イギリスの陽は沈まず~北大西洋戦争記~

瀬名晴敏

プロローグ 出現

時は西暦1900年の1月上旬。アイルランド西部は戦禍に呑まれた。


 アイルランドから南西に500キロメートル沖合に、突如として巨大な島が出現。その島を拠点とする軍事勢力が東進し、アイルランド西部に侵攻したのである。


 500隻のガレー船と100隻のキャラック船を用いて侵攻してきた10万の大軍勢は、アイルランド軍に対して勇猛果敢に攻め掛かり、多くの住民を殺害・拉致した。そしてその脅威は北アイルランドにまで迫り、それがきっかけとなった。


 七つの海を制し、『日の沈む事の無い国』と称されるイギリスの軍隊が、アイルランドを蝕んだ野蛮なる軍勢を蹴散らし、彼らの国そのものを制するまでに1年の期間を要した。マクシム機関銃の弾幕と鋼鉄の戦艦の隊列は効果てきめんではあったものの、アルゲンタビスやグリフォンといった航空戦力は彼らを悩まし、魔法を用いた反撃は戦況を拮抗させたのである。


 それでも、『サクソニア連合王国』を名乗る敵国を屈服せしめ、サクソニア諸島なる島を新たな植民地としたイギリスは、現地の資源開発に注力した。北の鉄鉱山地帯と南の油田地帯は、科学技術の飛躍的発展を渇望するイギリスにとって理想的なものであり、当然ながら他の欧州列強もその資源を欲した。


 その中で策を講じたのが、ドイツ帝国であった。イギリスを母なる大地を侵す侵略者と捉えるサクソニアの独立勢力はドイツから接触を受け、武器を中心とした技術支援を受ける事となった。神秘が現実のものとして存在するサクソニアでは、民兵による自治体の自衛がある程度許されており、植民地の暴動鎮圧を担う軍も、自治体の私設警備隊がドイツ製の小銃と7.92ミリ銃弾を大量に買い込むのを黙認する他なかった。


 また、サクソニア人はドイツやロシアに対して留学を行い、彼らから近代的国家の何たるかを学んでいった。ドイツやロシアからも多くの人々が移住していき、現地の豊かな種族と交流を深めていった。その交流はドイツやロシアが、サクソニアの良質な地下資源を輸入するのに大いに役立っていた。


 そして時は流れて1914年。欧州を中心に勃発した第一次世界大戦では、サクソニアも戦乱の中心となった。これまで統治がスムーズに進んでいると見られていた南サクソニアと、それと隣接する島国『ソルシア』にて独立戦争が始まったのだ。


 太陽を唯一神の象徴として信仰対象とするソルシアは、表向きはサクソニアの二の轍を踏まいとイギリスに服従していたが、開戦と同時に宣戦布告。西欧諸国から大量に買い込んだ武器で戦争を挑んだのである。


 如何に大国イギリスと言えど、これの対処には手を煩わせた。同盟関係にあった日本に大規模派兵を求めた上で、現地駐留軍とサクソニア人の民兵でこれの鎮圧に取り組んだのである。この時民兵部隊の指揮官として従軍していたウィンストン・チャーチル中佐(当時)は手記にこう書き記している。


「十数年前まで帆船で荒海を乗り越え、斧と槍で戦ってきた兵士達は今や、ドイツの小銃とサーベルを片手に、大英帝国の陸軍部隊に先駆けて敵軍の陣地へと突撃を仕掛けている。彼らは近代的な軍装を身に纏い、槍から銃へ武器を替えても尚、ケルトの神話に出てくる様な勇猛果敢な戦士である事を忘れていなかったのだ」


 1917年に入り、戦況は変化を迎えた。民兵部隊の指揮官として戦功を挙げ、イギリス本国に凱旋したチャーチル軍需大臣の肝いりで開発された新兵器、『陸上戦艦』が実戦投入されたのである。ソルシアは僅かな資金で出来る限り多くの武器を買い込むべく、ある程度安価だったイタリア製兵器を大量に買い込んでいたが、それが大きく影響したのである。


 後に『戦車』として呼ばれる事となる新兵器は、6.5ミリ銃弾を容易くはじき返し、自暴自棄になって突撃を計ったソルシア軍兵士を57ミリ野砲と7.7ミリ機銃で薙ぎ倒す。この新たなる陸の王者を目の当たりにしたサクソニア人は感激し、これが後々になって大きく影響していく事となる。


 さて、最初の世界大戦が幕を閉じてからある程度経った1919年、イギリスは一番の戦功を挙げた者達に褒美を与えた。サクソニア諸島北部の国家としての独立である。有力者達は既に下準備を整えており、その年の間に『北サクソニア王国』として独立を宣言したのである。イギリスが大々的に注ぎ込んだ資本によって近代化は成されており、国民の思想面も西欧からの移民による啓蒙で成されていた。


 そしてイギリス自身はと言うと、戦後の経済的な課題を解決するための手段としての独立承認であり、いざとなれば残った地域の駐留軍で容易く屈服させられると考えていた。だがそれは、百年近くに渡ってイギリスを悩ませる事となるのである。

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