第38話 訪れた者、訪れた街
“ガラガラガラガラ”
地方都市マルセリオ、そこはスコッピー男爵領の中心地であり領内の農産物や工芸品が集まる集積地でもある。他領から訪れる者が目指す場所でもあり、その街門は日々多くの人や物が行き交っている。
「次、身分と目的を告げよ」
そんな街門を守る門兵の仕事は多忙であり、マルセリオの街に怪しい人物が入り込まないか、怪しい品物が持ち込まれないか、日々監視の目を光らせ、マルセリオの街を、延いてはスコッピー男爵領を守っているのである。
“ガラガラガラガラ”
「次、身分と目的を告げよ。その外套のフードを取って顔をちゃんと見せるんだ」
門兵は自らの職務として街門に訪れた人物を誰何する。門兵に問われた者は外套のフードを外し、懐から薬師ギルドのギルドカードを差し出す。
「お勤めご苦労様です。薬師ギルド所属、シャベルと言います。本日はポーションの納品に参りました」
そう言いぺこりと頭を下げるシャベル。
「お前、シャベルじゃないか、本当どうしてたんだよ、心配したんだからな!?
お前がマルセリオに顔を出さなくなって四カ月近くになるだろう?
身体を壊して倒れてるんじゃないかって、魔の森に見に行こうとした奴もいたくらいなんだぞ?元気なら元気でちょっとは顔を見せろよ」
門兵はそう言うとシャベルの背中をバンバンと叩き笑顔を見せる。
シャベルはそんな門兵の態度に申し訳なさそうにしながらも、それほどまでに自身の事を心配してくれた彼らに対し、嬉しさからつい笑顔になるのであった。
「それでお前魔の森に引き籠って何やってたんだよ、まさかずっとポーションの作製をしていたって訳じゃないんだろ?」
門兵はシャベルを“通行の邪魔になるからちょっとこっちに来い”と言って街門の脇に引っ張って行くと、これまで何をしていたのかを問い質す。
シャベルは“イヤ~、実は”と頭を掻きながらその問いに答えるのであった。
「前に門兵様から街の冒険者の様子がおかしいから気を付けろとご注意を頂いた事があったじゃないですか?あの日俺は完成したポーションの納品に来ていたんですが、薬師ギルドに向かう最中も門兵様が懸念していた通り絡んで来ようとする冒険者が結構いまして。
幸いそいつらはフォレストビッグワーム達が威圧して追い払ってくれたんですが、街の雰囲気が怪しいと言いますか、俺に対する視線がですね。
それで薬師ギルドで大量のポーション瓶を購入して、暫く魔の森に引き籠ろうとしたんですが、その帰り道に冒険者の集団の待ち伏せに合いそうになりまして」
「はぁ!?あの馬鹿ども、それでシャベルは大丈夫だったのか?まさかその時の怪我が原因で・・・」
シャベルの話に怒りを露にする門兵、だがシャベルなそんな門兵に落ち着く様にと言葉を掛ける。
「落ち着いて下さい、ご心配はとてもうれしいですがそいつらは接敵する前に気が付いたフォレストビッグワーム達に蹴散らして貰いましたから。
門兵様から頂いた言葉、“絡まれたら声を上げろ、それも自衛手段の一つだ、互いに傷付かない事が一番だ”、あの言葉を実践したお陰で誰も傷付く事なくその場をやり過ごす事が出来ました、本当にありがとうございました」
シャベルは門兵が本当に自身の事を心配してくれている事、自身の為に怒ってくれたことに感謝し、その時護衛に就いてくれたフォレストビッグワームの光と焚火の活躍を話して聞かせるのであった。
「アッハッハッハッハッ、フォレストビッグワームが“ビユンビユン”って、あんな巨体を振り回された上に地面が爆ぜるほどの勢いで“ドゴンッ”って。
そんなの目の前でやられたらそりゃ逃げるっての、アッハッハッハッ。
あ~おかしい、久々に腹の底から笑ったわ。そんでシャベルはその後どうしてたんだよ、いくら引き籠ってポーションを作っていたからって、四カ月は長いだろう」
門兵は目尻に涙を溜めながら、シャベルに問う。
シャベルはそれからの日々を懐かしそうに思い出しながら、続きを話す。
「はい、そんな事があったんでこれは本格的に危ないと思いまして、一月ほどポーションの作製の為に引き籠っていたんですが、そうなると今度は食料の方が。
肉や野草は魔の森でも手に入るんですが、小麦粉はどうにもなりませんから。
ですんで隣領のヘイゼル男爵領リンデルの薬師ギルドにポーションを納品して、帰りにリンデルの街の商人から小麦や豆を大袋で購入して来たんです。
これも銀級冒険者昇格試験でドット教官と共に盗賊を退治したお陰、あの時手に入れた幌馬車が無かったら小麦を持って帰って来るだけで一苦労でしたから。本当にドット教官には足を向けて眠れませんよ」
「そうか、シャベルには幌馬車があったんだったよな、それに薬師ギルドの正規会員で銀級冒険者なら誰に咎められることなく他領の街に行く事が出来る、何もマルセリオにこだわる必要も無いって訳だ。
そうか、本当に良かったな。
シャベル、改めて言わせてもらう、薬師ギルドの正規会員並びに銀冒険級者昇格試験合格おめでとう」
門兵は自分の事のように喜び、シャベルに祝福の言葉を掛ける。
シャベルは嬉しそうに微笑みながら、“ありがとうございます”と頭を下げるのであった。
「そうそう、それでですね、以前もそうでしたが門兵様方にはいつもご心配ばかり掛けてしまって、本当に申し訳ないと思っていたんです。それで日頃のお礼を兼ねまして、リンデルでお酒を購入して来たんですよ。
俺はお酒は飲まないんで全く分からないんですが、酒屋のご主人に相談に乗って貰って、日頃お世話になっている門兵様方にと言ったらこれを勧めて貰ったんです」
シャベルはそう言うと荷車の荷台に置いてある箱の中から、二本の酒瓶を取り出した。
「シャベル、お前、それは・・・」
「あっ、ご存じだったんですか?それなら良かった。
何でも蒸留酒とかいう種類のお酒みたいでかなり酒精が強いそうです。水などで割って楽しむものだって仰ってました。
俺もそこまでお金があるって訳じゃないんで二本で申し訳ないんですが、皆さんで楽しんでください」
それは王都でも人気があると言われる蒸留酒、酒好きのドワーフが名剣と引き換えにするとか噂される逸品。マルセリオの酒場でも置いてはあるが、自分たちの安月給では小さなグラス一杯を楽しむのが精々と言う代物であった。
「シャベル、行くのか?」
門兵の言葉、それは別れの確認。
冒険者は自由である、冒険者は縛られない。
この街はシャベルに厳しかった、この街はシャベルにとって枷でしかなかった。
薬師として、冒険者として一人前になったシャベルを縛るものは何もない。
シャベルの幸せを考えるのなら今すぐにでも旅立ちを促すべき、そんな思いが門兵の心に沸き起こる。
「ハハハ、いえ、これは言葉通り日頃お世話になっている門兵様方に対するお礼です。今すぐどこかに旅立つとかではないですよ?
