第5話 底辺テイマーの日常

冒険者の朝は早い。何故なら冒険者ギルドに張り出される討伐や採取の依頼受注は早い者勝ちであり、冒険者達はより条件の良い仕事を得ようと依頼が張り出される早朝に冒険者ギルドの依頼ボード前に集まって来るからだ。

だがそうした依頼争奪戦の中でも当然はじき出される依頼と言うものも存在する。

それは依頼内容が困難なものであったり、依頼内容に対して報酬が見合わないものであったり。

中でも3Kと呼ばれる「キツイ・汚い・危険」な仕事は敬遠されるものの筆頭であった。


「それじゃ今日もよろしく。結構な量が溜まってるからね、零さない様に気を付けて」


冒険者の仕事の花形は討伐依頼である。自ら危険に飛び込み、人々を魔物の脅威から救う。それは冒険者にとっての憧れの姿であり理想、当然のように報酬も良く、そうした依頼は常に取り合いになるほどの人気を誇っていた。

だがシャベルはそうした花形依頼とは全く無縁の生活を送っていた。

新人冒険者であり尚且つソロでの冒険者活動をせざるを得ないシャベルにとって、討伐依頼を受けることは無謀を通り越して自殺行為、そんな彼にとって俗に言う3Kの雑用仕事は生活する為の必須依頼となっていた。


「はい、それじゃ荷車の方をお借りします」


“ギシッ”

慎重に周囲に気を付けながら街門を目指すシャベル。荷車の積み荷は精肉店から出た魔物の内臓や骨と言った所謂廃棄物であった。そうした食品廃棄物はやたらな場所に捨てる事は出来ない、その捨てられたごみを目当てに集まる魔物、そして集まった魔物を目当てに集まる肉食魔物と、結果的に街に危険を呼び込む事になるからだ。

その為廃棄先は街から離れた森か草原の先の廃棄指定場所のどちらかと定められていた。


「銅級冒険者シャベルです。バルザン精肉店の依頼で食品廃棄物を捨てに森に向かいます」


「うむ、くれぐれもその辺に不法廃棄を行わない様に、街に危険を与えた場合処罰の対象になるからな、分かったか?」


「はい、お勤めご苦労様です」


ここスコッピー男爵領の主要都市マルセリオは周囲を城壁に覆われる様な事はなく、街道からの人や物の出入りを監視する目的で街門が設置されている。その出入りには身分証の提示が義務付けられており、各ギルド会員はその会員証を、周辺の街や村の者は街民証や村民証の提示を求められる。

そうした身分証を所持していない者は流民扱いとなり、街の出入りを拒否されたり、場合によっては捕縛される事もある。

そうした者が身分を取得する場合後見人を選定した上で教会の詳細人物鑑定を受け、その技能に従って各種ギルドにてギルドカードを発行して貰う事となる。そしてその際に発生した費用は自己負担ともなる。その費用負担はおよそ金貨二枚、それを思えば冒険者ギルドの再発行手数料銀貨三枚は格安とも言える。


“ガラゴロガラゴロガラゴロガラゴロ”


街門を過ぎること暫し、街の形がはるか遠くに見えるくらいになった辺りに広がる森、通称“魔の森”と呼ばれる魔物の蔓延る危険地帯である。

この場所に生息する魔物はボアやホーンラビット、マッドボアやグラスウルフ、ゴブリンなど。フォレストウルフやオークはマルセリオ周辺の魔の森ではまず見る事がないと言われている。

その森の中に荷車ごと踏み入ること暫し。


「お~いみんな~、集合~」


““““ゴソゴソゴソゴソ””””


あちらこちらの地面や落ち葉の下から這い出て来たモノ、それは一度は別れを告げた友、ビッグワーム達であった。


「今日もたくさんあるからみんなで仲良く食べるんだよ?喧嘩しちゃだめだからね?」


シャベルはそう言うと荷台に積まれた樽の蓋を開け、おもむろにひっくり返す。


“バシャ~”


辺り一面に広がる血の匂い。本来魔の森の中でこのような匂いをさせる事自体危険極まりない行為なのだが、これも仕事、だからこそ報酬も良く尚且つ敬遠されがちな依頼となるのだ。


““““クネクネクネクネ””””


ごはんだ~♪とばかりに一斉に飛び掛かるビッグワーム達。ビッグワームは森の掃除屋と呼ばれる様にあらゆるごみを美味しく食べる事が出来る魔物であり、こうした廃棄処理においては無類の実力を発揮する魔物であった。


シャベルはそんな彼らの食事風景を見ながらボツリと呟く、“こいつら本当に大きくなったな~。”と。

ビッグワームと言う魔物はデカミミズと呼ばれるほど大きなミミズである。一般的にその姿は蛇をすこし太くしたと言った感じであり、不意に目にすれば思わず後ずさりしてしまう程には大きい。

だがその大きさは明確に決まっていると言う訳ではなく、生育環境によってはより大きくなるとも言われている。冒険者ギルドの資料室にある魔物図鑑によれば、目撃されるビッグワームの中で最も大きな個体は大人の腕程の太さがあり、綱が横たわっている様に見えると言う。

その記載を見た時シャベルは思った、“流石にこれは言い過ぎだろう”と。だが目の前にいる魔物たちを見た今、その言葉が真実であったと認めざるを得ない。


““““ガシュガシュガシュガシュ””””


