第40話 変わる人々、戸惑う底辺テイマー

人の思いというものはちょっとした切っ掛けでガラッと変わる事がある。

領主様のところの執事長が連れて来た訳アリの人物、最下層魔物しかテイム出来ない役立たず。

討伐依頼すら出来ない底辺冒険者は街の雑用依頼ばかりを熟し、侮蔑の意味を込めて“街の雑用係”と呼ばれた。

だがその様な言葉にめげず懸命に働く彼の姿は、街の者に受け入れられると共に、他の冒険者たちの敵愾心を煽る事となる。何かと言えば“シャベルはもっとまじめに働いていた”、“シャベルはそんなことを言わなかった”。

街の人間の何気ない不満の言葉が、底辺冒険者と他の冒険者たちとの間に大きな溝を作って行く。


知らないという事は恐ろしい事である。

地面を這う大人の身長よりも遥かに長い、女性の太もも程もあろうかと言う太さの巨大ビッグワームに、樽から溢れ出すほどのスライムの小山。魔物という者は危険な生き物であり、その印象はビッグワームやスライムと言う人には無害とされる魔物であっても無くなる事はない。

そしてそんな魔物を引き連れた人物を嫌悪することは、人として致し方のない事。

これは理性ではなく本能としての働き。

真面目な働き者であった底辺冒険者は、不気味な魔物を引き連れた“溝浚い”となり、関わり合いにはなりたくないが底辺の汚れ仕事をさせる為の便利な人物へと貶められて行く。


そんな侮蔑され、馬鹿にされ、蔑まれた者は、銀級冒険者と言う冒険者の一人前とされるランクに昇る事で憎しみの対象へと変わっていく。

何故自身よりも‟劣る者”が自身よりも高いランクの冒険者として持て囃されるのか。

それは決して許容出来ぬ現実、受け入れがたい裁定。


冒険者たちからの拒絶と敵愾心は、ただでさえ街の住民から疎まれ街の外での生活を余儀なくされていた底辺冒険者を、完全に排除するに至る。


それから四カ月、その者の存在すら忘れかけていた冒険者は、突然現れた底辺テイマーに驚きと共に訝しみの視線を送る。

だがそんな彼は、自身の膝にスライムを載せ愛おしそうに撫でる男は、自身が勇者病ではないと冒険者ギルドの職員に訴え掛ける。


「「「いやいやいや、十分勇者病<仮性>だから」」」


勇者病、それは男なら誰もが罹る通過儀礼。その症状は様々で勇者に憧れ只管に自信を高めようと戦いの日々を送る者あり、授けの儀を前にして魔法の詠唱を始め、独自の詠唱を考え自身の活躍を夢想する者あり。

スライムに名前を付けテイマーの真似事をするなどまさに典型的な勇者病<仮性>患者の症状。


「「「ブッハッハッハッハッ、シャベルが勇者病<仮性>、そのまんまじゃないか」」」


これ迄訳ありとして避けられてきた男は、妬みと嫉妬で排斥されてきた男は、底辺テイマーとして馬鹿にされてきた男は。

何の事はない、自分たちと同じただの勇者病患者だったのだ。


冒険者とは勇者の冒険譚や高位冒険者の英雄譚に憧れた者がほとんどである。

自身の活躍を夢見て剣を取る。

授けの儀で戦闘系スキルに目覚めた時、その夢はただの妄想から現実のものとなる。

日々の生活から考え方が荒み生活が荒れ、楽な仕事、割りのいい仕事を求める様になっても。その根底に流れる少年の心が失われる訳ではない。


目の前にいる男は、勇者病と言われ机に突っ伏しながらテイム魔物であるスライムに慰められている勇者病<仮性>重症患者は、少年の頃の自分。


「なぁシャベル、もしかしてお前、毎日魔法の練習とか言って生活魔法<ウォーター>の訓練とかしてないか?」


「あっ、はい。天多が生活魔法で出した水が好きなもので、午前中は生活魔法の訓練がてら天多に水を上げてます」


‟・・・こいつ、本物だ!!”

