第30話 底辺テイマーと銀級冒険者昇格試験 (9)
冒険者ギルドジフテリア支部の建物裏の広い敷地、普段は冒険者に武術指導を行う場として、また冒険者同士が鍛錬を行う場として利用する訓練場と呼ばれる場所である。
そんな訓練場にはジフテリア支部に所属する多くの冒険者が集まり、これから始まる見世物を今か今かと心待ちにしていた。
「ドットさん、何かすみません。私の為にこんな事に」
訓練場の端、冒険者ギルド職員たちが集まる一角では、今回の騒動の被害者であるベリルが冒険者たちの熱気に当てられ居心地の悪そうな顔で言葉を掛ける。
そんな彼にドット教官は逆に申し訳なさそうな顔をし言葉を返した。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。これは冒険者の質の問題なんですが、あの手の輩は力の差、上下関係を徹底的に叩き込んでやらないとその不満を周りにばら撒きかねないんです。
今回の場合はベリルさん方に御迷惑をかける可能性がある。これ以上冒険者ギルドの恥の上塗りは避けたいんですよ。
先程テンダークギルド長が今回の依頼放棄についての決裁を下してくださいましたので直ぐにでも違約金の支払いが行われると思います。
何度でも言わせて頂きます、この度は冒険者ギルド会員がベリルさんご家族に対し多大なるご迷惑をお掛けした事、誠に申し訳ありませんでした」
ドットはそう言い深々と頭を下げる。それに倣うかの様に周りにいるジフテリア支部の職員も謝罪のため頭を下げる。
その光景にベリルは恐縮し、“皆さん頭をお上げください、謝罪の気持ちは十分いただきましたので”と声を掛けるのであった。
冒険者とは依頼人あっての職業である。いくら魔物を討伐しようと依頼人がいなければそこに金銭は発生せず、日々の生活にも困ってしまう。
そしてそんな冒険者たちに仕事を斡旋し、社会システムとして成り立たせているのが冒険者ギルドであり、冒険者の信用と信頼を維持し続けるために奔走するのも彼らの仕事なのである。
冒険者から犯罪者を出す、これは冒険者全体がただの暴力集団であるとして排斥の対象になりかねない大事である。市民からの信頼は失墜し、行政機関から依頼も無くなりかねない、それを防ぐためならば頭を下げる事など何程のものか。
ドット教官をはじめとした冒険者ギルド職員たちは、全ての冒険者たちの為に今この瞬間にも静かに戦いを続けているのである。
だがそんな事など微塵も理解出来ない者が冒険者の中に多く存在する事も、また事実である。
「おいおい、さっきから何をグズグズやってるんだよおっさん。偉そうに啖呵を切っておいてビビっちまってるのか?ギルド職員の皆さん僕ちん怖いですってか?
今更逃げられると思うなよロートルが!」
「吐いた唾は飲み込めないってな、“文句がある奴は全員訓練場に来い”
俺たち全員文句しかないんだわ、卑怯とか言わないよな?おっさん」
「「「ギャハハハハハ」」」
訓練場の中央、そこには冒険者パーティー“ブラックウルフの牙”をはじめその下部組織のメンバー、総勢十六人の男達が下卑た笑みを浮かべながら集まっていた。
「おいおい、ブラックウルフの連中全メンバーを集めやがったよ。これ、あのおっさんヤバいんじゃないか?」
「だよな、多勢に無勢って言うけど、あのおっさん一人で相手するんだろ?無理があり過ぎだって」
「いや、さっきの話だとおっさんの他にテイマーがいるって言ってなかったか?」
「いやいやいや、テイマーだぞ?それにおっさんの話では見学させるとか言ってたから一人で相手するつもりなんじゃないのか?」
冒険者は力が全て。魔物と戦う事こそ使命と考える冒険者には少なからずそうした考えが染みついている。
故に徒党を組み力をひけらかす者が現れる事を止める事は非常に難しい。
「うちのギルド員がすまん。あとの処理はこちらで行おう」
冒険者ギルドジフテリア支部ギルド長テンダークはドット教官にそう言葉を掛けると、ブラックウルフの牙たちの前に歩を進めた。
「これよりドット氏とブラックウルフの牙たちとの模擬戦を行う。勝負の決着だがどちらかが倒れるか降参を口にした段階で勝負ありとすると言う事でよいか?」
「あぁ、私はそれで構わない。そちらはどうだ?」
ギルド長の提案をドット教官は素直に受け入れた。だが、
「あ~?そんな生温い事で許されると思ってるのか?さっきも言ったよな、吐いた唾は飲み込めねえってよ。てめえは俺たちブラックウルフの牙に唾を吐き掛けたんだ、降参なんか許される訳がねぇだろうが!
