ドラッグ・オン・ヴァラール【overdose】〜エイプリルフール〜

山下愁

ドラッグ・オン・ヴァラール【overdose】〜エイプリルフール〜

 魔法が当たり前となった世界、エリシア。


 生活や職業にまで魔法が浸透し、豊かで平和な世界も今や昔のこと。

 かつてのエリシアはすでになく、1人の魔法使い『遊興屋ストーリーテラー』が広めた魔法のお薬【DOV】によってエリシアは未曾有の犯罪都市に早変わりした。文明は崩壊し、誰も彼もが争うだけの残酷な世界になってしまった。


 そんな世界で、実しやかに囁かれているのが『白い死神ヴァイス・トート』の噂である。


 純白の狙撃銃を操り、百発百中の命中精度を誇る天才狙撃手。【DOV】の接種者を狩るその狙撃手は、誰も傷つけられないと有名だった。

 何故なら、彼女もまた【DOV】の接種者であり、撃った相手を眠らせることが出来る異能力を発現させたからだ。攻撃範囲は広域に渡るので、迂闊に彼女の領域に手を出せば一瞬で眠らされると言う。


 彼女の名前はユフィーリア・エイクトベル――旧ヴァラール魔法学院を根城にして過ごす、元用務員だ。



 ☆



 根城としている旧ヴァラール魔法学院に、誰かが足を踏み入れてきた。



「ユーリぃ」


「分かってる」



 側に立つ真っ黒なレインコートを身につけた相棒、エドワード・ヴォルスラムに促されて、ユフィーリアは背負っていた箱を地面に置く。


 慎重な手つきで蓋を開けると、天鵞絨ビロード張りの台座に真っ白い狙撃銃が寝かされていた。普通の狙撃銃と言えば目立たないように真っ黒く塗るのが常識だろうが、目の前に置かれた狙撃銃は常識を無視した構造となっている。

 狙撃銃を拾い上げ、弾薬を薬室に装填。照準器スコープを取り付けて手早く狙撃の準備を終えたユフィーリアは、冷たい銃把に頬を寄せて純白の狙撃銃を構える。


 照準器に映り込んだ侵入者は3人。誰も彼もボロボロの衣服を身につけて、落ち窪んだ瞳を荒れ果てたヴァラール魔法学院の正面玄関に巡らせる。3階に潜んでいるユフィーリアとエドワードの存在に気づいている様子はない。



「ふッ――」



 短い息を吐き、ユフィーリアは先頭の侵入者の頭を狙って引き金を引く。





 ――ちゅいんッ!!





 そして見事に外した。


 ユフィーリアの撃った弾丸は華麗に外し、近くの柱を穿つ。急な狙撃に侵入者は驚き、その場で足を止めた。

 冷ややかな視線が突き刺さる。すぐ側に控えているレインコートを身につけた相棒からの視線が非常に痛い。「何外してんだテメェ」という幻聴まで聞こえてきた。


 照準器から視線を外したユフィーリアは、両手で狙撃銃を掲げる。その姿はまるで槍投げである。まさか純白の狙撃銃を槍に見立てて投げるつもりか。



「うがあああああッ!! 狙撃なんてチマチマやってられるかオラァこれでドタマぶん殴りゃ1発で冥府行きだろうがよぉ!!」


「ユーリぃ、ダメだってぇ。それ借り物なんだからぁ」


「離せクソがぁ!!」



 天才狙撃手の称号などかなぐり捨てて、ユフィーリアは絶叫する。


 ユフィーリアは天才狙撃手などではない。ついでに言えば【DOV】などというありもしない薬物を常飲している頭の螺子ねじが外れた悪党でもない。名門魔法学校に居座り続け、毎日のように問題行動を起こして止まない魔法の天才である。別系統の天才であった。

 では何故、純白の狙撃銃を片手に『白い死神ヴァイス・トート』などという称号を得たのかと言うと不明である。朝起きたらエドワードと他2名と一緒に衣装が強制的にチェンジさせられており、いつもの煙管ではなくてこの純白の狙撃銃が置かれていたのだ。「交換だヨ」というキスマーク付きのお手紙まで装備されていた。


 銀髪を掻き毟るユフィーリアは、



「こういうのはアタシじゃねえだろ、だってアタシはノーコンって有名な魔女だぞ!? 下手すりゃあらぬ方向に弾丸が飛んでいき、友軍誤射も何のそのな魔女だぞ!!」


「友軍誤射をやるんじゃないよぉ。何のそのじゃないんだよぉ」


「うるせえ黙れ焼け焦げた大木がよぉ!!」



 ユフィーリアはその場に崩れ落ちた。何だってこんな自分では到底出来ねえ役柄を押し付けられなきゃならんのか、と自分自身の境遇に嘆いた。

 魔法であれば完璧に使いこなせるし、その他物理攻撃だったら右に出る者などいない。その上で押し付けられた役柄がまさかの『天才狙撃手』である。敵の眉間を撃ち抜くよりも味方の側頭部をぶち抜くことの方が出来ちゃいそうである。それのどこが天才狙撃手だ。


