第29話 底辺テイマーと銀級冒険者昇格試験 (8)

“ガラガラガラガラ”

街道はリデリア子爵領の領内に入り、中心都市ジフテリアを目指す多くの馬車や荷馬車が脇道から合流する様になって来た。

行き交う人々はシャベルの従魔フォレストビッグワームの闇の姿に驚きの目を向けると共に、“あれは一体何と言う魔物なのか”と話を膨らませるのであった。


「もう直ぐジフテリアに到着です、今回は本当に色々とお世話になりました」

隣を進む馬車の御者台からひょんな事から旅の共連れとなったベリルが声を掛ける。

シャベルはその言葉に首を横に振り言葉を返した。


「いえ、これも何かの縁でしょうから。それにこちらの方こそ申し訳ありません。

マリアーナさんとジョン君は馬車の中でゆっくりしていたかったでしょうに、俺が余計な荷物を増やしたばっかりに御者台に移って貰う羽目になってしまって。

夜中に襲って来たんだから盗賊として処分しておけばよかったのでしょうが、何分俺も旅と言う物が初めてでして。

ドット教官からお伺いしているとは思いますが、俺、今回初めての銀級冒険者昇格試験の受験なんですよ。領内を討伐依頼を受けたりして歩き回っていればもう少し勝手も分かっていたんでしょうが、テイマーのしかも最底辺魔物しかテイム出来ないスキル<魔物の友>持ちですと、パーティーを組む事も中々。

出来る依頼と言ったら街の雑用仕事ばかりでして、お陰で“街の雑用係”なんて二つ名を頂いちゃいました。ハハハハハハ」


頭を掻きながら笑うシャベルに、ベリルは驚きの目を向ける。


「えっ、“街の雑用係”ですか?シャベルさんはそれだけお強いのに、なんでそんな」


「いや、強いのは従魔の闇ですよ、私なんてまだまだです。それでもグラスウルフくらいなら何とか倒せますんで安心してください」


そう言いニッコリ微笑むシャベルに、“この青年はなんて謙虚なんだ”とテイマーと言うだけでどこか下に見てしまっていた事を恥じるベリルなのであった。


「ところでベリルさんはジフテリアの街には何度か来られた事があるんですか?」

「えぇ、元々私はジフテリアの出身でして。今回は久々の里帰りだったんですよ。

リンデルとジフテリアの間には貸し馬車屋が通ってましてね、リンデルで借りてジフテリアで返す。同じようにジフテリアで借りてリンデルで返す。

借り賃の他に補償金が金貨二枚掛かりますが、きちんと返却すればそれも戻って来ますからこうした家族での移動の際にはよく利用するんです。

街道を走る駅馬車と言う物もありますが、あれは詰めるだけ人を詰めますからね。一人で移動する時とかには利用しますが、あまり乗り心地のいいものではないですよ?」


“へ~、そんな乗り物が”

スコッピー男爵領には駅馬車と言う物が走っていなかった為、シャベルはそうしたものがある事自体知らなかった。何気ない会話の中に多くの知らない事がある、シャベルは旅の会話と言う物はこれほど楽しいものなのかとベリルとの出会いに感謝するのであった。



「通って良し。次、身分と目的を述べよ」

野営地を出発して半日ほど経っただろうか、馬車はリデリア子爵領の中心都市ジフテリアに到着、街門で門兵の検閲を受ける為に馬車の車列に並んで順番待ちをしているところであった。


「お父さん、お腹空いた。それと喉がカラカラだよ」

御者台の上でジョンがベリルに訴え掛ける。ベリルが“もう直ぐジフテリアに到着するからそれまで我慢しなさい"とたしなめるも、車列の進みは遅い。子供がぐずるのも致し方が無い事であろう。