身動きが出来なくなるまで叩きのめしてやるよ!!」
「「「そうだそうだ、こちとら冒険者だ、嘗められたらお仕舞なんだよ!!」」」
気炎を吐き怒りを露わにするブラックウルフの牙の面々。対して呆れた表情で彼らの提案を飲むドット教官。
「それでは降参は無しだ、双方気の済むまで打ち合うがいい。それで武器はどうする?」
「あん?そんなもん自分の獲物を使うに決まってるだろうが、生温い事を言ってるんじゃねえぞ!」
「あ、うん、俺は刃引きの訓練用の剣で頼む。指導用の丈夫なものがあったはずだが」
「あぁ、すぐに準備しよう。誰か、指導用の剣を持ってきてくれ」
テンダークの声に急ぎ指導用の剣を用意するギルド職員。ドット教官はその剣を腰に下げると、ブラックウルフの牙たちと対峙するのだった。
「フッ、おっさん、逃げなかった事だけは褒めてやるよ。遺言があるんなら今のうちに言っておくか?」
ドットに対し馬鹿にするような視線を向け見下すリーダー。対してドットは平素と変わらぬ表情で、その言葉に応える。
「優しいんだな、ならば少しだけ。
シャベル、見ていてわかると思うが冒険者活動をしているとえてしてこうやって模擬戦を吹っ掛けられる事がある。冒険者には嘗められたら負けと言った風潮があるからな、こうした場合は中途半端な対応はかえって身の危険を招く。やるならやる、やらないんならその土地を去るくらいの気概が必要だ。
シャベルには理解し難いだろうがそれが冒険者と言う連中の本質だ。
言い方を変えれば誇りが高く勝負好き、悪く言えば見栄っ張りで享楽的とも言えるな。
絡まれない為にはどうしたらいいのか、普段から考えておけよ?
待たせて悪かったな、用件は済んだ。あとはこっちで語ろうか」
ドット教官はそう言うと、腰の剣に手を掛けるのだった。
「始め!!」
ドットの戦いは言わば指導であった。それはシャベルに対し集団の冒険者との戦いを教えるかの様な立ち回りであった。
「行け!!」
「「「死ねやジジイ!!」」」
怒声を上げ襲い掛かる冒険者たち。それに対してドット教官は
「いいかシャベル、この手の輩は自分は後ろに構えてまずは下っ端をぶつけて相手の力量を測ろうとする。こうした場合変に様子を見るんじゃなく積極的に叩きのめすのが正解、力業で十分だ」
そう言うや突進してくる冒険者の左側に回り込み、一人一人叩きのめしていく。
腕を、腹を、首筋を。刃引きの剣とは言え金属の塊、特に訓練用の指導剣は多くの打ち合いを前提に造られており、その頑丈さは普通の剣よりも遥かに高い。
そんなもので容赦なく叩かれれば結果は明らか。
「グハッ」“ドサッ”
“バキッ”「ギャ~、腕が、腕が~!!」
「グエッ」“バタッ”
次々と倒れ伏す配下の姿に苛立ちを露わにするリーダー。
「馬鹿野郎!!てめえらはそれでもブラックウルフの看板しょってるのか!
