第13話 魔法の訓練、それは地道な繰り返し

本格的な冬を迎えたスコッピー男爵領では、討伐の依頼が減り、冒険者たちの獲物となる魔物たちが長い冬眠期間に入り始めていた。

その為街では多くの冒険者が仕事を求め、普段あまり見向きもされないような街の雑用仕事であろうとも、取り合いの人気となっていた。

そうなると“街の雑用係”と揶揄されるシャベルであっても、仕事の口が無くなってくる。シャベルはその状況を打開すべく、薬師ギルドのローポーション納品依頼を熟す事で日々の糧を得る事を選択した。それは元来不器用であるシャベルにとって決して楽な道ではないものの、新たな生活手段を得ると言う事は、彼のやる気を高めるには十分な理由付けとなっていた。


「“大いなる神よ、我に樽一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“ザバーーーーッ”


本格的に魔の森に住み暮らす様になったシャベルにとって、一つだけいいことがあった。それは日々の宿代に困らなくなったと言う事であった。そしてそれは毎日の暮らしに追われていたシャベルに、時間的余裕を与える結果へと繋がって行った。

シャベルは週の内の半分をローポーションの作製に当て、残りの半分を自己研鑽に当てる事にした。

生活魔法<ウォーター>の訓練もその一環であった。

冒険者ギルドの武術教官ドットは、講習の中で“生活魔法って奴は俗に言う魔法と違って効果がしょぼい、その代わりかなりの自由度がある”と言っていた。そして実際皆の前で鍋一杯の水を出して見せた。

この事はシャベルにとって衝撃であったし、今の小屋での生活を支えローポーション作りを行う為の重要な手助けともなっていた。川もない、井戸もない魔の森の中での一人暮らしをせざるを得ない状況に陥ったシャベルにとって、生活水を手に入れる事が出来る生活魔法<ウォーター>の応用方法を知る事が出来ていた事は僥倖以外の何物でもなかった。

そして生活魔法<ブロック>は、シャベルに魔の森の中に小屋を作る手段を与えてくれていた。

シャベルは思う、“生活魔法こそが自身が生き残る為に必要不可欠な魔法である”と。


“自分は不器用だ、一度に複数の事を覚えようとしても上手くいくはずがない”

シャベルは生活魔法の中でも今一番使う機会の多い<ウォーター>を鍛える事から始めようと決心するのだった。


シャベルの行ったことは単純であった。ただ只管生活魔法<ウォーター>を使う事。

彼は小屋の傍の林の中で生活魔法<ウォーター>の詠唱を唱え続けた。

「“大いなる神よ、我に鍋一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

目標を定めていない<ウォーター>の生活魔法によって作られた水は、空中に現れ地面に落ちる。そしてそれを何度も何度も繰り返す。

生活魔法はしょぼい、これは広く世間で知られた事実である。だがこの“しょぼい”とされる生活魔法の最大の利点がこの“しょぼさ”からくるコストパフォーマンスの高さであった。


一般的に魔法と呼ばれるものは属性魔法と呼ばれるものであり、それは攻撃魔法や回復魔法、付与魔法と広く戦闘の際に用いられるものを指していた。

そしてその属性は火属性・水属性・土属性・風属性・光属性・闇属性と、六つの属性があるとされていた。

これら属性魔法を使うには神より与えられる才能が必要であり、それらは授けの儀の際に魔法適性として知る事の出来るものであった。

一般的な魔法使いと呼ばれる人々は、自分たちに適性のある属性魔法を繰り返し練習することで能力を高め、魔力を鍛えると言われていた。

だがこの魔法と言う者は酷く魔力を消費するものであり、成り立ての魔法使いは初級魔法のボール系魔法を十発も撃てれば上出来であると言われる程であった。

そして魔力の尽きた者は魔力枯渇と言う状態になり気を失う。一流の魔法使いとはこの魔力枯渇を繰り返すことで己を高めていった者たちなのである。

スコッピー男爵家の蔵書にある魔法使いの教本「魔法の書」の序文には、過去宮廷魔導士にまで上り詰めた魔法使いの言葉として“魔力枯渇を恐れてはならない。我が今日大魔法使いと呼ばれる様になったのは、若かりし日の無謀とも呼べる魔力枯渇を繰り返しての訓練の日々があったからに他ならない”と記されている。

魔法の訓練とは、魔力枯渇を繰り返しての茨の道とも呼べるものなのである。


対して生活魔法はどうか、生活魔法はコストパフォーマンスが高く何度使おうがなかなか魔力枯渇など起こさない。そして魔法の熟練度はその魔法の使用回数に比例すると言われている。つまり生活魔法は訓練すればするほど熟練度が増し、尚且ついくらでも訓練する事の出来る魔法なのである。

武術教官のドットは言った、“いくら自由度が高いからと言っても<池一杯>とか<湖一杯>とかを唱えても発動しない”と。

シャベルは考える、“では何処までだったら発動するのか”と。


「“大いなる神よ、我に桶一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“ザバッ”

「“大いなる神よ、我に盥一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“ザバーッ”

「“大いなる神よ、我に樽一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“・・・”


鍋、桶、盥、樽と、身近にある想像出来る容器を思い浮かべ順に唱える。

すると桶、盥まではすぐに結果が見られたものの、樽の大きさになると発動する事はなかった。

シャベルはこれがドット教官の言っていた池などと付け加えても発動しないと言う事かと、納得するのであった。


次にシャベルが考えたのは“この水はどれくらいの量を出せるのか”という疑問だった。シャベルは訓練の日にはそれこそ朝から暗くなる時間まで生活魔法<ウォーター>の詠唱を唱え続けた。たとえ一回の詠唱で出される水の量が鍋一杯であろうとも、その回数からすれば相当量の水が生成されている筈である。

シャベルは訓練を行っている林に冒険者ギルドから借り受けたままになっている樽を運び込み、その樽の中に水が溜まる様に意識して<ウォーター>の詠唱を開始した。

シャベルはこの場所でいつも朝から暗くなるまで訓練を行っていた。つまりそれだけ多くの水を生成していた事になる。であるのなら一々少量の水を生み出すのではなく多くの水を生み出した方がいい。


「“大いなる神よ、我に盥一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“ザバー”


シャベルは順調に<ウォーター>の詠唱で水を溜めて行った。溜めて行ったのだが・・・


「“大いなる神よ、我に盥一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“・・・・”


それは樽の水がそろそろ一杯になるかという時に起きた。これまで日がくれるまで唱え続けても尽きる事のなかった水が急に生成出来なくなってしまったのだ。


「“大いなる神よ、我に桶一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“ザバッ”

「“大いなる神よ、我に桶一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“・・・・”

「“大いなる神よ、我に鍋一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“・・・・”


そして今度は桶と唱えても鍋と唱えても生成されなくなってしまった。

これは一体!?

シャベルは自身のかさつく肌を指で掻き、冬の乾燥にひりつく喉に手をやりながら考えを巡らせた。

・・・乾燥して喉がひりつく?

シャベルはふと思い出す、これまで何度も林の中で<ウォーター>の訓練を行って来たにも関わらず、林の中がジメジメしてこなかった事に。雨の多い日の様に地面がぬかるまなかった事に。

“「生活魔法の応用」には何と書いてあった?木の枝で焚き付けを作るには<ウォーター>の生活魔法を使うと書いてなかったか?それは木の枝から水分を抜き取っていると言う事ではなかったのか?”


何処からかやって来る水、ぬかるむ事のない地面、喉がひりつく乾いた空気。

シャベルは樽の中に溜まった水を意識しながら林に向かい詠唱を唱える。


「“大いなる神よ、我に樽一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“ザバ~~”


<池一杯>、<湖一杯>の水が生み出せない訳である。生活魔法<ウォーター>の魔法は魔力により水を生み出す魔法ではなく、周りから水分を集め水を作り出す魔法だったのだから。


「頭が痛い、それにフラフラする。なんだこれは!?」

それは魔法適性の無いシャベルが生まれて初めて体験した魔力枯渇と言う現象、シャベルはふらつく身体に力を込めなんとか小屋まで戻るのであった。


その翌日からシャベルは先ず始めに樽に水を満たし、それから“樽一杯の”と付け加えた<ウォーター>の詠唱を行う訓練を行う事とした。一日に訓練が行えるのは一回、三日目までは酷くふらついたものの四日目からはふらつく事も無くなり、十日目には二度目の“樽”詠唱が行えるようになるまでになって行った。

自身の成長に対する実感、無能無才と蔑まれながらも必死に生きて来た自分、ただ言われるがまま、真面目に懸命に生きてきた。シャベルはこれまで一度も味わった事のない高揚感に包まれていた。

生活魔法の訓練は、シャベルにとっての最高の娯楽であり喜びとなって行った。


“プルプルプル”


そんなシャベルの元に集まってくる者達がいた。彼の従魔スライム達である。

スライムは不思議な生き物である。そこがどの様な環境であろうとも、順応し種族として生き延びる。シャベルが街の排水路から集めてきたスライム達も、魔の森と言う環境に順応し、シャベルの小屋の周りで日々ボーっと生活していた。

そんな生活の中齎された変化、大好きな水気とその中に含まれる魔力の気配。

シャベルが生活魔法<ウォーター>により作り出す水は、彼らにとってご馳走以外の何物でもなかった。


「えっと、君たちはこの水が欲しいのかな?」


““““プルプルプル””””

広い林の中からモソモソモゾモゾ集まるスライム達。それはこれまでの様にただその場でプルプル震えているのではなく、その柔らかな身体を器用に使い、着実に移動してくる姿なのであった。


「“大いなる神よ、我に桶一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“ザバッ”

“““プルプルプル♪”””

「“大いなる神よ、我に桶一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“ザバッ”

“““プルプルプル♪”””

「“大いなる神よ、我に桶一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“ザバッ”

“““プルプルプル♪”””


シャベルは集まるスライム達に、それぞれ<ウォーター>で作った水を掛けて行った。だがこの場で生成できる水は樽一杯が限界、地面ではなくスライムによって吸収されてしまった水は魔法の詠唱により集める事が出来るはずも無く。


「“大いなる神よ、我に桶一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“・・・・”

““““プルプルプルプルプルプルプル””””


「・・・他の場所で作って来ます。」

冒険者ギルドから借り受けた荷車と樽の存在に感謝するシャベルなのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る