第28話 底辺テイマーと銀級冒険者昇格試験 (7)

「う~ん、結構深く窪みが掘ってあったんだな~。闇、街道脇の土を少し捏ねてくれる?俺が<ウォーター>を掛けるから。ある程度捏ねたら馬車の車輪の脇に山積みにして貰える?」


銀級冒険者昇格試験四日目。ヘイゼル男爵領リンデルからリデリア子爵領ジフテリアに向かう途中であったシャベルは、街道沿いで行われていた盗賊行為に遭遇、ドット教官の指示の下これに対処すべく行動を開始、見事盗賊を討伐する事が出来た。


「それじゃ今度は馬車の下に潜って持ち上げてくれる?その間に窪みを埋めちゃうから」


“クネクネクネクネ”

“ガゴッ、ググググググッ”


だが人質となっていた者たちは盗賊の恐怖に気を失ってしまい、彼らが乗っていた馬車も盗賊の罠によって脱輪状態にあったため、その対処に当たる事となってしまったのである。


“ドサドサドサドサッ、パンパンパン”

「これくらいでいいかな?“大いなる神よ、我に大地の力を示せ、ブロック”

闇、もう降ろしてもいいよ」


“ドッシャ”


「ドット教官、お待たせしました。車軸周りは特に折れてる様には見えなかったんで大丈夫かと。そちらの方はどうですか?」


「あぁ、お疲れだったなシャベル。シャベルから貰ったローポーションを飲ませたら少しは落ち着いた様だよ。男の子は未だに気を失ってるがな、そこは母親が面倒見てくれるだろう」


ドット教官の言葉にシャベルは顔を向ける。気を失っていた三人の人物の内おそらくは両親であろう大人二名が目を覚まし、おっかなびっくりと言った表情で自分の方を見る姿が見て取れた。


「目を覚まされたんですね、良かったです。俺は冒険者のシャベル、テイマーをしています。こっちは従魔の闇、フォレストビッグワームと言う魔物です。

見た目は怖いかもしれませんが、襲い掛かったりしないので安心してください。

怪我などはしていませんか?盗賊に襲われた時に気が付かないうちにって事もありますんで」


「あ、はい。少し打ち身などがありましたが、先程いただいたローポーションですっかり良くなりました。

私はベリルと申します。こっちは妻のマリアーナ、それと息子のジョンです。

この度は危ない所を助けていただき、ありがとうございました」


そう言い頭を下げるベリルとマリアーナ。そんな二人にシャベルはずっと気になっていた事を聞いてみた。


「大変失礼な事をお伺いするかもしれませんが、ベリルさんは冒険者を雇わなかったんでしょうか?街の近場での行商だったら冒険者がいなくてもまだ分かるんですが、こんな街から離れた場所、しかも魔物の危険性のある街道沿いに馬車一台だけでと言うのが少し気になりまして」


シャベルの質問にベリルは苦々し気に顔を歪める。


「いたんですよ、二人組の冒険者が。アイツらはジフテリアを拠点にしている冒険者パーティーと言っていました。

落とし穴によって脱輪した馬車、草むらから下卑た笑いを浮かべ姿を現す盗賊たち。

数の不利を悟ったアイツらは私達が混乱しているのをいい事に逃げだしたんですよ、剣も抜かずに!」


ベリルは吐き捨てる様に語ると、悔しげな顔になり口をつぐむ。


「ドット教官、こんな事って本当にあるんですか?冒険者が依頼を放棄して逃亡を図るなんて。それじゃ何のための護衛だか分からないじゃないですか」


信じられないと言った顔で問い掛けるシャベルに、ドットは渋い顔をしながらも言葉を返した。


「まぁ根が真面目なシャベルには信じられないかもしれないな。契約とは信頼、商人であればその事の重さを十分理解し一度結んだ契約を自分から放棄する様な真似はまずしないし、例え放棄せざるを得ない状況であろうとも誠心誠意対応する。

だがこれが冒険者となるとな。

冒険者は自己責任、これは何度か話したと思うが依頼によって生じた不利益は冒険者が自身の責任において対処しなければならない。たとえそれが生命に危険を及ぼすものだとしてもそれを踏まえての依頼であって、だからこそ依頼は慎重に選ばなければならない。

だが冒険者の中にはそうした基本的な事が分かっていない、分かっていて蔑ろにすると言った者が一定数存在する。誰だって自分の命が大事だからな。


今回の場合は街道沿いに罠が仕掛けられていた、それを見抜けなかった事は警護依頼を受けた者としての失態となる。その場合それに伴う不利益、盗賊との戦闘は当然冒険者が負わなければならない義務。

これが他者が襲われていて依頼人がその者達の救助を願い出た場合は契約の範囲外として突っぱねる事が出来るが、今回の場合は違う。当然依頼人を守る様に立ち振る舞わなければならない。

盗賊襲撃の際の依頼放棄は完全な冒険者ギルド規定違反、冒険者ギルド会員資格剥奪並びに違約金が発生するだろうな。


シャベル、悪いけどさっきの盗賊共の左耳を切り落として来てくれるか?