もういい、全員で取り囲め、袋叩きだ」
リーダーの号令に一斉に動き出すメンバー。だがドット教官がそんな動きを只指を咥えて見ているはずもなく。
「隙が多い、目くばせが甘い、なんだその足取りは、狙ってほしいのか!」
“ドガッ、ドサッ、グチャ”
リーダーの目の前で次々と打倒されていく冒険者たち、その光景に周囲の見物人たちからヤジが飛ぶ。
「おいおい、普段の威勢はどうしたんだブラックウルフ」
「なんだよその情けない姿は、もう名前を変えた方がいいんじゃないのか、ゴブリンの牙がせいぜいだろう」
「そうだよな、集団になると厄介ってところがそっくりじゃねえか。頑張れよ、ゴブリンリーダー」
「「「アハハハハハ」」」
浴びせられる失笑、ブラックウルフの牙のリーダーは顔を真っ赤にして周囲を睨みつける。
「おいおい、ゴブリンリーダー様がお怒りだぞ、お前らお言葉に気を付けろよな」
「まずいぞ、キャタピラーみたいに丸かじりにされちゃうぞ?」
「ゴブリンリーダー様、お許しください、ビッグワームを捧げますんで」
「おいおい、よりにもよってあの臭くて食えたもんじゃないビッグワームかよ、せめてホーンラビットにして差し上げろよ」
「いや、ホーンラビットはもったいない、自分で食う」
「ちげえねえ」
「「「ギャハハハハハ」」」
もはやそこには冒険者ギルドジフテリア支部において一目置かれていた“ブラックウルフの牙”に対する恐れは微塵もなかった。
たった一人のロートルに負ける弱小冒険者。彼らがこれまで築き上げてきた畏怖も信頼も、その全てが砂の城の様に虚しく崩れ去って行く。
「このジジイが!!おい、誰かあそこの成り立てのところに行け、こうなったら四の五の言ってられねえ、あいつを人質にとって奴の足を止めろ!」
もはやそれは模擬戦でもなんでもなかった。ブラックウルフの牙の凶行は、その標的をこの戦いを見学しているシャベルに定めたのである。
「依頼の遂行中はどのような場合であろうとも警戒を怠ってはならない、その油断が依頼人を延いては自身を危険に晒す」
シャベルはスコッピー男爵屋敷の畑脇の小屋で生活していた三年間、下男の元冒険者ジルバから様々な教えを受けていた。
ジルバは気まぐれに、だがシャベルにとって生きる為の指針となる様な教えを与えてくれた冒険者の師匠であった。
シャベルはドット教官が模擬戦を行っている最中も絶えず索敵を行っていた。それは自身も戦いの場にあると想定する事で、戦いにおける立ち回りを学び取ろうとするシャベルなりの努力であった。
その索敵の中に、自身の背後から忍び寄る影がはっきりと捉えられていたのである。
「フンッ」
腰を落とすと共に後方に向けられたシャベルの棍棒が、その勢いのまま背後の敵の顔面を捉える。シャベルはその成果を確認するよりも早く、模擬戦の場から離脱し自身に迫る敵に対峙する。
「フンッ、フンッ、フンッ」
喉、鳩尾、金的、人の正中線沿いに存在する急所を正確に打ち抜くシャベル。その動きは魔の森の中で生き残る為に毎日繰り返してきた努力の成果。
自分は決して器用ではない、自分に出来る事は只管に努力する事だけ。
シャベルのその生き方が、少しずつ着実に実を結ぼうとしていた。
シャベルが一人の闖入者と三人の敵を打倒した時、始め十六人いたブラックウルフの牙たちは残すところリーダー只一人となっていた。
「チッ、どいつもこいつも使えねぇ。おいジジイ、俺が直接剣を交えてやるんだ、感謝するんだな」
リーダーは言うや否や走り出し剣技を放つ
「<スラッシュ>!!」
“ガキンッ”
「<スラッシュ>!!」
“ガキンッ”
「くそっ、<ダブルスラッシュ>!!」
“ガインガインッ”
「うお~~!!<重層連撃>」
“ドガドガドガドガ”
訓練場に響く打ち下ろされた幾重もの剣撃の音。土煙が昇り、周囲を覆いつくす。
「やったか!?」
「いやいや、馬鹿じゃあるまいしあんな大ぶりの技受ける訳ないだろうが」
“ドンッ”
「グホッ」
くの字に折れ曲がり痛みに顔を歪めるリーダー。憎々しげに見上げるその顔を見下ろす様に、ドット教官は言葉を紡ぐ。
「知ってるか?腹への打撃は苦しみのわりになかなか気を失う事が出来ないってことを。俺も若い頃よく師匠にやられてな、あの時は本気で殺したいと思ったもんだよ。
まぁそのおかげで強くなったと言われると返す言葉もないんだがな」
“ドガッ”
「グホッ」
静まり返った訓練場、ドット教官の振るう訓練用の刃引きの剣が奏でる打撃音だけが響き渡る。
「ま、待ってくれ、俺たちが悪かった、降参する、だから・・・」
「俺もそうしてやりたいのはやまやまなんだがな、誰かが降参を認めないって主張してな、仕方がなく俺も了承しちまったんだよ。
なに安心しろ、時間はまだまだある。お前ら全員に真の生き地獄って奴を味合わせてやるからな?」
リーダーの表情が憎しみから恐怖に変わる。
ドット教官はそんな彼に、優し気に微笑むのであった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます