第26話 底辺テイマーと銀級冒険者昇格試験 (5)

ヘイゼル男爵領の中心街リンデルの大通りを北門へと向かい進むシャベル。その後ろにはフォレストビッグワームの闇が続き、その更に後方を二人の門兵が固める。

そんな彼らの姿は街の住民からしたらちょっとした見世物であり、遠目から指をさす者や声を上げる者、中には態々近寄って来て繁々と眺めながら門兵に問い掛ける者まで。

そんな状態は、シャベルと闇が北門から立ち去るまで続くのであった。


「申し訳ありません、昇格試験の最中に護衛対象から離れる事になってしまって」


冒険者ギルド建物前で、シャベルは試験官であるドット教官に頭を下げる。

それはここヘイゼル男爵領リンデルの街には従魔をとどまらせる事が出来ず、結果護衛対象であるドット教官から離れなければならない事に対する謝罪であった。


「いや、その事に対しては謝罪はいらない。こうした大きな街では依頼人である商人の側を離れる事は普通だ。

これは依頼の内容次第になるんだが、基本的に銀級冒険者の護衛依頼の場合、街道移動中の護衛が仕事となる。

街や村中での護衛もとなるとその分依頼料も高くなる。初めの内はその事が良く分からず依頼人にいい様にこき使われる事があるかも知れないが、慣れてくるとそう言った行為が誤りである事に気が付くんだ。


こうした事は冒険者ギルドで依頼を受注する際に良く確認する必要のある事項だから覚えておけよ?

お前は真面目だから依頼人から言われれば何でもヒョイヒョイやりそうだが、それによって他の冒険者の迷惑になる事もあると言うことを覚えておけよ」


シャベルはドット教官にの言葉に身を固める。これまでシャベルは物事を率先して行う事こそが正しいと思っていた。

スコッピー男爵屋敷において最底辺とされてきたシャベルにとって、物事を丁寧に行う事、相手の事を考え率先して行動する事は捨てられない為の、自身の命を長らえる為の絶対事項であったからだ。


「あぁ、うん、その表情は分かってないって顔だな。

そうだな、シャベルに分かりやすく言うと街の雑用依頼ってのがあるだろう?

シャベルは肉屋に気に入られて優先依頼って形で食品廃棄物の運搬業務を行っていたはずだ。

元々この仕事は樽に詰められた内蔵やら骨やらを街の外にある廃棄場に持って行くか魔の森に運んでそこに捨てるかって仕事になっていた。

冒険者は廃棄物の運搬が終われば荷車と樽を肉屋に返却して終了、危険度はあるが簡単な雑用依頼だった訳だ。


で、シャベルはどうした?聞いた話では毎回樽をきれいに掃除して返却していたんだろう?

これ迄は従業員が行っていた清掃作業をシャベルが行う、しかも綺麗サッパリと言った状態で。

これ、他の冒険者に求められても無理だからな?基本がさつな連中にどうしろと?って話だから。

ただ街の連中は知ってしまったからな、シャベルの丁寧な仕事を。

この冬の間マルセリオの街の雑用依頼を受けた冒険者どもがぼやいていたよ、何処に行ってもシャベルと比べられるってな。

仕事の範疇で言われる分には仕方がないって思えても、それを越える分を要求されてもな。

冒険者ギルドも色々と言われていたらしい。


これはどっちが悪いって話でもないんだが、人って奴は一度快適さを知るとその状態が元に戻ったとしても満足出来なくなる、シャベルの仕事を知ってしまうとどうしても他の連中が雑に見えちまう。

ならば明確に仕事内容を提示し、それに見合う金額を出せばいいのにそれも渋る。

馬鹿な話だろ?

