第12話 ローポーション作り、それは薬師への第一歩

“バキッ、バキッ”


魔の森の中に建つ一軒の小屋。シャベルは竈の前でしゃがみ込み、手に小振りの木の枝を持ちながらじっと炎を見詰める。

“森から集めた木の枝に自身の魔力を送るように意識し、<ウォーター>の生活魔法呪文を唱える事でよく乾燥した焚き付けを作る事が出来る。”

これはシャベルが冒険者ギルドで写本した「生活魔法の応用」という本に載っていた冒険者の知恵である。本によれば水の属性魔法を使う魔法使いたちは木の幹の水分を水属性魔力を操る事で排出し、材木の乾燥を手早く行う事が出来るとの事。

シャベルは魔法適性の無い者でも簡単に薪を作る事の出来るこの生活魔法に、いつも助けられていた。


シャベルは乾燥させた木の枝を魔の森に作った小屋の脇に積み上げ、いつでも使えるようにしていた。

魔の森の小屋は建設現場の頭領の計らいで手に入れた足場用の材木を使い、完成させる事が出来た。その材木は確かに古く汚れてはいるものの、元々足場用に使われていた事もあって丈夫で確りとしており、小屋の屋根材としては申し分のないものであった。また頭領が譲ってくれた材木の量はシャベルの予想していたモノよりも多く、屋根材としてだけでなく小屋の床材としても使う事が出来たのは、思わぬ幸運であった。

小屋の出入りに関しても当初は何か布の様なものを下げる予定であったが、余った足場用材木を使って扉を作製、金物屋で丁番を買い出入り口の柱に打ち付ける事でそれらしい形を作る事が出来た。

竈は<ブロック>の生活魔法の応用でレンガを沢山作り、組み上げる様にして排気用の煙突と共に作った。

こうしてシャベルの森での暮らしは、徐々に形になって行ったのである。


シャベルは竈の火に手折った焚き付けを放り込む。調薬鍋のお湯が沸騰しない様に様子を見ながら、日干しして乾燥させた癒し草を一束分ゆっくりと差し入れる。

火が強過ぎてもダメ、弱過ぎてもダメ。薬師ギルドでの講習会で講師のアイザック教官が事もなげに行っていた事も、実際自分で行うとかなり難しい。

特に難しいのが沸騰させない様にする事と水を減らし過ぎない様にする事。火が強過ぎれば沸騰してしまい薬の成分を壊してしまうし、鍋の水も干上がってしまう。かと言って弱ければ癒し草の薬効が上手く染み出さない。

それでもローポーションはまだ調薬鍋に入れる水の量が多い分そこまで難しくないが、これがポーションともなると水分量が三分の一に減る為、下手をすると癒し草が鍋にこびり付いて焦げてしまうらしい。

“いずれポーションの作製を目指すのなら火の調整と水の管理は完全に身に付けろ”と言うのがアイザック教官の言葉であり、シャベルはそれを忠実に守って行った。

鍋の火を小まめに管理する為、火持ちのする太い薪ではなく焚き付けである木の枝を薪に用いるのもシャベルなりの工夫であったのだ。


ローポーションの自作には根気が必要である。煮出しの時間は三時間。

一時間とは堅パンが焼き上がるのに必要な時間と言われているが、この時間と言うものを感覚だけで見極めるのは非常に難しい。その為薬師ギルドでは“砂時計”と言う道具を使い必要な煮出し時間を計測していた。

だがこの砂時計は非常に高価であり、おいそれと購入出来る代物ではなかった。

シャベルは貴族教育の一環で時間と言うものの概念は教わっており、秒、分、時と言う時間の単位の事は知っていた。またスコッピー男爵家の屋敷には、一分を計ることの出来る砂時計が教育用に購入されていた為、自分の場合心臓の鼓動が六十二回で約一分であると言う事を知っていた。一時間を分に直すと六十分となり、シャベルの心拍数だと三千七百二十回と言う事になる。

シャベルは薬師ギルドに何度か通い、砂時計一時間と自身の心拍数を比べ大体三千七百五十回で一時間であると推測、それを基に三時間を計測する事としたのである。


「よし、後はこれを漉し布で漉して一晩置くと。場所は部屋の隅でいいかな?」


ポーション作成用の道具である調薬鍋と計量カップ、漉し布とポーション瓶数本は薬師ギルドで購入。

シャベルは今まで貯めていた資金のほとんどをこれに使う事になってしまったが、自分の力でポーションを作ると言う目標の為なら全く惜しいとは思わなかった。


翌日シャベルは容器で一晩寝かせたローポーション原液の上澄みを慎重に計量カップに移し、分量を確かめながらポーション瓶に注ぎ入れた。

出来上がったローポーションの本数は全部で十本分、これは一回の作製で出来上がるローポーションの数と一致しており、分量的には上手く作製できていると言う証拠であった。

シャベルは出来上がったローポーションをカバンに仕舞い、道具の後片付けを始める。調薬鍋は昨日の内に洗って乾かしてあったので軽く布で拭き、他の道具も生活魔法<ウォーター>で用意した水を使いよく洗ってから布で拭いて乾かしておく。

