第27話 底辺テイマーと銀級冒険者昇格試験 (6)

銀級冒険者昇格試験四日目、それは不意に訪れた。


“!?クネクネクネ!!”

リデリア子爵領の中心街ジフテリアを目指し街道を行くシャベルとフォレストビッグワームの闇、それと護衛対象のドット教官。

そんな彼らの遥か先、進路上に見えるやや傾いた馬車。


「ドット教官、止まってください。前方の馬車の様子がおかしいです、それに何か金属音がします。闇も複数の何者かの存在を感じている様です、可能性としては盗賊かと」


シャベルの報告に、ドット教官の顔に緊張が走る。


「それでシャベルはこの後どうしたらいいと考えている?」


ドット教官の平坦な声音、それはシャベルに対する質問と言うよりかは試験官としての問い掛けと言った空気を含んでいた。


「はい、ドット教官には申し訳ありませんが一度一つ前の村に戻りこの事を報告した方がよいかと。もし盗賊であった場合ドット教官に危険が及ぶ可能性があります。護衛任務を行っている以上最も重要なのはドット教官の安全、次に配達物である手紙類でしょうか。

多少の時間的な遅れはあれど、命と引き換えには出来ないと考えます」


シャベルの判断、それは目の前で襲われているであろう馬車を見捨てて引き返すと言うもの。状況を見極め依頼人の安全を最優先にする、これは冒険者にとって最も大切にしなければならない必須事項であった。


「うむ、いい判断だ。不確定要素の危険が確認された時点での報告、そして危険回避の為の方策、現在置かれた状況を鑑みれば前の村に戻ると言う選択肢が一番無難であり的確だと俺も思う。

だが今回はあえてその定石を破る。理由は二つ、一つはシャベルが盗賊と言うものを知らないと言う事。

銀級冒険者になり護衛任務をする、もしくは他領へと旅立った場合、その道中での危険として盗賊の存在は避けられない。

今回のように事前に気付く事が出来ればよい、だがそれに気付けずに襲われた場合、一度でも体験しているのといないのとでは対応に大きな差が生まれる。

幸い俺はそうした任務を何度も行っている上に俺たちは身軽だ、多少の戦闘なら問題がないと考える。


もう一つがあの馬車を取り囲むであろう盗賊の装備、あの現場には騎乗用の馬が見られない、馬車を襲う以上目的は搭乗者が持つ金銭か搭乗者本人か。

誘拐が目的だった場合高確率で馬を用意する、その方が効率的であり目撃者も少なくて済む、時間を置かずにその場を離脱する事は定石だ。

では殺害が目的か?それが暗殺目的のものであったならやはりすぐにあの場を離れる。馬での移動は必須だろう。

あの馬車の傾きを見るに落とし穴でも用意して足止めをしてから襲い掛かったとみた方がいい。

気を付けなければならないのは伏兵が隠れている可能性だが、シャベルの<索敵>で確認出来るか?」


シャベルはドット教官の言葉に驚きを示すも、言われた通りに索敵を行った。


「すみません、流石にあれだけ離れていると俺の索敵ではハッキリ分かりません。

闇の感知能力なら分かるのでしょうが、流石にそこまでの意思疎通は・・・。

闇、あの馬車の周り以外に人の気配はあるかい?」


“クネ、クイクイ”


「それじゃ、あの馬車の周りにいる人の数は分かる?」


“クネ、トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン”


「えっと、八人いるって事かな?」


“クイ”


「だそうです。流石にどちらが盗賊と言った判別は出来ない様ですが」


シャベルの返事に暫し固まるドット教官。この位置から少なくとも八百メートは離れているであろうかと言う場所の人の数を正確に感知する、それだけでどれ程行動の幅が広がるか。ドット教官はビッグワームの有用性に改めて感嘆の息を漏らす。


「そうか、では作戦としてはこうしよう」


ドット教官の提案、シャベルは思わぬ形で盗賊の討伐と言う初の対人戦を経験する事になったのであった。


――――――――――


「ヘヘヘッ、お頭、こいつらどうしますか?女の方は売り飛ばすとして男の方は・・・。いくらガキでも売れますかね?」


薄汚れた男が下卑た笑いを浮かべながらお頭と呼ばれた者へと問い掛ける。


「そうさね、買い手は付かないかもしれないけど連れて帰って下働きでもさせようじゃないか。普段は檻に閉じ込めておけばいいし、言う事を聞かなければ処分すればいい。その辺に放っておけば魔物が勝手に処分してくれる。

それに悪くない顔をしてるじゃないかい、もう少し大きくなったらいい目を見させてあげてもいいかもね~」


「それってお頭が楽しみたいだけじゃないですか。この前の奴も一月持たなかったんだ、今度は大事に使って下せえよ?」


「うるさいね、人の趣味に口出しするんじゃないよ。

ん?ちょっと待ちな、誰か来るね。人数は二人、歩きの旅人か冒険者って言ったところかい?」


お頭と呼ばれた者は地面に転がる三人の人物から顔を上げ、街道を歩く人影に目を向ける。


「流石はお頭だ、その気配察知の距離は真似出来ねえや。五百メート先の人物でも正確に分かっちまうんだ、お頭に掛かれば冒険者なんか目じゃないですぜ」


薄汚れた男の言葉に、周囲の仲間からも賛同の声が飛ぶ。


「ふん、煽てても何も出ないよ。お前たちはこいつらを連れて草むらに引っ込んでな。あたしは馬車が窪みに嵌って困ってる行商人のふりをするよ。油断しているところをバッサリ行ってもいいし、お人好しどもだったらそいつらを人質に使って身ぐるみを剥いでもいい。その後はあいつらの身体と顔次第かね~」


そう言い舌舐めずりをするお頭に、“またお頭の悪い癖が始まったよ”と呆れ顔になる配下たち。


「ほら、さっさと動きな、見つかるんじゃないよ!!」


男たちは地面に転がる三人の人物を引きずり足早に草むらへと消えていく。

悪意は動き出す、それは大きな口を開け獲物の到来を今か今かと待ち構えるのであった。


「すみません、そこの旅の御方、手を貸しては下さいませんか?」


掛けられた声に旅の男性達は足を止める。


「旅の途中の方にお声掛けしてしまい申し訳ありません。見ての通り馬車の車輪が窪地に嵌ってしまって難儀していたんです。申し訳ありませんが、馬車を押すのを手伝ってくださいませんか?

