第4話 小屋でも住む場所があるのはありがたい

スコッピー男爵四男シャベル・スコッピーが当主ドリル・スコッピー男爵から除籍を告げられ書類にサインをし、平民シャベルとして生活を始めてから六日の月日が過ぎた。この国で六日は一週間を指す、それは当主ドリル男爵がシャベルに与えた猶予であり、彼がこの男爵家を出て一人で生きて行く為の準備期間。

この放逐に当たりシャベルに与えられたモノは冒険者ギルドの登録費用だけであったが、それでも彼はその事を恨むどころか有難いとさえ思っていた。

少なくとも生きて行く事への道筋を考えてくれた、貴族社会においては邪魔なものは病死として処理してしまう事も往々にあると聞いていた彼にとって、生きて旅立ちの儀を迎えられた事、五体満足に男爵家を離れられると言う事は僥倖以外の何物でもなかったからである。


「ジルバさん、これまで大変お世話になりました」


シャベルが挨拶をした人物、それはスコッピー男爵家の下男、元冒険者のジルバであった。シャベルが住み暮らしていた小屋は元々ジルバの管理する作業小屋であった。

執事長ゴルドバよりシャベルの世話を任されたジルバにとって、シャベルの存在は余計な雑用でしかなかった。

シャベルの事については彼が引き取られた六歳の頃から知っていたモノの、ジルバにとって当主の庶子など厄ネタの塊であり、出来れば関わり合いになりたくない人物であった。


「あぁ、旦那様から冒険者になる様に言われて随分頑張っていたみたいじゃないか。まぁお前が追い出されるとしたら他に道なんかないんだけどな」


シャベルは一応は戦闘職に分類されるテイマーの職業を授かっていた。これが通常のテイマーであれば馬番として屋敷に残る道もあったやも知れないが、テイマーにとっての外れスキル<魔物の友>を授かった彼にとってテイマー職であることのメリットはほぼないと言えた。

<魔物の友>、このスキルは多くの魔物と心を通わせ複数の魔物を従わせる事の出来るスキルと言われている。だがこのスキルを持った者がテイム出来る魔物は所謂最下層魔物と呼ばれる部類のモノであり、底辺魔物に分類されるゴブリンやホーンラビット、グラスウルフに至ってもテイム出来ないとされているのだ。


「しかしお前のそのスキル、<魔物の友>だったか、本当に厄介だよな」


厄介者シャベルの世話を任されたジルバではあったが、そこは元冒険者、シャベルの事について執事長のゴルドバから情報を仕入れる事は忘れなかった。そこで聞かされたシャベルのテイマーと言う職業と底辺魔物しかテイム出来ないと言う<魔物の友>と言うスキルの話。

身近に娯楽の少ないここスコッピー男爵領において、話しには聞いた事があっても実際に目にする事のない珍しいスキルとの出会いは、彼の冒険者魂を擽るに十分な暇潰しであった。


先ず彼はシャベルを連れて草原のグラスウルフの下に向かってみた。グラスウルフはここスコッピ-男爵領における驚異の筆頭ではあるものの、気を付けて対処すれば然程難しい魔物でもない。要は下準備が重要であり、グラスウルフが嫌う臭いの出る臭い袋さえ用意しておけば、追い払う分には脅威でもなんでもない魔物であった。

少数で狩りを行うグラスウルフを見つけ一匹を痛め付け弱らせた後、臭い袋を投げ付ける事で他を追い払い実験体を確保、シャベルにテイムスキルを使わせるも全くテイムされる事は無かった。

ボアやホーンラビットも同様に弱らせてからテイム実験を行うも全く反応せず。試しに弱らせる前の元気な個体にテイムをしてみたり餌を投げて食事に夢中になっているボアにテイムを仕掛けたりもしたが、これと言った結果は得られなかった。


そんな中、テイムに成功した魔物がいた。

ジルバ的にはこれを魔物と呼んでいいのか迷う所ではあったが、分類的には魔物には違いない生き物。最底辺魔物と呼ばれるスライム、ビッグワームの二種であった。

だがスライムを使役してどうすると言うのか。スライムは基本草やごみを食べるだけ、動きは鈍く指示を出したところでプルプル震えるだけであった。

ではビッグワームはどうかと言えば、スライムに比べ動きも良く、指示を出せばその方向に移動するなど、スライムに比べるとまだ有用性があるかの様に見えた。


「それでお前、こいつらをどうするつもりなんだ?」


ジルバが向けた視線の先、そこにはウネウネと動く蛇の様な何か。


「そうですね、流石にこちらに置いて行く訳にも行きませんし、草原か森にでも連れて行って開放しようかと。餌となる落ち葉の事を考えたら森ですかね」


そこにいたのはこれ迄シャベルが使役していたビッグワーム達であった。シャベルは使役したビッグワームを根気よく仕込む事で畑の草取りや土壌の改良に役立てることに成功していた。またビッグワームの糞は畑にとっての良質な肥料ともなる為、シャベルの管理する畑は年毎に美味しい野菜を生み出す素晴らしい畑へと育って行っていた。


