第37話 膨らむ夢、そして希望

「それでですね、この荷台に荷物の収納用の台を付けて欲しいんです。それと梁を取り付けて物を吊るしたり支え板を這わしてその上に掛け布団を仕舞ったりですね」


「なるほど、要は幌馬車の荷台を快適な生活空間にしたいって事だな」


「それと後ろの部分に板を取り付けて横にする事でテーブルに出来ればと。それがあれば野外でも調薬作業が出来ますし」


「ほう、考えたじゃないか。確かに作業台があれば野営の際にも便利だわな。

よし分かった、この仕事引き受けようじゃないか。やる事自体はそれほど難しくも無いしな、大体三日もあれば終わるだろう。

料金は大銀貨七枚ってとこだな」


「はい、では前金で大銀貨四枚を支払わさせて頂きます。残りは引き取りの際と言う事で」

 

「おう、分かった。今証文を書くから待ってろ」


ヘイゼル男爵領リンデル、そこはヘイゼル男爵領の中心地であり他領との街道が結ぶ物流の集積地でもある。

そんな街には様々な工房が軒を連ね日々その腕を競い合っている。

そんな工房の一つ、大工仕事を専門に行う工房に訪れたシャベルは、今や生活の必需品となっている幌馬車の内装の改造を頼む為、工房の親方と顔を突き合わせ相談を行っていたのである。


「ほら、これが証文だ。幌馬車の受け取りの際に必要になるからな、無くすんじゃないぞ」


「はい、ありがとうございます。それでは三日後に伺いますんでよろしくお願いします」

シャベルは親方によく礼をすると、引き馬の日向を引き連れて街の喧騒へと去っていくのであった。



リンデルの街門を過ぎて徒歩で三時間ほど進んだ野営地、日が傾き始めた頃シャベルの姿がそこにあるのだった。


「日向、今日もお疲れ。後でブラシを掛けてやるからな、今は水を飲んで待っててくれ」

桶に生活魔法<ウォーター>で出した水を汲んだシャベルは、一日頑張ってくれた日向を労いつつ飼葉の準備を始める。日向は開拓地の農耕用の魔馬である為か、餌に対して特にこれと言った制約も無く、周辺の草原地帯に茂る草であっても十分な餌となる非常に飼育し易い馬であった。

馬力もあり物怖じしない性格は魔の森で暮らすシャベルの家族として持ってこいであり、シャベルは日頃から日向に助けられていると感謝していた。


「はぁ、俺が普通のテイマーだったらもっと日向と意思の疎通が出来たんだろうけどな。俺がテイム出来る魔物ってスライムやビッグワームだけなんだよな。あ、そう言えばスライム使いの手記を書かれたジニー様はフォレストビーをテイムして養蜂を営んでいらっしゃるんだったよな、だったら一概にそれだけって事じゃないのかな?

グラスウルフとホーンラビットは駄目だったけど、グラスウルフなんかは子供の頃から飼育すればテイムスキルが無くともテイム出来るって言うし、それだったら俺も子供のグラスウルフを見つければテイム出来るって事なのかな?

よく分からないや」


それはほんの気まぐれだった、美味しそうに飼葉を食む日向にブラシを掛けながら不意に呟いた一言であった。


「<テイム>」

途端感じる何かの繋がり。


「・・・え~っと、日向?ちょっといい?」

“ブルル?”

食事を止めシャベルの方を向く日向。


「えっと俺の言ってる事って分かる?分かる様なら右前足を上げて見て」

シャベルは半信半疑ながらも動作を加えず言葉だけで指示を出してみた。


“カコッ”

上げられた右前足。


「それじゃ今度は左後ろ足を上げてくれる?」

“スクッ”

左後ろ足がキレイに上げられた。


「えっとそれじゃ・・・」

シャベルが次の指示を悩んでいる時であった。

“ブルルル”

日向の嘶きと共に伝わって来た思い、それは“シャベルさん、俺今食事中なんで終わってからでいいですか?”と言った思い。


「あぁごめん、そうだよね、食事中だったよね。ゆっくり食べてくれていいから」

シャベルがそう言うとまたムシャムシャと飼葉を食み始める日向。


「・・・なんかテイム出来ちゃったんだけど。<魔物の友>のスキル持ちは最底辺魔物しかテイム出来ないんじゃなかったの?これって単に条件が違うとか?