 エドワードはやれやれと肩を竦め、



「そんなに嫌がることないじゃんねぇ、ちゃんと服を着てるんだからぁ」


「よし分かった、そこに立てエド」



 ユフィーリアは槍投げに見立てていた純白の狙撃銃を構えると、



「いやぁ、的が大きいから当てやすいな。どこが射抜けるかな」


「あれ、これ俺ちゃんの命が秒読みだったりするぅ?」



 エドワードは両手を上げて降参の意を示すが、ユフィーリアは本気だった。ノーコン魔女と自覚があるのに、よりにもよってコントロール力を求める役柄を与えるのが悪いのだ。



「大体、理由が『服着てるから』って何だよ。お前だって服着てるじゃねえか」


「これでも同じことが言えるぅ?」



 そう言って、エドワードはレインコートの前部分をはだけさせる。


 真っ黒いレインコートの下から現れたのは、ベルトが幾重にも巻かれた彼の彫像めいた肉体美である。ベルトがエドワードの筋肉をより強調しているようで、下手をすれば変態の領域である。

 そのベルトには、たくさんの凶器が括り付けられていた。ナイフに始まり爆弾や銃火器など、数え切れないほどの武器が勢揃いしていた。そこに立っているだけで火薬庫みたいな格好である。


 エドワードは自分の身体に巻きつけたベルトを指差し、



「これだよぉ? 裸にベルトって変態じゃんねぇ」


「え? お前の普段着だろ?」


「表に出ろクソノーコンどポンコツ狙撃手」


「上等だ裸ベルト変態野郎が、ボコボコにしてやる」



 ユフィーリアとエドワードが睨み合う。互いに今の境遇に不満を抱いている様子だった。

 不満を抱いているのは、何もユフィーリアとエドワードだけではない。他の2名も今の自分の境遇に対して不満を抱いているのだった。


 その不満を抱えた1人が、エドワードの背後に体当たりをかます。しかし体格差がありすぎて、体当たりをしたところでエドワードに何の効果もなかった。



「納得が!! いきません!!」


「どうしたショウ坊」


「どうしたのぉ、ショウちゃん。お前さんはまだまともな役柄じゃんねぇ」



 不満を爆発させたのは、アズマ・ショウである。ユフィーリアの愛するお嫁さんにしてエドワードの後輩だ。

 彼が身につけているのは可憐なメイド服だ。普段着のようにも見えるがそうではなく、スカートの丈は膝丈という短い仕様になっており、どこかコスプレっぽさが強調される。普段からメイド服を着ているから抵抗はないように思えたが、やはり不満はある様子である。


 ショウは地団駄を踏むと、



「何でエドさんがユフィーリアの相棒なんですか!! 体型・容姿・性格諸々を鑑みても俺の方が適任でしょう!?」


「ショウちゃんじゃこの自由人の相棒になると苦労するよぉ、止めときなぁ」


「苦労が何だってんだ!! 何だってんだーッ!!」



 普段の可愛らしく礼儀正しい態度など溝に投げ捨て、ショウはエドワードの身につけている黒いレインコートの裾を引っ張る。「脱げー!!」という追い剥ぎ宣言のおまけ付きである。

 だが、エドワードは意地でもレインコートを脱がなかった。ショウにグイグイと裾を引っ張られても飄々と笑うばかりである。


 すると、



「ショウちゃん、往生際が悪いわヨ♪」


「きゃう」



 ショウの背後から現れた白いワンピース姿の女性――アイゼルネが彼の頭頂部に手刀を落とす。割と強めに落とされたようで、ショウは頭を押さえて「いだい……」と呻いていた。

 問題児のお洒落番長と名高い彼女にしては、選びそうにない意匠のワンピースである。メルヘンチックで全体的にふわふわとした見た目の純白のワンピースはレースやフリルなどがふんだんにあしらわれた可愛らしいものだが、スカートの丈が明らかに足りていなかった。太腿の中頃までしか丈がない。ちょっと屈めばスカートの中身が見えてしまいそうである。


