第32話 底辺テイマーと銀級冒険者昇格試験 (11)

“ガタガタガタガタ”

夜の帳が降り、辺りが暗闇に包まれる時間帯。

真っ暗な街道を一台の幌馬車がガタガタと物音を立てながら進んで行く。

闇夜の街道脇から現れた男が、馬車に合図でも送るかのように指先に生活魔法<プチライト>の明かりを浮かべ、その手をクルクルと回す。


「首尾は」

御者台からは男に向け短く鋭い声が投げ掛けられる。


「リーダーの読み通りこの先の野営地で夜を明かしています。

ヘイゼル男爵領内は街や村での魔物の滞在を禁止していますからね、確かテイマーは門兵の監視のもと通過するだけだとか、まぁ諦めろとしか言い様のない話ですがね」

配下の斥候の者からの報告に、御者台にいるリーダーと呼ばれた男性は獰猛に口角を上げる。


「クックックックッ、あのドットとかいうジジイ、散々好き勝手してくれやがって。簡単には殺さねえ、いたぶっていたぶっていたぶって、手足を切り落としてからポーションを飲ませて、てめえの手足から出る血のソースに塗れさせて魔物の餌にしてやる。

泣こうが喚こうが関係ねえ、あの野郎を血祭りにあげなければ俺の気が収まらねえ。

ジフテリアの街はダメだ、ゴブリンの汚名は覆りそうもねえ。

拠点を変えるにしても俺たち“ブラックウルフの牙”を嘗めてくれた落とし前はきっちり受けさせねぇとな、お前たちもそう思うだろう?」


「「「おう。あの野郎、絶対に許さねぇ!!」」」


御者席よりリーダーから掛けられた声に、パーティーメンバーだけでなく下部組織の者たちも同意を示す。

冒険者は嘗められたらお仕舞、一度嘗められた冒険者は一生嘗められ続ける。

ゴブリンリーダーの蔑称を与えられた彼らにとって、ジフテリアの地での再起は現実的ではなかった。

拠点を変える、それ自体は冒険者にとって何の抵抗も無い事。だがこの胸に燻る復讐の炎は、時間を追うごとに熱く燃え盛る。

浴びせられた罵声、与えられた汚名、その代償は奴の命で払ってもらう。

男たちの暗い決意は、ゆっくりとその復讐相手、冒険者ギルドマルセリオ支部職員、武術教官ドットの元へと迫ろうとしていた。


“パチンッ、パチンッ”

星空煌めく宵闇に、焚火の炎に爆ぜる薪の音だけが広がる。

街道脇の野営地では、一人の男性が薪を手に持ち夜番を行う。そのすぐ傍には横になっているのだろう外套を羽織った塊が、焚火の明かりに照らされ影を伸ばしている。


“ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ”

“バッ、カンッ、ドスドス”

暗闇を切り裂く風切り音、男性は手に持つ薪を振るいつつ、横に飛び退く様に身を躱す。手元の薪に刺さっている物は黒塗りの矢、飛来した矢音は三つ、残りの二射は男性の傍らに横たわる塊に突き刺さる。


「くそっ、何者だ!!この用意周到さ、ただの盗賊って訳じゃないだろう。誰かに頼まれた暗殺者ギルドの人間か!?」


しかし男性の問い掛けは、目の前に広がる闇の中に虚しく響くのみ。

男性は賊の気配を探るべく、激しく首を動かし周囲を警戒する。


「ククククッ、アッハッハッハッ。無様だな冒険者ギルドの武術教官様よ~。

大体その成り立ても野営の最中に横になるって、警戒が足りないんじゃないのか?

武術教官様はその辺はご教示して差し上げなかったのかね~?

もっとも?教えたくっても今更だろうけどな?致命傷な上に毒矢じゃどうしようもないってな、苦しまずに行けたんなら本望なんじゃないのか?」


暗闇から響く失笑と侮蔑の声。その聞き覚えのある声に男性は声を荒げる。


「貴様は冒険者パーティー“ブラックウルフの牙”のリーダー。と言う事はパーティーメンバーと共にこの俺の命を狙って。

だったらなぜシャベルまで巻き込んだ、こいつは関係ないだろうが!!」


「馬鹿だな~、やっぱりロートルは頭の回転も遅いのか?そいつは訓練場でうちの人間を四人のしてるだろうが、その時点で俺たちに恥を掻かせた立派な関係者だよ。

本当にな、てめえなんかにかかわっちまったばっかりにかわいそうな奴だよな、ドット教官様よ~!!

そうそう、そんなドット教官様に嬉しいお知らせだ。俺たちはやっぱりてめえに文句があるんだわ、ってな訳で全員で来させてもらったって訳よ、文句はねえよな!!