美味しそうに餌を頬張る巨大ビッグワーム達、そのかず十体。

そう、あの日シャベルと共にスコッピー男爵の屋敷を去ったビッグワーム達は、魔の森と言う環境と定期的に運ばれる魔物の内臓と言うご馳走を得てすくすくと成長し、魔物らしい立派な身体を手に入れていたのである。

そんな魔物たちから伝わって来るのは内臓肉に関する感想、“やはり新鮮なものの方が魔力が豊富”だとか、“腐りかけは趣のある味わい”とか。

シャベルはそんな彼らの喜ぶ姿に頬を緩ませるのであった。


ビッグワーム達が食事を楽しんでいる時間も、シャベルの仕事は終わらない。


「お~い、いるか~い?」


シャベルはテイマーのスキルを意識しながら森に向かい呼び掛けを行う、すると周囲から無数の反応が返って来る。シャベルは反応がある方向へと向かい、そこにいるであろう魔物を掴み上げる。両手で持ち上げたもっそりとしたその物体、そう、スライムである。

スライムは何処にでもいる魔物である。それは水辺に限らず草原や林の中であろうとも、いつの間にか繁殖している謎生物である。

シャベルは以前スライムをテイムした事があったが、その有用性を見出みいだす事が出来ずすぐにリリースした思い出があった。だが彼は気が付いたのだ、スライムによる洗浄効果に。


「はい、それじゃ今日もよろしくね。」


シャベルはそう言うと、周囲から拾い集めてきたスライムを次々と樽の中に放り込んで行く。

この国には昔からトイレの中にスライムを飼い排泄物を処理させる“スライムトイレ”とも呼ぶべき活用法がある。このスライムトイレの利点は清潔であると言う事。排泄物特有の臭いがしないばかりか、トイレは常に洗浄されたかの様に清潔感を保っていた。

スライムが人にとって余計なモノを取り込む事で、様々なモノを綺麗にしてくれるのでは?

この気付きは、シャベルにスライムの新たな可能性を示すものであった。


魔物の内臓を詰めていた樽、シャベルが廃棄処理の依頼を受け始めた当初は魔物の内臓を処分した後マルセリオの街の傍を流れるオルド川のほとり迄行き、樽の中を綺麗に洗ってからバルザン精肉店に返却すると言う事を行っていた。

彼にとって使った道具を綺麗にして返却すると言う事は当たり前の事であった。スコッピー男爵家屋敷内では常に身の回りの整理整頓に気を使っていたし、敷地内の小屋に移り住んでからも道具類の手入れは常に行っていた。

だがそれは彼の中の常識であって、一般の冒険者の中にそこまで気を使う者など一人としていなかった。これまでバルザン精肉店では使用後の樽を従業員が洗い、陰干しした後使用すると言う事を繰り返していたのである。


その様な状況においてシャベルの気遣いは非常にありがたく、その喜びは彼の仕事ぶりを気に入った店主自らがギルド受付に指名依頼を出すほどのものであった。

銅級冒険者であるシャベルは規則上は指名依頼を受ける事は出来ない。だがその依頼が他の冒険者から敬遠される魔物の内臓処分であった事や仕事の分類上街中の雑用であった事などから、特例的に優先依頼と言う形で受理される事になったのである。

これは丁寧な仕事をして貰える依頼人側と、中々依頼を受けて貰えず困っていた冒険者ギルド側、定期的に依頼を受ける事が出来るシャベル側の三方にとって得となる話でもあった。


そうした経緯でありがたくもシャベル的には割りの良い仕事を手に入れはしたが、彼の行った気遣いによって魔の森から戻った足で川に行き樽を洗ってと、その作業にはかなりの時間と労力を割く結果となってしまっていた。


“““モゾモゾモゾモゾ”””


樽の中で蠢き側面にこびり付いた血液を分解吸収するスライムたち。その不定形な身体で樽の内側に確りと貼り付き、表面の汚れを養分を吸い出すかのように自身の身体の中に取り込んで行く。


“““モゾモゾモゾモゾ”””


シャベルの周りには余った数匹のスライム、彼はそのスライムたちを自身の身体に貼り付け、“洗浄をお願い。”と頼み込む。すると身体をデロリと伸ばしたスライムがシャベルの身体や服を全体的に包み込み、その地肌や布繊維に染み込んだ汚れを分解吸収してくれるのであった。


「うん、さっぱりした。いつもありがとうね」


一通りの洗浄を終えたスライムが元の水饅頭形に戻りシャベルから離れて行く。

一仕事を終えた彼らは身をプルプル震わせて、シャベルに喜びの感情を伝えるのであった。


“ボトッ”


一匹のスライムが樽の中から這い出て来る。


“ボトッ、ボトボトボトボトッ”


それに続くように何匹ものスライムが樽から零れ落ちて来た。どうやら樽の洗浄も終わったらしい。


「おぉ~、いつ見てもお見事。樽の洗浄じゃ君たちには敵わないよ。本当にありがとう」


シャベルはそう言うと、スライムたちにも癒し草の束を十束差し出すのであった。


「それじゃまた来るね」


シャベルは綺麗になった空の樽を荷車に括り付け、街に向かって帰って行く。

その後ろ姿をプルプルくねくね見送る最下層魔物たち。

魔の森の木立にはガラゴロと言う荷車の音だけが響くのであった。

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