第39話 勇者病、それは男なら一度は罹る精神疾患

「失礼します。ベリルギルド長、シャベルをお連れしました」

「入ってくれたまえ。

やぁシャベル君、先程キャロラインから聞いたよ。遂にマジックポーチの支払いに目処が立ったんだって?凄いじゃないか。

まぁなんだ、座って話をしようか」


薬師ギルドギルド長執務室、そこでは薬師ギルドギルド長ベリル・マクレガーが、満面の笑みを浮かべシャベルの入室を歓迎する。

シャベルはここ薬師ギルドマルセリオ支部が抱えていた不良資産、時間停止機能付きマジックポーチを買い取ってくれるかもしれない大切なお客様、ベリルギルド長が下にも置かない態度を示すのも当然な事であった。


「ベリルギルド長、それとキャロラインさん、長い事顔も見せずご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。ベリルギルド長にはマジックポーチ購入の約束をしておきながら突然姿を消す様な真似をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

シャベルはそう言うと深々と頭を下げ謝罪の意を示す。

ベリルはそんなシャベルの態度に好感を示しながら、顔を上げる様に促すのであった。


「シャベル君、謝罪は不要です、顔を上げてください。

シャベル君の事情はこのキャロラインから聞いています。銀級冒険者昇格試験に合格したそうじゃないですか、それは誰恥じる事でもない、十分誇ってよい事なんですよ?

それを訳の分からない嫉妬やひがみで害そうとする。

この街の人間もそうですが、マルセリオ支部の冒険者たちも本当に意味が分かりません。

その事でシャベル君が緊急避難的にマルセリオを離れる事は当然です。私はシャベル君の判断を支持しますよ?」


ベリルはそう言葉を掛けると、“よく頑張りましたね”とシャベルの苦労をねぎらうのであった。


「ベリルギルド長、どうもありがとうございます。街門の門兵様方もそうですが、俺は本当に多くの人に見守られている。人との出会いに恵まれているんでしょうね。

この事はいつも女神様に感謝しているんです。

それでマルセリオの街に来ていなかった間の事なんですが、ヘイゼル男爵領リンデルの薬師ギルドにポーションの納品を行っていまして、時間は掛ってしまいましたが漸く目標金額が溜まったって訳なんです。

まぁこれも銀級冒険者昇格試験の際に行った盗賊退治で臨時収入があったからなんですが。試験官に付いて下さったドット教官には、本当に感謝しかありませんよ」


そう言いポリポリと頭を掻くシャベル。だがたとえそうであろうとも、その金を浪費せず目標の為に貯え続けたのは間違いなくシャベルの功績である。

べリルは決して自らの状況に驕らないシャベルに対し、好感と共に信頼を感じるのであった。


「そうかそうか、では今日はマジックポーチの購入と言う事でいいのかな?」

「はい、よろしくお願いします」


シャベルはベリルギルド長の瞳を真っ直ぐ見詰め、はっきりと購入の意思を伝える。ベリルはそんなシャベルに満足そうに頷きを返すと、隣に控えたキャロラインに目配せをし、マジックポーチを持って来させるのであった。


「さぁシャベル君、これがマジックポーチだよ。早速手に取ってみて貰えるかな?」


それは冒険者が討伐依頼に出掛ける際に腰に巻くポーチによく似た形状の、所謂ウエストポーチと呼ばれるものであった。

魔物の討伐において一々背負い袋からポーションや臭い袋を取り出す様な余裕はない。緊急の際に直ぐに取り出せる位置に必要な道具があることは、本人ばかりでなくパーティー全体の命を救う事に繋がるのだ。


「そうだね、シャベル君は冒険者だから馴染み深い形のポーチなんじゃないかな?腰に巻いて邪魔にならない。様々な現場で直ぐに必要な薬を取り出すことが出来る様にとの設計思想の元に作られた渾身の作なんだが、如何せんそこまでの現場主義の薬師が余りいなくてね。

物は良いと思うんだよ?物は。その材質も丈夫なオーガの革を使っていてね、破れにくく衝撃にも強い。

本部では高位冒険者相手にも売れると意気込んでいたんだけどね、商売ってのは難しいものだよ」


ベリルギルド長は“シャベル君が購入してくれる事になって本当に助かったよ”と言いながらハハハと笑うのであった。


「では支払いはギルドの口座からお願いします」

シャベルは手に持ったポーチに手を突っ込んだり引っ張ったりしながら、唸り声を上げる。それは初めて親に玩具を買ってもらった少年の反応そのものであった。


「シャベル、嬉しい気持ちは分からなくもないが少しは落ち着きな。ほら、ギルドカードだよ。

それと今日はポーションの納品は無いのかい?ポーション瓶はギルド長がマジックポーチ購入のおまけでポーチの中に入れてあるから要らないだろうけど」


「あっ、すみません、すっかり忘れてました」

シャベルは慌てて背負い袋の中からポーションを取り出すと、キャロラインに提出するのであった。


「全く男って奴は本当にその手の道具が好きだね~。そのうち手入れ用の油を買ってニヤニヤしながら拭き出すんじゃないのかい?