 アイゼルネはワンピースの布地を押し上げる豊満な胸の下で腕を組み、



「ショウちゃんの格好の方がまだまともじゃないのヨ♪ おねーさん、こんな可愛い格好なんてしたことないわヨ♪」


「アイゼさん、お似合いですよ。ついでにメイド服もいかがですか?」


「ショウちゃんの普段着じゃないノ♪」


「普段着ですけども」



 何と言うことでしょう、メイド服が普段着であることを認めてしまった。ショウもさすがにアイゼルネには暴言を吐くことはないようだ。



「でも納得がいきません。ユフィーリアの人生の相棒は俺でしょう。ユフィーリア、俺こそ貴女の相棒に相応しいと思わないか?」


「え、その回答を求めちゃう?」



 いきなり質問を寄せられて、ユフィーリアは困惑してしまう。


 ショウは大事な嫁である。嫁とはつまり隣を歩いてくれる配偶者で、人生に於ける最大の相棒であると言っても過言ではない。あながちその認識は間違いではない。

 でも、エドワードとの関係性はもう長きに渡っているのだ。お互いの事情を理解しているし、扱いも頭に入っている。いいことも悪いこともしてきた仲である。相棒関係と言うのであれば、ショウとエドワードを天秤にかけるとエドワードに傾いてしまう。


 そんな訳で、



「ごめんなショウ坊、相棒なら玩具のように振り回しても壊れないエドを選ぶかな」


「じーざす!!」


「ショウ坊? そんな子だったか?」



 膝からくずおれたショウは、崩落しかけた天井を振り仰いで叫ぶ。可愛い嫁がどんどん壊れていく。


 ユフィーリアはさらに困惑する。何か悪いことをしてしまったかと自分の行動を振り返るも、相棒として選んだ相手が玩具のように振り回しても壊れないエドワードであること以外に原因が思いつかない。

 だって嫁のショウには安全地帯で応援していてほしいし、エドワードなら危険地帯に放り込んでもどっこい生きてそうだから、相棒として危険地帯に突っ込むなら多少犠牲にしてもいいエドワードを選んだまでである。さすがに嫁を危険地帯に突っ込むような真似は旦那として考えられない。


 だが、ショウはまだ納得していなかった。諦めが悪いとも言う。



「たとえユフィーリアがエドさんを相棒に選んだとしても、俺は納得しない!! 脱げ、エドさん!!」


「まだ追い剥ぎしようってのぉ? ユーリから追い剥ぎしなよぉ」


「旦那様からそんなこと出来ませんよ!!」


「先輩にも配慮はちょうだいよぉ」



 エドワードの着ている真っ黒なレインコートに飛びつくなり、またグイグイと裾を引っ張り始めるショウ。今度こそ無理やり脱がされるとでも思ったか、エドワードもそこそこ抵抗しているようだった。確かにレインコートを脱がされると裸ベルトしか残ってないので、変態的な格好を晒したくないのだろう。

 取り残されたユフィーリアは、同じく置いてけぼりを食らったアイゼルネと顔を見合わせる。ユフィーリアは着古したシャツと細身のズボン、砂色のコートという地味な格好なのでコートぐらいなら追い剥ぎされても問題はない。むしろ純白の狙撃銃ごと引き取ってほしかった。


 その時である。



 ――びりっ!!



 布が引き裂けるような音が耳朶に触れる。



「あ」


「え?」



 ショウは慌ててレインコートの裾から手を離し、エドワードは銀灰色の双眸を瞬かせる。


 見事に破けていた。レインコートの裾には横一文字に大きな裂け目が出来ており、魔法でも使わない限りは修復不可能であることを物語っている。そもそもレインコートなので縫ってどうにかなる代物ではない。

 そっと視線を逸らしたショウは「エドさんが脱がないから……」と唇を尖らせ、図太いことに責任転嫁しやがった。まるで母親から説教を受けてもなお拗ねる子供のようである。


 しかしこれはまずい事態である。何せこのレインコートは借り物だ。持ち主の悲鳴が今にも聞こえ、



「何やってんだアンタぁぁぁぁぁ!!」


「おっと」


「ぶへえッ」



 旧ヴァラール魔法学院の正面玄関に絶叫が響き渡ると同時に、迷彩柄の塊がすっ飛んできた。

 ショウは寸前で回避したので迷彩柄の塊による攻撃は受けなかったが、エドワードの逞しい背中にその塊がぶつかる。勢いよくぶつかってきた迷彩柄の塊による衝撃から耐えられず、エドワードは吹き飛ばされて埃を被った床に顔面から落ちた。


 迷彩柄の塊の正体は、黒髪黒眼の青年である。精悍な顔立ちには怒りの表情を見せ、迷彩柄の野戦服を身につけている。まともな格好だとは思うが、胸元だけは全開になっているので少しばかりぶかぶかな胸板が晒されるだけであった。端的に言えば貧相である。



