第8話 街の雑用仕事 (2)

「ほら、ここがその掃除して欲しい排水路だよ。この飲み屋街の裏通りの設置されている排水路の端から端まで、きっちりやっておくれよ。

いい加減な仕事をしたら完了書のサインはしないからね!」


そこは嫌な匂いが漂う細い裏路地であった。横幅一メート深さ一メート以上は有ろうかというその排水路には淀んだ水が溜まり、時折コポコポと泡の様なものが湧き立っているのだった。


「畏まりました。結構な長さがありますんで数日は掛かりますが、終わり次第ご報告に上がらせて頂きます」


不機嫌そうな顔をしながら背中を向けるデザリー。シャベルはそんな彼女の背中に深い礼をすると、早速清掃作業に取り掛かるのであった。



スライムと言う生物は何処にでもいる魔物である。川や湖はもとより林や森、草原や岩肌の山岳部、深い海の底や火山地帯にすら存在しているとされる謎生物である。

スライムは基本的に何でも食べる。若草や木の新芽はもちろん、魔物や動物の死骸から鉱山から産出される鉱物に至るまで、本当にその場の環境に合わせ何でも食べる。

王都や領都にある下水道と呼ばれる地下施設内では、街の住民が排出した汚水を糧に大量のスライムが繁殖し、定期的に間引き作業を行っているとか。

目の前に広がる汚水の水辺、水分があり毎日のように流れ込む汚水、このような絶好の繁殖ポイントにスライムがいない筈も無く。


「“範囲、飲み屋街の排水路全面。<テイム>”」


“ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボッ”


排水路の汚水の中、泥の中に隠れ住んでいたスライム達が一斉に姿を現し、その身をプルプルと震わせるのでした。


「は~い、それじゃ今からこの排水路の清掃を始めます。先ず出口側を塞ごうか、スライム達~、集まってこの排水出口を塞いじゃって~。」


シャベルの指示に従い水面みなもをスイスイと移動するスライムの群れ。地上においては動きの鈍いスライムも、水面下においてはそれなりの移動速度を出せる様であった。

次々と集まり排水口を堰き止めるスライム。その様子に、満足気に頷くシャベル。


「じゃあ出口付近のスライム達はそのままね、その他のスライムは少し離れたこの辺に同じ様に堰を作ってくれる?そう、そんな感じ。じゃあしばらくそのままで待っててね」


シャベルはそう言うと、その場を離れ飲み屋街入り口に停めてある荷車へと急ぎ向かうのであった。


“ガラゴロガラゴロガラゴロガラゴロ”

“““ズルズルズルズル”””


樽を乗せた荷車を引き戻って来たシャベル。その後ろには巨大なビッグワームが付き従っている。


「森スライム達、出番だよ~。排水路の水を吸い取って排水路出口の向こう側に放水してくれる?それが終わったら排水路の壁を綺麗にしておいて。

ビッグワーム達はスライム達の水抜きが終わったら泥を食べちゃってくれる?糞は面倒だと思うけどこの樽の中にお願い。

それで泥以外のモノが見つかったらこっちの桶に集めておいて」


シャベルは従魔達に作業指示を出すと、排水路の残り場所の状態を確認しにその場を離れるのでした。


“ガラゴロガラゴロガラゴロガラゴロ”


「次、身分証を提示せよ」


「はい、冒険者シャベル、排水路の清掃の為かき出した泥を街の外に捨てに行くところです」


「うむ、ご苦労。匂いの問題もあるからな、なるべく街から離れた場所に捨てる様に」


「はい、ありがとうございます」


ビッグワーム達が出した糞を街の外に捨てに行くのはシャベルの仕事である。余計な水気が抜け土状になったビッグワームの糞は良質な肥料でもあるのだが、それを有効利用できるような伝手の無いシャベルは、自身が薬草採取を行っている草原に向かい広くばら撒いて行く。

この場所は魔の森に隣接している為薬草採取を主に行うような新人冒険者は近付かず、魔の森に魔物討伐に向かう様なベテランはあまり薬草採取を行わない為シャベル専用の穴場になっていた。


“ガラゴロガラゴロガラゴロガラゴロ”

“““ズルズルズルズル”””


結局初日の作業距離は四分の一程、シャベルが泥の排出の為街の外に向かった回数は三回であった。


「お疲れ様、明日は別のビッグワーム達だね、作業の方よろしくね。それじゃ悪いんだけど、夜の警戒をお願いするね」


街中の依頼で排水路の掃除が敬遠される理由の一つが臭いの問題である。作業を行う上でどうしても身体や衣類に染みつく臭いは宿屋の人間に敬遠され、宿泊拒否を申し渡されるのだ。

それはスライムにより服と身体の汚れを綺麗に取り去る事の出来るシャベルにおいても例外ではない。シャベルが排水路の清掃依頼を受けた事は、昨日の晩には宿屋の主人の知れる事となり、依頼終了から五日間の宿泊禁止を申し渡されてしまったのである。