冒険者たちから注がれる生暖かい視線。

外れスキル<魔物の友>は最下層魔物しかテイム出来ない事で有名である。その為にシャベルがスライムやビッグワームをテイムしている事は分かる。

だが普通ここまで調教出来るか?

落ち込む主人を慰めるスライム、完璧じゃないか。


ある冒険者は思った、‟俺が子供の頃憧れたテイマーは強力な魔物を引き連れて敵と戦う、そんな物語に出て来るようなテイマーだった。だがなんだ、この仮性心を擽るほのぼのさ加減は。

こんな従魔、欲しいに決まってるじゃないか!”と。


ある女性冒険者は思った、‟天多ちゃん、超かわいいんですけど!?

あのプニプニした触手で撫で撫でって、めっちゃ羨ましいんですけど!?”と。


「あのよ、そのスライムにこの串肉を上げても良いか?」

それは不意な申し出だった。これまで多くの冒険者から蔑みの声を掛けられた事は有れ、従魔に対し、家族に対し何か食べ物を与えて良いかなど聞かれた事など一度としてあり得なかった。

戸惑うシャベルに天多はテーブルの上でプルプル震え喜びの感情を伝えて来る。

その感情は‟やったー!おやつだー!”と言う様なもの。


「あっ、はい。天多、良かったな。ちゃんとお礼を言うんだぞ?」

シャベルの言葉に大きく伸びあがり、まるでお辞儀をするかの様に身体を前に折る天多。そして串肉の乗った皿を目の前に出された天多は、触手を器用に伸ばし串肉の肉だけをまるで人が頬張る様に身体に取り込むと、串を皿に返してから嬉しそうにポヨンポヨン飛び跳ねるのであった。



人の思いというものはちょっとした切っ掛けでガラッと変わる事がある。


シャベルの日常は変わらなかった。三日調薬をし、一日に休む。

だがその生活の中で大きく変わった事があった。


「ようシャベル、今日はスライムを連れてないのかよ。もしかしてそのビッグワームにも名前を付けてるのか?」

「はい、今日のお供は風と土ですね。数が多いんで憶え易い様に季節と曜日から取りました」


「なんだよ、もっと格好いい名前を付けてやれよ~。シュナウザーとかどうだ?強そうで格好いいだろう?」

「そうですね、今度新しい‟家族”が出来たら考えて見ます」


「‟家族”か、いいね。やっぱ<仮性>はそうじゃないとな。俺も最近生活魔法<ウォーター>の訓練を再開したよ。いいよな、魔法、燃えるよな。」

「そうですね、それだったら詠唱の‟一杯の”の所を色々変えて見るといいですよ?

俺の実験では‟盥一杯の”だったらすぐに出来ますから。

これを‟樽一杯の”にすると発動しないんですけど、川なんかの水辺だと発動するんです。でもこれ結構魔力を使うみたいで、何回かやると生活魔法なのに魔力枯渇を起こすんで注意してください」


「マジかよ、シャベルは生活魔法で魔力枯渇を起こした事があるのかよ!?

やっぱ本物は違うわ、勉強になった、ありがとうよ」


マルセリオの街の薬師ギルドに向かう最中、冒険者に絡まれる事はなくなった。

そして代わりに偶に声を掛けられる様になった。

そのほとんどは‟スライムは連れて来てないのか?”と言うものであったが、フォレストビッグワームを毛嫌いする様な発言をする者はいなかった。


人の思いというものはちょっとした切っ掛けでガラッと変わる事がある。これまで壁を感じていた相手が、実は話し易い相手だったと気付く時がある。

マルセリオの街は、自身にとって少し関わり易いものに変わったのかもしれない。

勇者病<仮性>と呼ばれるのもそれほど悪い事ではないのかな?

シャベルはクネクネと楽し気に隣を進むフォレストビッグワーム達の姿を見ながら、ふとそんな事を考えるのであった。



「聞いたぞ、最近‟溝浚い”が顔を出す様になったらしいじゃないか。だったら仕事の依頼を受けさせてくれるんだろう?」


冒険者ギルド受付ホール、そこでは街の溝浚いの依頼を出しに来た依頼人の男性が、受付職員に大きな声で詰め寄っていた。


「はい、溝浚いの依頼自体はこれまで同様受付させて頂いております。ですが中々依頼を受けて下さる冒険者の方がおられないものですから。

ご期待にお応え出来ず申し訳ございません」

受付職員は丁寧な物言いで慇懃に頭を下げる。


「そんな言葉はどうだっていいんだよ、来てるんだろう?‟溝浚い”が。

だったらあいつにやらせればいいじゃないか」

吐き捨てる様に言葉をぶつける男性に対し、受付職員は笑顔で対応する。


「はい、それは銀級冒険者シャベルに対する指名依頼と言う事でよろしいでしょうか?

以前キンベルからお話を伺われているとは思いますが、そうなりますと大銀貨六枚の依頼となりますが」

「だから高いだろうが、何で‟溝浚い”で大銀貨なんだよ。‟溝浚い”だぞ、‟溝浚い”。

こんなの誰でも出来るだろうが!」

更に声の大きくなる男性に、渋い顔になる受付職員。


「そうですね、ではこうなさったら如何でしょうか?お客様がお出しになられた‟溝浚い”の依頼の依頼が完了するまで、依頼を受注した冒険者の食事と住まいをお客様が提供する。それでしたら依頼を受ける冒険者が現れるやもしれません。

なんせマルセリオでは‟溝浚い”の依頼を受けるとどこにも宿泊出来ないどころか食事も手に入らなくなりますから。やはり冒険者も生活は大切ですので」

そう言いニコリと微笑む受付職員に言葉の詰まる男性。


「あっ、資料室ありがとうございました。それじゃまた」

間の悪い者と言うのは何処にでもいるものである。受付職員は思う、‟何で今顔を出すかな!?せっかく上手い事話が収まりそうだったのに!”と。


「‟溝浚い”、お前何処に言ってたんだ!お前に仕事を恵んでやろうと待ってたんだよ、早い所ウチの周りの溝を綺麗にしやがれ!!」

興奮気味に言葉を発する男性に、シャベルは困った様な顔を向け応える。


「そうですか、それはわざわざありがとうございます。では指名依頼と言う事ですね、こちらの受付で手続きの方をお願いします」

「馬鹿野郎、何言ってやがるんだ!溝浚いだぞ、そんな金額出せる訳ないだろうが!」


「そうですか、それでしたら一般冒険者への依頼と言う事で、銀級冒険者テイマーシャベルではなくただの冒険者への依頼となりますが?

無論従魔は使えませんのでスコップでの溝浚い、周囲に臭いは残りますし排水路の底が見える事なんて絶対にありえません。

皆さんが行う事を冒険者として代行すると言うだけですね。

あぁ、後から文句を言われても困りますので、その辺はきちんと誓約書にしてサインをしてください。以前もあったんですよ、仕事の後色々とごねられた事が。あれは飲み屋街の仕事でしたか。

確かあれ以来冒険者ギルドでは飲み屋街の溝浚いの仕事は受けないと言う取り決めになったとか、今は若い衆と呼ばれる方々が交代制で行っているそうですよ?

以前はお客様が喜ばれるのが第一と思って仕事をしていましたが、その後に仕事を受けた者が俺と同じ成果を出さなかったからと不平を言われるなんて事が多かったそうです。金額に合った仕事の仕方と言うものがある、俺も色々と勉強させてもらいました。

でも安心してください、仕事の完了報告には冒険者ギルドの職員さんにも立ち会っていただき、金額に見合った仕事であるのかどうかしっかり見ていただきますから。

仕事で手を抜くなんて真似は致しませんので」


そう言いニッコリ笑うシャベルに口を噤む男性。


「俺、どうせマルセリオの街じゃ泊まる事はおろか買い物すら出来ませんし、冒険者の評価に関わるぞと言われても銀級冒険者ですから他所の街に移れますし。

それに俺の本業は調薬師ですから、別に冒険者としての評価は気にしていませんのでお嫌でしたら別の方に頼んでください」


シャベルはそれだけを言うと、黙る男性を残し冒険者ギルドを後にするのであった。


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