車を借りてるし、丁度いいかな。

何か森も危なくなって来たからまたしばらく護衛を頼める?夏と闇でいいかな。

天多、そろそろ出かけるよ~」


それは魔の森のフォレストビッグワームの領域でも例外ではなく、彷徨い近付く獲物はもれなく彼らの餌食となって行く。


“ガラガラガラガラ”

“ズルズルズルズル”


森の街道を移動する荷車と二匹のフォレストビッグワーム。燃えるような木々の葉は、そんな彼らを覆うかのように、秋風にさわさわと揺れるのであった。



「わざわざお越しいただきましてありがとうございます。依頼がありました排水路の溝浚い作業が完了しましたのでご報告申し上げます。

また今回はギルド職員立ち会いの下での依頼完了報告となります。作業内容の御不満や問題点がありましたらご相談ください」


シャベルの報告に依頼者の男性はしかめ顔のまま問題の排水路を眺める。そこには確かに泥の掻き出された排水路があり、状態は改善されていた。

だが前回シャベルに清掃させたときの様に周囲のレンガが磨かれたような美しさも無く、ただ泥を浚っただけの排水路がそこにはあった。


「なんだこれは、俺はもっときれいにしろと言ってるんだ、まだまだ汚れているじゃないか。排水路の清掃依頼なんだ、きちんと清掃しないでどうして依頼完了となるって言うんだ!」


声を荒げる依頼人の男性。だがそこに冒険者ギルド職員が待ったを掛ける。


「あぁ、シャベルさん。排水路の清掃依頼ご苦労様でした。と言うかシャベルさん、以前の反省を生かされてますか?どこをどうすれば一人でこれ程綺麗な“溝浚い”が出来るんですか?これを他の冒険者に要求されても無理ですからね?

私も何度か“溝浚い”の現場は見ましたけど、皆さん泥だらけで周囲には泥が飛び散っていて酷いものでしたよ。塩漬け依頼になるのも分かると言うくらい。

街の住民の方が不平を言いながらも冒険者ギルドにしつこいくらいに依頼を出すのはその為です。誰も進んでその様な汚れ仕事をしたいとは思いませんから。

今回は本当に従魔の力は借りずにお一人で“溝浚い”をされたんですよね?」


ギルド職員はそう言いシャベルに訝しみの視線を向ける。それに対しシャベルは“あぁ、その事ですか”と言ってある準備を始める。


「えっと、これは口で言うより実際やって貰えれば分かる事なんでお二人に試して欲しいんですが、今俺はこの溝に木板で仕切りを作りました。

では職員さんはこの木板の所に立って生活魔法<ウォーター>の詠唱をして貰えますか?その際に使用する水はこの仕切られた側、現れる水は反対側って感じでやってみてください。

それと詠唱の<一杯の>のところを<盥一杯の>に変えて行ってみてください」


シャベルにそう言われ、よく分からないまま生活魔法<ウォーター>の詠唱を行うギルド職員。


“ザバッ”

現れた水は排水路に零れ落ち波を立て広がって行く。


「はい、そんな感じです。俺はそれを繰り返し行ってこっちの仕切りの中の水を空にして泥を掬い出したんです。

これは冒険者ギルドに置いてある“生活魔法と応用”と言う本に載っていた、生活魔法<ウォーター>を使った洗濯物を乾かしたり乾いた薪を作ったりするやり方の応用です。

生活魔法<ウォーター>はある一定の範囲や物体を指定しておくとそこから水分を集め水を作り出すと言う性質があるらしいんです。

で、この清掃範囲と定めた所の水を指定して退けて行けば比較的楽に泥を掻き出す事が出来るって訳です。

これは生活魔法ですからコツさえ掴めば誰でも出来るんですよ、このやり方は冒険者の皆さんや街の皆さんに広めて貰っても構いませんので、皆さんで頑張って“溝浚い”を行ってみてください」


事もなげに告げるシャベルに口を開けたまま固まるギルド職員。


「それと清掃の状態が御不満と言う事でしたが、事前の取り決めでは排水路に溜まった泥を流れを阻害しない程度に取り除くとありました。ご覧の様に排水路を流れる汚水は問題なく流れています。

この事はギルド職員さんも認めています、依頼完了のサインを頂けますか?

