第6話 冒険者ギルドの講習会

「おはようございます、本日はよろしくお願いします」


冒険者ギルド、そこには各地域から職を求め様々な人間が集まって来る。物語の冒険者に憧れて授けの儀を済ませた後見習いとして冒険者登録を行う少年少女、旅立ちの儀を終え独り立ちの為に冒険者登録をする若者たち。別の職に就いていたが訳あって転職して来た者や金が必要になり仕事を求めてやって来た者。

冒険者ギルドとはこの国の人々にとってセーフティーネットの役割を果たしているとも言えるのだ。


だが冒険者の仕事と言うものはそれほど簡単なものではない。この仕事をしてそれなりの稼ぎを得ようとすれば命の危険が伴う依頼を熟して行かねばならず、自身を守る為に必要な装備や怪我をした時の為に必要なポーション、そして怪我をした場合の治療や休養中の生活の為の貯えなど、必要とされるものは多岐に渡る。

その一つとして挙げられるものが武力としての武器等の取り扱い技能と魔法技術である。


授けの儀において“優良な戦える職業”を授かった者や“癒しの職業”を授かった者は、各有力貴族が治める領地の領都や王都にある“学園”と呼ばれる学び舎で研鑽を積み、王国の防衛や王国内の魔物退治に活躍する人材へと育てられる。

貴族の子弟は王国法によりその学園に通う義務があるのだがそれは公爵・侯爵・伯爵までの貴族であり、子爵・男爵の位を持つ家の者は嫡子のみの義務とされている。

下位貴族のそれ以外の子弟はそれぞれの家の都合により任意とされており、準貴族である騎士爵に至ってはこの義務を課せられていない。


シャベルは男爵家の四男ではあったが、庶子であり当然のように部屋住みを申し渡されていた。本人がスコッピー家の一員として認められようと努力を惜しまない人物であった為、礼儀作法や読み書き算術、剣術や棒術と言った一通りの貴族教育を受けてはいるものの、それはスコッピー家の使用人たちから教えられた最低限のものであり、そうした方面においてあまり才能の無い彼が身に付けられたものは然程多くは無かった。そしてそんな彼を当主ドリル男爵が学園に通わせるはずも無く、男爵家より放逐された彼は“一般よりも多少教養のある程度の庶民”と言った状態であった。

そんな彼にとって冒険者ギルドで定期的に開かれる各種講習会は生きる糧を得る為の救いであり、これに参加する事は生き残る為の必要事項であるとも言えた。


「ん?あぁ、“街の雑用係”シャベルか。お前はいつも時間前に来るのな。どうだ、あれから剣術の方は少しは上達したか?」


シャベルの挨拶に返事を返したのはこれから行われる講習会の講師であり、冒険者ギルド所属の武術教官でもある元銀級冒険者のドット。冒険者ギルドにはこうした技能講習や魔法講習を行う事が出来る職員が常駐している。それはいざと言う時に冒険者を指揮する人間が必要と言う理由もあるが、依頼に対する調査や処理されない依頼を冒険者ギルド側で熟す時に必要な人材としての側面が大きい。


冒険者と言う職業は基本的に自己責任である。どのような事態が起きようともそれはその依頼を受けた者の責任において熟さなければならず、依頼が成功しようと失敗しようとそれを報告する義務が生じる。

そうした事から冒険者は依頼を選ぶ。その地域全体に関わる緊急事態が発生した場合強制依頼と言うものが出される事もあるが、基本的には自身の裁量で自分たちの実力にあった依頼を行う。

その目安になるのが依頼票であり、その依頼を各ランクに振り分けるのが冒険者ギルドの仕事である。

その振り分けがいい加減であれば多くの冒険者を無駄に傷付け、結果依頼を熟す人材を失い冒険者ギルド自体が立ち行かなくなると言う事態に発展する。

そうした事態を避けるために行うのが依頼の調査であり、その為の人材がドットの様な冒険者ギルド所属の元冒険者職員なのである。


また基本依頼主は依頼募集期間と言うものを設け、その期間内に依頼が行われない場合その依頼を取り下げると言う形を取っている。必ず依頼を受けて欲しい場合それなりの依頼料を設定する事は、依頼を出す上で重要とされる点である。