「僕のアイデンティティを破るとか何を考えてるんですか馬鹿ですか阿呆ですか死にますかエエ!?」


「うわ貧相な格好だねぇ、胸んとこチラ見えしてて恥ずかしくないのぉ?」


「破っておきながら言うことに欠いてそれかァ!?!!」



 青年は「クソがよ!!」と憤る。

 ちなみに彼は、エドワードが身につけているレインコートの元々の持ち主であるリヴ・オーリオ君である。詳しくは【ドラッグ・オン・フェアリーテイル】という題名の小説を探してほしい。


 怒るリヴの背中から、さらに2人分の声が投げかけられた。



「リヴ君、うるさいよ。意外に声が響くんだから」


「リヴさん、敵わない相手に喧嘩を売るのは止めましょう。自殺行為ですよ」


「喧しいですよ!!」



 喉よ裂けよとばかりにリヴは遅れてやってきた人物に絶叫する。


 遅れてやってきたのは、くすんだ金髪と翡翠色の瞳を持ったおっさんと銀髪碧眼のメイドさんである。おっさんの方はユフィーリアが普段着にしている肩だけが剥き出しとなった黒装束を身につけており、雪の結晶が刻まれた煙管を手持ち無沙汰に弄っている。一方でメイドさんの方はあまりメイド服に対して抵抗はないのか、むしろスカート丈が伸びたことで安堵している節さえあった。

 紹介すると、おっさんの方がユーシア・レゾナントールという名前の主人公枠である。ユフィーリアが持っている純白の狙撃銃の持ち主で、彼こそが『白い死神ヴァイス・トート』と語られる天才狙撃手だ。メイドの方はゲテモノ製造機と名高いスノウリリィ・ハイアットである。


 煙管を振りながら、ユーシアは「いやぁね」と笑う。



「こんなので一体どうやって人間を殺せって言うんだろうね。ダーツみたいに投げて眼球を狙えばいいの?」


「魔法を使えよ」


「さも当然のように言ってるけどね、俺は魔法なんて使えない一般人なんだわ。認識改めておいてくれる?」


「ああ、何かチマチマ攻撃するしか出来ねえもんなお前。チマチマのヘチマ野郎がよ」


「あれ、何で俺はいきなり悪口言われてるの?」



 飄々と笑うユーシアは、



「えー、じゃあお前さんの眼球をまずはぶち抜いてもいいよ。その狙撃銃を返してくれる?」


「うん、分かった!!」


「分かったって言う返し方じゃないんだよポンコツ!?」



 狙撃銃を返せというので槍投げスタイルで返そうとしたところ、ユーシアからまさかのポンコツ発言を受けてしまった。もちろんわざとである。だから腹が立つようなことはない。


 しかし、最愛の嫁であるショウはそう思わなかったようだ。

 ユーシアの側に音もなく忍び寄ったかと思うと、暗い洞窟のように光の差さない黒瞳でじっと彼の顔を覗き込んでいる。「ユフィーリアに何て口の利き方をしているんですか? え?」と威嚇もしていた。頼もしい限りだが相手は他人に容赦をしない狙撃手なので、出来れば距離を取ってもらいたい。


 すると、



「おにーちゃん、おにーちゃん」


「どうしたの、ネアちゃん。南瓜さんが可愛いね」


「ありがと」



 最後に登場したのが、南瓜のハリボテを頭に被った金髪の少女である。名前をネア・ムーンリバーといった。

 成熟した少女らしい見た目とは対照的に、中身は非常に子供っぽい。精神年齢は10歳を下回るのではないかと予想できる。詳しいことはアレがあれするので言わないでおくが、要はショウと似たような境遇に遭っていた影響である。


