第3話 街の雑用依頼、それは冒険者の始まり
シャベルは無事に冒険者登録を終えると、冒険者ギルド受付のキンベルに勧められた荷物運びの依頼を受ける為に、街の鍛冶工房へと向かうのであった。
シャベルは当初警戒していた冒険者ギルドで先輩冒険者に絡まれるという“冒険者の洗礼”と呼ばれるイベントが発生しなかったことにほっと胸を撫で下したのだが、それにはいくつかの理由が存在した。
一つはここスコッピー男爵領が比較的平穏な地域である事、強力な魔物の発生がない代わりにこれと言った主要産業もないこの地域は、冒険者にとって旨味のある土地とは呼べない場所であった。
その為銀級に上った多くの冒険者が仕事を求め他の地域に離れて行き、銅級冒険者たちに回ってくる仕事が多いことが一つ。主な脅威とされる魔物もゴブリン・グラスウルフ・ホーンラビットと言った所謂低級魔物と呼ばれるもので、銀級冒険者の登竜門と呼ばれるオークやフォレストウルフと言った魔物は、それこそ魔の森と呼ばれる危険地帯の更に奥まで探しに行かなければ出会う事が出来ないと言われる程であった。
ある意味安穏と銅級冒険者として過ごすには最適な地域であり、そうしたことから比較的のんびりとした思考の冒険者が多い地域でもあった。
もう一つの理由がシャベルとともに訪れた者がスコッピー男爵家の執事長ゴルドバであったこと、そして冒険者登録の担当者が受付の最高責任者であるキンベルであったこと。
冒険者たちは思った、“あのシャベルとかいう新人は厄ネタ持ちの訳ありである”と。
事実領主ドリル・スコッピー男爵の庶子であるシャベルはこのスコッピー男爵領における特級の厄ネタ人物であり、彼に絡まないと判断した冒険者たちの嗅覚は大したものであると言えた。
冒険者は命の危険が伴う仕事である。そのため情報の収集、横の繋がりと言ったものをとても大事にする。厄ネタシャベルの情報はその日のうちに広く冒険者達に広がることになるのだが、果たしてそれはシャベルにとってよい事であるのか悪い事であるのか。
少なくともこのスコッピー男爵領において問題を起こしたくない彼にとって、今の状況は歓迎すべきものであった。
「こんにちは、依頼を受けて冒険者ギルドから参りましたシャベルと言います。依頼者のノッカーさんはいらっしゃいますか?」
シャベルはキンベルからの忠告を受けなるべく言葉を崩そうと頑張るも、慣れないことに四苦八苦と言った様子であった。
「おぉ、儂がノッカーじゃが、お前さんが依頼を受けてくれた冒険者かい?っと言うか武器も防具も無いなんて本当に冒険者か?」
ノッカーは質素だが小奇麗な格好をしたシャベルにいぶかしみの視線を送りながら言葉を向けた。
「いや~、実は今日登録したばかりの新人でして。旅立ちの儀が終わっていつまでも家にはおいておけないと言われまして、これと言った特技もないものでまずは少しずつ仕事を覚えて行こうかと」
そういい頭をかくシャベル。この言い訳はここに来るまでに考えていたカバーストーリーであった。何故なら・・・。
「はぁ?今頃冒険者登録ってあんた見かけによらず随分とぼーっとしてるんだな。春の授けの儀からもう一月近くたってるぞ?実はいいところのお坊ちゃんだったりするのか?いや、それにしちゃ着ているものが質素に過ぎるし全く違和感がないんだよな?あんちゃんは不思議な奴だな」
一般的な庶民は年に四回、春、夏、秋、冬に教会で行われる授けの儀と旅立ちの儀に参加する。そのため各ギルドへの登録もその時期に集中するのが通常である。
その為その時期から大きく外れた今頃新人登録をする平民は、非常に目立つ存在であったのだ。
「ハハハ、いや、よく言われます。それで依頼内容なんですが」
「あぁ、注文品の配達だな。衛兵事務所までなんだが結構な量があってな。今は領兵からの修理依頼も入ってるから人手はいくらあっても足りないんだよ。
衛兵事務所の場所は分かるか?」
シャベルはつたない記憶を思い出す。衛兵事務所には依然屋敷のお使いで訪れたことがある場所であった。
「はい、ですが一応場所の確認だけよろしいでしょうか?」
シャベルはそう言うと、幾つか目印になりそうな場所を上げ、ルートの確認を行うのであった。
「それでモノってのがこっちの倉庫に積んである箱なんだが、ちょっと持ってみろ」
“ガシャッ”
そう言い指定され持ち上げた木箱は、ズッシリとした重さが身体に伝わる様なものであった。
「おっ、大丈夫そうだな。見かけによらず結構鍛えているって感じか?中には研ぎの終わった剣がぎっしり詰まってるからな、無理して落とされでもしたら後が大変だ、時間が掛かってもいいから慎重に運び込んでくれ。
数量はここに積んである十箱だ。終了したらこの受取証に事務員のサインを貰って来てくれ」
依頼人の鍛冶師ノッカーは、必要な事は伝えたとばかりに後は頼んだと言って再び工房へと戻っていくのだった。
“フッ、フッ、フッ、フッ”
季節は初夏、夏の日差しが照り付ける中の荷物の運搬は重労働である。だがこれも生きるために必要な事、シャベルは自身がこれと言った装備も持たない底辺冒険者であると言う事を自覚していた。装備を揃える為にはとにかく金銭を稼ぐ必要がある。
後一週間でスコッピー男爵家の小屋を引き払わなければならない自分には兎に角時間がない。
