第11話 調薬師の講習会

「あぁ、そう言う時はな、屋根材になる板をロープで張りに括り付けてから屋根の上に泥粘土を均一になるように塗って行って、生活魔法の<ブロック>で固めちまうんだよ。面倒がって何枚も一遍にやろうとすると失敗するからな?よくて二から三枚だぞ?

で、全体の屋根が出来たら隙間に泥を塗り込んで仕上げだ。箇所毎に<ブロック>を掛けてやれば立派な屋根の出来上がりよ。

でもシャベルも大変だな?溝浚いのシャベルだっけ?俺も噂の排水路を見に行ったけど見事なもんだったんだけどな、それが原因で食うにも困るって、やってられないよな。

まぁここの仕事は真面目にやってくれれば文句はないけどな」


そう言いシャベルの背中をバシバシ叩く偉丈夫の男性。

冒険者ギルドの依頼で街の建設現場を訪れたシャベルは、石工でもある現場頭領に魔の森に作っている小屋の事について相談に乗って貰っていた。

この頭領の元で何度か仕事をしていたシャベルは不器用ながらも確りと正確に仕事を熟すところを気に入られ、こうして生活の相談に乗って貰えるほどの関係を築いているのであった。


「それで屋根材の購入だったな、まぁ森の小屋程度の板材だったらウチで足場に使っている様なものでいいんじゃないか?あれだったら古くなって処分しようと思ってたのがあるから持って行くか?そこそこ数があるから足りると思うぞ?」


「えっ、よろしいんですか?凄く助かります。冬も始まりかけてたんでどうしようかと思っていたんですよ。これで安心して冬越しが出来ます」


「ハハハハ、シャベルの話を聞いてると世捨て人か隠者とか呼ばれる人物の話みたいだな。

まぁなんだ、お前は人に必要とされている人間だ、それだけは間違いない。分かってる奴はきちんとお前を評価している、それだけは忘れるなよ?」


「はい、ありがとうございます」


深々と頭を下げるシャベルに、よせやいと言って照れ隠しをする頭領。


「お前ら、昼休憩はおしまいだ。気合入れて行くぞ!」


「「「おう!!」」」


人との縁は不思議なもの。シャベルはこの武骨な頭領との出会いに感謝しつつ、午後の仕事に取り掛かるのであった。



「こんにちは、薬草の買取をお願いします」


「おや、シャベルじゃないか。あんたの持って来る癒し草はいつも質がいいからね。

今日はどれくらい持って来たんだい」


「はい、二十束になります。確認をお願いします」


シャベルは背負いカバンから薬草の束を取り出しカウンターに並べる。

彼が訪れたのは薬師ギルドの買取カウンター、冒険者である彼が薬師ギルドの買取カウンターに薬草を持ち込むよになったのには訳があった。


冬の時期は魔物が冬眠に入り、冒険者の討伐依頼も少なくなる。ここスコッピー男爵領は比較的温暖な地域である為全く魔物が現れないと言う事はないが、それでも温かい時期に比べると極端に数を減らす事は間違いない。

ミゲール王国北部地域と違い凍える様な寒さと言う事も無い為、商人の流れが絶えると言う様な事はないが、討伐にしろ護衛にしろ冒険者の仕事が減ると言う事は間違いない。実力のある冒険者であれば通年を通し多くの魔物が湧く南部の森林地帯を目指す事もあるだろう。魔石鉱山とも呼ばれるダンジョン都市でダンジョン攻略に挑戦する者もいるかもしれない。

だがそうした者は銀級冒険者以上の力ある者達であり、銀級でもそこまでの実力の無い者や多くの銅級冒険者は普段活動する地域で冬を越さなければならない。

ではこの時期の冒険者はどうやって生計を立てるのか。荷物の配達や建設現場の手伝い、所謂“街の雑用”依頼がその主な活動場所となって行く。

そしてそんな彼らが一番手っ取り早く手を出す依頼、それが常時依頼である薬草の採取依頼である。


冒険者ギルド内において普段軽視されがちなこうした依頼は、シャベルにとっての主戦場である。当然ながら多くの冒険者の目がシャベルに集まる事になる。

正確丁寧をモットーとするシャベルの仕事と普段討伐ばかりを行っている冒険者との仕事の違い。

街の中で改めて見直されるシャベルの存在と、比較され不満を募らせる冒険者たち。

そうした状況下においてシャベルが冒険者ギルドに薬草を持ち込む事が彼に対する敵愾心を煽る結果になると判断したキンベルは、シャベルに薬師ギルドに直接薬草を持ち込む事を提案したのである。


「はい、確かに。評価は最高品質だよ。一体どこでこれほどの癒し草を採取して来るんだか。おっと、採取場所は冒険者の秘匿事項だったね、申し訳ない、許しておくれ。一束が銅貨十枚、二十束で銀貨二枚だよ」