仕事の内容を明確にする事、その仕事が冒険者にとって割に合うのか合わないのか、ただ冒険者ギルドに依頼を出すと言っても双方の歩み寄りはそれなりに難しいのである。


冒険者ギルドの規定上請け負う者の現れない依頼はそのまま放置しておいても良いのだが、“冒険者ギルドに依頼を出してもどうせ誰も来ない”などと言う噂が立つ事は仕事を仲介斡旋する業者としてはあまりよろしくない。

その為依頼主に対し様々なアドバイスを行ったりもするのだが、そうした所謂“塩漬け依頼”に対処するのもドットの様な元冒険者職員の仕事だったりするのだ。


“街の雑用係”と言う二つ名は一見侮蔑ぶべつのようにも聞こえるし、実際冒険者の間では“厄ネタのシャベル”と共に広く知れ渡った蔑称なのだが、ドットの様な冒険者ギルド職員からすれば<3K>と呼ばれる塩漬け依頼物件を率先して熟してくれるシャベルの様な存在は大変ありがたいものであった。


「いえ、それが中々。幸い棒術の方はスキルが芽生えてくれたお陰かそれなりに使える様になっているとは思うんですが、剣術の方は。最低限身を守れるようにはなりたいんですけどね」


そう言い頭を掻くシャベル。

シャベルはドットから見ても真面目で何事にも真剣に取り組む人間である。ではあるのだが、生来のものか人を押しのけると言った所謂闘争心と言うものが見られない。積極的に魔物を打ち倒し、敵に立ち向かうと言った方向とは真逆、争い事は避けのんびり気まま、それがおそらくこのシャベルと言う人間の本質なのであろう。

そうした者は得てして剣の才能には恵まれていない、彼は本来農民や職人と言った向きの人物なのだ。

彼が求めるものは安全に生き残る為の武術、ドットはシャベルに対し“ま、人には向き不向きがあるからな。”と返事を返すしかないのであった。



「よし、時間だ。全員集合」


冒険者ギルド裏にある訓練場、そこにはドットの講義を受けるため十数名の若い冒険者が集まり耳を傾けている。


「あ~、座って楽にしてくれ。それで今日の講義だが魔法の話になる。

あぁ勘違いするなよ、魔法と言っても俗に言う魔法、攻撃魔法や治癒魔法と言った物じゃないからな。生活で使う誰にでも出来る便利魔法、所謂生活魔法の話だ。

ほらそこ、“何だ生活魔法か”って呆れた顔をしない。

まぁそう思うのは仕方がないんだがな。はっきり言って生活魔法はしょぼい。戦闘では使えないと言うのが常識だ。それについては俺も否定はしない。

だがな、これからお前たちが熟していく依頼は何も日帰りの近隣のものばかりじゃない。

遠方の村でのゴブリン退治や商人の護衛で各地に赴くこともあるだろう。そうした時に必要になって来るのが野営や食料確保の技能だ。生活魔法はそうした冒険者活動の場面で必要になる技術となる。


ここに一つの鍋がある。商隊での移動やパーティーでの遠征の際に、野営地に行って食事の準備をするとしよう。さぁ、お前たちはどうする?

薪の準備は?水の確保は?

薪は持ち込みか周辺に薪拾いに行くしかないな。ただ野営地となると周辺に薪となる枝が落ちてるかどうか。考える事は皆同じ、多くの旅人に使われて綺麗な状態になってる事がほとんどだ。

水は持ち込みか?結構重いぞ?薪を運んで水を運んでその食糧。お前たちのパーティーは荷馬車でも持っているのか?

白金級や金級と言った上位冒険者ともなると大型マジックバッグを持っての遠征がほとんどだから関係ないが、マジックバッグは高いからな~。

一人前とされる銀級冒険者でも、持っていて縦横高さ二メートの小型マジックバッグが精々じゃないのか?そこそこの連中でも縦横高さ一メートの小型マジックポーチがほとんどだ。

そんな時に意外に役に立つのがこの生活魔法って訳だな。

ちょっと前のお前、この鍋に水を入れてみろ」


ドイルはそう言い前に座る冒険者に鍋を差し出した。


「“大いなる神よ、我に一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」


唱えたのは生活魔法のウォーター、コップ一杯の水を得る事の出来る生活魔法であった。


「おう、どうもありがとうよ。まぁ見ての通り生活魔法はしょぼい。コップ一杯の水を生み出す<ウォーター>じゃこの鍋を一杯にするのに何度詠唱を唱えればいいのかって話になっちまう。

冒険者が野営の時にそんなちまちました真似をしてられると思うか?お前らだって嫌だろう?

そう言う訳で考え出されたのがこれだ」


ドットはそう言うや手元の鍋に向かい生活魔法<ウォーター>の詠唱を唱え始めた。


「“大いなる神よ、我に鍋一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」


“ドバドバドバ”


途端満たされる鍋、その光景に唖然とする冒険者たち。


「これが冒険者たちが行う生活魔法の応用って奴だ。これはほんの一例に過ぎない。生活魔法って奴は俗に言う魔法と違って効果がしょぼい、これは否定のしようの無い事実だ。その代わりかなりの自由度がある。

さっきやった<ウォーター>も詠唱の一部分、“一杯の潤い”の前に“鍋”と言う量の指定をしただけだからな。

だが言っとくぞ、いくら自由度が高いからと言っても“池一杯”とか“湖一杯”とかを唱えても発動しないからな?その辺の線引きについてはよく知らんが、工夫次第で応用が効くって言うのは確かだ。


これは隣国オーランド王国から来たある冒険者が教えてくれた話だが、そいつの住んでいた村では冬になると魔法レンガを作る事が日課だったそうだ。

お前らも知っての通り魔法レンガは<クリエイトブロック>って言う土属性魔法の初級魔法だ。だがそいつは魔法適性がないにも関わらず魔法レンガを作って見せたんだよ。

方法はいたって単純、土に生活魔法<ウォーター>で出した水を掛け、よく捏ねてから木型に流し込んで形を作り、棒で突いて空気抜きをしたら表面を均して生活魔法の<ブロック>を唱えるだけ。

それこそ子供にも出来る冬場の仕事だったらしい。


な、生活魔法って便利だろ?詠唱さえ知っていれば誰にでも使える生活魔法は魔法適性の無い俺たち冒険者の味方って訳だ。

生活魔法の資料はギルド資料室にも置いてあるから暇な時にでも見に行くといい」


先程迄つまらなそうな顔をしていた聴講生たちが皆真剣な顔をして話を聞いている。

シャベルは講師ドットの話術に、流石冒険者ギルドの職員であると感心するのであった。


「まぁ、生活魔法については“こういうモノも冒険者には必要だからおろそかにするなよ?”って話だ、後は各々の考え方次第、胸に留めておいてくれればそれでいい。

次の話は魔法と言うか魔力だな。

お前らも冒険者を目指して実際にこの道に入った連中だ、高位冒険者の冒険譚なんかを聞いて育った口だろう。

その話の中に“魔纏い”ってモノが出て来るんだが憶えてる奴はいるか?

お、結構多いみたいだな。この魔纏いって奴は所謂魔法や生活魔法とは違う技術になる。文字通り魔力を纏う、魔力を操る技術って奴だな。

これを体得するとスキルに<魔力操作>ってモノが芽生えるらしいからあながち間違いではないと思うぞ。

で、高位冒険者、白金級冒険者や金級冒険者って連中は大概この魔纏いが出来る。

俺はその真似事しか出来ないがちょっとやって見せよう」


ドットはそう言うと腰の剣を引き抜き、正眼に構えをとった。


「俺は火属性の魔法適性があってな、その魔纏いになる。違いを知る為にまずは普通に打ち込みを行う。」


“スーッ、ブンッ”


力強い打ち下ろし、グラスウルフなら一撃で仕留められるであろう見事な剣技であった。


「次は肩から腕にかけて火属性魔力を纏ってみる」


“スーッ、ボッ”


聴講生が皆声を失う。決して荒々しく激しい打ち込みをしている訳ではない。であるにも関わらずその打ち込みは先程とは比べ物にならない破壊力を幻視させる程のものであったからだ。


「この魔力の操作って奴は魔法適性とは全く関係がない。事実魔法適性が無い冒険者でも、魔力を鍛える事で疲れにくくなったり強い力を使える様になったりって言う話が報告されている。金級冒険者には魔力適性の無い者もそれなりにいるし、銀級上位と呼ばれる者は間違いなく魔力操作を鍛えている。

お前らもより上位の冒険者を目指すのなら、魔力を鍛える事をおろそかにしないで欲しい。

それが明日を生き延びる糧になるからな」


講師ドットの言葉、それは才能の乏しいシャベルの心に一つの希望として深く刻まれるのであった。

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