第1話 増強
世界大戦後、晴れて独立を果たした北サクソニア王国は、即座に行動を進めていた。先ず国土としては、表面積120万平方キロメートルを誇るサクソニア島のうち北半分の50万平方キロメートルが独立。残る南半分と西隣のケルティア島はイギリスの植民地として残されていた。
政治と経済についても、独立を成す条件として完成していた。地方自治体の単位で民主主義を導入していた事や、20年前にイギリスに大敗したのは、これまでの政治体制が部族単位の国家連合制で、戦争後半にイギリス側へ寝返る部族が頻出したからという事で、強固な中央集権政府が必要であるとして、帝政ドイツを参考にした議会政治を導入。そしてサクソニア人の歴史ある有力者を王侯として西欧式立憲君主制を確立させたのである。
次いで経済は、農業は地主が農業組合の代表として中小農家と小作人を取りまとめ、計画的に運営する体制を確立。西欧の先進国に比肩する生産力を成し得ていた。工業もイギリスの資本で整備された鉱山や工業地帯を元手に、ドイツやロシアで多用される規格を導入した新たな工場や設備を整備。ドイツは北サクソニアから自国製品の生産に必要なライセンス料を支払ってもらう事で賠償金の目途を立て、ソビエト連邦も革命で荒廃した自国の産業を立て直す目的で北サクソニアの工業力に注目していた。
次いで1920年代、北サクソニア政府は民兵や元イギリス軍将兵のサクソニア人を母体に再軍備を成し得ていたが、それにはドイツやソ連の協力があった。先ずドイツは北サクソニアとの密約によって軍艦を売り渡す事に同意しており、戦後直ぐに巡洋艦6隻を譲渡。そしてソ連からは戦艦「ヴォーリャ」を購入し、この7隻の大型水上艦で最初の新生サクソニア海軍を設立したのである。
陸上装備や航空機に関しても同様に、フランスのTF-17軽戦車を大量に購入し、最初の戦車師団を編制。空軍はフォッカー〈D.Ⅷ〉戦闘機とそのコピー生産機を配備するなど、旧宗主国からの脱却を急速に押し進めたのである。
そして1929年に迎えた世界恐慌で、北サクソニアはさらなる発展を遂げた。南サクソニアとソルシア、ケルティアの在来産業はイギリスのブロック経済圏に組み込まれた影響で壊滅したが、北サクソニアだけは大した影響を受けず、むしろハイパーインフレーションに悩むドイツの救いの一手となっていた。ドイツ国内の失業者は北サクソニアで再起を計るために移住し、市民はサクソニア産の安価な食料を称賛する。ドイツにとって北サクソニアは救世主に等しい存在であった。
そして恐慌の被害が収まり始めた1930年、そこにかつての骨董品が如く古い国だったサクソニアの姿はない。西欧諸国のあるべき発展した姿を成し得た先進国北サクソニアが、その場にあった。
イギリスの陽は沈まず~北大西洋戦争記~ 広瀬妟子 @hm80
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