この場合盗賊の左耳が討伐証明部位になる。その昔盗賊退治をした際に左耳を切り取る事で討伐証明部位とした時代があったんだよ、ゴブリンの様にな。

だが盗賊とはいえ人の耳を切り取って持ち込むってのがな、それに集団での盗賊討伐の最中に自分が倒した盗賊の討伐証明部位を切り取っていて隙を作ってしまい、逆に倒されるなんて言う弊害もあってな。

今じゃ殲滅した盗賊を職員が後から確認する事で討伐証明とする事になったんだわ。

これが賞金とかが掛かっている様な盗賊だった場合はその首を切り落として持ち込むって手間が掛かるが、依頼を受けていなくとも賞金を手にする事が出来る。その首を鑑定する事で本人確認が出来るからな。


これは今回の試験とは関係ない事ではあるが冒険者ギルド職員としてギルド会員の依頼放棄を見逃す事は出来ない。ベリルさんにはすまないがジフテリアに着いたら一緒に冒険者ギルドに向かって貰えないだろうか?

冒険者の依頼放棄と言う事で依頼料の返還があるだろう。私がマルセリオの冒険者ギルド職員である事と直接盗賊との戦闘を行った事、それと討伐証明部位の提出ですぐに認定されるはずだ。

この度は冒険者が大変迷惑を掛けた、ギルド職員としてお詫びする、申し訳なかった」


ドットはそう言うと、ベリル夫婦に深く頭を下げ謝罪するのであった。



“ガタガタガタガタ”


リデリア子爵領ジフテリアに向かう街道を馬車は走る。シャベルとドット教官、そしてフォレストビッグワームの闇はその脇に付き従う様に歩を進める。


「何かすみません、護衛の様な事をさせてしまって」

御者席で手綱を握るベリルが申し訳なさそうに声を掛ける。

あれから暫しの話し合いの後、シャベルとドット教官はベリル夫妻の馬車に並走する形でジフテリアへと向かう事となった。

これは主にドットの冒険者ギルド職員としての責務であったのだが、シャベルが自身が銀級冒険者昇格試験の最中である事、馬車で移動する護衛対象の警護を経験するまたとない機会であることを理由に承諾した事が大きかった。


「いや、その事については気にしないでもらって構わない。だが先ほども言ったが気を付けて欲しいのは逃げ出した冒険者だ。ベリルさん方は言わば自身の失態の生き証人、そいつらにとっては邪魔な存在でしかない。この事が万が一にでも冒険者ギルドに報告されればギルド資格剥奪は確実だからな。

今は普通の冒険者として自由に街や村に出入り出来る状態、ある意味下手な盗賊よりも厄介だ。

こっちでも警戒はするが十分気を付けて欲しい。


それと申し訳ないが今夜は野営に付き合ってもらう、理由は村の宿屋ではベリルさん達の身を守れないからだ。

ハッキリ言っておくが俺たちはベリルさん達の護衛じゃない、その身を命懸けで守る義務も無い。ただこれは冒険者ギルド職員の矜持としてジフテリアの冒険者ギルドまで無事に送り届けたいとは思っている。

それにはこのシャベルと従魔の協力が必要だ。その力は実際に目にしたベリルさんなら分かると思う。ただここヘイゼル男爵領では街はおろか村においても従魔の滞在を禁止しているからな。

リデリア子爵領の村がどうかまでは分からないが、あまり期待は出来そうもないしな」


そう言いドット教官は後ろからクネクネと後を付いて来る闇に目を向ける。

闇は“ん?どうかしたの?”とでも言いたそうな雰囲気で、頭部を軽く横に倒すのであった。


「闇、ここの土を掘ってくれる?」


日が落ちる前、一行はジフテリアまで残り半日と言った距離にある野営地に到着していた。

シャベルはすぐに野営の準備を始め、その様子を見ていたベリルはシャベルの指示に従い手際良く竈の準備をするフォレストビッグワームの闇に、驚きと感心の目を向けるのであった。


「ドットさん、不勉強で申し訳ないのですが、フォレストビッグワームとはあのビッグワームですよね?ビッグワームであってもテイマーが使役するとこれほど有能に仕事を熟す事が出来るものなのでしょうか?」


ベリルの疑問、それは当然の思いであった。

ビッグワームとはこの世界における最底辺の魔物、森の掃除屋と呼ばれ人に害をなさないと言う事で討伐の対象にこそならないものの、森に住む動物や魔物の餌として存在する命の下支えのような魔物である。

そんなただの役割として存在しているような魔物が、土を掘り泥粘土を捏ね簡易竈作製の手助けをする。かと思えばテイマーの指示に従って盗賊を討伐する。

こんな話を誰が信じると言うのだろうか。

実際目の前で見ている自身ですら信じられない、あの従魔が実はフォレストスネークと言う大蛇であると言われた方がまだ納得出来る。

そんなベリルの思いを察したのか、ドット教官は苦笑交じりに言葉を返した。


「まぁ言いたい事は分かりますよ、驚きと言うより納得できないと言った所でしょう?でも闇は間違いなくビッグワームですよ。

今でこそあんな鱗の付いた姿ですが、以前は本当に巨大なミミズの姿でしたから。

それが何がどうなってフォレストビッグワームに進化したのかは分かりませんが、あの従魔が優秀なのは鱗が付く以前からでしたよ?