勇者病<仮性>のシャベル君」


ニヤニヤ笑いながら一言付け加えるキャロラインに、途端動きを止めるシャベル。

勇者病、それは侮蔑と羞恥の黒歴史。幼い頃亡き母の前で披露した剣の勇者様の真似、そんな母との思い出はスコッピー男爵屋敷での剣の指導で酷く馬鹿にされた。

“お前は基礎がなっていない”、“そんな振りで岩が切れるものか”、“夢見る勇者病はこれだから”

以来シャベルは自らを律し、その言動や行動を抑え地味に目立たず過ごして来た。


「まぁまぁ、キャロラインもその辺で。シャベル君が落ち込んでしまってるじゃないですか。それとこれはマジックポーチ・マジックバッグ共に言える事なんだが、その中に動物を収納する事は出来ないから気を付けて欲しい。

動物や魔物、昆虫や魚、そうした生き物を仕舞うと死んでしまうとの事だ。

因みにマジックバッグは端から生き物を入れる事が出来ない、どういう原理化は分からないがそう言う事になっているらしいんだよ。

それと時間停止機能付きのものは植物の種なら問題ないが、苗や鉢植えなどは取り出してすぐに枯れてしまうとの事だったかな?球根なども駄目だったと聞いているがその辺は詳しくなくってね。

まぁマジックポーチはその口の大きさよりも大きなものを入れる事が出来ないからシャベル君にはあまり関係がないとは思うが、そう言うものだと覚えておいてほしい」


「は、はい。自分でも色々と試してみます」

シャベルはキャロラインに言われた勇者病疑惑の事で大きなダメージを受けるも、ポーションの納品と報酬受け取りを済ませるのであった。


「あっ、これキャロラインさんに。いつもお世話になってばかりで、ちょっとしたお礼です。リンデルの道具屋で見つけて、キャロラインさんにどうかなと思って」

シャベルはそう言うと背負い袋の中から細い木箱を取り出し、キャロラインに手渡した。

キャロラインがどれどれと言い蓋を開けると、そこには美しいガラス製のインクペンが入っているのであった。


「シャベル、そうかい、もう行くんだね」

キャロラインはどこか寂しそうな、それで誇らしそうな顔でシャベルを見詰める。

そんなキャロラインにシャベルは慌てて首を横に振り否定の言葉を続ける。


「いえいえ、それって街門の門兵様にも言われましたけど、本当にただのお礼ですよ?

よく冒険者は縛られないとか言いますけど、俺ってどっちかと言えば調薬師ですから、収入の大半はポーション作製ですから。

いずれ旅に出るときはちゃんと挨拶に来ますんで安心してください」

“やっぱり普段やらない事をするとそう思われちゃうのかな?”と独り言ちるシャベル。そんなシャベルの様子に思わず吹き出すキャロラインとベリルなのであった。



ざわざわと喧騒漂う冒険者ギルド受付ロビー。ある者は今日の討伐依頼の反省会を行い、またある者は夜の酒場の蝶の話で盛り上がる。

そんな多くの冒険者たちが集う受付ロビーに普段目にする事のない人物が訪れれば、自然その視線は集まって行くものだろう。


「なんか見慣れない奴だな、よそ者か?」

「ん?木箱なんか持ってるところを見ると、他所の街からの配達依頼かなんかじゃないのか?それより聞いたか?夜の花園に新しく入ったメアリーちゃんなんだがよ」

その人物から漂うベテラン冒険者のような雰囲気に、周りの者の意識は次第に逸れて行く。彼らは思う、“あぁ、他所の街からの配達依頼か”と。


「すみません、総合受付責任者のキンベルさんはおられますでしょうか?それと武術教官のドットさん、お二人に届け物がありまして」

そのフードを被った人物はギルド受付カウンターの向かうと、席に座る受付嬢にそう声を掛ける。


「はい、キンベルとドットですね。只今及び致しますのでそちらホール脇のテーブルでお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

その人物は受付嬢に促されるままホール脇のテーブルに向かい手持ちの木箱を置くと、腰を下ろして二人の訪れを待つのであった。


「お待たせしました、キンベルです。ドット教官は、あっ、来られましたね。それで届け物と言うお話でしたがどなたからの物でしょうか?」

建物の奥から姿を現したキンベルは急ぎ待ち人の元へと向かい要件を確認する。同じく声を掛けられたドットも同様に傍へとやってくる。


「はい、調薬師のシャベルと言う方からです。“荷車と樽をお借りしたままで申し訳ありませんでした。それとこれは日頃からの感謝の気持ちです”との言葉を預かっています。

それで届け物ですがこちらですね」

そう言い木箱から取り出した物、それは王都ではやりと噂の蒸留酒。


「こんなに良い物を、何か申し訳ないですね。私は大した事を出来た訳でもないのに」

「いえいえ、依頼人は大そう世話になったからよくよく礼を言ってほしいと言っていました。ドット教官さまですね、こちらシャベルさんからのお届け物です」

ドットはフードの人物から渡された蒸留酒に目を向け眉間にしわを寄せる。


「そうか、それでシャベルはどこに行くと言っていたか?」

ドットはそこに何かを感じ取ったのだろう、苦々しい表情で言葉を繋ぐ。


「あっ、その事ですか。それも伺ってます。“その贈り物は言葉の通り日頃の感謝の気持ちです。どこかに行く際はちゃんと挨拶に来ます”との事です。

それとこれはドット教官に聞いておいてほしいと頼まれた話なんですが、“俺って勇者病じゃないですよね?薬師ギルドで揶揄われたんですが、従魔に名前を付けるのって普通ですよね?”とのことなんですが」


「ブホッ、無理だ、止め止め。折角いい感じに演技して来たのにお前なんてこと聞いてくるんだよ、キンベルさんが死にそうになってるじゃないか」

「いえそんな事はブホッ、勇者病、シャベル君が勇者病・・・アハハハハ、駄目だ、一度考えちゃうともうそれしか考えられない。確かにビッグワームやスライムに名前を付けてますもんね。私が子供の頃にも近所にいましたよ、そんな男の子。

スライムを何匹か並べて“我が配下の魔物どもよ、今宵こそが宿願を果たす時!”とか掛け布を身体に巻きながら言ってたな~、懐かしい。

でも彼、今じゃ街の衛兵隊長ですからね、大丈夫、シャベル君が勇者病でも誰も責めたりなんてしませんから」

「「「はぁ!?シャベル!!」」」

冒険者たちの視線が一気にフードの人物に向く。

シャベルは“せっかく上手く行ってたのに”と言った顔でフードを取るのでした。


「で、今日は一体なんだって冒険者ギルドに顔を出したんだ?俺はてっきり既に別の街に拠点を変えてるものだと思ってたぞ」

ドット教官はドカッと椅子に座ると、ニヤニヤ顔をしたままシャベルに問い質す。


「いえ、先ほども言いましたが荷車と樽を返しにですね。あれって冒険者ギルドの備品ですから。早く返さないととは思っていたんですが、街の雰囲気がですね。

そろそろほとぼりも冷めたかなと思いまして。

それとそのお酒はご心配をお掛けしたお詫びとこれまでのお礼ですかね。

この四か月は他所の街に行って稼いでいましたんで、そのお金で購入してきました。

ですんでもうすっからかんですが」

そう言い頭を掻くシャベルそんな彼に呆れの視線を送るドット教官。


「あのな、俺らに気を使ってないで自分の為に使えよ。まぁこいつはありがたく頂いておくけどな。

それよりもさっきの勇者病発言は何なんだよ、シャベルは俺の腹筋を殺す気か?」

「そうですよ、聞いてくださいよ、酷いんですよ?

薬師ギルドの買取カウンターのキャロラインさんなんですけどね、ご近所男の子がスライムにスラ吉って名前を付けて“行け、スラ吉、<ウォーターボール>だ!”とか言ってたって俺の事からかうんですよ!?

俺はテイマーだって言うのに。今日だって箱の中の酒瓶が割れない様にしっかり守ってくれていたんですよ?

そうだよね、天多?」

シャベルがそう言うと木箱の中からぴょんと飛び出してシャベルの膝の上に乗る天多。そんな天多を愛おしそうに撫でるシャベル。


「「「いやいやいや、十分勇者病<仮性>だから」」」

そんな彼の行動に受付ホールの冒険者たちから一斉に突っ込みが入る。

“ガーン”と言った顔でテーブルに突っ伏すシャベルとテーブルの上に移動して彼の頭を撫でて慰める天多。

起きる爆笑。


「アッハッハッハ、シャベルの奴、スライムに慰められてやがる。流石勇者病<仮性>、調教が半端ね~」

「く~、ちょっと羨ましいんだが!?俺の中に眠っていた仮性心が!!」

「「「ってお前も<仮性>かよ!?」」」

再び活気付くギルド受付ホール。

この日街の“雑用係”、“溝浚い”と蔑まれていたシャベルは、勇者病<仮性>“最下層魔物使いシャベル”へとジョブチェンジを果たすことになるのだが、それがどういった事に繋がるのかは、誰にも分らないのであった。

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