それでもご納得いただけない様でしたら後は冒険者ギルドマルセリオ支部との話し合いで解決していただくしかありません。これ以上先は一冒険者が口出し出来る事ではありませんので」


そう言い依頼完了証のサインを求めるシャベルに、未だ渋い顔を崩さない依頼人。


「分かりました。ではギルド職員さん、後はお任せしても?俺は一階特別受付の方にこの経緯を報告しないといけないんで」

「あっ、はい。お疲れ様でした。冒険者ギルドとしては今回の依頼は問題なく完遂したと判断いたします。それでも依頼人との間に齟齬が生じてしまった事は冒険者ギルド側のミス、冒険者シャベル氏には深くお詫びいたします。

お客様に申し上げます、この度の依頼、お客様には再三ご説明いたしましたがご納得いただけない様で残念でなりません。ですが先程のシャベル氏の仕事内容でご納得いただけないとなりますと、冒険者ギルドといたしましてはお客様のご要望にはお応え出来ないと言う事になります。

これは偏に冒険者ギルドの力不足、誠に申し訳ありませんでした。

以降はお客様のご要望にお応え出来る商会なり職人なりが現れてくださいますことをお祈り申し上げます」


冒険者ギルド職員はそう言い一礼をすると、その場を後にしようとする。

その仕草に依頼人の男性は慌てて言葉を掛ける。


「おい、それは一体どういうことだよ、“溝浚い”の依頼はこんな中途半端でおしまいだって言うのかよ!」

声を荒げる男性にギルド職員は冷静に言葉を返す。


「先ほども申し上げましたが当冒険者ギルドマルセリオ支部ではお客様のご期待にお応えする事は出来ません。この件に関しましてはギルド長より全権を任されておりますので、これはマルセリオ支部の決定事項と考えていただいて結構です。

その事に関しましてはご依頼内容の確認書類作成の際に申し上げたはずですが、お忘れになってしまったのでしょうか?

飲み屋街に引き続きこのような事態になってしまい大変残念です。以降こちらの排水路に関しましては冒険者ギルドの管轄外、周辺住民で協力し清掃を行っていただきますようお願いいたします」


「なっ、」

言葉を失う男性を残しその場を去るシャベルと冒険者ギルド職員。


「良かったんですか?あの方、声だけはやたらうるさいと思いますよ?他の住民を焚き付けて冒険者ギルドに乗り込んで来るんじゃないんですか?」


そう心配そうに声を掛けるシャベルに対し、ギルド職員は悪い笑みを浮かべ答える。


「いえ、どちらかと言えばそれが狙いですね。マルセリオの街は少々おかしくなり過ぎている。それは我々冒険者ギルド受付職員も同様です。

シャベルさんにはこれまで大変失礼な態度、失礼な対応をしてしまい本当に申し訳ありませんでした。

私たち冒険者ギルドは冒険者の方の下支えとなる存在、それが真面目に依頼を熟して下さる冒険者を排斥するなど本来あってはならない事。言い訳のしようもない失態です。

私達は冒険者を守り、冒険者が活動し易い環境を作るお手伝いをしなければならないと言うのに。

街の住民と冒険者とを取り持つ事もまた職務の一つ、それは何も依頼人に媚を売る事ではないんです。依頼人、冒険者双方の考え方を調整し少しでも塩漬け依頼を減らす。期限切れでの依頼取り消しなど、冒険者ギルドの恥以外のなにものでもないですから。

“溝浚い”依頼の意識改革はマルセリオの街の住民と冒険者の間を取り持つためにどうしても必要な通過儀礼なんです。

少なくとも食事も宿泊場所も確保出来なくなる依頼など、あっていいものではないですからね」


そう言い申し訳なさげな顔を浮かべるギルド職員に、自分のしたことは無駄ではなかったのだと口元のほころぶシャベルなのであった。

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