「ありがとうございます。またよろしくお願いします」


キンベルの提案には思わぬ副次効果があった。それは買取価格の差である。

冒険者ギルドは薬草の買取価格が一束銅貨七枚と固定化されている。これにはよほど状態が酷くない限り買取拒否をしないと言う冒険者救済の意味もある。

薬草採取を主とする冒険者は金銭の乏しい成り立て冒険者が多く、彼らに安全に生活の糧を与える為には、ある程度の許容も必要である為であった。

だが薬師ギルドはそうした点で厳しい。彼らに必要なのは薬の原材料であり、品質の良いポーションの作製には品質の良い薬草が必要である為だ。

彼らにとっては状態の良い薬草さえ持ち込んでくれるのなら、その相手は街の住民でも冒険者でも誰でも良いのだ。

そして良い品には正当な価格を付ける。シャベルの持ち込んだ癒し草の束は最高品質の評価を受け、一束銅貨十枚で買い取られる事になったのである。


「ところですみません、ちょっとお聞きしたいのですが、あの壁に貼られている調薬師初心者講座って何でしょうか?」


薬草の買取手続きが終わったシャベルは、以前から気になっていた張り紙について質問してみる事にした。

シャベルは自分には何もない事を知っていた。“生き残る為により多くの事を学びたい”、これは彼にとって唯一の欲求と言っても良かった。


「あぁ、あれかい。シャベルはローポーションと言うものを知っているかい?簡単な怪我の治療や風邪の引き始めなんかに飲むあれさ。

実はあのローポーションは調薬師じゃなくても手順さえ知っていれば作れるのさ。

それと冒険者ならポーションの事は知ってるだろう?魔物討伐の際には必ず用意しておけって言われる頼もしい回復薬。

これは十数年前に隣国オーランド王国の一人の調薬師が発表した画期的な調薬方法なんだけどね、このポーションも調薬師のスキルが無くても作れるのさ。

今回の講習はローポーションの作り方講習だけどね、ポーションの作り方も有料でレシピを閲覧できるよ。

初心者講習会は参加費大銀貨一枚、ポーションのレシピ閲覧は大銀貨五枚、高いと思うか安いと思うかは人それぞれさね」


自分でポーションを作る事が出来る。

シャベルは自身の身体が震えるのを感じた。生き残る為に学ぶ、その信念のもと行動してきた彼にとって、治療薬を自作できると言う事は回復の魔法を手に入れる事と同意義であった。

シャベルは薬草買取カウンターの職員に礼を言うと、その足で薬師ギルドカウンターの列に並び、調薬師初心者講座の参加申し込みを行うのだった。



「はい、静かにしろ~。今日から全四回に渡って調薬師初心者講座を行っていく。

教官担当のアイザックだ。

これからお前たちに教えるのはズバリローポーションの作製方法だ。

なんだローポーションかとか思った奴、お前らあれだろ、この冬の授けの儀で調薬師系の職業を授かった口だろう。親が調薬師か元々は調薬師をやっていた家系か。そんで自分は調薬の仕事に携わった事が無かったって奴、当たりだろう?

授けの儀の後は毎回そう言う生徒が来るんだよ。

これは大事な事だから言っておくぞ、調薬師の職業があってもローポーションを正確に自作出来なければ職業スキルによるポーション作成は出来ないからな?

これは本当の話だから。過去に多くの実験がされて判明した事実だ、俺だけは違うなんて淡い期待は棄てろ。

だがローポーションが作れれば調薬師の職業スキルでポーションも作る事が出来る。

ハイポーションは調薬師の熟練度が関係している様でな、はっきり明言出来ないが原材料にトガリヤが加わるだけで基本は同じだ。

ま、そう言う訳でこのローポーションを自作すると言う事は調薬師にとっての必須技能って訳だ。

無論これは調薬師の職業を授かっていない者も同じ、ローポーションは材料を用意し正確な手順を覚える事が出来れば誰でも作る事が出来る。職業スキルが無くともだ。

更に言えばその上のポーションですらレシピを知り正確に調薬すれば作成可能だ。

これは調薬系の職業を授かっていなくとも調薬師に成れると言う事を意味している。

調薬師はどの地域でも常に不足している、熱意のある者はぜひ挑戦して貰いたい。

それじゃ講義を始めるぞ」


調薬師初心者講座アイザック教官の言葉は衝撃的であった。

調薬師の職業が無くとも調薬師に成れる!?

それは冒険者として街の雑用にしか能のない自身にとって、新たに照らされた光明であった。

多くの若い参加者たちがつまらなそうに講義を聞く中、シャベルはアイザック教官の発する一言一句を聞き逃がすまいと、真剣にペンを走らせるのであった。


「ま、そう言う訳で薬草の成分を煮出し作業で抽出したものがローポーションになるって訳だな。この時に使う清浄な水ってのが問題でな、品質の悪い水を使うと出来上がったローポーションも品質の悪いものになっちまう。

それと同じで使用する薬草、ローポーションの場合は癒し草なんだがこれの状態が悪いとやはりそれなりの物しか出来上がらねえ。道具の手入れもそうだが用意する材料にもちゃんと気を配らないと、いいものは出来ない。

これは職人と呼ばれる仕事においてどんな場合でも共通して言える事なんだがな。

さて、もういい時間になっちまったな、明日は実際の手順に沿ってローポーションを作って行くぞ。安心しろ、道具も材料も用意してあるからよ。

明日も説明するがローポーションを作る際の道具は調薬鍋と漉し布、それとポーション瓶。材料は清浄な水と癒し草。

詳しい事は明日話すから休むんじゃないぞ、分かったな」


「「「はい、ありがとうございました。」」」


講義が終わり、皆が疲れたとか言いながら雑談する中一人講義内容を書き記した用紙を見直すシャベル。

“明日が楽しみ、こんな気持ちになったのは何時ぶりだろう。”

シャベルは用紙を大切にカバンに仕舞うと、足取りも軽く薬師ギルドの講義室を後にするのであった。

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