だからこそ仕事の内容や範囲の確認が必要なのさ。

これは自身を守るだけじゃなく他の冒険者や延いては依頼人をも守る事になる。

シャベルはこれから冒険者として一人前と呼ばれる銀級冒険者になるんだ、その辺の事もしっかり考えておけよ。


それと明日は北門で待っていてくれ、朝食を食べたら向かう事にする」


ドット教官はそう告げると、シャベルと別れ宿を探しに街の喧騒へと紛れて行くのだった。


「門のすぐ側での野営は禁止だ。これが閉門時間に間に合わなかった者であったのなら多少の目溢しも出来るが従魔を連れたテイマーとなるとそうもいかないのでな、悪く思わないで欲しい」


門兵にそう言われ、街門周りでの野営を諦めたシャベルは、それならばと住み慣れた森を目指すことにした。

一般的に野営をする場合周囲の開けた場所を選ぶ。これは見通しがよく警戒し易いと言う安全面からの理由が大きい。

周囲を木々に囲まれた森の中は魔物の接近に気が付き難く、木々に隠れられてしまうと何処から襲って来るのかが分からないと言った危険があるのだ。


「闇、この辺にしようか。竈を作るからそこの土を掘ってくれる?」


シャベルの指示で穴を掘る闇、その間シャベルは周囲の手頃な雑木を斬り倒し薪を作る。


闇が掘った窪みの四隅に木の枝を差し三角の支えを二つ作る。

掘り出した土に生活魔法<ウォーター>で出した水を掛け、闇によく捏ねてもらい泥粘土を作製、三角の支えの接続部に塗り付けて生活魔法<ブロック>で確りと固める。念の為枝を差し込んだ足場周りにも泥粘土を塗り付けて生活魔法<ブロック>で固めておく。


「う~ん、結構泥粘土が余ったし、これで深皿でも作ろうかな?

闇、一緒に癒し草のスープ飲む?」


“!?クネクネクネクネ♪”


テイムの繋がりを通じて闇の嬉しい気持ちが伝わって来る。自然笑顔になるシャベル。


「それじゃ折角森に来たんだし癒し草でも探そうか?新鮮な奴の方が美味しいしね」


“クネクネクネクネ~♪”


久々のシャベルとの森散策に、テンションの上がるフォレストビッグワームの闇。

彼らのお散歩はそれから日が傾くまで続けられるのであった。


「うん、大漁だったのはいいんだけど、これってどうしようか?」


焚かれた炎、木の枝の横棒に引っ掛けられた鍋からは上手そうな癒し草のスープの香りが漂う。

そんな焚き火の炎に照らされて闇夜に浮かび上がる獲物の小山ホーンラビット三体、ウルフ種の魔物が二体、癒し草十五束。

ゴブリンは左耳だけ切り取って森に放置、闇が食べたがっていたので一体だけ持ち帰り食事準備中のおやつに与えている。


「闇~、癒し草のスープが出来たから深皿によそっておくよ。

もっと欲しかったら言ってね、直ぐに作れるから。

それとこいつらどうしようかな?取り敢えず血抜きと内臓の処理だけしておくか。折角の獲物が悪くなっちゃうと勿体ないし。

闇、獲物の内臓は・・・食べるんですね、了解です」


シャベルは自分の分をよそうと残りを闇用に作った深皿に盛り、サラサラと夕食を済ませ獲物の解体処理を行うのでした。


魔物は血の匂いに敏感である。それが嗅覚の鋭いウルフ種であれば尚の事、冒険者が獲物の血抜きを行わず冒険者ギルドの解体所に持ち込むのには、解体の最中にその匂いに寄せられる魔物の危険性を知っているが故と言う理由があった。


当然森の中で解体処理などを行えばその匂いに寄せられて多くの魔物が集まって来るのだが。


“ズルズルズルズル、ドガンッ”

“ギャインッ”

“クネクネクネクネ♪”


暗闇の森に潜む黒い影、そこはフォレストビッグワーム闇の狩場に過ぎないのであった。


「おはよう闇、昨夜は夜番ありがとうね、お陰でぐっすり眠れたよ。

何回か魔物が来たみたいだったけど上手い事追い払ってくれたんだ・・・全部倒してくれたんだね、どうもありがとう」


うず高く積み上げられたウルフ種の亡骸、その数七体。昨夜血抜き処理したウルフ種と合わせると全部で十体、これを一体どうしたら・・・

夜の森には多くの危険が待ち構えている。去った脅威、残った獲物。シャベルはその大量の成果を前に、ただただ頭を抱えるのであった。



「いや~、本当に助かりましたよ、一時はどうしたものかと頭を抱えていたんです」


街道を行く商人の荷馬車、その隣を歩くシャベルはにこやかな笑顔で商人に話し掛ける。


「それを言ったらこちらの方こそありがとうだよ。

でも本当によかったのかい?今の時期はフォレストウルフの肉質も良くなってるからそのまま肉屋に持ち込んでも銀貨一枚銅貨二十枚は固い、しかも傷の無い打撃で倒したウルフに血抜き内臓抜き処理をした獲物、この状態なら結構な金額になると思うよ?それを僅か銀貨五枚でいいだなんて」


商人とは物の売り買いの利ざやを稼ぐのが仕事、街で仕入れた品を別の街や村に運んで収益を得る危険な仕事。であるからこそこの降って湧いたような儲け話に申し訳無さを感じてしまっていた。

なんと言ってもここはリンデルの街の直ぐ側の街道、いくら大荷物に困っていたからと言って、その足元を見る様な商いに抵抗を感じない程摩れてはいなかった。


「いえいえ、こちらこそ申し訳ないくらいなんですよ。

この通り俺はテイマーですから、リンデルの街には長居出来ないんです。獲物を売りに来たと言っても余り良い顔はされない、その上これだけの量となると。

その場で直ぐに交渉を持ち掛けて下さったアルマさんには感謝しかないですよ。それに岩塩までおまけして貰っちゃって、本当によろしかったんですか?」


「いやいや、本当に気にしないで?その岩塩は売れ残りだし、大した量じゃないよ?金額だって銀貨一枚分もしないから。

でもそこまで言ってくれるならありがたく取引成立とさせて貰うよ。

私はこのリンデルでジローナ商会って言う小さな商会を営んでいるんだ、こっちに寄る機会があったら是非顔を出してくれ、そんなに値引きは出来ないけど頑張らせて貰うから」


商人から掛けられた思いがけない言葉、これ迄生活物資の買い出しにすら困っていたシャベルにとって、その言葉は涙が出そうな程に嬉しいものであった。


「はい、銀級冒険者に昇格した際には是非寄らせて頂きます。

ただ俺には従魔がいるんで余り長居は出来ませんが」


「ハハハ、確かにこの街は従魔お断りだからね。森に待機させておくにしても冒険者に見付かったら一騒動だ、中々にテイマーには厳しい街だからね」


アルマはそう言い力なく笑うのでした。


「ドット教官、お待たせしてしまって申し訳ありませんでした」


北門入口前でアルマと別れたシャベルは、その足で急ぎドット教官の元に向かう。

ドットは“今来たところだから気にしなくていい”と手を振るのだった。


「先ほど何か商人と談笑していた様だったが、何かあったのか?」


ドットは先ほどシャベルが商人の荷馬車と北門入口へ向かって来る様子を遠目で眺めていた。

シャベルはその事に対し、ジローナ商会のアルマとの出会いから銀貨五枚の利益と岩塩を分けてもらった事を嬉しそうに語った。


「そうか、だがそれは中々出来る判断じゃないな。冒険者はどうしても利益を求めて高値で獲物を売りたがる。これは例え護衛依頼の最中であろうとも中々直すことが出来ない問題でな、冒険者ギルドにも商業ギルドからどうにかして欲しいと抗議の声が入ることが多々あるんだ。

シャベルが今護衛任務中であることを考えれば、半値であろうと直ぐに売ってしまった事は賢明な判断であったと言える。

自分にとって大事な事がなんであるのか、その事を常に念頭に置いて行動する事が長く冒険者を続ける為の秘訣だ。

シャベルもよく覚えておけよ?」


旅の最中にも度々語られる冒険者としてと心構え。シャベルはドット教官に心から感謝しつつ、旅の目的地リデリア子爵領ジフテリアに向け、再度気持ちを引き締めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る