<魔物の友>って“魔物と友になれる”って意味じゃなくって“友の魔物と繋がりを作れる”って意味だったとか?

それじゃ普通の方法じゃ絶対テイム出来ないじゃないか、あれって魔物を弱らせてテイムスキルを掛かり易くしてからスキルの力でテイムするって事だろう?

傷付けられた相手が友達なんかになる訳ないじゃん、喧嘩売ってるだけじゃん」


気付いてしまったテイムスキル<魔物の友>の可能性、そして今までの自身の行動を振り返り愕然とするシャベル。


「それじゃ何、俺って相手を瀕死に追いやってから“友達になろう”とか言ってたって事、そんなの無茶苦茶だよ~」

あまりの事に頭を抱えるシャベル。


「それじゃどうしてスライムとビッグワームは・・・こいつらは人には無害だから弱らせる必要がなかったんだった。それに基本何も考えてないからテイム出来た、そう言う事なんだ」


テイムスキルの可能性、他の魔物をテイムする方法、それはすでにジニー・フォレストビーが行動で示していた事。フォレストビーはテイムスキルが無くとも養蜂家による飼育が可能な魔物、おそらくジニー氏はテイムしてから養蜂を行ったのではなく養蜂を行ってからテイムしたのではないか?

であるのならば外敵に対し攻撃力を持つフォレストビーが養蜂家であるジニー氏を受け入れた可能性は高い。

日向も同様、魔馬と言う事で人の飼育環境にあった日向は自身との生活でテイムを受け入れやすい状態にあった、餌を与え水を与え引き馬をして貰っている現状はテイムによる使役と何の違いがると言うのか。


「アハ、アハハハハハ、そうか、<魔物の友>は友である魔物と、“家族”とより深く結ばれるためのスキルだったのか。

女神様、これまでスキル<魔物の友>を外れスキルとして蔑んでいた事を深くお詫びいたします。そしてこのような素晴らしいスキルを授けて下さったこと、私に家族をお与えになって下さったことに心からの感謝を捧げます」


シャベルは膝を突き両手を組むと、瞑目し職業とスキルをお与えになって下さった創造の女神様に祈りを捧げる。

日向はそんなシャベルの姿に疑問を浮かべるも、今はお腹を満たす時と飼葉を食み続ける。

日は傾き、赤い夕陽がシャベルを照らす。

スキル<魔物の友>は外れスキルなどではなかった、自身に“家族”を呼んでくれた素晴らしいスキルだった。

シャベルの中の価値観が、これまで自身を蔑んでいた感情がひっくり返る。

シャベルは溢れ出る涙を拭うことなく、いつまでも祈りを捧げ続けるのであった。



「冬、土、それじゃ夜番の方をお願いね。日向もお休み、何かあったら起こしてくれていいからね」

虫の音が響く草原の野営地、シャベルは簡易竈にくべた薪に砂を掛け火を落とすと、横になって目を瞑る。

夜空には満天の星々が煌めき、シャベル達を優しく見守ってくれる。


“これから三日か~、何をして過ごそう”

シャベルはこれまでずっと働いて来た。冒険者に成り立ての頃は街の雑用依頼をこつこつと熟し、毎日の生活費を稼ぐのに必死だった。

少しずつお金を溜めて装備を揃えて。でも底辺テイマーであり、訳アリである自身と共にパーティーを組んでくれる様な奇特な人物はマルセリオの冒険者ギルドにはいなかった。

ソロでの魔物討伐など自殺行為、シャベルにとって街の雑用依頼は命を繋ぐ糧であり、生きていくための手段。その内容によって依頼を選り好みするなどと言った思考は端から持ち合わせてはいなかった。

街の依頼と言っても報酬の良いもの、人気の高いものはパーティーを組む冒険者たちによって直ぐに奪われて行く。ソロであるシャベルに残された依頼は彼らの残り物、誰もがやりたがらない塩漬け依頼となって行く事は必然の流れだったのだろう。

シャベルはなるべく依頼人に喜ばれる様、心を込めて丁寧な仕事を心掛けた。

その結果銅級冒険者であるにも関わらず優先依頼と言う形で指名依頼を受けれる様になったのは僥倖以外の何物でもなかった。

これは一部の冒険者の反感を買うも、その依頼内容が所謂塩漬け依頼であった為、特に問題になる事なく仕事にありつく事が出来る様になった。


禍福は糾える縄の如し、良い事もあれば悪い事もある。

切っ掛けは冒険者ギルドから頼まれた飲み屋街裏の排水路の清掃依頼であった。

シャベルは長く塩漬けになっていた事に不満を持つ依頼人に満足のいく結果を示そうと、これまでマルセリオの街に連れ込んだ事の無かったテイム魔物の力を借り完璧とも言える清掃を行った。

この事は街で評判を呼び、多くの排水路清掃依頼を齎した。皆に喜ばれる事、多くの仕事を熟す事、臭いの関係上宿に泊まる事は出来なくなってはしまったが、順調に進んでいる、そう思っていた。


「すまないがウチの店を利用して貰う訳にはいかないんだ。他所に行って貰えるか?」


初めは何の事だか分らなかった。宿泊施設の利用禁止はまだ分かる、連日の溝浚いで臭いの事を気にするのは致し方の無い事、飲食店もそうだろう、例え自分に汚れも臭いも無いと言っても一度ついた印象と言うものは拭い難い。

だがそれが食品とは関係の無い雑貨店や道具屋にまで及ぶとは誰が思うだろうか。


「シャベル君、君に溝浚いの仕事を依頼し、尚且つ完璧に熟して貰っていると言うのに、このような対応になってしまい本当に申し訳ない」

冒険者ギルドのキンベルには本当に感謝している。シャベルはキンベルの助けが無かったのなら自分はどうなっていたのか分からないと思っている。

銅級冒険者である自身は他の領地に移り住む事は出来ない、それに家族を置いてどこかに行くつもりなど毛頭ない。

そんな彼に生活物資の買い置きをしてくれるキンベルは、シャベルにとって頼れる父の様な存在であったのだろう。シャベルはキンベルに頼まれるまま、多くの溝浚いの依頼を熟して行った。


「初心者講習会は参加費大銀貨一枚、ポーションのレシピ閲覧は大銀貨五枚、高いと思うか安いと思うかは人それぞれさね」

薬師ギルド買取カウンター職員キャロライン、彼女には本当にたくさんの事を教わった。


「街の噂?そんなものはどうでもいいんだよ。薬師ギルドはね、質のいい薬草、質のいいポーションを納品してくれるんなら街の人間だろうが冒険者だろうがスラム街の者だろうが関係ないのさ。

あたしらはより良い薬を作り届ける事が全てだからね」

マルセリオの街で失われて行く居場所、魔の森の中で隠れ住む暮らし。

“生きているだけで儲けもの、生きてることがお陰様”

亡き母から貰った言葉を頼りに生きる日々。

そんな自分に薬師ギルドは居場所をくれた、生きる道筋をくれた。


「シャベル君を銀級冒険者として認定いたします。

シャベル君、おめでとう。これからのシャベル君の活躍を期待します」

冒険者ギルド副ギルド長から言い渡された銀級冒険者昇格の言葉。

それは亡き母の夢。

“銀級冒険者になれば自由に土地を移動出来る、暮らし良い土地を見つけそこで穏やかに暮らして欲しい”

母の優しさが、母の想いが、今の自分を生かしてくれている。

ドット教官には多くの事を教わった、解体所の皆さんにはいつも親切にして貰った。


「こうやって考えると、俺は何時も多くの人に支えられて生きて来たんだな。

“生きているだけでお陰様”、誰かのお陰で今がある。

お母さん、俺、家族が出来たんだ。家族が俺を支えてくれる、励ましてくれる、一緒に過ごしてくれる。

お母さんは言ったよね、暮らし易い土地を見つけてそこで穏やかに暮らして欲しいって。

俺は家族と一緒にそんな場所を作ろうと思う。今はまだはっきりと言えないけど、きっと大丈夫。俺の家族は凄いんだから。

女神様も見守ってくれている、それもわかったしね。

だからお母さん、安心して見守っていてください」


誰に聞かせるでなく呟かれたシャベルの言葉、それは星空の草原に響いて消えていくのであった。

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