道具を大事に使う、整理整頓を行うと言う事は、スコッピー男爵家での生活で身に付けた彼の習慣でもあった。


「光~、はい、これローポーションの滓。でもお前って本当に癒し草が好きだよね。」


小屋の扉を開けてすぐの場所でシャベルの登場を待ちわびていたモノが一体。それは彼の従魔、ビッグワームのひかりであった。シャベルが今回の様に上手くローポーションが作れるようになったのはごく最近の事、それまでは何度も失敗し、そのたびに癒し草を駄目にしていった。

そんな時、シャベルの失敗作を“おやつ”とばかりに待っていたモノがこの光であった。

シャベルの従魔達は皆癒し草が大好きであった。だがこの光に関してはことさらに癒し草が好きなのか、シャベルが失敗作を処分しようと扉を開け出て来るのを小屋の前で待ち構えてでも、癒し草を強請ねだるのであった。


「それじゃ俺は薬師ギルドに行って来るから留守番をお願い。」


シャベルが言葉を掛けたのは小屋の中に蠢くスライム達であった。

彼らはシャベルの声にプルプル身を震わせて返事を返す。

シャベルがこうして小屋の中にスライムを入れる様になったのはほんの気まぐれ、ちょっとした思い付きからであった。

“服や身体の汚れを取れるスライムなら、この床板の汚れも綺麗に出来るんじゃないんだろうか?”

シャベルは試しに数匹のスライムを家に入れ、床板の汚れを綺麗にする事と板のササクレを消化する様に指示を出してみた。実験は見事成功、数日の時間は掛るものの床の一部がものの見事に艶々になって行く事が確認出来た。

この事に気を良くしたシャベルは床板を覆い尽くすほどにスライムを持ち込み、スライム式床板修繕を行ったのである。


この行為は、シャベルにスライムの新たなる副次効果をもたらす事になる。

「寒くない!?」

床板の上に直接ホーンラビットの毛皮を敷き、そのうえで外套にくるまって眠りに就いていたシャベルにとって床下からの冷気は避ける事の出来ない課題であった。だが小屋の中に大量に持ち込まれたスライムの一部が床下に潜り込み、まるで断熱材の様に地面を覆い尽くした事によって冷気を遮断。快適な睡眠を取る事が出来たのである。


““““モゾモゾモゾモゾモゾ””””””

床下、壁、天井と、現在の小屋の中はスライムによって埋め尽くされている。無論換気口は塞がない様に厳命しているが、その密閉率は驚くべきものであり、驚異の暖房効率により魔の森の中とは思えない温かな生活を送る事が出来る様になっていた。


「ちょっと街まで行って来るから、後の事をお願い。」

““““クネクネクネクネ””””


小屋の扉を開け外に出たシャベルは、周囲の落ち葉の山から顔を出すビッグワームたちにも声を掛ける。

シャベルが住む小屋の周辺は魔物が少ない。シャベルは長くこの魔の森に通っているが、ほとんど見た事が無かった。

これは魔の森と言う他の土地よりも魔物が多いと言われる場所としては、ある意味異常とも呼べる事態であった。

シャベルはその理由について、つい最近偶然にも知る事が出来た。


“ガサガサガサ”

“ギャギャ”


森の低木を掻き分けて現れたモノ、それはこの魔の森で比較的よく見かける事の出来るゴブリンであった。北の地方に比べ温暖なスコッピー男爵領では、冬場でも冬眠に失敗した所謂“はぐれゴブリン”を目撃する事がある。

このゴブリンもそうした一体なのであろう。

ゴブリンはシャベルの姿を認めるや直ぐに臨戦態勢に移行、武骨な棍棒を構え奇声を上げる。

シャベルは小屋の扉脇に立て掛けてある棍棒を手に取りゴブリンに向かい構える。棍棒と言ってもその形状は自身の背丈ほどの長い棒、スキルに棒術があるシャベルは、自身の身を守る為にも日々棒術の鍛錬は欠かさずに行っているのだ。


両者の間に漂う緊張、シャベルは得物の長さを生かしゴブリンを牽制する。

だがゴブリンは目の前の獲物を見逃す気はなかった。

一際大きな奇声と共に棍棒を振り上げ突進してくるゴブリン、シャベルはゴブリンに合わせ身を低くし、突きの態勢で待ち構える。

両者が交錯する、その時であった。


“ビュンッ、バゴ~ンッ”


激しい衝突音とともに吹き飛ぶゴブリン。そのまま後方に数メートは飛んだであろうそれは、そのまま物言わぬ屍となってしまった。

その場に残るのは自慢げに身体をくねらせるビッグワームの闇。

そう、この土地は十体のビッグワームの支配下。周辺に現れるゴブリンやホーンラビットと言った魔物は、すべてこの十体が討伐の後、美味しく頂いていたのである。


シャベルは思う、“最下層魔物とは一体”と。

自身では決して敵わないであろう十体の最下層魔物。シャベルは背負い袋の肩紐をぎゅっと握ると、頼もしい家族に小屋の事を任せ、マルセリオの街の薬師ギルドに向かい歩き出すのであった。



「やぁ、よく来たね。どうだい調薬の方は、上手く作れるようになってきたかい?」


そう言いヒヒヒと笑うのは薬師ギルド買取カウンターの受付職員。シャベルは背負い袋から肩掛けカバンを取り出し、そこから十本のポーション瓶をカウンターテーブルへと並べて行く。


「相変わらずシャベルは厳重に運んで来るね。普通そこまで慎重な者は薬師でもいないよ?ましてやアンタは冒険者だろう?まぁ乱暴な輩よりかは全然いいんだけどね。

それじゃ見させてもらおうかね。<品質鑑定>

うん、どれも優良だよ。本当に腕を上げたね、これなら安心して仕事を任せられそうだよ。一本銅貨五十枚、十本で銀貨五枚だよ。それとポーション瓶はどうする?買って行くんならここから差っ引いておくけど?」


「はい、十本お願いします。それと報酬は薬師ギルドの口座に積み立てておいてください。」


シャベルはそう言うと、ジャケットの内ポケットから見習いと刻印された薬師ギルドのギルドカードを取り出す。


「はいよ、コツコツとお金を貯めて今度はポーションに挑もうって言うその気概、あたしは嫌いじゃないさ、頑張んな。ポーション瓶は十本で銀貨一枚、銀貨四枚分を口座に入れておくよ。

はら、ギルドカードさ。無くすんじゃないよ?」


ヒヒヒと笑いながらシャベルにギルドカードを手渡す受付職員。

納品の終わったシャベルはこの機会にと、以前からずっと気になっていた事を聞いてみる事にした。


「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが、あの講習会に来ていた他の受講生の皆さんってどうやってローポーションを調薬しているんですかね?

いえ、その、砂時計ってとっても高価じゃないですか?普通中々手に入らないと思うんですよ。一般的な調薬師の方もそうなんですが、その辺の時間の管理ってどうやってるのかなって思いまして。」


俺の質問に何の事かと首を捻った受付職員は、暫くした後“あ~、そう言う事かい”と得心が行ったとばかりに答えてくれるのでした。


「そう言えばシャベルは調薬系の職業じゃなかったんだよね、コイツはうっかりしていたよ。調薬系の職業には<タイマー>ってスキルがあってね、大体の時間の経過が分かる様になってるんだよ。ただその時間経過感覚は人それぞれなものだから一度ちゃんと調薬を行っている現場を見て、大体の経過時間を覚えたら後は繰り返し調薬を行って行けば職業が自然とその調薬に必要な時間を肌で教えてくれるようになるのさ。

これは俗に職業補正と呼ばれる現象でね、調薬師ばかりじゃなく剣士や魔法使いもそうした内なる声に従って技術の研鑽を行っていく。まぁ職業が女神様の慈悲って呼ばれる所以の一つさ。

シャベルは確かテイマーだったかい?

だったらどうやったらテイムが出来るのかとか、魔物との意思の疎通なんかが自然と出来たんじゃないのかい?

それと自身の職業について心の中によく語り掛けてごらん。自分に一体何が出来るのかが何となく分かってくるはずだよ?

結構いるんだよ、外れ職業と呼ばれてる人間や戦闘と関係がない職業を授かった人間には自分の授かった職業についてあまり分かっていないって奴がね。

職業ってのはあくまで女神様の慈悲、お与えになって下さった道具なんだ。その道具の使い方も知らないでやれ不幸だとか言う輩は女神様に対して失礼だとは思わないかい?

シャベルの場合はそれなりに上手く使っているみたいだけど、さっきの様子を見るとあまり職業やスキルについて詳しくないみたいだね。

薬師ギルドには調薬に関連した職業の資料しかないからあれだけど、一度冒険者ギルドの資料室や街の教会にでも行って話を聞くといいよ。


それと調薬の時間だったね、シャベルは調薬の師匠なんかがいないから知らなかったみたいだけど、そう言った時間を計測する為の線香が売ってるんだよ。ローポーション用とポーション用があるかな。

以前はローポーション用しかなかったんだけど例のレシピに挑戦する者達からの要望で作られたって聞いてるよ。帰りにでも売店に寄って行くといいさ。」


“ほらほら、用が終わったんなら行った行った”と言ってシャベルを追い出す受付職員。

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。シャベルは自身が本当に物を知らないんだなと改めて実感すると共に、買取カウンターの受付職員に深く感謝し、名前を言おうとしてその名前を知らない事に更なるショックを受けるのでした。

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