元冒険者の下男に聞いた最低限の装備は片手剣と革鎧と背負い袋。片手剣は森に入る以上魔物から身を守る為にも必要であるばかりか、他の冒険者からカモと思われない為にも必要との事。
革鎧は言わずもがな、“命大事に”は冒険者の鉄則である。背負いカバンは両手を自由にし動きを阻害しない為の装備、肩掛けカバンだとどうしても重心を傾け動きを阻害してしまうらしい。
贅沢を言えばポーションなどを入れた腰ポーチがあれば尚良し、いざと言う時の備えはなるべく手の届く範囲に持つべしと言うのか彼の持論であった。
「こんにちは。ノッカー鍛冶工房から修繕済みの剣をお持ちいたしました。責任者の方はおられますか?」
衛兵事務所に着いたシャベルは大きな声で事務担当の兵士に声を掛ける。事務の衛兵はのそっと立ち上がるとシャベルを一瞥した後“こっちだ”と言って倉庫の場所まで案内した。
「ご依頼の品はあと九箱ありますので随時お持ちします。中身の確認の方をお願いします」
シャベルはそう言うと箱の蓋を開け中の剣を見て貰う。兵士は面倒そうな顔をするも、これも元冒険者から教えて貰った自衛手段。冒険者の仕事はこうした確認ミスや行き違いで刃傷沙汰になる事などしょっちゅうとの事であった。
「ではご迷惑とは思いますが都度確認の方、よろしくお願いします。なるべく早く持って来る様にしますので」
シャベルはそう言うと受取証の裏面に、一箱目の確認済みチェックを入れて貰うのだった。
“フッ、フッ、フッ、フッ”
金属類の入った箱を運び入れる作業はやはり重労働と言えるだろう。普段畑仕事に精を出し身体を使っていたシャベルでも、八箱目、九箱目ともなると手足に震えが来てしまう程であった。そしてラスト十箱目。
「こんにちは。最後の品をお届けに参りました。何度も御足労をお掛けして申し訳ありませんでした」
シャベルはいちいち確認作業に付き合わせてしまった事務の兵士に謝罪し、最後の確認をして貰った後受取証にサインを貰い作業を終了した。
「ありがとうございました」
シャベルは事務の兵士に深々と礼をすると、受取証を持って鍛冶工房へと戻って行くのであった。
「おう、思いのほか早かったじゃないか。ちゃんと受取のサインも貰って来たな、結構結構。このサインを忘れる奴か多くてな、後で問題になったりするんだよ。
冒険者の連中はずぼらな奴が多いからな、“俺たちは戦う為に冒険者になったんだ”とか言って街の仕事をおざなりにしやがる。
ん?この裏面の確認って、一箱一箱中身を確認して貰ったのかよ、こりゃ参ったね。
よくあるんだよ、品物が足りないって言って後から文句を言う奴。
でもそうか、こうやってその場で確認してもらえば問題は減るわな。これってあんちゃんが考えたのかい?」
感心しながら質問する鍛冶師のノッカー、シャベルは素直に冒険者のイロハを教えてくれた元冒険者の話をするのだった。
「その方は若い頃は何も知らなくて苦労したと言って、色んな失敗談や苦労話を教えてくれたんです。あの時はこうすればよかったとか、こういう工夫をしたら上手く出来たとか。私はこれと言った取り柄も無いので、凄く為になりました」
先人の教えを生かせる者は貴重である。先人の失敗に耳を傾けさらに工夫出来る者は稀有である。
シャベルの話を聞いたノッカーは感心すると共に、安心して仕事を任せられる貴重な存在としてシャベルを認識するのであった。
「それじゃこれが依頼完了証だ。これをギルドの受付に持って行けば依頼料を貰えるからな。あんちゃんなら大歓迎だ、良かったらまた依頼を受けてくれ」
「はい、ありがとうございます。それで少しお聞きしたいのですが、片手剣はお幾ら程するのでしょうか?私は見ての通り丸腰でして。片手剣と革鎧、背負いカバンを購入したいのですが、お恥ずかしながらその目標金額が分からなくってですね」
そう言いぽりぽり頭を掻くシャベルにワハハハと豪快な笑いを浮かべ背中を叩くノッカー。
「そうかそうか、そう言えばあんちゃんは成り立てって言ってたよな。それじゃ何も持ってないわな。
よし、こうしよう。この後三度ほど雑用の依頼を出す予定があるんだが、それをあんちゃんが受けてくれ。本来街の雑用に指名依頼なんてもんはないんだが、そこは依頼書に明記しておこう。
でだ、その依頼料でウチの片手剣を譲ってやろうじゃないか。片手剣はその辺で買っても銀貨七枚が最安値だからな、互いにとってもいい話だと思うんだが」
「えっ、よろしいんですか?こちらとしては全く異存はございません。是非よろしくお願いします」
「おっ、それじゃ話は決まりだな。どうせこの後冒険者ギルドに依頼を出しに行くところだったんだ、一緒に行こうじゃないか。
それにしてもあんちゃんの言葉使いは丁寧だな~、そんなんじゃ他の冒険者に嘗められちまうぞ?でもどう見ても農家の小倅なんだよな~、品のいい農家の小倅、意味が解らん」
「いや~、こればかりは子供の頃からの習慣でして、直そうとは思っているんですがついつい」
「ワハハハ、まあいいわい、がさつな冒険者よりかは全然いいからな」
そうして二人して冒険者ギルドに向かうシャベルは、冒険者登録初日からいい出会いがあったと心の中で女神様に感謝の祈りを捧げるのであった。
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