これが領都や王都のような大きな街であれば他の宿屋を取る事も出来ただろう。だがここはスコッピー男爵領の街マルセリオ。然程大きくない街の宿屋同士の横の繋がりは強く、シャベルの情報は瞬く間に街の宿屋全てに広がってしまうのであった。


シャベルの取れる道は一つ、依頼開始から完遂後五日間までの野営。

幸い屋台の食事はお店に近付かないと言う条件で売って貰える為、食べ物に困る事はないが、こういう時ばかりは光属性魔法の<クリーン>を使える者が羨ましいと思ってしまうシャベルなのであった。


「おはよう皆、今日で作業終了になると思うけど、最後まで気を抜かず頑張って行こう」


“““クネクネクネクネ”””

““““プルプルプルプル””””


作業開始から四日目、清掃範囲も残すところ四分の一と言う所にまで迫っていた。

排水路の清掃が始まってからも当然のように飲み屋街の営業は続けられ、日々排水が流れ込んではいたものの、スライム達の献身的な作業により夜中に流れ込んだすべての汚水は浄化処理され、用水路は水底のレンガの模様すら見える状態にまで改善されていた。


「どうだい、しっかりやってるかい?サボったり手を抜いたらただじゃ置かないよ?こっちは依頼人なんだ、ギルド評価がどうなるのかね~」


シャベルに対し嫌味を吐きながら近付いて来たのは、依頼人であるデザリーであった。

この飲み屋街の依頼が一月以上塩漬けになっていたのは単にこの作業が大変である事だけが原因ではなかった。依頼人のデザリーが事ある毎に難癖を付け、冒険者に対し支払いを渋ったり長期間作業をさせ続けようとした事が冒険者の間に広く知れ渡り、ハズレ依頼として認識されていたことが一番の理由であったのだ。


「おはようございますデザリーさん。作業の方は今日一杯には終了する予定です。明日の朝にはご確認いただけると思います」


シャベルの言葉に嫌らしく口元を歪めるデザリー。彼女はここぞとばかりに難癖を付け、依頼料の出し渋りを行おうとしたのである。


「はぁ~、今日で作業が終わる?何言ってるんだい、アンタの仕事はこの排水路の清掃だよ?ちゃんと掃除したんだろうね、ただ泥を掬ったらそれで終わりって話じゃないんだからね?」


「はい、十分承知しております。ですので明日のこの時間帯にご確認いただければと思います。ここは飲み屋街、夜の営業時間帯に出る汚水はどうしようもありません。ですので明日の朝一番にもう一度清掃を行ってからご確認いただければと」


「ほう~、随分な自信じゃないかい。分かってるとは思うけどギルドにはきちんと報告させてもらうからね、明日の朝が楽しみだね~」


デザリーはそう言うや、こんな所には居たくも無いとばかりにその場を後にするのでした。


「それじゃみんな、頑張って行こう」


デザリーが去っていく後ろ姿を見詰め暫く考え事をしていたシャベルは、それはそれとばかりに気持ちを切り替え、従魔達に作業開始の合図を送るのでした。



「~~~~~♪」


「どうしたんですオーナー。陽気に鼻歌なんか歌っちゃって、何かいい事でもあったんですか?」


夜の帳が下りる。飲み屋街の各店では魔道具の明かりが煌々と照らされ、その光に誘われるかのように街の男達が喧騒漂う店内へと消えて行く。

そんな飲み屋街の真ん中に居を構えるのは、この街の顔役デザリーが営む夜の店“ナイトクラブ夜の蝶”。そこは男達の楽園、舞い飛ぶ美しい蝶達の色香に心奪われた男達が、一人、また一人と美しい彼女達と共に部屋へと消えて行く。

名実共に街一番の酒場の執務室、デザリーは執務机に座りワインを口にしながら、先月の売上報告書類に目を通していた。


「いやなに、冒険者ギルドに依頼した排水路の清掃があっただろう?その依頼を受けた冒険者が明日の朝依頼完了の確認をして欲しいと言って来てね。

まだ作業を始めて四日だよ?あの場所が早々綺麗になるはずがないだろうが。

明日の朝、街の仕事を嘗め切っているあの冒険者がどんな顔をするのか今から楽しみでね~」


「はぁ、またですか?前の時は結局依頼料を払わなかったどころか作業放棄の迷惑料迄請求したって言うじゃないですか。今回だって依頼を出しても中々引き受けて貰えなかったのはこれまでの事が噂になってたからじゃないんですか?

誰もやりたがらない汚れ仕事を引き受けてくれるって言うんですから、多少はこちらも譲歩しませんと。

冒険者ギルドと仲違いなんてことになったら目も当てられないんですから」


「クククッ、アイツらがそんな事いちいち気にするもんかい。冒険者ってのは“命懸けで街を守って下さってありがとう~”とでも言って若い子が接客してあげれば、鼻の下を伸ばしてだらしなくなるだけの連中さ。

ま、結構な金額を落として下さるいいカモでもあるけどね。

さて、こんなところで油を売ってないであんたも仕事に行きな。店全体の管理はアンタの仕事だろ?」


「まぁ程々でお願いしますよ、後で店主組合から文句を言われるのは俺なんですから」


男性はそう言い席を立つと、一礼の後部屋を下がって行った。

一人その場に残されたデザリーは“あの子も心配性だね~。もっとどっしり構えるくらいじゃないと、まだまだ後は任せられないね~”と、独り言ちるのであった。



“ガラゴロガラゴロガラゴロガラゴロ”


朝の喧騒が続く街の大通りを、荷車を引いた男性が通り過ぎて行く。彼は街角で知り合いらしき男性に声を掛け、軽く談笑した後再び荷車を引き目的地に向かって行く。


「おはようございます、デザリーさん。昨日お約束した通り排水路の清掃が完了いたしましたので、ご確認の上依頼完了のサインをお願いします」


朝の飲み屋街は人が疎らである。その飲み屋街にあって一際大きな店“ナイトクラブ夜の蝶”、その扉前で大きな声を出し呼び掛けを行っているのは、“街の雑用係”の異名を持つ新人冒険者シャベルであった。


「あぁ、聞こえているよ。早速確認に向かおうかね」


扉を開け現れた女性“夜の蝶”のオーナーデザリーは、これから始まるであろうお遊びに頬を緩ませ、シャベルと共に裏通りの排水路へと向かうのであった。


そこはまるで別の場所であった。

これまでこの場を訪れれば必ず漂っていた悪臭が一切感じられない。それどころか汚水と汚泥でどうしようもない状態であった排水路には澄んだ水が流れ、その水面の底のレンガ一つ一つがハッキリと見て取れた。


「どうでしょうか?汚泥の方はこちらで全て処分させて頂きました。

ですが日々の排水はどうする事も出来ませんので、これからも定期的に清掃の依頼を出される事をお勧めいたします」


冒険者はそう言うと依頼完了報告の書類を差し出し、サインを求めるのだった。


「フフッ、ハハハハ、何を言ってるんだい、全然まだまだだね~。あたしはこの排水路の清掃を依頼したんだよ?日々の汚れ?それこそ確り掃除して貰おうじゃないかい。

依頼完了報告?甘い甘い、仕事って奴はきっちり完了してこその仕事なんだよ。これからもきりきり働いて貰うよ?

報酬はそれからさ。文句があるってんならいいんだよ?

ギルドの評価がどうなってもいいってんならね」


そう言い残しその場を後にしようとしたデザリー。だがそれに待ったを掛ける人物が現れたとしたら。


「ほう、これは見事なもんだ。ここまで行くと普通なら追加料金でも払いたくなってしまうものなのだが、飲み屋街の顔役殿はまだまだ御不満との事ですかな?

う~ん、そうなりますと我が冒険者ギルド所属の者では対応しかねますな~。

致し方ありません、今回の依頼は失敗と言う事で処理させて頂きます。

シャベル君には申し訳ない事をしたね、これは冒険者ギルド側の調査不足、我々は依頼者が望む依頼内容を正確に理解していなかった様だ。

君に対するペナルティーは一切発生しないから安心してくれたまえ。

それと依頼報酬に関しても正規の金額を払うと冒険者ギルド総合受付責任者キンベルの名において約束しよう。

それでは君も従魔を引き上げてこの場を後にしなさい。これ以上ここにいてはデザリー殿を不快にさせてしまう。


今回は我々冒険者ギルドの勉強不足、デザリー殿の要求を満たす事の出来る方が現れる事を冒険者ギルド員一同お祈り申し上げます。では我々は失礼いたします」


突然の冒険者ギルド職員キンベルの登場に呆気にとられるデザリー。だが彼女は暫しの沈黙の後慌てて口を開いた。


「アハハハハ、嫌だよ~、冗談に決まってるじゃないか。こんなに綺麗な排水路なんかこれまで一度だって見た事がないさね。依頼完了報告書のサインだったね?喜んでさせてもらうよ」


そう言い慌ててシャベルから書類を受け取ろうとするも、シャベルはそれを遮り書類をキンベルへと渡す。


「ハハハハ、御冗談はこちらのセリフですよ。これまで何度こう言った事があったか。前の副ギルド長がおられた頃はギルド会員がいくら訴えても取り合って下さりませんでしたからね。あの御方は夜の蝶がことのほかお好きでしたから。

この話は既に現在の副ギルド長及びギルド長にも許可を頂いているのですよ。

お二人とも昨日の内にこの現場は視察なされている、その上で何かしらの問題が起きたのならその際の判断は私に任せるとね。


今後一切飲み屋街の排水路清掃の依頼は受けない、これは冒険者ギルドの総意です。

なに、以前あなたが依頼を受けた冒険者に仰った通り、こんな仕事は誰にでも出来るんです。皆さんが力を合わせて清掃なさればよろしい」


「キンベルさん、お待たせいたしました」


そう声を掛けたのはシャベル、彼は荷車の取っ手を掴みゆっくりと動き出す。

その荷台には、積んだ樽から溢れ出し小山の様になったスライム達が互いにくっ付き合う事で何とか落ちまいと頑張っていた。

その場に残されたデザリーは、その光景を只口を開けたまま眺める事しか出来ないのであった。

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