第33話 底辺テイマーと銀級冒険者昇格試験 (12)
“ガタガタガタガタ”
街道を進む幌馬車は、ガタガタと音を鳴らしながら街から街へと旅をする。
「ドット教官、マルセリオの街が見えて来ました」
「ん?もう着いたか、やはり馬車は早いな。歩かなくていい分だいぶ楽でもあるしな。それにしてもこの引き馬は凄いな。ジフテリアでも思ったんだが俺とシャベル、それに闇を乗せた上に十七人分の遺体を積んだ幌馬車を引いても全然平気そうだったし、ここまでの行程でも疲れた素振りすら見せない。
体格も確りしてるし、もしかしたら魔馬と呼ばれる魔物との混血馬の血を引いているのかもしれないな」
ドット教官の言葉に驚きの表情になるシャベル。シャベルが驚くのも無理はなかった、魔馬と言えば軍馬や貴族の馬車を引く引き馬に使われる高級品、魔馬の調教を行う事はテイマーの最高のステータスと言われる程のものであったからだ。
「まぁ一概に魔馬と言っても色々ある、なかには農耕用の馬として開拓村で使われる様なものもいる。貴族などが乗る魔馬は足の速い丈夫な馬だが、開拓村で必要なのは力のある丈夫な馬だ。この馬にはそう言った特徴が見て取れる。
えてして魔馬は度胸もあり、あまり魔物に怯えない。一部の冒険者は移動用の馬として利用する事もあるんだ」
魔馬に度胸がありあまり魔物にも怯えないと言う事は、スコッピー男爵屋敷の小屋住みの頃に下男のジルバから教わっていた。
スコッピー男爵家にも二頭の魔馬がおり、馬車の引き馬として利用されていたからである。最も魔馬の調教にはそれ専用の使用人がおり、シャベルはその姿を見るに留まっていたのだが。
「魔馬は馬の血を引く為か然程気性も荒くない。それでも普通の馬に比べると扱いが難しくテイマーの手を必要とするが、開拓村で使われる様な馬に一々テイマーを付ける事も無いからな。
貴族なんかは馬鹿にするかもしれないが、十分役に立つ魔馬だ」
ドット教官は手元の書類から目を放し、手綱を握るシャベルにそう言葉を掛ける。
冒険者の稼ぎは均等割り、ジフテリアで手に入れた“ブラックウルフの牙”の武器防具の買取、ギルド口座の預入金の総額は金貨二十枚にも上った。これは冒険者ギルドの手数料とジフテリアの街に収める税金とを差し引いた金額であり、“ブラックウルフの牙”が冒険者ギルドジフテリア支部において顔が売れるほどには仕事を請け負っていた証左でもあった。
当然ブラックウルフの牙が所有していた幌馬車もドット教官とシャベル両名の者となったのだが、ドット教官はその権利をシャベルに売り、シャベルは手に入れた報酬分から金貨三枚を支払う事で幌馬車を手に入れる事が出来たのである。
「ドット教官、街門に到着しました。ギルドカードをお願いします」
シャベルはジフテリアからの帰路、御者台に座りドット教官より馬車の操作の指導を受ける事となった。それはシャベルにとって願っても無い申し出であり、別途講習料を支払わねばならない程のものであった。
だがドット教官はどうせ序だと言ってその申し出を断り、シャベルはそれでは申し訳ないとして酒屋に寄りワインを購入して贈る事としたのであった。
シャベルにとって今回の銀級冒険者昇格試験は、生涯忘れる事の出来ない貴重な旅であった。たとえ昇格が出来なくとも悔いはない、そう言い切れるほどに多くの事を学ばせてもらう事が出来た。
シャベルは改めてドット教官に感謝すると共に、この旅で出会った全ての人々に感謝し、この出会いを授けて下さった女神様に祈りを捧げるのであった。
「次、身分と目的を告げよってシャベルじゃないか。どうしたんだ幌馬車なんかに乗って」
門兵は普段従魔を連れて荷車を引いて現れるシャベルが幌馬車に乗って顔を出した事に驚きの声を上げる。
「門兵様、お勤めご苦労様です。たった今銀級冒険者昇格試験から帰って来ました。
この幌馬車は途中で襲われた盗賊の持ち物ですね。ジフテリアの街に盗賊を届けた際に下げ渡していただきました。
命があって帰って来れたのは試験官であるドット教官のお陰です、本当に色んな事を学ばせて頂きました」
「そうか、無事に帰って来れたんなら何よりだ。試験官が助力したって事になると昇格は難しいかもしれないが命あってだ、気を落とすなよ?
