第9話 それぞれの思惑、知らぬは本人ばかり成り

「ゴルドバ、その後あいつはどうしている?怪しい動きなどしていないだろうな?」


スコッピー男爵家屋敷執務室。よく磨かれた飴色の執務机に腰を下ろし、領内から寄せられた報告書類に目を通していたドリル男爵は、不意にその顔を上げ温かなハーブティーを淹れている執事長ゴルドバに言葉を向ける。

執事長ゴルドバは一瞬考えを巡らせた後、主人の問い掛けに見当が付いたのかその口を開いた。


「冒険者ギルドからの報告によりますと、シャベルは登録初日に薬草採取依頼五回分になる薬草十五束を提出、この御屋敷から引き払う事になる猶予期間内に雑用依頼規定数も熟し、銅級冒険者へと昇格した様にございます。

その後は街での依頼を熟し生活をしているとの事でございます」


ドリル男爵は執事長ゴルドバの報告を聞き訝しみの表情を浮かべる。


「ふむ、私は冒険者の実態について然程詳しい訳ではないが、あの手の輩は魔物の討伐を主に行い生活しているのではなかったか?

我が領でもかなりの予算を魔物討伐依頼の費用としていたはずだが」


「はい、然様さようにございます。一般的には冒険者登録をした新人冒険者は街の仕事や薬草の採取により資金を溜め、武器や防具を手に入れてから討伐の依頼に出掛けると言う流れとなります。

予め資金を溜めていた場合や親や仲間などからの資金提供を受け武器防具を購入した者の場合は、すぐにでも討伐依頼を受ける傾向にあるそうです。

一番の理由としては討伐依頼の方が稼げると言う事があります。日々の宿屋代、食費などを考えますとその方が効率的と考える者の方が多い様です。

また冒険者と言う職業の持つ印象が“魔物を討伐する者たち”と言ったものである事、冒険者になろうと言う若者は高位冒険者の冒険譚に憧れている者が多いと言った事も原因として上げられると思われます。


これをシャベルの場合に当て嵌めますと、武器・防具・生活、先ずはその全ての資金を用意しなければなりません。結果的に街中の仕事と薬草採取で生計を立てる事となった様です」


執事長ゴルドバの話になるほどと納得した様子になるドリル男爵。


「では特に問題は起こしていないのだな?スコッピー男爵家の名を出すと言った事は」


視線を鋭くし執事長ゴルドバに目をやるドリル男爵に、執事長ゴルドバは首を横に振り答える。


「そうした事は見られない様です。冒険者登録時に私が付き添っていたこと、受付の総合受付責任者のキンベルが受付担当者となったことで所謂“厄ネタ”冒険者として認識された様です。

それが原因かは分かりませんが、冒険者ギルド内で持て余されている不人気依頼、“塩漬け依頼”と呼ばれるものを積極的に熟し、ギルド内では“街の雑用係”と呼ばれている様です」


執事長ゴルドバの報告に苦笑いを浮かべるドリル男爵。

“所詮は平民の子、期待するも警戒するも愚かであったと言う事か。まぁあ奴の美徳は身の程を知っているという点である様ではあったがな。”

ドリル男爵はもう用はないとばかりに話を切り上げる。

こうして男爵家四男シャベル・スコッピー改め新人冒険者シャベルとなった者に対する興味は、ドリル男爵の中で完全に失われるのであった。



冒険者ギルドギルド長執務室。そこには部屋の主冒険者ギルドギルド長ゼノン・ベイルと副ギルド長キャッシー・ローランド、総合受付責任者キンベルが揃っていた。


“コンコンコン”

「失礼いたします。飲み屋街店主会の代表の方々がいらっしゃっておられます」


「おう、通してくれ」


ギルド長ゼノンの声に執務室の扉が開く。

受付職員に案内されて来たのは飲み屋街店主会の代表者であるナイトクラブ夜の蝶の店主デザリー、支配人であるキュベット。


「本日は御時間を頂きましてありがとうございます。

この度我々飲み屋街店主会が依頼致しました裏路地排水路の清掃依頼におきまして、何やら行き違いがあったとか。

我々飲み屋街と致しましては冒険者ギルド会員の方々は大切なお客様でございます。そのような方々を軽んじる事などございましょうか?