「ジョン君、良かったらお水を飲むかい?」

シャベルは背負い袋の脇に紐で結んであるコップを取り外すと、“コップ一杯の水を、ウォーター”と唱えジョンに渡すのだった。


「おいしい、お兄さん、ありがとう」

余程喉が渇いていたのだろう、ジョンはコップの水をゴクゴクと音を鳴らしながら一気に飲み干すと、満面の笑みでシャベルにお礼を言う。

シャベルは“どういたしまして”と言ってコップを受け取る。


「ジョン、なんか凄い勢いで水を飲んでいたけど、そんなに美味しかったのかい?」

「うん、なんかね、身体に染み渡るって言うか、とっても元気になるって言うか、凄く美味しかったの。さっきまでお腹が空いてしょうがなかったけど、今は全然大丈夫だよ?」


息子ジョンの言葉に驚きの表情になるベリル。


「あの、良かったら飲んでみますか?」

そう言いシャベルから差し出されたコップ、ベリルはその水を口に運び更に驚愕する。


「旨い、こんなに旨い水を飲んだのは初めてだ。シャベルさん、これは一体・・・。

先程シャベルさんがされてたのは生活魔法の<ウォーター>ですよね、短縮詠唱で水を出されていたのには驚きましたが、他に何かをされている様には見えなかったんですが」

「あぁ、それはたぶん俺が<ウォーター>を唱える際に多めに魔力を込める事を意識したからですね。

これは単なる経験の話なんで関係あるのかどうかは分からないんですけど、どうも魔力が多い物って美味しいみたいなんですよ。

野営の時お出ししたスープ、美味しくなかったですか?あれの具材ってホーンラビットの干し肉と癒し草なんですよ、そこに岩塩を加えただけですね、でも美味しかったでしょう?

始めは偽癒し草のスープを作っている時に間違えて癒し草を加えちゃったのが切っ掛けだったんですよ、見た目が同じなのにそれだけ目茶目茶美味しくてですね、もしかしたら魔力の多い食材って美味しいのかもって。

ホーンラビットも取れたての方が美味しいですね、少し置いた物の方が出汁は出ますけど、食べた時の旨味って言うか身体が喜ぶ感じは新鮮なものの方が強かったです。

癒し草も同じ、お茶で飲むんだったら確り干して乾燥させたものの方が美味しいですけど、茹でて食べるんならその日に採ったものを直ぐに使った方が美味しいですよ?」


日頃何気なく使っている生活魔法、そんな最も身近な者に工夫を加えより良い物に変えて行く。このシャベルと言う青年はきっと凄い冒険者になるかもしれない。

ベリルは手に持つコップを妻マリアーナへと渡す。マリアーナは渡されたコップに訝しみの視線を送るも、一口口に含んだ瞬間驚きに目を見開く。

“ねっ、僕の言った通りでしょ?”

そんな両親の様子にジョンは自慢げに胸を張るのであった。


「よし、通れ。次、身分と目的を述べよ」

「はい、私はリンデルの街のベリルと申します。こっちは妻のマリアーナと息子のジョン、ジフテリアの両親を訪ねてまいりました。こちらが街民証になります」

ベリルは懐から書類を取り出すと門兵に差し出した。


「うむ、それでそっちの者は護衛の冒険者か?テイマーの様だが」

「はい、私はスコッピー男爵領マルセリオ支部で冒険者をしていますシャベルと言います。こちらのベリルさん方とは先日縁があってご一緒させて頂いております。

その事に関して門兵様にご報告申し上げたい事がございますが、少々よろしいでしょうか?」

シャベルの物言いに眉を顰める門兵。


「ふむ、何かがあったようだな、言ってみろ」

「はい、実は昨日リンデルからここジフテリアに向かう街道において盗賊行為を行っている者がおりまして、襲われていたのがこの馬車、ベリルさん家族はその被害者でした。

私は今回銀級冒険者昇格試験の最中だったものですから、試験官であるドット武術教官の指示の下盗賊討伐に参加、無事盗賊を打ち倒す事が出来ました。

ただその場にはベリルさん家族しかおらず、いくら街道沿いとは言え冒険者も雇わないのはいかがなものかと聞いたところ、護衛の冒険者は盗賊が現れた瞬間一目散に逃げ出したとの事でした」

シャベルの話に苦虫を嚙み潰した様な顔になる門兵、それは明らかに不快感を示すものであった。


「ドット教官は盗賊の討伐証明部位になる左耳を回収、冒険者の依頼放棄を冒険者ギルドジフテリア支部に報告すると仰っていたんですが、その晩野営をしていた俺たちにくだんの冒険者が夜襲を掛けて来まして。

どうもギルド資格剥奪を畏れて生き証人であるベリルさん家族を始末しようとした様です。

それで今馬車の中に捕らえた冒険者を乗せていまして、念の為ドット教官が中で監視を行っているって訳です。

夜襲を行った以上盗賊ですので衛兵様に引き渡したいのですが、冒険者ギルドには報告の義務があります。どなたか一緒に来て頂けると助かるのですが?」


シャベルの言葉に馬車の扉を開ける門兵、中には手足を縛られ猿轡をされた冒険者たちが床に転がっており、一人の偉丈夫が鋭い眼光でそれらを監視していた。


「あぁ、お勤めご苦労様。私は冒険者ギルドマルセリオ支部の武術教官を務めるドットと言う。これが冒険者ギルドの職員証とギルドカードになる。

外にいるシャベルから話は聞いたと思うが、冒険者ギルド職員としてこのような事態になった事を心から謝罪する。

それとこの罪人の引き渡しを行いたいのだが、どなたか衛兵詰め所に連絡を入れて貰えないだろうか?