なんにしてもよく無事に帰って来た、冒険者ギルドには胸を張って報告に行ってこい」
「はい、ありがとうございます。それとフォレストビッグワームの闇が荷台で寝てます、これが従魔鑑札になります」
シャベルは自身の冒険者ギルドカードと闇の従魔鑑札を門兵に見せ、幌馬車を操ってマルセリオの街へと入って行くのであった。
「キンベルさん、銅級冒険者シャベル、リデリア子爵領ジフテリアまでの護衛任務を終え、戻って参りました。依頼終了報告をお願いします」
冒険者ギルドマルセリオ支部ギルド受付ホール、そこでは普段顔を見せる事の少ない冒険者が依頼完了報告のため受付カウンターに姿を現していた。
「おい、あれって“溝浚い”じゃねえか。何でアイツが受付カウンターで依頼完了報告をやってるんだよ」
「さぁ、俺も今来たばっかりだからよく分からねえんだが、何でもジフテリアまで護衛依頼に行ったとかなんとか言ってたぞ?」
「はぁ!?ジフテリアって言ったらリデリア子爵領じゃねえか、何でアイツが他所の領地に行けるんだよ、アイツまだ銅級だろうが!?」
「いや、だから俺にもよく分からねえんだって」
壁に耳あり障子に目あり。多くの冒険者が“溝浚い”シャベルと受付責任者キンベルの会話に耳をそばだたせる。
そしてそんな二人の元に新たなる登場人物が現れた。
「おい、あれってドット教官と副ギルド長じゃねえかよ。一体どうしたって言うんだよ」
「“溝浚い”が何かやらかしたって雰囲気じゃねえよな?一体何だって・・・」
「シャベル、無事依頼完了報告が出来た様だな。キンベルさんもお疲れ様です」
「いやいや、お疲れ様はドット教官の方ですよ。今回は本当にお疲れ様でした。詳しい報告は後で私にも聞かせてください。何と言ってもシャベル君の初めての遠出ですからね、私も楽しみにしていたんですよ」
「ハハハハ、その話はこの後にでも。シャベル、銀級冒険者昇格試験、お疲れ様。
先程ゼノン・ベイルギルド長並びにキャッシー・ローランド副ギルド長に今回の試験の結果を報告してきたところだ。
では副ギルド長、お願いします」
ドット教官に促され、副ギルド長キャッシー・ローランドは笑みを浮かべながらシャベルの前に立った。
シャベルは副ギルド長の登場に、急ぎ身を正し一礼をするのであった。
「シャベル君、銀級冒険者昇格試験、お疲れ様でした。ドットより試験中のシャベル君の態度、護衛対象に対する気遣いと指示、問題に対する判断と行動についてを事細かに伺いました。
その内容を厳正に審査した結果、冒険者ギルドマルセリオ支部はシャベル君の実力を銀級冒険者として相応しいと判断しました。
よってシャベル君を銀級冒険者として認定いたします。キンベル、手続きをお願いします。
シャベル君、おめでとう。これからのシャベル君の活躍を期待します」
副ギルド長キャッシー・ローランドの言葉、それは冒険者ギルドマルセリオ支部ギルド受付ホールに
これまで自分たちが馬鹿にし、底辺テイマー、街の雑用依頼しか受ける事の出来ない底辺冒険者として蔑んでいた者が自分たちの上に立つ。その事実は長く銅級冒険者として燻っている者ほど受け入れがたいものであった。
「ちょっと待ってくれ副ギルド長、“溝浚い”が銀級冒険者?そいつは街の雑用依頼しか受けれない雑魚冒険者じゃねえか、そんな奴が銀級冒険者?おかしいだろう?