 ネアは邪魔そうに橙色の南瓜のハリボテを脱ぎ、



「んとね、はるちゃんがげんきないの。しょんぼりしてるの」


「うわあ、本当だ」



 ユーシアはわざとらしく驚いてみせる。


 旧ヴァラール魔法学院の荒れ果てた正面玄関の片隅に、膝を抱えて壁と向き合う問題児の暴走機関車野郎と名高い少年が潜んでいた。我らがハルア・アナスタシスである。

 残念なことに、彼だけ配役がなかった。登場人物の人数が足りず、自然とあぶれる形になってしまったのだ。こればかりは仕方がない。


 ハルアはゆっくりとこちらへ振り返ると、



「何でオレだけ配役がないの?」


「ハル、こればかりは仕方ねえだろ。元々向こうの方が人数少ねえんだから」


「だったら作ればいいでしょ!!」



 不機嫌そうに立ち上がったハルアは、大股でユーシアに詰め寄る。



「オマエが上半身と下半身に分かれればいいんだよ!! そうすれば解決だね!!」


「何も解決してないね!?」


「うるさいよ長い足しやがって!! 足寄越せよぉ!!」


「イッタ!? ちょ、お尻叩かないでよ痛い痛い!!」



 理不尽なことを叫ぶハルアは、思い切りユーシアの尻を叩く。もう八つ当たりである。

 ハルアの八つ当たりから、ユフィーリアたち問題児は助けてやろうともしなかった。巻き込まれるのが面倒だったのだ。目をつけられた奴の定めである。


 ひとしきりユーシアの尻をぶっ叩いたハルアは「もういいもん!!」と叫ぶ。



「自分でどうにかするから!!」


「おい、何する気だハル」



 ユフィーリアが眉根を寄せるのを無視して、ハルアは黒いつなぎに数え切れないほど縫い付けられた衣嚢に手を突っ込む。

 ずるりと引っ張り出されたのは、真っ黒な外套である。不満げに真っ黒な外套を羽織り、頭巾を目深に被ると七魔法王セブンズ・マギアスが第七席【世界終焉セカイシュウエン】――ではなく、まるでレインコートを着ているリヴのような見た目となった。なるほど、どうにかなってしまった。


 ハルアは次いで、ユフィーリアの手から純白の狙撃銃を取り上げる。何をするのかと思えば、彼はショウにそれを渡した。



「ハルさん?」


「ショウちゃん、オレの背中は任せたよ!!」



 そう言うと、ハルアは3階の手摺から飛び降りてしまう。

 空中で器用に体勢を変えて着地を果たしたハルアは、真っ黒な外套の袖から大振りのナイフを滑り落とすと旧ヴァラール魔法学院の正面玄関から堂々と侵入してきた不届きものどもに肉薄する。相手が驚くのも束の間、ハルアは躊躇いもなく鈍色の刃で相手の喉笛を引き裂く。


 パッと飛び散る赤い飛沫。野太い悲鳴が仲間から上がるも、次にはその悲鳴さえも消えていた。



 ――タァン!!



 細く長い銃声。


 純白の狙撃銃を構えたショウが、手摺に銃身を乗せて引き金を引いていた。放たれた弾丸は相手の眉間を的確に射抜き、風穴を開けて絶命させる。

 その命中精度は、初心者とは思えないほどの腕前である。照準器スコープから持ち上げた赤い瞳には氷のような光を宿しており、さながら純白の狙撃銃と共に視線を潜り抜けてきた天才狙撃手のような様相であった。


 慣れた手つきで弾丸を排莢したショウは、



「――俺が『白い死神ヴァイス・トート』だ、ひゃっふー!!」


「お株を奪われたぁ!?」



 ショウに称号を奪われたユーシアは頭を抱えていた。もう哀れである。


 純白の狙撃銃を片手に敵へ突撃してしまったショウを、ユフィーリアは止めることも出来ずに見送るしかなかった。あれ以上の適役はいない。むしろ本人であるユーシアを除けば、天才狙撃手の称号を背負えるのはショウだけだ。

 同じく、お株を奪われたエドワードも呆然と階下で繰り広げられる殺戮を眺めていた。リヴ本人よりもリヴらしい動きで敵を屠っていくハルアは、エドワードよりも適役であった。レインコートと真っ黒な外套など些事である。


 ユフィーリアとエドワードは互いの顔を見合わせ、



「よし、エド。お前にメイド服は譲ってやるよ」


「ユーリが着なよぉ、似合うよぉ」


「面白さの為にお前がやれよ文句を言うんじゃねえ裸ベルト!!」


「何だと女の子なんだからユーリがやればいいじゃんねぇ、このどポンコツ狙撃手!!」



 互いの胸倉を掴み、ユフィーリアとエドワードは取っ組み合いの喧嘩を始めるのだった。





 本人よりも本人らしく殺戮を繰り広げる未成年組と、何故か関係ないのに取っ組み合いの喧嘩を始めてしまうユフィーリアとエドワードの姿を眺めて、ユーシアたちは遠い目をする。



「え、これ何の時間?」


「そろそろ返してもらえませんかね、あとレインコートを破ったことは許してないですから」


「おにーちゃん、ねあはどうすればいいの?」


「ネアさん、見てはいけませんよ。お馬鹿になってしまいますので」


「ウチの馬鹿たちが本当にごめんなさいネ♪」



 まだまともな感性を有しているアイゼルネが、問題児を代表して謝罪をするのだった。

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