第10話 住めば都

“ザクッ、ザクッ”


森の木々からは葉が落ち始め、冬の気配が近付いて来る。

多くの魔物たちが冬場の冬眠に向け餌を欲して魔の森の中を徘徊する。

そんな危険極まりない魔の森の中で、シャベルは一人街の道具屋で購入したスコップを手に穴掘りに勤しむ。

穴掘りのコツは全身に魔力を行き渡らせる様に意識する事。これはシャベルが畑の手伝いの依頼で向かった先の農家の主人から教わった畑仕事のコツである。

元冒険者であったと言う彼は、現役時代は<魔力纏い>と呼ばれる全身を魔力で覆う技を使い、数多くの討伐依頼を熟して来たとか。

その技のコツは農家の畑仕事にも十分役に立っていると笑いながら指導してくれた。


「夏、秋、冬。皆で柱になる木を支えてくれ。俺は地面を固めて行くから」


シャベルは巨大ビッグワームの名を呼び手伝いを頼む。名を呼ばれた三匹のビッグワームは嬉しそうにクネクネと踊りながら、地面に横たわる大人の太もも程は有ろうかという太さの木を、支える様に持ち上げる。

三匹は持ち上げた木をシャベルが掘った穴に突き刺し、シャベルの指示に従い傾きを調整。丁度良い感じになったところで、シャベルは予め作って置いた泥粘土を穴の中に流し込むのだった。


「“大いなる神よ、我に大地の力を示せ、ブロック”、よし、この柱はこれで完了。夏、秋、冬、ご苦労様。暫くみんなのところに行って一緒に泥粘土を作って置いてくれる?この感じだと結構な量を使いそうだから」


シャベルの言葉にほかのビッグワームの元に向かう三匹。シャベルはそんな彼らを見送りながら、“急がないと、すぐにでも冬の季節がやって来る。”と気合を入れ直すのであった。



切っ掛けは何だったのか。まぁそれは、彼が誰にも真似の出来ない程完璧に“どぶ浚い”の仕事を熟した事に他ならないのだが。

シャベルの仕事振りは飲み屋街と冒険者ギルドの騒動の切っ掛けとして、広くマルセリオの街に知れ渡る事となった。そしてその現場を見ようと集まった街の暇人たちの口から語られたのは、その見事なまでの排水路の変化であった。

曰く、排水路の底のレンガを見たのは生まれて初めてだ。曰く、まるで小川の様な排水路だった。

その評判はすぐさま冒険者ギルドへの清掃依頼と言う形で現れた。

求められるのは飲み屋街裏通り排水路のクオリティー。それらの依頼はすぐさま優先依頼と言う形でシャベルに齎される事となる。


銅級冒険者がギルドから優先的に依頼を斡旋される。その事に反発を覚えない冒険者はいなかった。

だがその与えられる仕事が誰もがやりたがらない溝浚いである事、求められる結果が排水路の底のレンガが見える程に綺麗にするというものである事、そして支払われる報酬が通常の報酬に気持ち上乗せされた程度である事。これらの理由により、シャベルに取って代わり依頼を受けようとする者は一人として現れなかった。

代わりに起きたのがシャベルに対する侮蔑。元々“街の雑用係”と馬鹿にされていた彼であったが、その呼び名は“どぶ浚いのシャベル”へと改変されるのであった。


この事態に困った事になったのはシャベルであった。

元々シャベルに溝浚いに対する忌避感はなく、依頼であるのならば喜んで引き受けるつもりではあった。だが問題は溝浚いの際に発生する臭い。

通常溝浚いを受注した冒険者はその際に身体に染みついた匂いが取れるまで宿屋や食堂の利用を断られる。これは衛生面や客商売の性質上致し方がない事として認識されていた。


翻ってシャベルの場合はどうか。彼はスライムと言う強い味方がいる事で、溝浚いの際に身体や衣服に染みついた臭いの元をすっかり取り除いて貰っている。それはその辺で冒険者相手に夜の客商売をしている女性よりも余程清潔なくらいに。

だがそれでもシャベルが“溝浚いをしている”と言う事実には変わらない。

シャベルは街のあらゆる宿屋、あらゆる食事処から入店拒否を言い渡され、市場での買い物もイメージが悪くなるとの事から遠慮してくれと言われる始末。


街での寝床を失ったシャベルの向かう先、それは危険とされる魔の森の中、ビッグワーム達の傍しかないのであった。


シャベルの生活は人との距離を置くものとなって行く。必要とされる食料品や小物類は冒険者ギルドで買い置きして貰う形で賄った。冒険者ギルドとしても街の依頼、特に誰もが嫌う溝浚いの仕事を完璧に熟すシャベルの存在は貴重であった。


だがここでもある問題が生じる、“どぶ浚いシャベル”の受付対応を受付嬢たちが嫌がり始めたのだ。曰く、“どぶ浚いの受付嬢”という評判が立つようになると困るとの事。

これは受付業務を行う者達の総意であり、総合受付責任者であるキンベルにすらどうする事も出来ない事態であった。


「シャベル君、君に溝浚いの仕事を依頼し、尚且つ完璧に熟して貰っていると言うのに、このような対応になってしまい本当に申し訳ない」


総合受付責任者のキンベルは、心の底から申し訳ないと言った態度でシャベルに頭を下げる。そこはギルド建物脇の臨時受付窓口と呼ばれる場所。普段溝浚いや精肉店の食品廃棄物の処分、街の生ごみの処分など、身体に酷い臭いが付く所謂“汚れ仕事”を請け負った際に依頼完了報告を行う場所である。

だがそれはあくまで通常の受付ホールを使う事が出来ない状態の者の依頼完了報告に対する対応であり、本来依頼を受注したり依頼料の受け渡しを行うような場所ではない。

しかしシャベルに対する“どぶ浚い”というイメージが、彼への対応を公に行いたくないと言うギルド受付職員の負の感情を呼び、結果この様な屈辱的対応となったのである。

シャベルに対し溝浚いの依頼を斡旋し優先的に熟して貰っているのが冒険者ギルドであるにも関わらず、彼の事を汚い臭いものとして遠ざけようとしている冒険者ギルド。その事にキンベルが少なくない罪悪感を覚えるのは当然の事であった。


「いえ、お気になさらないでください。俺は別にその事に対して不平不満を持っている訳ではないので。ただ街で買い物が出来ないと言うのは少し。

食品関連ならまだ分かるんですが最近では小物類や雑貨のお店までも入店を嫌がるもので、正直ギルドで買い置きして貰わないと生活が立ち行かないんですよ。

森でのテント生活自体は慣れてしまったのでいいのですが」


シャベルはそう言い頭を掻くと荷車を引いてギルドを後にする。

この荷車も本来冒険者ギルドの備品であり洗って返さなければならないのだが、溝浚いがシャベル専用の仕事となっている現状、彼にそのまま貸し与えておいた方が効率がいいと言うのが冒険者ギルドの判断であった。


そうした生活が続いたある日、シャベルは自身にあまり時間が残されていないと言う事に気が付く事になる。冬の到来である。


ここスコッピー男爵領はシャベルが住み暮らすミゲール王国の南東部に位置し、一年を通して比較的温暖な気候の地域である。だがそれでも季節の変化と言うものはやって来る。

冬になれば森の木々から葉が失われ、肩を震わせる寒さが幾日も続く様になる。

魔の森では多くの魔物たちが冬眠を始める為危険度は下がるが、その分野外での生活は厳しくなる。

住居の建設、それはシャベルにとっての死活問題として伸し掛かって来たのである。



「光、焚火、土、次はお前たちがお願い」


シャベルは小屋を作り本格的に魔の森に住む決心をする。それはこれ迄様なテントの暮らしでは、とてもではないが冬を越す事が出来ないであろうとの判断によるものであった。授けの儀より三年、スコッピー男爵家の畑脇の作業小屋で住み暮らして来た彼は、誰よりも冬の厳しさを知っているのであった。


シャベルの行動は早かった。冒険者ギルドに頼み手ごろな手斧を購入、魔の森に生える丁度良さげな太さの木々を切り倒し、枝葉を落として小屋の建設予定地に運び入れた。その手伝いはビッグワーム達が率先して行ってくれ、シャベルは何とか一人でも準備を進める事が出来た。

建物の作り方については専門的に教わった訳ではないが、“街の雑用係”として建設現場の作業手伝いの依頼をしていた時の知識が役に立った。

伐採した材木の搬送、使用する泥粘土の作製、多くの作業においてビッグワーム達が大いに役立ってくれた事も、彼が魔の森に小屋を作る事への励みとなった。


この時シャベルは思った、これ程までに共に働いてくれる“仲間”に対し、いつまでもビッグワーム呼びはないだろうと。シャベルにとってこの十体のビッグワームは既に“家族”であった。

彼は十体のビッグワームを呼び、それぞれに名前を付けた。季節から取った春・夏・秋・冬、曜日から取った光・闇・焚火・土・水・風。焚火だけは火の一言だと呼びづらい事から多少のアレンジはしたものの、他はそのまま。家族に対する名前がそれでいいのかとも思ったが、自身の記憶力の無さを自覚している彼は、何よりも憶え易さと分かり易さを最優先するのであった。


道具屋で購入したスコップは掘り出し部分全体が金属製の武器としても使える逸品で、魔の森での採取依頼の際などに使われるものである。その使い勝手はかつてスコッピー男爵家で支給されていた木製の穴掘り道具とは比べるまでも無く、シャベルの作業は思いのほかスムーズに運ぶ事となった。


柱を立てる穴を掘ったシャベルはビッグワーム達に柱となる木を支えて貰い、そこに別の場所で残りのビッグワーム達か捏ねて作った泥粘土を流し込んで行く。

これは冒険者ギルドの講習会でドット教官に教わったレンガブロックの作製方法の応用で、生活魔法<ウォーター>を掛けよく捏ねた土を使い生活魔法<ブロック>で固める事で安定感のある土台を作ろうとしているのである。

この作業には冒険者たちの使う生活魔法<ウォーター>で出す水の量を増やす工夫も取り入れられており、シャベルは改めて生活魔法の便利さを実感する事となったのである。


「“大いなる神よ、我に大地の力を示せ、ブロック”、よし、これで柱が完成だ。

次は梁となる横木を渡して、壁になる部分に細い棒を格子状に括り付けてから泥粘土を塗り込んで<ブロック>の魔法で土壁にして。

道具屋のオヤジさんロープと紐を売ってくれるかな?駄目なら冒険者ギルドに頼んでおかないと。

屋根板は流石に用意出来ないし、材木屋?

駄目だったら草原の草を刈って束ねて重ねる?横枝をはわせてそこに括り付ければいけるかな?最悪小屋の中にテントを張ってもいいしね」


徐々に完成しつつある冬越しの拠点。

シャベルはこれでこの冬はどうにかなりそうだと言う安堵の気持ちと、自身を助けてくれる頼もしい家族の姿に、どこか心が温かくなるのを感じるのであった。

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