「まぁそれしかないわな。流石にビッグワームを従魔登録する事は出来ないだろうし、数も多いしな。こんなのを宿屋に連れて行った日には速攻宿泊拒否を喰らうからな?」


「ハハハハ、そうですよね」


互いに苦笑いを浮かべる二人、これが底辺テイマーの底辺たる所以であると改めて納得させられる一幕であった。


「まぁ頑張れや、お前の口癖じゃないが“生きてるだけで儲けモノ”ってな、無理して死ぬのは英雄や勇者様志願の連中の仕事さ。俺たち底辺には底辺なりの生き方があるんだからよ。

それとこれは餞別だ、俺が冒険者時代に使っていた背負い袋だからかなりくたびれちまってるが、無いよりかはましってモノさ。腰の得物は頑張って手に入れたみたいだが、流石に革鎧や背負い袋にまでは手が回らなかったと見えるしな」


そう言いジルバが差し出した物は、革製の丈夫そうな背負い袋であった。


「何から何までありがとうございました」


シャベルは採取用の麻袋や採取ナイフ、着替えや手拭いを背負い袋に詰め、ジルバに礼を述べてから男爵屋敷を去って行った。そしてその後を追い掛ける様について行くビッグワームの群れ。それはかなり異様な光景であり、何も知らない者が見たのなら悲鳴を上げそうなものではあったが、既に見慣れてしまっている二人にはいつもの事であった為、その事を指摘してくれる者はここには誰もいないのであった。



「よ~し、お前たち、これまで色々とありがとう。お前たちのお陰でテイマーと言う職業を授かった事の実感や、この職業の有用性も分かったよ。この三年間、本当にお世話になりました。

これはそんなお前たちにちょっとしたお礼だ、是非食べてくれ」


そう言いシャベルが肩掛けカバンから取り出した物は、十束の癒し草の束であった。冒険者ギルドに持ち込めば銅貨七十枚になろうかと言うそれも、シャベルの感謝の気持ちからしたら全然足りないものではあったのだが。


「それじゃこれからお前たちを解放する。これまで無理やり従わせていて本当に悪かった。これからは自由に生きて行ってくれ、<リリース>」


むしゃむしゃと癒し草を咀嚼するビッグワーム達、そんな彼らに向けテイムスキルの解放呪文<リリース>を唱えるシャベル。するとビッグワーム達の身体が淡く光り、それとともに従魔との契約も解除される。・・・その筈であった。


“ん?”

踵を返しその場を立ち去ろうとしたシャベルは、不意に感じた違和感に足を止める。

それは先程解放したはずのビッグワーム達のと間に感じていたある種の繋がりの感覚。確かに自分はビッグワーム達を解放したし、その為のスキルも働いていたはず、それなのになぜ?


シャベルは後ろを振り返る、そこには癒し草を咀嚼するビッグワーム達。


「お前ら、もしかして・・・」

シャベルがボツリとこぼす呟き。それに反応したかのように一匹のビッグワームが顔を上げシャベルの方へと向きを変える。

するとそれに倣うかの様にほかのビッグワーム達も頭を上げ彼を見詰めるかの様に動きを止める。


“““““クネクネクネクネ”””””

それは動きによる意思表示、繋がりから伝わってくる感情は一緒にいたいと言う温かな心。


不意な状況に動きの固まるシャベル。

母は言った、この世界はとても厳しく生きずらい。ただ生きる為、その為だけに自分を殺し、周りに無害であることを示し続けた。

自分は貴族の庶子である、優秀であることを示せば正妻やその子供たちに警戒され殺される。かと言って馬鹿で無能であれば邪魔な存在として貴族やその周りの者達によっていなかった事にされる。無害であり無益、従順である事、唯々諾々と物事を熟す事を求められる日々。

幸い自分は優秀な頭もひいでた身体も持ち合わせていなかった。だがその分努力を要した、貴族の求める最低限に辿り着く事は、無才な自分にとっては困難を極めた。

泣きたくなる事も挫折しそうになった事も心が折れそうになった事もあった。

上の兄たちは決して人品の卑しい者達ではなかった。ただ自分には全く関心を示さなかった。貴族である以上腹違いの兄妹がいても不思議ではない、その程度の感情しか持たぬ者達であった。

正妻の奥様は自分の事を疎ましく思っていた、その機嫌を損なえば自分はすぐにでも殺される、彼女が向けてくる悪感情はある意味シャベルの努力の原動力ともなっていた。

当主ドリルは自身に無関心であった。ドリルが必要としたのは母であって、自分は邪魔者でしかなかったのだから。


母の死によりシャベルは愛情と言うものを失った。以降彼に向けられるのは悪感情と侮蔑、そして無関心。シャベルは生きる事に必死であった、生きて旅立ちの儀を迎える事、これが母が自身に託した願いであったから。


あれから九年、彼の心は寒風吹きすさむ草原の様に、何も無いただの荒野であった。


“““““クネクネクネクネ”””””

そんな自分に向けられる無私の愛情。ただ共にいたいと願ってくれる存在のありがたさ。

自然零れ落ちる何か。目の前が歪みはっきりとモノが見えなくなる。

それは止めどなく溢れ続け、口からは嗚咽が漏れる。

既に涸れ果てていたと思ったもの、失っていたと思い込んでいた感情。心の底から溢れる感謝と喜び。

この俺を、こんな俺を・・・。


街から離れた森の端。シャベルはいつまでもその場から動く事が出来ないのであった。

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