我々と致しましては互いの誤解を解き、今後ともより良いお付き合いを頂きますことを切に願うものでございます」


一礼と共に口を開いたキュベットは、慇懃に口上を述べる。

そんな彼に、ゼノンは鼻白みした表情を浮かべ言葉を返した。


「何か小難しい言葉で着飾ってるがよ、要は“自分は悪くないけど仲直りしたい”って言いたいのか?冒険者ギルドは随分と嘗められたもんなんだな。

まぁ良いけどよ。別にこっちはうちの人間が飲み屋街に通うのを止めるとか、お宅らの商売を邪魔しようなんざこれっぽっちも考えちゃいねぇ、遊びたい奴は好きにすりゃいいさ。

ただ嘗めた相手の仕事を頭を下げてまで受けてられねぇってだけの話だ。

冒険者は自立が売りなんでな。

どのみちうちの中でのお宅らの評判は最悪、“塩漬け依頼”って事に変わりはないんだ、大差ねえだろう。

それにそうなったらそうなったで、どうせそっちで掃除夫でも雇うんだろう?

何の問題もねぇじゃねぇか。

話は以上だ、うちの決定は変わらねえな」


そう言い話は終わりとばかりに退室を促すギルド長ゼノン。そんな彼に対しキュベットは尚も食い下がる。


「これは手厳しい。この度私共の会長が皆様に対し悪ふざけをしてしまった事は事実、その件に関しましては深くお詫びいたします。またご迷惑をお掛けしてしまった冒険者の方に対しましてもお詫びを行ったうえで追加報酬もお支払いいたしますので、何卒矛を収めてはいただけませんでしょうか?」


慇懃且つ低姿勢、自身の非を認め謝罪の形も提示する。今回の会談を前に渋る店主デザリーを説得しその具体策を練り上げてきたキュベット。だがギルド長ゼノンから返ってきた言葉は、彼らが期待していたものとは異なるものであった。


「あのよ、お宅らとの問題は今回の事ばかりじゃねえんだよ。本当、俺も相当馬鹿にされて来たんだと今更ながら反省しちゃいるんだがよ。前の副ギルド長、鼻持ちならない貴族のボンボン、随分とお宅らにいい目を見させてもらってた様じゃねえか。

これまでの排水路清掃の嫌がらせや依頼料の出し渋り、そんなのはほんのお遊びで冒険者を使っての不当な取り立てやら金貸しに恐喝行為、馬鹿な暴力集団は上手く躍らせてなんぼって奴か?

今回の件は切っ掛けに過ぎねえ、今まではなあなあで言い逃れ出来るようなものが多かったみてえだからな。ただまぁあれだけ完璧に清掃された現場に難癖を付けるか普通?俺も見て来たが、有り得ねえだろうが。

キュベットとか言ったか?あんたはその裏通りの排水路を見て来たのかよ?」


心底呆れた表情で言葉を返すギルド長ゼノンの態度に、申し訳なさそうに返事をするキュベット。


「いえ、申し訳ございません。まだそちらの方には。問題が発生したと言うお話しか聞いていないものでして」


「はぁ、それじゃ帰ってから見て来るといい。今後アンタがその婆さんに付き従うかどうか、判断材料の一つになるだろうさ」


ギルド長ゼノンはそれだけを言うと今度こそ退室を言い渡し、控えていたキンベルに二人を部屋から出す様指示を出した。


「さてと、面倒な話しはこれからだ。あの馬鹿ボンボン、ほんとに好き勝手してやがりやがって。これって俺も管理責任不十分って事で処分の対象になるんじゃねえか?

そうしたら首か?この歳になってもう一回やり直しって勘弁してくれよな」


「そうですねゼノン、そうなったらこのスコッピー男爵領マルセリオ支部は私が引き継ぐことになるのでしょうか?その時は武術教官のギルド職員として雇ってあげましょう、あなた今でも結構動けるのでしょ?」


そう言いニッコリ微笑む副ギルド長キャッシー・ローランドに、笑い顔を引き攣らせるギルド長ゼノン。


「ギルド長、副ギルド長、旧知の仲なのはわかりますがお戯れはその辺で。今は一刻でも早い被害者救済と冒険者ギルドマルセリオ支部の信頼回復に努めることが肝心かと。男爵家にも事の詳細を報告しなければなりません、場合によっては前副ギルド長の処分だけでは済まないかもしれませんので」


キンベルの言葉に天井に顔をやるゼノン。彼は前副ギルド長の悪さが小物の犯行であってくれと祈らずにはいられないのであった。



「なぁ、例の話聞いたか?飲み屋街のデザリーと冒険者ギルドのいざこざ」


喧騒溢れるマルセリオの街角。そんな場所では街の住民が思い思いに噂話に花を咲かせる。


「おう、何でも飲み屋街が中心となって冒険者ギルドや領兵に口を利いて貰ってたって奴だろ?まぁそれくらいならどこにでもあるあたり前の話で終わるんだろうが、何でも王国法で取引の禁止されてる誘魔草やら借金のかたに引き取られた女子供の移送にも一枚嚙んでたらしいじゃねえか。禁止薬物に違法奴隷、どっちも重罪、ナイトクラブ夜の蝶はもとより飲み屋街全体が大騒ぎって話だろ?」


「それどころか領兵のお偉いさんも捕まってるらしいぞ。冒険者ギルドの前副ギルド長なんかも処分されたらしい。いま冒険者ギルドじゃその話題で持ちきりだとよ」


これと言った特徴のない田舎の街で不意に発覚した大事件、街の住民がこの事件に寄せる関心は非常に高いものとなっていた。


「は~、なんかとんでもない事になってるんだな~。でもまぁ俺たちの生活には何の関係も無いがな」


「ちげぇねえ。お、あそこにいるのは“街の雑用係”じゃねえか。あいつ冒険者のくせに本当に街の雑用しかしてないんだってな」


「馬鹿、“溝浚どぶさらい”だよ。お前知らないのか?あいつが最下層魔物テイマーだって事。

なんか戦う力が無いからって冒険者ギルドで“街の雑用専門の冒険者”をやってるって噂だぞ?

こないだなんかもウチの近所の排水路清掃にスライムとビッグワームを引き連れて来てたんだけどよ、数日でビックリするくらい綺麗にしていきやがってよ。

今じゃ“溝浚どぶさらいのシャベル”って呼ばれて仕事が引っ切り無しだとよ」


「最下層魔物テイマーって言うとあれか?<魔物の友>とか言う外れスキルを持ってるって奴。噂では聞いた事があったが本当にいるんだな」


「知り合いの冒険者が興味半分に本人に話を聞いたらしいんだけどな、なんでもグラスウルフはおろかホーンラビットすらテイム出来なかったらしい。

最終的にテイム出来たのがスライムとビッグワームだけだったんだと」


「なんだよ、それじゃ全く役に立たねえじゃねえか。そんな奴とパーティーを組んでくれる奴なんているのか?」


「それがどうやらやっこさん貴族絡みの所謂“厄ネタ”らしくてよ、パーティーどころか利用しようと近付く奴もいないらしい。

まぁそうじゃなくてもデッカイミミズを何匹も引き連れてる様な奴と組もうってモノ好きもいないけどな」


「あぁ、あの姿はちょっと引くな。お前の話から街の役に立ってるって事は分かるんだけどよ、いくらビッグワームって言っても大き過ぎだろう。そんであの荷車の樽にはスライムが詰まってるってか?普通に嫌だわ」


「ちげえねえ。今じゃ“どぶ浚い”の噂を聞いてどこの宿にも泊まれなくなってるらしい。買い物すら店先待機だとよ。

街の為に頑張れば頑張るほど鼻つまみ者って言うんじゃ、報われねえよな」


「冒険者ってのも因果な商売なんだな。それじゃ俺はそんな“どぶ浚い”様に感謝しつつ家業に精を出しますか。あまりサボってるとまた母ちゃんにどやされちまう」


「ハハハッ、ちげえねぇ。俺も領兵様より母ちゃんの方が怖いからよ、さっさと仕事に戻らねえと。」


小さな街で起きたそれなりに大きな事件。だがそこに住む住民の生活がそれで変わる様な事も無い。彼らはただ淡々と日々の糧を得るために仕事に向かい、汗水掻いて日銭を稼ぐ、ただそれだけなのであった。


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