手間をかけて申し訳ないが」

ドットはそう言い予め用意していたであろう銀貨二枚を門兵に手渡す。


「うむ、職務ご苦労。今人を遣るので街門先で待たれるが良い。

おい、誰か、衛兵詰め所に走ってくれ。罪人は二名、罪状は盗賊行為だ。

現役冒険者である為一度冒険者ギルドに同行してからの引き渡しになる事も付け加えておけよ」


「了解しました」


「よし、通れ」

門兵に促され街門脇で待機すること暫し、三名の衛兵が門兵に連れられ姿を現した。


「報告にあった冒険者ギルド職員はいるか?詳しい話が聞きたいのだが」

「あぁ、馬車の中にいる。すまないがこちらに来て貰えるか?こいつら往生際が悪くてな、目を離すとすぐに暴れ出すんだ」

ドットはため息交じりに衛兵に返事を返すのであった。



冒険者ギルドジフテリア支部、その受付ロビーでは不意の衛兵の来訪にちょっとした騒ぎが起こっていた。


「なぁ、あの縛られてる奴ってブラックウルフの所のゴロツキじゃねえか?」

「ん?あぁ、確かにそうだわ。オーガの威を借りるゴブリン、何かと威張り散らしてた割りに対して実力の無い奴じゃなかったか?オークを狩ったって自慢してた」

「そうそう、そいつら。衛兵も一緒だけど等々何かやらかしたのか?」


受付ロビーのそこかしこから聞こえる件の冒険者の評判、盗賊相手に依頼人を見捨てて逃亡を計る様な冒険者である、その評価は推して知るべしと言った事なのだろう。


「すまない、私はスコッピー男爵領冒険者ギルドマルセリオ支部所属武術教官のドットと言う。現役冒険者による冒険者ギルド規定違反及び犯罪行為の発生を確認した為報告に来たのだが、ギルド長はおられるだろうか?」

ドットの言葉に慌ててギルド長執務室に走る受付職員。

時を置かずしてやって来たジフテリア支部ギルド長テンダークは、ドットの報告に頭を抱えた。


「それで被害に遭われた依頼人の方々に怪我はなかったのか?」

「はい、打ち身等は見られましたが骨折と言った大きなものは。幸い手持ちのローポーションでなんとか治療する事が出来ました。

こちらがその際に討伐した盗賊の討伐証明部位になります、教会の詳細人物鑑定に掛けていただければより詳しい事が分かるかもしれません。

それと自己保身の為にベリル家族に夜襲を掛けた件ですね。こうした場合の冒険者の行動は残念ながら共通していますので我々が護衛に付かせていただいたのですが、案の定。深夜にベリルさん方の眠る馬車に忍び寄ったところを捕縛いたしました」


““ンンンンンン””

縛られ身をよじる冒険者たち。だがそんな緊迫した現場に声を掛ける者が現れた。


「おい、ちょっと待ってもらおうか、そいつらは俺たち“ブラックウルフの牙”所属のメンバーだ。うちのメンバーに限ってそんな卑怯な真似をする訳がないだろうが。

大方そいつらが難癖を付けてるに決まってる、さっさと解放してもらおうか」


「ギルド長、彼らは?」

「あぁ、彼らはここジフテリア支部を拠点とする冒険者パーティー“ブラックウルフの牙”のリーダーとパーティーメンバー、それと下部組織の連中だ。その縛られてる二人は下部組織の“ブラックウルフの爪”の者だったか」


「大体だ、こいつらが逃げ出したって言うんならそんな盗賊をそいつ一人で狩ったって言うのか?それこそ信じられるかよ」

「いや、俺ともう一人、ギルドの外で待機しているテイマーだな」


「アハハハ、それこそおかしいじゃねえか、たかがテイマーとおいぼれに負ける様な盗賊相手に俺のところのメンバーが逃げ出す訳ないだろうが、いい加減なこと言ってんじゃねえぞ!!」

激高し今にも掴み掛ろうとするブラックウルフリーダー、そんな彼に大きなため息で答えるドット。


「ハァ~、お前な、こっちは手続きに来ただけでお前の意見なんてどうでもいいんだよ。それとさっきから挑発してる様だが模擬戦に持ち込んで有耶無耶にしようとしても無駄だからな?

でもまぁ、これもギルド職員の役目と言えば役目か。文句がある奴は全員訓練場に来い。ギルド長、申し訳ありませんが外で待機しているテイマーを訓練場まで案内してもらえませんか?見学させておきたいんで」


ドットの言葉ににわかに沸き立つギルド受付ホール。ギルド長テンダークはドットに対し申し訳なさ気な視線を送ると、受付職員を外で待機するテイマーの元へと送るのだった。

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