第7話 街の雑用仕事

「どうもありがとうございました」


ドット教官の魔法講習を終えたシャベルは早速ギルド資料室に向かい、冒険者に必要な生活魔法を調べる事にした。

それは薄い小冊子に纏められた資料であったが、実際の生活でよく使われるものから石工職人の間で使われるものなど多岐に渡っており、シャベルの知的欲求を刺激するには十分な内容であった。

シャベルは自身があまり記憶力の良くない方であると言う事を知っていた。それはスコッピー男爵家において自身が最底辺に見られることになった原因の一つであり、彼が何事においても真面目に取り組まざるを得ない理由の一つでもあった。

“自分は他者よりも数段劣っている、必死に頑張って漸く半人前なんだ。”

長い時間を掛けて培われた勤勉の精神は、彼の今の生活を支える大きな柱となっていた。


幸い冒険者資料室受付には書き写しの為のペンの貸し出しや用紙の販売も行われていた為、シャベルはすぐに申請し生活魔法を書き写して行った。

生活魔法の最大の利点は“詠唱さえ知っていれば誰にでも使える”と言うところ。

シャベルの知っている生活魔法と言えばコップ一杯の水を得る<ウォーター>と種火を得る為に使う<プチファイヤー>だけであった。

一般的な街の生活をする分にはそれくらいを知っていれば十分であったからだ。

だが今は違う、冒険者は常に命の危険が伴う仕事だ。手札が多いに越したことはない。

冒険者ギルドで行われる講習会で講師のドットが常に言う言葉がある。

“冒険者は生きて帰って来てはじめて一人前と言える。依頼の成否はその次だ。”

シャベルはその言葉を冒険者活動の指針とし、依頼に取り組んでいるのであった。


「やぁシャベル君、今日は講習に参加だったかな?いつも熱心だね」


声を掛けて来たのはギルド受付責任者のキンベルであった。彼はシャベルが冒険者登録を行った際の受付を担当した人物であり、その縁でシャベルからの依頼の相談やギルド側からの依頼斡旋も行っていたが、スコッピー男爵家の執事長ゴルドバよりシャベルの様子を監視するよう依頼されてもいた。

本来冒険者ギルドと言う組織は国とは一定の距離を置いた別組織であり、そこの職員であるキンベルが貴族の命令を聞く義務はない。だが実際の運営において貴族や各商会との繋がりは必要不可欠であり、ギルド会員である冒険者の生命や権利を害さない程度の情報共有は普通に行われる事であった。

特にスコッピー男爵領におけるシャベルの立場は難しいものであり、本人の意思とは関係なくその動向には目を光らせなければならない対象でもあった。


「あ、キンベルさん。今日はドット教官の生活魔法の講習でして、冒険者たちの創意工夫には驚きました。まさか<ウォーター>の生活魔法で鍋に水を張れるとは思いもしませんでしたから。俺も冒険者としてはまだまだ半人前だと教えていただきました」


そう言い軽く礼を返すシャベル。一人称を“俺”に変え、努めて言葉を崩そうとしているシャベルに思わず顔が緩むキンベル。


「そうかそうか、確かにあれには最初私も驚いたものだよ。そう言った工夫は各地で行われている様でね、世の中には私達が知らない生活魔法がまだまだ沢山あると言われているんだよ。そう言う事を調べるのも楽しいかもしれないね。

おっとそうじゃない、声を掛けさせてもらったのはシャベル君に頼みたい仕事があってね。飲み屋街の排水路の清掃依頼なんだが、前から何度も言われていてね。今の時期は魔物も活発だろう?それなりに討伐依頼で食べて行けるものだからこうした所謂<3K>依頼が後回しにされてしまってね。

申し訳ないんだけど引き受けてはくれないだろうか?」


現在冒険者ギルドにおいて、シャベルの存在は大切な“塩漬け依頼解消要員”として認識されていた。

シャベルは討伐系依頼と言った危険なものは一切行ってはいなかったが、冒険者ギルドにおける評価ポイントは既に銀級冒険者昇格試験を受験出来るほどに溜まっていた。それは街の中の依頼でもこうした不人気依頼、<3K>依頼に高い評価ポイントを設定している事に起因していた。それはそれだけシャベルが積極的に<3K>依頼を熟している証左でもあった。


「分かりました、お引き受けします。それと排水路の清掃ですと俺の従魔たちを使う事になりますので、従魔持ち込み許可書を頂けますか?」


「あぁ、ビッグワームとスライムだったね、すぐに発行しよう。それと道具の貸し出しの許可証も用意しよう。

それでいつから仕事に取り掛かれそうかな?」


「はい、バルザン精肉店からの依頼は暫くないと思いますんで明日からですかね、準備が出来次第取り掛かりたいと思います」


「あぁ、それじゃ詳しい依頼内容について話をしようか」


キンベルはそう言うとシャベルに受付カウンターに行く様促した。

その様子を見た周辺の冒険者たちは“街の雑用係がまた雑用を押し付けられた。”と鼻で笑い、“討伐依頼の一つも熟す事が出来ない臆病者”とシャベルの事をあざ笑うのであった。



“ガラゴロガラゴロガラゴロガラゴロ”


翌朝早朝、冒険者ギルドに顔を出し排水路清掃に必要な道具と水路に溜まった泥を運び出す為の樽と荷車を借り受けたシャベルは、その足で街門を潜り街から離れた魔の森にまでやって来ていた。


「お~い、ビッグワーム達とスライム達~、仕事だぞ~」


魔の森と呼ばれる危険地帯で大きな声を出すなど危険極まりない行為なのだが、その辺はいつもの事。幸いこの周囲には何故か魔物が現れる事も無く、シャベルは自身のテイム魔物たちと穏やかな時を過ごす事が出来ていた。


““““ゴソゴソゴソゴソ””””


森の落ち葉の影から続々と現れる巨大ビッグワーム達。


“ボトッ、プルプルプル”


木の枝から落ちたり落ち葉の中から顔を出したりと、姿を現し自分たちの存在をアピールするスライム達。


「ごめん、ちょっとスライムたちを連れて来てくれる?仕事の話があるから」


““““クネクネクネクネ””””


シャベルの呼び掛けに応える様に周囲に散るビッグワーム達。待つこと暫し、その体表に多くのスライムを張り付けたビッグワームが集合するのであった。


「どうもありがとう。それで仕事の話だね、今日からしばらく街の排水路の清掃に入ります。ビッグワームは三匹、スライム達はこの樽一杯分かな?

手伝ってくれる子は前にお願い」


シャベルの呼び掛けに前に進み出る三体のビッグワーム。彼らはその体表に張り付けていたスライムを、次々と樽の中に放り込んでいった。


「よし、それじゃ今日はこの三匹ね。多分しばらく掛かるから明日は別の子が交代してくれる?よろしくお願いね」


“ガラゴロガラゴロガラゴロガラゴロ”


シャベルは残りのビッグワームとスライム達に声を掛けると、三匹のビッグワームを引き連れてマルセリオの街へと戻って行った。残されたビッグワームとスライムは、去っていく彼らをクネクネプルプルといつまでも見送るのであった。



「次、身分証を提示せよ」


「ごくろうさまです。冒険者のシャベルです。排水路の清掃の為にビッグワーム三体ととスライムを樽一杯分持ち込みます。こちらが冒険者ギルドの従魔持ち込み許可書になります」


街門には周辺の村や街から多くの人間が集まっていた。その中にあって巨大ビッグワームを引き連れたシャベルの姿は異様以外の何物でもなかった。


「あぁ、シャベルか。ビッグワーム持ち込みと言う事は排水路の清掃か?確り頼むぞ。あそこが汚いと臭くてかなわないからな。

それと周囲の者が怯えるからあまり目的地以外をうろつかない様に、分かったな」


「はい、ありがとうございます」


深々と礼をし門を潜るシャベル。その姿を見やった新人門兵が先輩の兵士に話し掛ける。


「よろしいのですか?あの様な巨大な魔物を街の中に入れて。いくら冒険者ギルドから許可書が出ているとはいえ危険ではないのですか?」


新人門兵の心配は至極真っ当なものであった。街に魔物の侵入を許す、それは街を危険に晒す行為に他ならない。それが首から従魔鑑札を下げている様な魔獣ならまだしも知能の有無すら危ぶまれる巨大なビッグワームである、暴れ出したらどうするのかと思ってしまうのは当たり前な事であろう。


「まぁ問題ないだろう。お前はビッグワームやスライムの事をあまり良く知らない様だから教えておくが、あの魔物たちが最下層魔物と呼ばれるのは何も弱いからばかりじゃない、人にとって全くと言っていいほど危険性が無いと言う事も理由の一つであるんだ。

現にこれまでビッグワームやスライムによる魔物被害報告を聞いた事があるか?」


「いえ、全く」


「だろう?基本的にあいつらは争わない、正確には争う必要性がない。これは俺が領都の学園に通っていた頃魔物学の教師に教わった事だが、基本どんな環境でも生きて行けるスライムやどんなものでも食べれるビッグワームは他者との生存競争をする必要が無いらしい。奴らは種族として生き残れればそれでよく、生物と言うよりも環境を整える為の歯車として女神様から作られた存在なのではないかと言っていたよ。

まぁそれでも魔物は魔物だ、警戒するに越したことはないがな。

ほら、次の者が来たぞ。

次、身分証を提示せよ」


“街の雑用係”シャベルとその従魔のビッグワームとスライムの存在は、徐々にではあるものの、街にとってのあたり前へとなりつつあるのであった。



「こんにちは、冒険者ギルドから参りました冒険者のシャベルと言います。排水路の清掃依頼を受けてまいりました。依頼主のデザリーさんはおられますでしょうか?」


昼間の飲み屋街は夜の華やかな顔とは打って変わり、閑散としてどこか寂しげに静まり返っている。そんな街の中心に居を構える一軒の飲食店が、今回の依頼主が経営する店であった。


「なんだい騒々しいね。あぁ、冒険者ギルドの冒険者かい。まったくお宅らはいつまで依頼人を待たせれば気が済むんだい、あたしがこの飲み屋街を代表して依頼を出してから一月以上経つんだよ?住民の困り事一つ熟せないで何が冒険者だい、聞いて呆れるね~」


昨夜は遅くまで仕事をしていたのか、若干の眠気と苛立ちを隠そうともしない依頼人のデザリー。こうした冒険者と依頼人との間に生じるトラブルを未然に防ぐのも冒険者ギルドの仕事なのだが、討伐と違い命の危険が伴わない街中の依頼においてこの手のトラブルは度々起きる問題となっていた。

それは冒険者ギルド職員の中にも魔物の討伐や商隊の護衛依頼の方が上であり、街中の雑用依頼は下であると言った意識が蔓延している証でもあった。


「大変申し訳ありません。御依頼の件、直ぐに取り掛からせて頂きます。それでご依頼の場所とその作業範囲について一度ご確認いただきたいのですがよろしいでしょうか?御面倒だと思いますが、こうした事は言った言わない聞いている聞いていないと、何かと問題になりますので」


「はぁ~、漸く来たと思ったらこれかい。本当に冒険者って奴は使えないね~」


渋々と言った様子で清掃の現場に案内するデザリー。シャベルはそんな彼女の後ろに従いながら、“申し訳ありません、よろしくお願いします。”と声を掛け続けるのであった。

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