なぁ皆もそう思うだろう?」
「そうだぜ副ギルド長、そいつは討伐依頼なんかまったく受けてない底辺冒険者じゃねえか。そんな奴が昇格試験を受けれること自体おかしいじゃねえか。
あれか?キンベルさんが裏で何かしたんじゃないのか?」
“ざわざわざわざわ”
“冒険者ギルド総合受付責任者キンベルがシャベルに対し便宜を図った”、その言葉はシャベルが銀級冒険者昇格試験に合格したと言う事を受け入れたくない者たちの間に瞬く間に広がって行く。
シャベルが訳アリの人間である事、キンベルが何かとシャベルを気に掛けていることはここマルセリオ支部では知らぬ者のいない事実であった。であるのなら不正が行われても何ら不思議ではない、それは自分たちのプライドを守ろうとする冒険者たちの間に確固たる“真実”として広まって行った。
「はぁ~、あのな?まずなぜシャベルが銀級冒険者昇格試験を受けれたかだったよな?」
そんな受付ホールで口を開いた者がいた。それは武術教官であり今回シャベルの銀級冒険者昇格試験において試験官を務めたドットであった。
「まずお前たちはどうやったら銀級冒険者昇格試験が受けれるのか、その事が分かってるのか?簡単に言えば街の雑用依頼と街の外の討伐依頼を熟してギルドが規定する必要点数を稼ぐこと。
お前たちも知っての様にシャベルは街の雑用係と揶揄される程に街中の依頼を多く熟していた。さらに言えばその多くがお前たちが中々手を付けようとしない所謂塩漬け依頼だ。
汚い、きつい、危険、その三拍子の揃った仕事は嫌われる。そのうえ依頼報酬も見合うものと言えないんじゃやろうとする者は皆無だわな。当然ギルドとしてはそうした依頼を受ける者に報いる為にギルド点数を高く設定する。人の嫌がる事を率先して行ってくれるんだ、当然の配慮だろうが。
だがお前たちはこう言うんだろう?“魔物の討伐も出来ない様な奴は冒険者じゃない”ってな?」
「そ、そうだ。俺はそいつがギルド受付で討伐依頼を受けてる所を一度も見たことがないぞ!!」
「「「そうだそうだ!!」」」
一度はドットの言葉に口を噤んだ者たちが、我が意を得たりと声を上げる。
「はぁ~、まぁそう言うよな。それに関してはここ冒険者ギルドマルセリオ支部の恥だが正直に話そう。
シャベルがギルド受付で依頼を受けなかった理由だよな、それはギルド受付職員の誰もがシャベルの依頼受付を拒絶したからだよ。
お前らと街の人間が一生懸命シャベルの事を“溝浚い”呼ばわりしたおかげでうちの受付様方から文句が出てな、“溝浚いの受付”と呼ばれたくないからシャベルの受付はやりたくないだとさ。
そりゃ受付ホールに顔なんか出せないよな、誰も受付をしてくれないんだから。
依頼受注はおろか報酬の受け取りすら出来ない。唯一受付をしたのが責任者のキンベル、それすら一階の臨時受付でだ。
馬鹿にした話だよな、冒険者ギルドとしてどうなんだって話だよ、シャベルに溝浚いの依頼を優先的に斡旋しておきながらそれを理由に受付拒否だ、この組織は何様だって話だよな?
で、そんな状況で争奪の激しい討伐依頼を受けれるかと言えば無理だよな。だからシャベルは討伐依頼を受けずに魔物納品をしたって訳だ。当然報酬は低くなるが仕方ないよな、依頼を受けれないんだから。
解体所受付で確認してもらってもいいがシャベルはしっかり魔物の規定数を納品してるぞ?ゴブリンとホーンラビットとグラスウルフ。
シャベルの姿なんか見たことがないって文句を言われると面倒なんで言っておくが、シャベルが魔物の納品を行ったのは冬場から春先にかけてだからな?
冬場は下手に魔物がうろついていない分討伐し易かったって言ってたぞ?