無論報酬はお払いいたします。銀貨一枚でいかがでしょうか?

信用いただけないと思いますので、先に半金の銅貨五十枚をお支払いすると言う事でいかがでしょう」


声を掛けて来た女性は、そう言うと懐から何やら革袋を取り出し男性達に見せつける。


「えっと、御一人の様ですが、他に同行している方とかはいないんですか?いくら商業都市ジフテリアにほど近い街道沿いとはいえ少し物騒なのではないかと。

何か事情でもおありなのでしょうか?」


男性の内の一人が訝し気に言葉を掛ける。


「はい、実は下働きの者が途中の村で病に掛かりまして、私が急ぎジフテリアに戻り治癒術師の手配を行おうと。急いでいた為でしょうか、こんな事に。

本当は馬車を切り離して馬に乗っていければいいのでしょうが、私は乗馬の方はちょっと。

ここであなた様方に巡り合えましたことは神の御慈悲、なにとぞお力添えを、お願い申し上げます」


そう言い頭を下げる女性に別の男性が言葉を掛ける。


「それは難儀していて大変だっただろう。俺たちで良ければ手を貸そうじゃないか、

なぁシャベル」


男性の声に内心笑みを浮かべる女性。

“クククッ、馬鹿な男たちだよ。さてどうやって料理してやろうかね”

女性が笑いをこらえながら顔を上げようとした、その時であった。


“ドガッ”

打ち下ろされた棍棒が女性の頭を正確に捉える。女性の意識があったのはそこまでであった。


「てめえ、よくもお頭を、ただですむと思うなよ!!」

草むらがざわつき、中から複数の男たちが飛び出してくる。


「へへへ、お頭は油断しちまったようだけどな、こっちは四人、死にたくなかったらさっさと武器を捨てな。抵抗しようだなんて思うなよ、こっちには人質がいるんだからな」


薄汚れた男が下卑た笑いを浮かべながら、地面に転がされた三人の人物に剣を向ける。


「ほら、さっさとその武器をこっちに寄こしな!腰の得物もだぞ!」


薄汚れた男が声を上げる。

呼び掛けられた男性達は腰の剣を外し地面へと置く。


「そうじゃねえだろうが、こっちに寄こすんだよ!それとそっちの若いの、その手の棒っ切れを放せと言ってるんだよ!こいつら殺すぞ!!」


薄汚れた男の言葉に地面に転がる人物たちが“ヒッ”と短い悲鳴を上げる。


「闇、横殴り!!」


“ビユン、ドゴドガドガドガ”

突然吹き飛ぶ男たち。


“バゴン、バゴン、バゴン、バゴン”

棍棒を持った男性が追撃とばかりに男たちの頭を叩きのめす。


「索敵に敵性反応はありません。盗賊は以上かと思われます」


「うむ、シャベル、見事な戦闘だった。状況の判断もよかった、これなら一人前の護衛として行動出来るんじゃないのか?」


「いえ、ドット教官の指示が良かっただけです。俺一人だったらここまで上手くは行きませんでした。

それでこいつらはどうしますか?」


棍棒を持った男性、シャベルがもう一人の男性、ドット教官に指示を仰ぐ。


「あぁ、街場に近ければ衛兵に突き出すって言う手もあるんだが、難しいところだな。これが討伐の依頼を受けてのものであればここで処分しても報酬が出るんだが、偶然出会っただけだからな、報酬は期待出来ないな」


「あぁ、そう言った事でしたら別に構いません。今回は俺の経験の為ですから。

それよりも処分ですね、俺の腕だと苦しめた上に討ち漏らすかもしれないし、闇、悪いけどお願い出来る?装備を外したら向こうで処分をお願い」


“ズズズズズズッ”

シャベルの言葉に姿を現す巨大な大蛇の魔物、その威容に地面に転がる者たちは恐慌に陥る。


「ドット教官、こんなものでいいですか?」

「あぁ、所詮は盗賊だ、目ぼしい物などないだろうよ。それこそ塒に行けば多少の貯えがあるかもしれんが、護衛任務中と言う事を忘れるなよ。

冒険者の中には依頼そっちのけで盗賊の塒探しに行ってしまう奴もいる。

そんな事をすればいくら盗賊を撃退したからと言っても依頼人からの評価もダダ下がりだ。冒険者ギルドには時々その手の抗議が入る、本気で止めてくれよ」


“はい、分かりました”と返事をするシャベル、“本当にあの馬鹿どもと来たら”と頭を押さえるドット教官、剥ぎ取りの終わった盗賊をいそいそと草むらの奥に運び処分するフォレストビッグワームの闇。

次から次へと移り変わる状況に、恐怖から身を震わせる者たち。


「さて」

振り向く棍棒を持った男性、その背後に立つ鎌首を持ち上げた大蛇。


「皆さん、大丈夫ですか?」

その声を掛けられた時、恐怖のピークを迎えた三人は、白目をむいてそのまま意識を手放すのであった。





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