これは昔知り合ったテイマーが言っていたんですがね、優れたテイマーとは自身の従魔といかに心を通わせられるか、いかに細かい指示を理解させられるかに掛かっているそうです。

魔物との戦闘において従魔の能力を十全に発揮させ、連携を作る事でその能力を何倍にも引き上げる事、それが出来れば格上の魔物にも勝つ事が出来る。

ブラックウルフと言う魔物がいますよね、アイツらの強みは集団における戦闘です。

群れのリーダーの指示に従って群れ全体が一つの生き物のように行動する。

俺も昔対峙した事がありましたが、本当に厄介な魔物でした。

テイマーと従魔の関係は、ブラックウルフのリーダーとその群れの関係に似ていると言ってましたよ。


シャベル曰くテイマーと従魔はテイムスキルを通じて繋がりが出来ているんだそうです。それによって人の言葉ではなく思い描く考えが伝わっているんじゃないのかと言っていました。

シャベルの従魔があれほど器用に指示を熟すのは、それだけ互いの関係が深いからなんだと思いますよ?」


ドットの言葉、それはビッグワームがと言うよりも魔物とテイマーとの関係性が魔物の能力を引き上げると言う物であった。

目の前ではテイマーのシャベルとフォレストビッグワームの闇が、楽しそうに簡易釜戸を作っている。

自分は家族との間にあれほどの関係を築けているのだろうか?

ベリルはドット教官の話に納得しつつ、ふとそんな事を考えるのであった。



虫達も寝静まった深夜、焚火を囲み一人の男性が夜番を熟している。男性の前には外套を布団代わりに横になる者、馬車の引き馬も今は静かに身体を休めている。

夜番の男性は眠気に襲われたのか、目を瞑り座ったまま身動き一つしない。

そんな彼らの元に忍び寄る二つの人影。

その人物たちは馬車の姿を認めるや、忌々しそうに顔を歪める。


「チッ、生きてやがったのかよ。あのままおっちんでくれればよかったのによ。

大体あの数の盗賊相手に助かるか?普通はお陀仏だろうがよ」


「まぁおそらくはあそこの冒険者が何かしたんじゃないか?でもあまり野営は得意じゃなかったみたいだな、夜番の奴完全に寝てやがる」


「って事はあの横になってる奴か、確かになかなかやりそうな雰囲気を持ってるな、下手に関わり合いにならない方がいいか。

予定通り馬車ごと強奪して離れた場所で始末するか」


「あぁ、アイツらに生きていられちゃ何を言われるか分かったもんじゃないからな。依頼失敗報告は痛手だが、この際命あってと諦めるしかない。ジフテリアでは素直に盗賊から守り切れなかったとでも報告しておくか。

まぁギルド資格剥奪されるよりかはましだろうからな」


暗闇に蠢く暗い悪意、そんな薄汚い欲望が馬車に近付こうとした時であった。


“ズオオオオオ”

暗闇に大きく立ち上がる何かの気配、その違和感に男達が一瞬足を止めたその瞬間。


“ドゴンッ、グフォッ、ドサドサ”

横なぎに払われたそれは、暗闇に潜む悪意の意識を刈り取る。そしてその事を見届けたかのように夜番の男性が焚火の前から腰を上げる。


「う~ん、こいつらはベリルさんを襲おうとしたんだから盗賊と同じ扱いでいいのかな?それとも一応冒険者ギルドに突き出した方が・・・。

判断に迷うな~、取り敢えず縛り上げておいてドット教官に判断を任せよう。

それじゃ死なれない様にローポーションでいいかな?完全には直らないだろうけど、盗賊だしいいよね」


夜番の男性はそう言うや背負い袋からロープを取り出して男達の手足を縛り上げる。

時刻は深夜、空には満天の星々が輝いている。

男性は簡易竈に鍋を掛け、生活魔法<ウォーター>で水を入れる。そこに背負い袋から癒し草を取り出して、煮出し茶を作る為に放り込む。

薪をくべた焚火が炎を強くし、その明かりが男性の顔を照らし出す。

沸き立つ鍋、広がる癒し草の香り、夜番の長い夜はまだまだ終わらないのであった。


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