それと試験の結果だが文句なしの合格だ。お前たちもこの冬街の雑用依頼を熟したんなら知ってるだろう?シャベルがいかに丁寧な接客で仕事を熟していたのかを。
色々文句を言われたんじゃないのか?前の冒険者はもっと丁寧だったって」
途端黙り込む冒険者たち。彼らのほとんどが依頼先でドットに言われたような経験をしていたのだ。
「護衛依頼に際し、依頼人に依頼内容の確認を行う事は必要最低限の事、依頼中は依頼人の安全を最優先とし、必要とあらば自身の評価が下がろうとも引き返すことを提案する。
魔物や盗賊が現れた際は依頼人の命を守る事、そして戦闘においては依頼人に危険が及ばない様に立ち回る。
その全てにおいて合格と断ずる行動を見せてくれた。
文句の付け様がないとはこのことだな。
他に言いたい事はあるか?」
ドット教官の言葉、それは如何にシャベルが優れているかの証明であり、そんなシャベルに対し文句を言う自分たちが如何に劣っているのかと言う事であった。
「でもよ、本当にそいつが銀級にふさわしいほど優れているって言うのかよ?俺はどうしてもそいつが強いとは思えねえ」
「そ、そうだ。俺たちが銅級でそいつが銀級なんて納得できねぇ」
「「「そうだそうだ!!」」」
「はぁ~、なら模擬戦で白黒つけるか?シャベルの昇格に文句のある奴は手を挙げて見ろ」
“バババババババッ”
多くの冒険者が手を上げる。そして彼らは思う、これだけの人数が手を挙げれば冒険者ギルドも考えを改めると。
「そうか、お前らは全員シャベルに挑むって言うんだな?当然こいつはテイマーだからな、従魔が相手をしてくれるぞ?あの鱗の付いたでっかいビッグワームだ。
シャベルの話じゃ十体いるんだったか、よかったな、大物と戦えるぞ?
ドルイド老師の話じゃキングオーク並みの力があるらしいからな。
お前らがいつかのアースウォールみたいにならない事を祈ってやるよ
副ギルド長、そう言う事なんで訓練場の使用許可をお願いします。
シャベルには帰って早々で悪いが魔の森から他の従魔たちを連れて来てもらえるか?これも銀級冒険者になった洗礼だと思って甘んじて受けて欲しい」
そう言いシャベルに対し頭を下げるドット教官、それに対し顔を青ざめさせる冒険者たち。
「待ってくれ、そいつはおかしいだろう。俺たちは溝浚いが冒険者としてふさわしいかどうかって話をしてるんだ、そこに魔物を持ち込むって変だろうが」
「はぁ~、これ今日何度目のため息か分かるか?
何度も言うがシャベルはテイマーだ、テイマーは魔物を使役して戦う冒険者だ。
その冒険者の実力が知りたいって言うんなら魔物込みの実力を測らないでどうする。
お前は魔法使いに剣で戦えとでもいうのか?
だったらお前が魔物を使役して来いって話になるぞ?ウルフ種なら子供の頃から仕込めばテイマーじゃなくとも使役出来るらしいぞ?」
ドット教官の言葉に今度こそ黙り込む冒険者たち。
「シャベル君、ギルドカードの発行手続きが終わったよ。これがシャベル君の銀級冒険者ギルドカードになる。この小さな絵柄が討伐ランクと採取ランクだね。
依頼を受ける際の参考になるから気を付けて欲しい。
本当におめでとう」
キンベルより手渡された銀級冒険者のギルドカード、母の願い、母との約束を果たす事が出来た喜び。
「シャベル、この後薬師ギルドに行くんだろう?俺も用があってな、付き合ってくれるか?」
ドット教官から掛けられた不意の言葉に、何のことかと首をかしげるシャベル。
“例の報酬のシャベルの受け取り分だ。冒険者ギルドだと危険だからな、シャベルなら薬師ギルドの口座に入れておいた方がいいだろう。早く行くぞ”
耳元で囁かれたドットの言葉、それはシャベルに対する気遣いであった。
“本当に自分はいい人との出会いに恵まれている”
シャベルはキャッシー・ローランド副ギルド長とキンベルに深く礼をすると、ドット教官と共に冒険者ギルドを後にする。
キンベルから手渡された真新しい銀級冒険者のギルドカードを、宝物のように胸に抱いて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます