第31話 底辺テイマーと銀級冒険者昇格試験 (10)
多くの人々が行き交うジフテリアの街並み、大通りを抜けた街の中心部に、その建物は存在した。
商業ギルドジフテリア支部、ミゲール王国南東部に位置し、隣国エルドラ王国との主要街道を擁するリデリア子爵領の中心都市ジフテリアにおける商業の中心、リデリア子爵領の経済を支え繁栄を齎す原動力と呼ばれる中核施設である。
シャベルはその建物を下から見上げ、その威容に息を飲む。
それはスコッピー男爵領では決してみる事の出来ない巨大建造物であり、経済力の差を如実に表すものであったからである。
「あ~、シャベル、驚いているところ悪いが俺は頼まれている手紙類を商業ギルドに届けて来る。シャベルはここでしばらく待っていてくれ、ついでに従魔を泊める事が出来る施設が無いか聞いて来よう」
ドット教官は何時までも呆けているシャベルにそう告げると、一人商業ギルド建物に向け歩を進めるのであった。
「いや~、流石は商業都市ジフテリア、従魔に対する施設もちゃんと整備されていたんだな。俺はテイマーじゃないからその辺は知らなかったんだが、ここはエルドラ王国との玄関口でもあるからな、従魔を連れた商隊なんかが訪れる事もあるんだろうさ。さっき行った従魔屋にも何頭か預けられた従魔がいたぐらいだからな」
商業ギルドにおけるドット教官の仕事は比較的スムーズに執り行われた。もっともその内容は手紙類の配達であり、商業ギルド受付に届けるだけの簡単なものではあったのだが。
届けられた手紙類は商業ギルド所属の配達員の手で配達先に配られる。こうした細かい仕事はがさつな冒険者には難しい。但しこれが商業ギルドの管轄外、主要都市以外への手紙の配達となると冒険者に頼らざるを得ず、誤って別の家へ配達が行われるなどと言ったトラブルもまま発生する。
出した手紙が無事に送り先に届くかどうかは、賭けの要素があると言うのが現実であった。
テイマーが他領に渡り一番苦労する事が何かと言えば宿泊先の確保である。ペット同伴の宿と言った考えなど皆無なこの世界において、従魔と共に同じ宿に泊まる事など不可能に近いと言ってもいいだろう。
これが魔馬と呼ばれる馬と馬系の魔物との混血種であれば厩に入れる事も出来る。だがそれが魔物そのものであった場合厩に入れれば他の馬がストレスを感じ、例え泊める事が出来たとしてもその魔物の残り香で後から来る馬に悪影響を与える。
馬と言う生き物が繊細であり、故に人と寄り添う事が出来る生き物であることは世界が変わろうとも共通しているのだ。
かと言って魔物を部屋に上げる事が出来るかと言えばそれも難しい。百歩譲って小型の魔物を飼育用の檻に入れて持ち込むのが精々であろう。
だが商隊における長期の旅において、魔物の索敵能力や攻撃能力は有用であり、力があり度胸の有る魔物に荷馬車を引かせる商人も少なくない。
他国からの交易とはそれだけ過酷であり、危険を伴うものであるからだ。
ミゲール王国の玄関であるジフテリアではそうした者達の需要に応えるべく、魔物を
シャベル達一行は商業ギルドでの要件を済ませた後、フォレストビッグワームの闇を従魔屋に預け街の宿屋に泊まる事にしたのである。
「でも流石は商業の中心地ですね、テイマーがあまり歓迎されていない街が多い中でフォレストビッグワームを連れた状態で普通に買い物が出来るとは思いませんでした。流石に闇を置いたままお店の中には入れませんけど、こういう場所もあるんだって事が分かっただけでも嬉しかったですよ」
そう言い購入した手拭いを眺め嬉しそうにするシャベル。宿屋のベッドの上には、他にも調味料や本と言った普段購入することの難しいものが並べてあるのであった。
「まぁそれはなによりだったな。ところでシャベル、これはジフテリアに入る前からずっと気になっていたんだが、周りの人間が闇の事をあまり気にしないのは何故なんだ?
リンデルに着くまではあれだけ周りから注目されていたのに、その後はあまり気に留められていなかったように感じたんだが。
今日の冒険者ギルドの模擬戦でもそうだ。あの馬鹿どもの一部がシャベルに襲い掛かろうとした時、一直線にシャベルに向かって行っていただろう?それがどうも気になってな。
普通あれだけ大きな従魔が側にいればまずは従魔を警戒すると思うんだが?」
ドット教官の疑問は当然であった。その威容から多くの人々に畏れられ、盗賊から助けたはずのベリル家族には気絶されてしまうと言った闇の存在を、まるでそこには何もないかの様に気にしない人々。これを疑問に思わない様では冒険者とは言えないだろう。
その疑問に対しシャベルは少し難しい顔をしながら口を開いた。
「これはおそらくはという話になります。俺は今回の護衛任務に就くにあたって、闇に対してドット教官を外敵から守る事を最優先にして欲しいとお願いしていました。
闇はこの言葉を受け周りに気配を送り、周囲の敵を威嚇もしくは威圧していたんだと思います。これは森で戦闘を行う魔物同士の間でよくみられる行為です。
闇にとって護衛任務中の移動は常に臨戦態勢であったのだと思います。
ですが途中からベリルさん家族が旅に加わった。ベリルさんには奥さんやジョン君と言う息子さんがいましたから、闇には彼らを怯えさせない様に森での待ち伏せをしている時みたいに気配を薄くして欲しいと頼みました。
フォレストビッグワームの最大の攻撃は待ち伏せからの不意打ちです。これは夜襲を掛けてきた冒険者たちを倒した時にやった奴ですね。
盗賊の集団を倒した時もそうですが、ビッグワームと言う種族自体気配を消す、音を立てずに移動すると言う事が得意な様です。
闇たちを見てしまうとそうは思わないかもしれませんが、ビッグワームは攻撃能力が皆無な最下層魔物です。森の中では他の魔物の餌として存在するのがビッグワームと言う魔物です。
そんな彼らが生き残る為には、物音を立てずに気配を消して地面を這いずり回るしかなかったんだと思います。
人はそこに支柱が立っていたとしてもあまり気にしない、そういうものなんだなと勝手に考える。気配を落とし、そこにある、そこにいるのが当たり前の様な存在になれば見向きもされない。
流石に狭いお店の中や冒険者ギルドの受付ホールに連れ込めば注目されてしまいますが、馬車の行き交う街道沿いなんかにいる分には何か居たみたいだな?くらいの認識しか受けないんじゃないでしょうか。
模擬戦の時もそうです、相手はドット教官と俺にしか注意を向けていなかったし周りの者はドット教官の戦闘に注目していた。
闇は完全な置物状態だったんです」
シャベルの説明にドットは改めてフォレストビッグワームと言う存在に戦慄する。
野営における夜番においてこれほど有用な魔物がいるのだろうか?
確かにウルフ種は鼻も利くし気配にも敏感だ。だがその存在は相手方にも気取られやすく、臭い袋を使われてしまえばひとたまりもない。
だが気配すら感じられない護衛がいたとしたら、しかも遥か彼方から近付く敵の気配を感知出来る、元々土の中で生活する彼らにとって昼だろうが夜だろうが一切関係ない。
フォレストビッグワームの有用性、この事にどれ程多くの者が気付く事が出来るのだろうか。
「シャベルの従魔は本当に凄い従魔だったんだな。これまでの行動を見させてもらったが、依頼人と共に行動する際の態度、周囲に対する警戒、実際の戦闘における判断と戦闘技能。シャベルが銀級冒険者になる事に何の問題も無いと感じた。
ただシャベルはあくまでテイマーとして活動するんだろう?その場合相当な困難があるものと思っておいた方がいい。その事はこの銀級冒険者昇格試験の中で嫌と言うほど感じたと思う。
ヘイゼル男爵領の様な土地は別に珍しいと言う訳じゃないし、街場であっても従魔と共に宿を取る事は難しい。野営は必須となるだろうな。
これからの冒険者活動においてはその事を念頭に置き、自分なりの対策を模索して欲しい」
「はい、ドット教官、ありがとうございます」
このジフテリアまでの五日間の旅でドット教官からはどれ程多くの事を学ばせてもらったのだろう。
シャベルはこの銀級冒険者昇格試験を受けれた事、試験官としてドット教官について貰えた事の幸運を女神様に感謝し、久々の宿のベッドに意識を落として行くのでした。
「いや~、フォレストビッグワームと言う魔物は初めて見たが、大人しい上に頭がいい。餌を食べ終えた桶を自分で片付けようとする従魔なんて初めて見たよ。
騒がないし良くみれば愛嬌もある。確かビッグワームが進化したって言ってたよな?
これって普通のビッグワームでも可能なのか?
これだけの魔物なら俺もテイムしたいんだが」
翌朝従魔預かり所に闇を受け取りに来たシャベルは、預かり所のオヤジさんに闇について質問攻めに遭う事となってしまった。
預かり所での闇の態度はそれほどに素晴らしいものであったらしい。シャベルはオヤジさんから向けられる闇に対する称賛の言葉に、自分の事以上に喜びを感じるのであった。
「闇は本当にどこにでもいるビッグワームでした。最初は右に行けとか左に行けとか言った単純な命令から始まり徐々に複雑な命令を根気よく覚えて行かせました。
何となく意思の疎通が出来る様になるのに三年掛かりました。
それから生活する場所を魔の森に移して魔獣の内臓や癒し草なんかを与えて。
大体二カ月くらいで今の大きさに成長しました。
大きさはどうも食べ物や環境で決まるみたいです。
ジフテリアの街だとあまり大きな魔物は好まれないと思いますんで、先ずは意志の疎通が取れるくらいになるまで根気よく育てる事をお勧めします。
土地がある様なら家庭菜園でも作ってそこの管理をさせるといいですよ、ビッグワームの管理する畑の野菜は凄く生育がいいですから」
「へ~、それは良い事を聞いた。ちょっとかみさんと相談して試してみるよ。どうもありがとうよ」
シャベルに対して礼を言いニカッと笑う預かり所のオヤジさんに、つられる様に笑顔になるシャベル。
こうしてビッグワームの評価が上がる事は、シャベルにとっては望外の喜びであった。
「あ~、あのオヤジ、後で奥さんに怒られるだろうな~」
従魔屋で闇を引き取ったシャベル達は、そのまま街門に向かいスコッピー男爵領への帰路に就く事となった。
「えっ、どうしてでしょうか?
ビッグワームは時間が掛りますがそれなりに学習能力のある魔物ですし、テイマーが使役する分には問題はないと思いますが?」
さも不思議そうに聞き返すシャベルに、ドット教官は苦笑交じりに返事を返す。
「いや、考えてもみろ。仕事から帰った旦那がビッグワーム相手に“右に行け~、左に行け~”とかやってる光景を奥さんが見たらどう思う?仕事で何か悩みでもあるのかとか思われちゃうのが関の山じゃないのか?
シャベルにとっては大事な家族かも知れないけどな、街の人間にしてみたらビッグワームは大きなミミズだからな?勇者病とか言われてもおかしくないぞ?」
そう言われ、預り所のオヤジさんがビッグワームの訓練をしているところを発見する奥方の姿を想像したシャベル。
“ブフッ”
どちらかともなく噴き出す笑い。
シャベルは預り所のオヤジさんに申し訳ない事をしたと思いつつ、“頑張って”と心の中でエールを送るのであった。
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