でもまぁ、その時になったらちゃんとご挨拶にお伺いします。
マルセリオでは本当に色んな方々にお世話になりましたから。
子供の頃、母が教えてくれたんです。
“生きてるだけで儲けもの、生きてるだけでお陰様”
最近この言葉の意味が少しわかって来たんだと思うんです。見えない所、気付かない所で俺は色んな人たちに支えられてるんだって。
俺は弱い、俺は物を知らない。器用でもなく要領も悪い、“一人で生きて行ける”だなんて口が裂けても言えませんよ。
門兵様、本当にいつもありがとうございます。
マルセリオを守る為のお仕事、がんばってください。では俺はこの辺で。
あ、忘れる所だった、今日の従魔はスライムの天多です。お酒の入った木箱が荷台から落ちないように支えて貰っていたんですよ、こちらが従魔鑑札です」
シャベルはそう言うとカバンの中から従魔鑑札を取り出し門兵に指し示す。
荷車に置かれた木箱の下では押し潰されたかのような格好のスライムが、まるで手を振るかのように触手を左右に振って自己をアピールしているのであった。
「ブフッ、シャベルの所のスライムは本当に多才だな。樽の掃除から荷物運びの手伝い、その辺の小僧なんかよりよっぽど役に立つ。
よし、従魔鑑札は確認した、通って良し。
蒸留酒は門兵の皆と楽しませてもらうよ。
シャベル、こっちこそありがとうよ、気を付けて行けよ」
シャベルにそう声を掛けると、自身の仕事へと戻って行く門兵。
シャベルは門兵に深々と礼をすると、荷車を引きマルセリオの街の中へと進んで行くのでした。
「いらっしゃい、今日は何を持って来たんだいってシャベルじゃないか!?
アンタ四カ月も顔を出さないでどこに行ってたんだい。どこか身体を悪くして寝込んでいたとかじゃないだろうね?」
薬師ギルド買取カウンター職員キャロラインは久々に顔を見せたシャベルの姿に、驚きと共にこれまでどうしていたのかと心配していた気持ちが口に出る。
「長い事ご無沙汰してしまって申し訳ありません。前にポーション瓶を大量購入させて頂いた時にもお話ししましたが、マルセリオの冒険者の中には俺が銀級冒険者になった事を面白く思わないものが多くいまして、ほとぼりが冷めるまで身を隠していたと言いますか。
幸い薬師ギルドの正規会員ギルドカードがありますんで、食料品なんかの買い出しはヘイゼル男爵領のリンデルに行って済ませていました。
それと例のポーチの支払いに目処が立ったので」
シャベルが小声で告げた言葉にキャロラインは目を見開く。
「本当かい?シャベルは来年の春までには何とかとか言っていたんじゃなかったのかい?」
「いや~、それもこれも冒険者ギルドのドット武術教官のお陰ですよ。あの臨時収入が無ければとてもとても。ギルド長に向かって来年の春までに何とかしますだなんて啖呵を切っちゃいましたが、今考えると何でそんな大口を叩いたんだか。
夢のマジックポーチに余程興奮していたのかと。お恥ずかしい限りです」
そう言いぽりぽりと頬を掻くシャベルにニヤニヤとした笑いを向けるキャロライン。
「まぁしかたがないさ、シャベルも男の子だったと言う事さね。男って連中は本当にあの手の道具が好きだからね~。
お気に入りの剣を磨いてニヤニヤしたり、魔道具を手にしてニヤニヤしたり。
勇者病とか言わないでおいてあげるから安心しな」
「いや、本当に勘弁してください。
俺、勇者病じゃないですからね?本当ですからね?」
慌てて否定の言葉を上げるシャベルに、面白いおもちゃを見つけたと言った目をしたキャロラインが追撃を掛ける。
「そうだね、シャベルは勇者病じゃないかもしれないね。
でも考えてごらん、ビッグワームを従えてスライムと寝食を共にする男。字ずらだけを見ると立派な勇者病だと思わないかい?
そう言えばうちの近所にもスライムを捕まえて来て“お前の名前はスラ吉だ!行け、スラ吉、<ウォーターボール>だ!”とか言ってる男の子がいたね~。
ご近所からは勇者病<仮性>とか言われてたけど、あの子は今どうしてるんだろうね~」
「お、俺は勇者病だったのか?えっ?従魔に名前を付けるテイマーっていないのか?
流石にスライムには名前は付けない!?そんな馬鹿な・・・」
楽し気にケラケラ笑うキャロラインの前では、自分が周りからどう見られていたのかを知り愕然とするシャベル。
キャロラインはそんなシャベルに“ちょっとギルド長に声を掛けて来るからそこで待っておいで”と声を掛けると、未だ頭を抱え悶えるシャベルを放置してギルド長執務室へと向かうのでした。
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