おい、てめえら、周囲を取り囲め、袋叩きだ!!」


「くそっ」

絶体絶命の状況、ドット教官はブラックウルフのリーダーが得意気に語っている最中に懐から取り出したいくつかの何かの塊を、焚火の中に放り込む。


“ピカッ”

暗闇を吹き飛ばすかのような閃光が周囲を眩しく照らし出す。

一瞬の明かりに映し出された人影は十人を優に超えている。


「くそっ、閃光玉か!?」


“ボフッ”

続いて立ち上がった煙のような何か。それが周囲に広がると、途端襲撃者の足が止まり顔と目を抑えて悶えだす。


「臭い玉だと!?ふざけやがって!!」


“ドゴーン”

激しい爆発音が辺りに木霊し、焚火の炎が一瞬にして霧散する。至近距離でその爆発音を聞いた襲撃者たちは、先の閃光玉、臭い玉により目と鼻を塞がれたところに音までも封じられる事となってしまう。


「野郎、絶対に許さねえ、この卑怯者が!!」

激高し怒鳴り声をあげるブラックウルフのリーダー。だがその声に応える者はいない。


「てめえら、同士討ちだけは気を付けろよ。あのふざけた野郎は絶対にぶっ殺す!いたぶるのは無しだ、叩き切れ!!」


「いや、それは無理なんじゃないか?もうお前だけしかいないし、俺がそんなこと許すはずがないだろう?」

焚火の明かりを失った空間、それは標的にとっての不利ばかりではない、襲撃者にとっても同様に視界を奪う黒き闇。

だがその不利は“ブラックウルフの牙”リーダーにとっては何ら問題のない事であった。<暗視>スキルを持つ彼にとって、夜の闇こそその力を振るう舞台であるはずであった。


「あのな、俺がお前らの復讐を警戒しないわけがないだろうが。冒険者ギルド内で徒党を組んで力を誇示する者がその力を失った場合の選択肢は二つ、自らの過信を顧みて己を正す者、対戦相手を恨み復讐にかられる者。

お前らの情報は冒険者ギルドジフテリア支部で確り聞かせてもらったよ。多くの者が暗視スキル持ちって事もな。

そんな連中が復讐に駆られて襲ってくる、夜襲は確実だろう?最も得意とする状況だろうしな。

であるのならその利点を削るのは冒険者の定石、準備しない訳ないだろうが。

後な、あんな大勢の目がある中で真の実力をひけらかす訳ないだろうが、そんなことして何の利があるんだ?

冒険者は手の内を隠す、そんな事もわからなかったのか?ゴブリンリーダー」


臭い玉により潰された嗅覚、それは周囲に漂う血の匂いを誤魔化す為のもの。

“ブラックウルフの牙”のリーダーは、回復し始めた目で辺りを見回す。

そこには血を流し倒れ伏す自身の配下たち。


「貴様~!!許さん、許さんぞ~!!」

「べつにいいぞ、盗賊はその場で切り殺す、冒険者の常識だろう?

安心しろ、俺に人をいたぶる趣味はないんでな、苦しまずに逝かせてやるよ」


ドットの冷徹で冷めた物言いに、現状を理解し血の気を引かせるリーダー。

その強さは嫌と言う程体験している、身体が、心が、ガタガタと音を立て震えはじめる。


「す、すまなかった、俺たちが悪かった、もう二度とお前には関わり合いにならない、この通りだ!!」

リーダーは手に持つ剣を放し、正座の姿勢で頭を地面に擦り付ける。

それはかつて剣の勇者が共に旅をする賢者に向けて行ったとされる最上級の謝罪の姿勢“土下座”。

ドットはそんなリーダーの姿に冷めた視線を送るも、手に持つ血糊の付いた剣を懐から取り出した布で拭い、地面に転がしていた鞘を拾いそこに収める。


リーダーの男はドットから見えないであろう口元をいやらしく歪める。

目の前の男はギルド職員であり武術教官。抵抗をしない相手にやたらな剣は振るわない、振るえない。

リーダーの男は土下座の姿勢のまま自身の懐に手を伸ばし機会を窺う、チャンスは一瞬、奴が偉そうにいかにもな説教を垂れて近付いたその時こそ。

“ドガッ”


襲い来る衝撃、油断なく見下ろされる眼光、リーダーの男が意識はその瞬間永遠に断たれたのであった。



「シャベル、ご苦労だった。それと闇、いい働きだった、助かったよ」

ドット教官はそう言い、闇の体表をポンポンと叩く。

“ブラックウルフの牙”の襲撃はあらかじめ予想されていた。そしてその準備も十分に行われていた。

闇夜に紛れ這い寄るい男たちの動きは闇により捕捉されており、シャベルと闇は予め周囲の草むらに身を隠し、襲撃者の背後を取る形で討伐に参加していたのである。

ドット教官により五感を封じられた男たちは冒険者といえども敵とはならず、その討伐は単なる駆除と化していたのである。


「ドット教官、この後どうしますか?」

シャベルの質問、それは襲撃者たちの死体処理についてであった。通常盗賊などに襲われた際はその遺体は周辺の草むらに放置しスライムやビッグワームに処理させる。

臭いによって集まる魔物はあれど、それは一時的であり街道から離れた場所で処分する事が推奨されている。


「う~ん、この数となるとその辺に放置する事も出来んか。全部で十七人、たった二人を相手にするのに大げさな事だ」

ドットはその人数の多さに深いため息を吐く。


「ドット教官、この道を暫く戻ったあたりに何かいるようです。おそらくですがこの襲撃者は荷馬車かなにかでここまでやって来たものかと。気取られない様に離れた場所に馬を留めおいて、歩いて近付いてきたものと思われます。

斥候のような者が俺たちを監視していたんじゃないでしょうか?」


シャベルの言葉に同意の頷きを返すドット。


「シャベル、闇に頼んでその荷馬車が置かれているだろう場所に案内してもらえるか?このままこいつらを放置と言う訳にもいかないんでな、全員を荷台に詰め込みことにしよう。剥ぎ取りは明るくなってからでいいだろう、暗がりじゃ刃物で手を切る恐れもあるしな」

シャベルはドット教官の指示に従い、移動を開始する。

戦いは終わった。だが終わらぬ後処理に、ドットは大きなため息を吐くのであった。


「次、身分と目的を告げよ」

リデリア子爵領の中心都市ジフテリアの街門前には開門街の多くの馬車が、その時を今か今かと待ち望んでいた。その中の一台の馬車から錆びた鉄の様な臭いが漂う、周囲の者はその馬車を警戒し距離を置いているのであった。


「あぁ、俺はスコッピー男爵領冒険者ギルドマルセリオ支部で武術教官をしているドットと言う。先日盗賊襲撃の一件で冒険者と揉めてな、俺に不満を持った冒険者どもに夜襲を掛けられた。

ただその人数が多くてな、街道脇に捨て置く訳にもいかずこうして引き返して来た。

誰か冒険者ギルドジフテリア支部の責任者を呼んできてもらえないだろうか?死体の検分をお願いしたい」


ドット教官の言葉に周囲の者がざわめく。門兵の一人が幌馬車の中を覗き、ウッと呻き声をあげる。


「了解した、街門脇に移動してギルド職員が来るのを待ってくれ。

誰か、人手を呼んで来い、盗賊の検分を行う」


走り出す門兵、街門脇に移動し荷台から下される遺体の数に眉を顰める門兵たち。


「ドットさん、これは一体」

駆けつけて来たのはギルド長テンダークをはじめとした複数人の職員たち。

彼らは地面に転がされた“ブラックウルフの牙”達の亡骸に顔を青ざめさせる。


「あぁ、テンダークギルド長。案の定襲われてな、やはり夜襲を仕掛けて来たよ。

テンダークギルド長には彼らの情報を頂き、感謝する。お陰で命を拾う事が出来た。

それで問題は拾得物の処分なんだが、武器防具武具に関してはそちらで査定し買取をお願いしたい。“ブラックウルフの牙”並びにメンバーの口座があったらギルド規定にのっとり引き出しを頼む。一時的に俺の口座に振り込んで欲しい。これが彼らのギルドカードだ。

それとこの幌馬車は彼らの持ち物なのだろうか?」

ドット教官はギルド規定に乗っ取り淡々と手続きを行う。


「あぁ、その幌馬車は“ブラックウルフの牙”の所有物だったな。盗賊の所有物は王国法により討伐者のものとなる、その幌馬車はドット殿たちのものだ」

「ではありがたく帰りの足として使わせていただく。それと先ほどの手続きだがどれくらいの時間が掛かるだろうか?」

「あぁ、大体半日くらいは掛かるだろう」

「なら一度従魔預かり所に寄りシャベルの従魔を預けて来てから冒険者ギルドに向かう事としよう。

門兵殿方にも迷惑をお掛けする。これは些少だが酒代の足しにでもしてほしい」

そう言い大銀貨を渡すドット教官。門兵は分かったとばかりに頷くと部下たちに指示を飛ばす。


街門前では未だ喧騒が続き、多くの者が動き回る。

ドット教官とシャベルはそんな彼らに断りを入れ、従魔預かり所へと向かうのであった。

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